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第二次日露戦争  作者: 畠山健一
13/25

ロシア連邦壊滅計画3

「積極的平和主義」とヨーロッパ遠征艦隊


 外務大臣はウクライナの首都キーウを訪問していた。相互軍事援助条約の調印の為である。西側諸国のほとんどはウクライナを何らかの形で支援しているが、軍事同盟を結んだのは日本が初めてだ。

 日露は宣戦布告なき交戦状態にあり、ウクライナと連帯して戦う姿勢を国際社会に示すものだった。

 それは極東における戦いの支持を得たい思惑もあった。

 輸送艦「おおすみ」に戦車18両と兵員輸送車、軍用トラックが合計45台積み込まれた。戦車といっても退役した74式戦車で、扱いやすいアナログ戦車であることと、油圧サスペンションがウクライナ特有の湿地帯に有効という名目で選ばれた。

 火力、防御力共に国際水準以上の90式戦車を推す声もあったが、陸自が難色を示し今回は見送られた。

 輸送するものが時代遅れの代物であるにせよ、兵器を届けるという軍事同盟の象徴的な行為が重要であり、それを護衛する護衛艦隊の役割は別の意味でもっと重要である。

 第一・第二および第四護衛隊群は輸送艦護衛の名目で黒海へ向かうことになる。「対馬の夜明け」作戦同様にイージス護衛艦「まや」が旗艦として指揮をとり、今回はDDH護衛艦「いずも」、「いせ」、「かが」が加わる。搭載する対潜ヘリコプター40機はロシア潜水艦との戦闘を想定してのことである。

「しらぬい」所属の第三護衛隊群は、北方作戦に投入されることになった。ヨーロッパ遠征艦隊に先立って、オホーツク海へ向かうこの艦隊は、ロシアに対して主目的を北方四島と思わせる意図があった。

 呉の第一潜水隊群は既にヨーロッパへの航海に出発している。彼らの本当の目的はまだ明らかにされていない。

 米海軍はアーレイバーク級イージス駆逐艦10隻を日本近海へ追加派遣した。ヨーロッパ遠征に向かう護衛艦隊の穴埋めのため、ミサイル防衛の任務にあたる。

 横須賀に停泊する「まや」は出港を目前にして補給作業に忙しかった。艦橋では護衛艦隊司令官と艦長とが今回の作戦の進め方を話し合っている。

「第三護衛隊群はすでに北方へ向かっている。目立つように船団を組んでいるが、我々はそうはいかない。分散して航行し、地中海で合流する」

「今度はヨーロッパですか。第三護衛隊群が抜けたとはいえ、輸送艦に補給艦、DDHまで加わって、対馬の時よりも大艦隊です。しかも黒海行きとは・・・ロシアの庭先に乗り込むようなものですな」

「全艦無事に着けるよう、君が責任をもつことだ」

「分かっています。ところで、潜水艦隊は早々と出港したらしいですな。対馬では魚雷を撃つだけ撃って、そのまま引き上げたとか。我々は救助や遺体回収に、いい尻拭いでしたな。連中には予定の行動だったのでしょうか?」

