樺太攻略作戦1
空前の陸自上陸作戦
コルサコフはサハリン島南岸の人口三万人程度の港湾都市である。コルサコフから北東四十キロの位置にサハリン最大の都市、ユジノサハリンスクがある。
コルサコフと稚内の間にフェリーの定期便があった。しかし今回はいつもと違う大型フェリーが接岸し、轟音とともに中から現れたのは五十トンもある陸自の九十式戦車だった。
港は接岸を待つ船舶であふれている。上陸した陸自の車両は速やかに目的地に向かって移動しなくてはならない。もたもたしていると後から来る上陸部隊が身動き取れなくなってしまう。
四隻の護衛艦は、陸上に怪しい動きがないか監視している。上陸作業があまりに整然と行われていることから、市民にパニックは起きていない。普通に道路を走る九十式戦車をロシア軍と勘違いする者もいる。モンゴル系東洋人のロシア兵は数多くいるし、彼らは日本人とよく似ている。
「九十式戦車が二百両、装甲車五百両、その他千台以上の車両、総勢三万名が上陸する。この都市の人口と同じだ」
双眼鏡を眺めながら「しらぬい」艦長が言った。
「短期間によくこれだけの動員ができましたな」
艤装員長はコルサコフ港への接岸を待つ百隻以上の船舶を眺めて言った。
「北方四島向けに準備していたらしい。民間の船社とも契約済みというから驚きだ。行先は変わってしまったが」
「ロシア軍が一発も撃ってこないのは不思議ですな」
艤装員長はこれが敵前上陸なのかと首をかしげている。
「陽動作戦に引っ掛かるな、と通達でも受けているかもしれない。いずれ気付いて反撃するだろう。それまでにできるだけ上陸させたい。何日もかかるからな」
ロシアの道路は右側通行である。先陣を行く九十式戦車は交通ルールを守り、一列になって幹線道路を進んでいる。途中、ロシア軍のトラックとすれ違ったが、運転手は不思議そうな顔でこちらを見ているだけだ。
そのうち陸自の高機動車十数台が追い付いてきた。行く先を偵察し、戦車隊を先導する役目である。
優先すべきは戦闘を避け、一刻も早くユジノサハリンスクに入ることだ。それぞれ部隊には確保する目標が定められている。空港、政府庁舎、警察署、通信・放送施設等を速やかに制圧しなくてはならない。
目指すべきは電撃戦による無血占領なのだ。
ロシア第六十八軍の主力の隊列はユジノサハリンスクから北北東へ五十キロのブイコフ周辺を北上していた。ここで彼らは司令部から緊急命令を受けた。
「日本の地上部隊がコルサコフへ上陸した。直ちに反転し、ユジノサハリンスクへ急行せよ」
隊列は混乱した。空自の発見を恐れ、沿岸や幹線道路を避け、細い山道を通行していたからである。
「呉の軍師」は札幌の陸自北部方面総監部にいる。サハリン州地図をはさんで陸上幕僚長、航空幕僚長と向き合っている。
「偵察衛星と空自殿の情報を総合すると、第六十八軍はブイコフ北部で停止していることになります」
呉の海自幕僚長の説明に、陸自と空自のトップは顔を見合わせた。
「北上を止めたということは、南へ戻ってくることですか?ユジノサハリンスクを目指して・・・」
「そういうことでしょう。陸自殿が目標を制圧するまで、彼らを何としても阻止しなくてはなりません」
陸上幕僚長の質問に呉の海自幕僚長が答えた。すると航空幕僚長が身を乗り出した。
「我々空自の準備はできています。隊列を空爆し、動きを止めましょう」
「敵は発見し辛いルートを選んでいます。ドリンスクから海岸沿いを北へ通る方が早いのに、わざわざ内陸のブイコフを経由しているのがその理由です。攻撃には山間部に沿って低空を低速で飛ばなくてはならず、撃墜されるリスクがあります。それよりも・・・」
呉の海自幕僚長はブイコフを縦断する河川を指し示した。
「この川沿いのルートを通っていると思いますが、ユジノサハリンスクへ戻るのに十二か所の橋を渡らなくてはなりません」
「橋なら誘導爆弾で全て破壊できます」
「橋はいずれ我々にも必要になります。とりあえずこのドリンスク東の二か所にしましょう。それからブイコフ北東十五キロのこの橋を落とせば、第六十八軍は身動きがとれなくなります」
「短い橋のようですが・・・しかも山間部ですね」
航空幕僚長はうなった。空爆には困難な目標に思えた。
「ここは発見することも難しく、誘導爆弾でも無理でしょう。しかし敵の動きを封じるには必ず落とさなくてはなりません」
陸上幕僚長は決心したように頷いた。
「陸自のレインジャー部隊で爆破します。ヘリ二機で隊員をリぺリング降下させましょう」
「ではお願いします。一刻を争います、直ちに実行に移ってください。
九十式戦車の先頭集団二十両は時速六十キロで北上している。
「左前方に空港が見えます!」
第一の目標、ユジノサハリンスク空港が見えてきた。軍民共用空港の最重要目標である。
戦闘を誘導していた高機動車が突然停止した。ロシアの攻撃ヘリコプターが空港を離陸し、上昇するのが見える。
「MI-24が五機、こちらへ向かってきます!」
戦車にとって天敵の攻撃ヘリである。各車長たちはとりあえず12.7mm機関銃を構えるしかない。
高機動車を降りた隊員たちは携帯式対空ミサイル「スティンガー」を準備中だ。こちらの方がはるかに頼りになる。
「ハインド」とも呼ばれるロシア軍の攻撃ヘリは、突如散開したかと思うと、空中で次々と火を噴いた。バラバラになって飛び散っていく機体もある。二十ミリバルカン砲をまともに食らったのだ。
啞然とする陸自隊員の頭上を、十機のF-15Jが飛び去った。
「突入する!」
我に返った陸自隊員たちは空港を目指した。九十式戦車はフェンスを破って次々と滑走路へなだれ込んだ。離陸直前のアエロフロート旅客機は停止させられた。
あとへ続いた高機動車の列が管制塔や格納庫へ次々と横付けし、銃を構えた隊員たちが空港の制圧に乗り出した。
この段階になると、さすがに政府として何らかの発表をせざるを得ない。ロシアは日本を「邪悪な侵略者」と激しく罵り、中国はそれよりは多少穏やかに非難している。
日本の一連の行動にについて、その「大義」を、総理大臣自ら国民に説明する時が来た。
「国民のみなさん、私は帯広市と旭川市で亡くなられた三十名の尊い命を無駄にしない為にも、新たな決意を皆さんにご報告することにしました。我が国を脅かす脅威は去っておりません。我が国固有の領土である、北方領土からの攻撃の脅威は、幸い取り除くことができました。しかし、今度は樺太からのミサイル攻撃の危機に直面しています。私は我が国の国民を守る為、我が国を脅かす敵基地の攻撃に踏み切ることを決断致しました。これは決して侵略ではありません。我が国への脅威を取り除いた時、この樺太の地を国際社会の基で共同管理する道を開きたいと思っています」