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第二次日露戦争  作者: 畠山健一
10/25

「対馬の夜明け」作戦5

岐路に立つ自衛戦争


日本政府の公式発表

「本日未明、我が国は日本海において、ロシアの大規模な艦隊による侵略行為を確認した。これは先般北海道沖で発生した、自衛隊艦船の被弾事件に次ぐ、実力行使の意図を明確にするものであった。我が国は国際法にのっとり、警告し、自衛権の行使に及んだ。我々が受けた被害、与えた損害については現段階では発表を差し控える。尚、海上を漂流するロシアの軍人を多数救助した。彼らはわが国で適切な医療を受けることができる」

 海自護衛艦に引き上げられるロシア水兵の映像が公開された。海自隊員と握手して談笑する光景も映っていた。


ロシア政府の発表

「我が太平洋艦隊は突然、何の前触れもなく、日本海軍の攻撃を受けた。そしてロシア軍人の尊い命が失われた。全ての責任は日本側にある。侵略とはとんでもない言いがかりだ。我々はその責任を徹底的に追求し、その代償を払わせる。東アジアの平和を壊した日本の責任は重い。我々は平和を守る有志の国とともに軍国主義日本を粉砕し、勝利するだろう」

 ロシア太平洋艦隊の全滅には触れず、中国との共同戦線を意識した、威勢の良い言葉で締めくくられていた。ロシアの発表は過去の経緯から国際的に信用されていなかったが、侵略が「言いがかり」であること自体は事実だった。


中国政府の発表

「日本は過去の過ちを再び繰り返し、軍国主義が復活した。我が国の目の前で行われた、この違法な攻撃を我々は見過ごすことはできない。ロシアを助けるため、我々はあらゆる手を尽くす。日本との関係は大幅に見直すことになるだろう」

 中国はロシアとの協力関係を主に対米けん制に利用してきた。ヨーロッパとの対立は望まず、西側諸国との全面対決は避けたい。従ってロシアへの協力は限定的なものに留まっている。ただ、台湾をめぐる米国へのけん制強化の為、極東ロシア軍の支援に一歩踏み込む可能性はあった。


EU委員長の発表

「日本の自衛権行使を理解する。ロシアはヨーロッパのみならず、極東にとっても重大な脅威である。我々は日本と緊密に連絡を取り合い、支援を惜しむことはない」


ウクライナ政府の発表

「アジアの友人、日本は我々共通の敵、ロシアと戦っている。共に戦おう。日本は必ず勝利するだろう」


アメリカ政府の発表

「日本の立場を理解し、事態を注意深く見守っているが、現段階において日米安保条約の適用はない。我々はこの『地域紛争』の拡大を望まず、とりわけ核兵器の使用、第三国の介入には全力を挙げて阻止する」

 表向きは控えめな表現でロシアや中国を刺激させたくない印象を与えた。同時にそれは中露のその後の動きにくぎを刺す意味が込められている。

 ただ、日本国民に対しては日米安保条約の意義に失望を与えかねない声明であった。


 呉地方総監部の一室で、海自幕僚長をはじめ幹部数人が話し合っている。

「それでロシアの人的被害は?」

「回収した遺体と、生存者の証言による推定ですが、死者・行方不明者合わせて1,600名以上かと」

「そんなにいるのか?」

「魚雷の集中攻撃で、短時間で沈没した艦船が多かったようです・・・暗闇の中、逃げ遅れた乗員が多かったものと思われます」

「しばらく伏せておくしかない。国際世論がどう転ぶか分からないうちは・・・」

「次の声明では、海自の死傷者はゼロだったこと、外交による事態の収拾に努める方針を伝えます。ロシア兵救助の映像は一定の効果がありました。国内世論は海自の武力行使を概ね容認し、相手を助ける余裕の行動は海自の能力への信頼を高めたようです」

「ロシアに与えた損害は先ほど言ったとおり、当面伏せておくしかない。ロシアも公表することはないだろう」

「1941年の真珠湾奇襲の時は、大本営の発表に国民は熱狂したらしいです。今の日本では考えられないことですね」

「そう、この度は自国民から『だまし討ち』を非難されるだろう。良心的に成熟した国民性というやつだ。さて、これからが本題だが・・・」

 全員が深刻な顔つきに変わった。

「我々がこの戦いのゴールをどこに位置づけるかが問題だ。ここで停戦し外交交渉で幕を閉じることも一定の成果になる。ロシアはゾッとするような大損害を受けた。素直に停戦に応じるかどうかだが、国内事情からして、ヨーロッパと極東両面で戦争を続けることは難しいだろう」

「ここで停戦する、我々にとっての成果とは何でしょう?」

「ロシア太平洋艦隊のヨーロッパ遠征を阻止し、ロシアに相当のダメージを与え、ウクライナとNATOへ大きく貢献した。我が国は積極的平和主義のもと、西側陣営の一員としての役割を果たし、特に我が海自のステータスは国内外共に大いに高まった。それにここで停戦すれば、今後も日本人の血が流れることはない」

