表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二次日露戦争  作者: 畠山健一
11/25

ロシア連邦壊滅計画1

無敵ロシアの弱点


 ロシアの面積は1,710万㎢あり、その世界一広大な国土は日本の45倍もある。それに対して人口は1億4,600万人と、日本の1.2倍程度だ。

 軍事力はアメリカに次ぐ第二位と言われ、予備役含め300万人の兵力は日本の10倍に及ぶ。しかし、その広大な国土を守るには十分とは言えない。ウクライナとの戦いでは兵力不足を補うため、兵役年齢上限を引き上げている。

 軍事力で圧倒するロシアがウクライナに勝てないひとつの理由は、その圧倒的兵力を重要な前線へ集中できていないからだ。衛星写真に捉えられた、数十キロの軍用車両の車列は、大兵力の展開の困難さを物語っている。最前線で戦い続ける兵士たちが次第に失われ、次々と代わりの兵士が補充されていく・・・ロシアは消耗戦に耐えることはできるが、士気は低下している。報道されたロシア兵の残虐行為は、組織的であるにせよ、そうでないにせよ、彼ら自身が余裕を失い、追い詰められている証拠といえる。

 ロシア国民の男性は平等に兵役義務があるはずだが、必ずしもそうではないらしい。一例をあげれば、大学進学で兵役が免除され、経済的に余裕のない階層の者が徴収される傾向にある。

 ロシア軍の戦死者の中で、大多数がイスラム系およびモンゴル系民族であることが明らかになった。タタール人やチェチェン人も多く、ロシア人は僅かだ。これら少数民族で構成される共和国は現政権に大いに不満を持っているだろう。

 ロシアのGDPは日本の三分の一程度で、輸出の六割は原油や天然ガスが占める。多民族国家であり、連邦を構成する二十二の共和国はロシア系以外の少数民族、先住民族が基になっている。

 経済の地域格差、民族格差の開きは大きく、少数民族が裕福であるとはいえない。これらの貧しい人々を豊かにする試みは見られず、世界二位の軍事力で不満を抑え込んできたともいえる。チェチェン戦争のように、民族問題に端を発する地域紛争リスクは依然として存在する。

 クリミア併合以来、経済制裁の影響でロシア経済は下り坂だ。にもかかわらず、再びロシアはウクライナへ侵攻した。

 ウクライナはかつてソビエト連邦の一角をなし、戦略的要衝であり、地下資源にも恵まれた農業大国である。

 ヒトラーはソ連へ攻め込むと、首都モスクワを前にしてウクライナへ方向を変えた。彼は戦争経済を重視し、将軍たちの反対を押し切ってまでウクライナを選んだのだ。

 今のロシアにとって、ウクライナはそれ以上の価値がある。かつてワルシャワ条約機構の象徴であったポーランドはNATOに加盟して久しく、ウクライナは最後の砦なのだ。

 一定の反ロシア感情は大目に見てきたが、あろうことか、彼らはNATOに加盟し、真っ向からロシアに挑戦しようとしている。

 一刻も早くウクライナを実効支配し、ベラルーシから黒海に至る勢力圏を盤石なものとしなければならない。

 同時にソビエト連邦時代にあった、力と威信を取り戻すのだ。クリミア併合はその始まりに過ぎない。

 1991年、一時は無敵を誇ったあのソビエト連邦は、愚かな指導者たちのせいで内部から崩壊した。

 ロシアはプライドを捨て、西側へ媚びることで投資を促した。それまで生かすことができなかった豊富な地下資源を効率的に取り出し、運び出すことで、産業の基盤にまで成長させた。

 力を回復していくにつれ、ロシアの態度も変わり始めた。ロシアの一方的なクリミア併合はアメリカの不信感を決定的に高めたが、EUはエネルギー資源のロシアへの依存を高めていった。

