ロシア連邦壊滅計画4
陸・海・空の北方制圧作戦
第三護衛隊群は宗谷海峡を通過していた。
「対艦ミサイル接近中!発射地点はコルサコフ北部!」
イージス艦「みょうこう」のレーダー員が報告した。それは予期された攻撃だった。
直ちに迎撃ミサイルが発射された。対艦ミサイルは撃墜された。
ここで艦隊は二手に分かれた。
「みょうこう」、「ひゅうが」、「あたご」、「ふゆづき」の四隻はサハリン東側より北上し、「しらぬい」、「すずなみ」、「まきなみ」、「ゆうだち」の四隻は北方四島へ向かった。
DDH護衛艦「ひゅうが」は対潜ヘリコプターの代わりに陸自のブラックホークを十機搭載している。一機当たり十名の陸自隊員を運ぶことができる。
「ひゅうが」にはレインジャー部隊を含む陸自隊員が乗船していた。開戦以来、初の陸・海共同作戦である。
北方領土は当面攻撃目標から外され、海上封鎖のみ実施される。空自の空爆で打撃を与えたことから、脅威は無くなったものと判断された。
それよりも北方の新たな攻撃目標が設定されたことが大きかった。それは当初の作戦には無かったもので、空自の能力が評価されたことから、突如沸いた計画だった。
F-15JおよびF-2の戦闘機部隊はユジノサハリンスクからサハリン中央部のスミルヌイフにかけて飛行する。例によってレーダー網とミサイル発射基をあぶり出し、破壊する作戦だ。
しかしそこはロシア本土のハバロフスクから六百キロの距離しかなく、敵機と遭遇する可能性は高い。
リスクはあるものの、F-15Jのパイロットたちは地対空ミサイルとの「追いかけっこ」より敵機との空戦を望んでいる。
「バックファイア十五機!北東へ移動中!」
パイロットたちは反射的にその方角へ向かった。このロシアの爆撃機は昔からスクランブルでよくお目にかかる見慣れた機体だ。何もできない空自をからかうように何度も領空侵犯を繰り返した連中だ。もう遠慮することもない。
こいつは俺がやる!と言わんばかりに、精鋭パイロットが操縦するF-15J十機は最高出力でロシア機の背後に急接近している。
「敵機は第三護衛隊群を狙っている。艦隊の安全確保に努め、手柄争いは控えるように」
事態を憂慮した空自司令部直々の通信命令に対して五分と立たないうちに返信が返ってきた。
「バックファイア全機撃墜!別の敵機、Su-35七機を捕らえました。南方の我が戦闘機隊に向っています。このまま艦隊直衛について手柄を誰かに譲りますか?」
「君たちでそいつらをやれ」
司令部の諦めたような短い命令は、敵機との遭遇戦においてパイロットたちに裁量を委ねたものだった。F-15Jは命令を待たずして、新たな獲物に向っていった・・・
防衛副大臣は再び海自幕僚長と協議しなくてはならなかった。
「副大臣、サハリンで何をされるつもりかお聞かせ頂きたいのですが」
幕僚長の、怒りを押し殺したような抗議をなだめようと、副大臣は海自の功績を称えた。
「君の作戦は見事に当たり、海自の能力は大いに評価されることになった。故に、次の君の作戦は承認された訳だ。しかしこの成功をもっと国益に結び付けたいと、上の者は思っている。これは政治的な判断だ。EUのエネルギー問題は深刻でな・・・彼らの要請にも応えなくてはならない」
「狙いはサハリン1、2施設ですね。EUの要請ということですか?」
「無論だ、非公式なものだがね。でなければ我々はロシアと変わらない侵略者になってしまう」
幕僚長は自らを落ち着かせるようにため息をついた。
「それで陸自の隊員を使ってヘリボーン作戦で制圧されるつもりですね?何人規模を送る
つもりで?」
「レインジャー部隊含めて千人程度だ」
「ロシアの地上軍部隊を見くびっておられますな。桁違いの兵力の上、戦車やロケット砲、攻撃ヘリもありますが」
「その戦力は南に集中している。遠い距離を移動してくるわけだ。そこで空自が空から叩く。君は知らないだろうが、制空権をほぼ手中にしつつある」
「地上運部隊を空から全てせん滅することは不可能です。ガス田施設を奪うために大勢の隊員の命が失われるでしょう。ロシア軍が施設を破壊することもあり得る・・・」
「これは政治主導で決定された作戦なんだ。北方の海上封鎖だけでは時間ばかりかかって国益にならない」
「目先の利益に固執すると、より大きなものを失うことになりかねません」
「後戻りはできない。成功させる為、君も協力したまえ。横須賀の連中に助言したらどうだ?」
「司令部が?何の相談もありませんが」
「我々の指示を受けて陸海空のトップで練り上げた作戦だ。君は黒海の作戦で忙しいだろうから遠慮して言わなかったのだろう。別に張り合ってる訳じゃない」
「私に邪魔されたくなかったのでしょう。第二潜水隊群も動員するつもりですか?」
「彼らは横須賀の指揮下にあるが、君の構想通り海上封鎖にあたっている。今のところは」
幕僚長はこれ以上言っても流れは覆せないと悟った。このサハリンの作戦が泥沼に陥らないことを願うばかりだった。
護衛艦「しらぬい」は択捉島に向かう貨物船を停船させていた。海保の巡視艇が臨検にあたっている。
「海保の調査では、積荷は穀物だけのようです。どうされますか?」
艤装員長は艦長に尋ねた。
「どうもこうもない、ウラジオストクへ追い返せ。今後この海域へ現れたら二度目はないと伝えろ」
「しらぬい」艦長はぶっきらぼうに答えた。そういう命令を受けているのだから仕方がない。
「艦長、横須賀司令部からです」
通信文を見るなり艦長の表情は一層険しくなり、首を振った。
「サハリンへ急行せよだと?五インチ砲で地上を砲撃するために?無駄もいいところだ」
「よほど苦戦しているのでしょうか?」
「かなり強引な作戦だ。政治家主導で決まったらしい。制服組より強硬派だな・・・そのうち総理大臣が軍服を着るようになるかもな」
「しかし海上封鎖を海保に任せるのは荷が重いのでは?」
「潜水艦がいるはずだ。命令に従う他なかろう。これより全速でサハリン北部へ向かう」
四隻の護衛艦はサハリン北東部へ進路をとった。
十時間と立たないうちに彼らは目的地に到着した。沿岸の都市チャイウオ付近の陸上プラントを、陸自の第一陣が制圧していた。彼らはチャイウオ駐在のロシア軍警備兵と交戦中である。
沿岸から砲撃で陸自を援護するのが護衛艦隊の役目だった。
「さて、だれが攻撃目標を教えてくれるのかな?豆鉄砲じゃ役に立たないと思うが」
「艦長、攻撃目標の座標です」
艤装員長の手渡したメモは、上陸した陸自隊員からの通信情報だった。
「ヘリでの上陸では重火器が持ち込めない。我々の豆鉄砲で援護することになるとは・・・」
護衛艦隊は五インチ砲の一斉射撃で応えた。効果は全く分からない。
轟音とともにF-2戦闘機が現れた。地上攻撃の為、低空、低速で降下している。対岸からそれを狙う曳光弾が見えた。対空射撃を受けているのは明らかである。
「F-2が被弾しました!」
艦長たちは一斉に双眼鏡にくぎ付けになった。黒煙を吹きながら落下するF-2からパラシュートは現れなかった。
「この戦いは長引くだろう・・・それだけ犠牲者が増えるということだ」
開戦以来、艦長は初めてこの戦争の行く末に危惧を抱いた。