「潜水艦隊は私の指揮下ではない。彼らは呉地方総監部の直轄で特殊作戦に従事している。それに呉は一連の作戦立案に深く関わっているらしい」

「呉が?我々海自全体を動かしているわけですか?」

「現世代の軍部のような立場だな。米政府とのパイプもあるらしい。いずれにしても対馬の作戦で株を上げたわけだ」

 艦長は甲板のミサイル搬入作業をちらっと目をやった。

「あの巡航ミサイルもアメリカ繋がりですか?」

「長射程の対地攻撃用だ。新型で相当高価なものだ。他にも新兵器があり、この作戦は少々複雑だ。航海中に十分訓練しなくてはならない。対地攻撃任務には陸自が協力する」

「それは結構なことです。長い航海も退屈せずに済みそうですな」

 迷彩服を着た男が司令官の前に立ち、敬礼した。

「自分を含めて5名、部下は通信とシステム要員ですが、これからお世話になります」

 彼は陸自の一等陸尉で、最近までウクライナでの情報収集任務に従事していた。

「宜しく頼む。地上の状況は我々には全く見えないからな」

「陸自15万人のうち、我々への協力者は5名だけかね?」

 艦長が皮肉めいた横やりを入れた。

「輸送艦に70名います。引き渡し車両の整備員たちですが」

 一等陸尉は動じず、淡々と答えた。

「ウクライナへ老朽戦車を押しつけるらしいが、有難迷惑で逆に恨みを買わないか心配だ。そう思わないか?」

「自分の管轄ではないのでお答えしかねます。自分の任務はウクライナ軍との情報共有及び現地の情報収集です」

「それであの巡航ミサイルの地上目標を指示するわけだ。陸自殿が我々の船を使って・・・」

「あなた方海自は対馬で40発以上の対艦ミサイルを浪費しました。今度はあのような無駄は許されません」

 艦長は怒りで顔が赤くなった。

「何だって?あれは潜水艦の奴らが・・・」

 司令官は片手をあげて艦長を制止した。

「昔の陸海軍は反目しあい、共倒れになった。信頼関係の上での議論は構わないが、これから三か月間、いやでも共に行動することになる。節度を持ってやってくれ」

 艦長はきまり悪そうに咳払いした。一等陸尉は表情一つ変えない。

「北方領土での空自の活躍ぶりは君も知っているだろう。結構無謀な作戦だったらしいが、それも我々海自を意識してのことだ。いい意味で競い合うのはよいが、それが反目につながると取り返しのつかない失策を招くものだ」

「我々海自は謙虚になれということですね。ところで司令官、この作戦は空自のそれより、はるかに無謀と思われますが」

「まや」艦長は例によって作戦自体の意義に疑問をもっている。

「ウクライナへの最大限の軍事支援が我が国にとっても、ロシアへの勝利への近道であることは分からないではありません。ただ、ウクライナ問題はヨーロッパはじめ国際社会の問題のはずですが、我々の行動が突出しすぎています。まるでNATOに利用されているような気分です」

「作戦の話の前に、国際政治を論じろというのかね?」

「艦長は海自ばかりが貧乏くじを引いていると思われているようです」

 と、一等陸尉が横から口をはさんだ。

「当たり前だ。本来はNATOの仕事だ。我々が遠いヨーロッパで血を流してみろ・・・国民が納得しない。君たち陸自は安泰かもしれないが」

「ご存じないのですか?陸自も北方作戦に参加することになりました。空自の活躍のおかげで陸自も動かざるを得ないのです」

「結構なことじゃないか。三軍が協力し合うのは当然のことだ。しぶしぶ戦うような言いぐさだが、君は戦争反対派かね?」

 艦長の質問に、一等陸尉は少し悩んだ。司令官も彼がどう答えるか興味を持った。

「戦争の本質は殺し合いであり、最後の手段であるべきです。例えば祖国を守る自衛戦争がそのひとつでしょう。積極的平和主義の名のもとに、祖国から遠く離れて戦うことには反対です。それは侵略戦争と紙一重であり、勝てば救世主で、負ければ侵略者です。そんな危険な賭けに命を張るべきではありません」

「ではこの作戦も反対の立場だな?なぜ君はこの船に乗る?」

 今度は司令官が質問した。

「自分が反対しても戦争は起こります。起こる以上、勝利しなくてはなりません。勝利するためには自分の力が必要なのです」

 艦長はあきれた顔で口を開けたままだ。司令官は困ったような笑いを浮かべた。

「君が必要な男であることは分かった・・・ところでさっきの艦長の質問だが、NATOが軍事行動に踏み切らないのは全面戦争を避けたいためだ。ウクライナ支援拠点国のポーランドなど、真っ先に攻撃を受けてしまう。NATOも一枚岩ではなく、大所帯になり過ぎて身動きが取れないでいる」

「全面戦争はロシアのほうが恐れているのでは?ロシアはウクライナとの戦争で手一杯ではないですか?」

「NATOが恐れてるのは核戦争のことです」

 一等陸尉が代わりに答えた。

「そしてロシア近隣のNATO諸国の安全が担保されないかぎり、NATOは行動できないでしょう」

「安全の担保とは?」

 艦長は眉をひそめ、一等陸尉に問い詰めた。

「この作戦で我々が勝利すれば、ロシアが劣勢に立たされ、NATOは行動を起こすでしょう」

「勝ち馬に乗るだけじゃないか」

 艦長は憎々しそうに言った。

「だから何としても勝たなくてはならない。全ては我々の手にかかっている」

 司令官は窓の外を眺めて言った。

「我々は明日出港する。このヨーロッパ遠征艦隊のことは、国民には知らされないことになっている。作戦遂行上、日本に不利になる情報は公開されない。幸いなことに、日本のマスメディアも協力的だ。プロパガンダに訴えずとも、ロシアは完全なる『悪』であり、正義のために倒すべき敵国という共通意識が定着している」

 やむを得ず日本は自衛のために戦い、初戦で勝利したことが好意的に報じられている。不安はあるものの、次の勝利を国民は期待している。

 日本には全く無縁だった、この新しい空気は、長い間閉塞感に包まれた社会に、とてつもない何かを期待させるものがあった。


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