 ロシアからヨーロッパ全土へ網の目のように広がるパイプラインの地図を見たとき、その危険な依存からの脱却がいかに困難か、容易に想像できる。

 EUが脱ロシアを表明したとき、市場はその困難な道のりを冷静に見抜き、原油価格の高騰を招いた。その恩恵を受けるのは無論、ロシアを含む産油国である。

 ロシアはウクライナとの戦いで苦戦しているものの、いずれ勝てると思っている。

 国際社会からの孤立と経済制裁は決定的な打撃になり得ないし、それは今に始まったことではない。ロシアは西側諸国と貿易できなくとも生きていけるし、今はアメリカの強力なライバル、中国という心強い味方もいる。

 それに彼らの持つ核弾頭数は、アメリカの保有数を超えている。ロシアは核保有大国であり、究極の切り札を持っている。

 ではロシアは無敵であり、倒せる相手ではないのか?

 ロシアの広大な国土は、彼らの強みであり、同時に弱みである。例えばモスクワからウラジオストクまでの距離は6,418kmある。遠く離れた軍事拠点を掌握し、ひとたび何か起こった場合、援軍となる部隊の移動は容易ではない。

 ロシア側から見た場合、他国を攻めることは簡単かもしれないが、自国を守ることはかなり難しいといえる。

 攻撃は最大の防御というが、仮にウクライナがロシア国内へ僅かな部隊を持って侵入した場合、ロシアは大いに困るだろう。軍事的空白地帯はいくらでもあり、輸送インフラ破壊を狙った後方かく乱戦術ほど厄介なものはない。前線のロシア軍への補給に影響を与えるばかりか、それを阻止するための兵力を投入しなくてはならない。

 ロシアは戦争による自国の損害を公表しない。かなり遅れて過少に公表することはある。メディアをコントロールできる国にありがちなことだが、特にロシアは国内事情から、公表できないでいる。

 政権への信頼が揺らぐだけではない。少数民族の一部は地下に潜む敵対勢力であり、ロシアが弱体化し、武装蜂起する機会を窺っているのだ。

 まとめて言えば、図体はでかいが、外部に対する守りは弱く、内部は内戦のリスクまで抱えた、「非常に不安定で弱く、世界一広い国」ということになる。

 そんなはずはない、ロシアは世界一の核保有国ではないか・・・そんな声が上がるだろう。

 ロシアは今のところ、それをNATOへの脅しにする事しかできない。ロシアは破壊力を抑えた戦術核の使用とその影響について考えたはずである。西部リビウにあるNATO支援拠点を戦術核で叩けばウクライナはたちまち窮地に立たされる。

 だがロシアにはそれができない。この戦争を戦術核戦争のルールへ変えたところで、ロシアにとって有利になるとは限らない。

 NATOによるウクライナへの戦術核配備はロシアにとって最悪のシナリオであり、この戦争を始めたひとつの動機でもあった。ウクライナが戦術核の供与をNATOから受ければ、ウクライナへ展開するロシア軍はたちまち危険な状態となる。クリミアを放棄することにもなりかねず、戦争を始めた意味が失われてしまう。

 核兵器は脅しに使えても、実際に使用できない以上、何の意味ももたない。


 以上のような基礎情報を海自幕僚長は語った後、国策まで含む計画の概要を明らかにした。

「はじめに断っておくが、次に述べる計画は、冒頭に述べた最終目的のロシア連邦壊滅へのきっかけに過ぎない。海自は引き続き作戦の主体となり、オホーツク海および黒海の二方面へ護衛艦隊を展開し、それぞれの戦力比は1:3を想定している」