「しかし簡単に停戦が実現するとは思えません。ロシアの声明をお聞きかと思いますが、責任者の処罰や賠償金の要求をはじめ、到底受け入れられない事を言ってくるでしょう」

「交渉事だからまずは無理難題を突き付けてくるだろう。だが本音は極東での戦争に深入りしたくはない。ロシアのメンツを保つ形で・・・例えば謝罪の表明でも何でもよいが、簡単に停戦に応じるとみている。恨みは忘れないだろうが」

「ロシアは弱い立場にあるということですね?ならば、むしろこちらから要求を突き付けるべきでは?例えば北方領土の返還です。ロシアは北方の制海権を失ったわけですから、我々が海上封鎖することも可能です」

「ロシアは応じないだろう。ならば北方四島とサハリンを海上封鎖するかね?兵糧攻めというやつは長期戦になるし、ロシアは現地に住む民間人の犠牲を国際社会に訴えるだろう」

「最終的には実力行使で制圧するしかありません。北方領土は目と鼻の先です。海自と空自で支援し、陸自が上陸して制圧する・・・今なら決して不可能ではありません」

「ロシアは北方領土に数千人の兵力を配置し、日本に地上戦を戦う力はない。能力の問題ではない。生々しい殺し合いと損害に国民が耐えられないということだ。今の段階では」

「では・・・現状維持のまま何も動かないということでしょうか?」

「泥沼化する前に手を引くという選択について話したまでだ。昔の軍部の轍を踏まないために・・・ただ、ロシアにとって、太平洋艦隊を失ったことは政権の求心力を著しく失わせることになる。帝政ロシアは日露戦争の敗北をきっかけに弱体化した。無論、今日明日に変化するものではないが、アメリカはそのようなシナリオを描いているらしい。内部から政権崩壊を促すものだが・・・」

「気の長い戦略ですな」

 皆沈黙した。「対馬の夜明け」作戦はこの場で発案され、実行され、成功をおさめた。次の政策提言にあたって、今度こそ国家の命運がかかるものと誰もが思っている。

 昔の軍部のように、国を破綻に追い込むことは避けたい。成功した以上、あえてリスクを冒す必要はないではないか。

「君たちの考えは分かっている。この成功を台無しにしたくないのは私も同じだ。これから話すことに一人でも反対する者がいれば、国へ提言することはない。例によってCIAの友人の提案だ」

「停戦しない選択肢ですか?」

「そう、戦いを続け、究極の勝利を得るひとつの案だ。かなりの冒険だが」

「しかし、極東に海自が戦う相手はいないでしょう。地上戦ですが、ロシア本土はおろか、北方領土ですら無理だと言われましたが・・・」

「我々に地上戦は無理だが、今、まさにロシアと地上戦を戦っている国があるではないか。彼らと我々の共通点は、核をもっていないこと、ロシアと国境を接していること、それにロシアと交戦中であることだ。彼らは陸を制し、我々は海を制する。日本は伝統的に極東の海軍強国であり、今後もそうあり続けるだろう」

「よくわかりませんが、ウクライナと何かの共同作戦の構想でしょうか?ヨーロッパへ肩入れするのもいいですが、極東ロシア軍は依然として我が国の脅威です」

「ウクライナが敗北すれば、ヨーロッパの兵力が極東にやってくる。我々が危うくなるのが理解できないかね?」

「それは理解できます。ただ遠いヨーロッパの国との共同戦線は難しいかと・・・」

「ウクライナにとっても、我々にとっても、相手はロシアひとつだ」

「では計画を教えてください・・・」 

 全員が幕僚長に注目した。まさに日本の命運がかかる、重大な分岐点にいることを彼らは感じていた。

「その前に、この計画の目指すゴールを話そう。成功すれば、ロシア軍は壊滅し、政権は崩壊する。内戦を誘発し、連邦を構成するいくつかの共和国が独立するかもしれない。混乱収拾のため、ここでNATOが表舞台に出ることになる。今のロシアの国境線は彼らが統治するには広すぎる。西側主要国で分割管理し、資源は共同管理する。我々もいつかのようにシベリアへ足を踏み入れることになる。北方領土の返還は当然だ。もっと西へ進み、資源の権益を手に入れるだろう。無論、国際社会の合意の元でだ」

 幹部たちは言葉を失った。途方もなく、想像もつかない世界へ足を踏み入れようとしている・・・その覚悟を求められていることを彼らは悟っていた。

 我に返った一人が尋ねた。

「それがCIAの考えですか?」

「半分は私の考えだ」

 どこまでが海自幕僚長の考えなのか、尋ねる者はいなかった。

「それでは、計画について話そう・・・」


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