 計画は次の項目に要約されていた。

1.ウクライナと相互軍事援助条約を結ぶ。

2.ウクライナへ軍用車両を含む支援物資を海上輸送し、護衛艦隊が随行する。

3.護衛艦隊により北方四島およびサハリンへの海上輸送路を封鎖する。

4.国後島、択捉島のレーダーを破壊し、防空システムを無力化する。

5.黒海へ展開する護衛艦隊は、ロシア黒海艦隊に対する軍事作戦を実施する。

6.潜水艦隊は、それぞれの護衛艦隊の軍事作戦を支援する。

7.作戦期間中、米海軍のイージス駆逐艦が日本周辺海域を警戒する。

「3の海上封鎖解除の要件として、ロシアに対しウクライナからの全面撤退を要求する。当然ロシアは応じないが、我が国の領土的野心ではないことを明らかにしておく必要がある。5については周辺国、特にトルコへの根回しが必要であり、第三国とのトラブルを避けなくてはならない」

「幕僚長、黒海の軍事作戦とは、ロシア黒海艦隊との交戦を意味するのでしょうか?」

「交戦?全面対決だ。黒海艦隊を排除した上でウクライナのクリミア奪還を支援する。護衛艦に対地攻撃の装備を加える」

「ロシア北方艦隊の存在をお忘れでは?ロシア海軍の主力が救援に駆けつけると思いますが・・・」

「現段階で詳しいことは話せないが、北方艦隊は黒海へ入ることができない」

「オホーツク海の海上封鎖ですが、幕僚長は民間人の犠牲を理由に否定的だったと思いますが・・・」

「封鎖解除の条件をウクライナと結びつけるのは、国際社会の批判をかわす意図がある。ロシアはウクライナの民間人を殺傷している。北方領土の住民の犠牲をロシアの責任に結びつける意図がある」

「幕僚長、対馬の作戦は奇襲攻撃と戦力の集中で損害を防ぐことができましたが、今回は艦隊を分散する上、奇襲の要素が失われています・・・この作戦の損害をどれくらい見積もっているのでしょうか?」

「君の質問は政府からも受けるだろう。損害は限りなくゼロに抑えるがゼロではない、そう答えるつもりだ。幸い、対馬の作戦で我々は信用を得ることができた。黒海の作戦を認めてもらうには対馬の犠牲ゼロが絶対条件だった」

 幕僚長は予想される犠牲について、それ以上のことは述べなかった。

 質問が途絶え、室内は静まり返った。

 海自幕僚長は最後をまとめるように力強く語った。

「クリミアを失えば、ロシアは死に物狂いになって国中の兵力をウクライナ前面へ集中するだろう。だが広大な国土ゆえに一度にやってくることはできない。従ってロシアは兵力の随時投入を余儀なくされる。ロシア国内の兵力が薄まるほど、国内の反体制派武装勢力の活動は容易になる。CIAは彼らを支援する為の工作を進めている」

 ここに出入りする、例のアメリカ人の情報だと幹部たちは思った。

「ところで、黒海の作戦に勝利し、クリミアを奪還する前提の話だが、クリミアのヤルタで歴史的な会談が行われたことをご存じかな?第二次世界大戦の戦後処理について連合軍で話し合われた所だ。北方領土がソ連に奪われるという、悪しき密約が交わされた場所でもある」

 幕僚長の顔つきが生き生きとしてきた。彼がよく使う言い回し・・・過去の歴史と今を結び付け、ある種の結論を導きだす・・・そんなこだわりのようなものがある。

「まさにこの場所で、我々とNATOで戦後処理について話し合われるだろう。ロシアの分け前は軍事的貢献度により決められると主張し、NATOにはヨーロッパ方面を任されるだけの軍事貢献をして頂く。海自は黒海の支配権ををNATOへ引き継ぎ、極東へ帰還する。シベリア方面は日米で管理させて頂く。どうだね?まさに歴史的だろう?このヤルタで過去の悪しき密約を是正し、国際秩序を取り戻し、食糧とエネルギー資源を国際社会に行き渡らせる話し合いが行われる。世界中に平和と、明るい未来を与える、その中心に我々がいる」

 海自幕僚長の異様な迫力の前に、異論を唱える幹部はいない。

「では異議なしと受け止めてよいかな?これから政府関係者と会見がある」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