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1.アルマとヴェルナー

「ただいま、アルマ!」



 逞しい腕が、いつものようにわたしのことを抱き締める。



「おかえりなさい、ヴェルナー」



 上向きそう答えれば、ヴェルナーは屈託のない笑みを浮かべた。

 お日様みたいな眩しい髪色に空色の綺麗な瞳。底抜けに明るくて、優しい気性の持ち主である彼は、同じ孤児院で育った幼馴染だ。

 ちょうど同じ時期に、親に捨てられ、姉弟同然に育てられたわたし達は、一年前、結婚して幼馴染から夫婦に変わった。



「会いたかったよ、アルマ」



 スリスリと犬がじゃれつくみたいに抱き締められ、わたしは思わず首を傾げる。



「……昨日も言ったけど、数時間前に別れたばかりでしょう? 夫婦だもの。毎日会えない恋人同士じゃあるまいし」


「昨日も言ったけど、俺はそれじゃ足りないんだって。夫婦でも、仕事中は会えないだろ?」



 ヴェルナーはそう言って、拗ねたように唇を尖らせる。


 彼は子どもの頃から感情表現が豊かだった。大人になって、夫婦になって以降も、それはちっとも変わらない。言葉や表情で、感じたことを素直に表現しているのだと思う。



「俺、仕事中もアルマのことばかり考えてたよ」


「……嘘ばっかり」



 いや――――豊かというより、多少大袈裟、というのが正解なのかもしれない。疲れ切った表情からして、彼がとても熱心に仕事をしていたのは明らかだった。


 わたし達の国では、十四歳になると孤児院を追われ、独り立ちをすることになっている。だけど、ヴェルナーもわたしも、魔力を持っていたため、孤児院を出ると同時に王立学園に入学することになった。

 魔力っていうのは誰もが持って生まれるものじゃない。だから、たとえ貴族じゃなくとも、親が居らずとも、一定期間、国から教育を請け負われる。

 その代わり、将来は国のために働くことが求められる。職業選択の自由は皆無に等しいものの、食うに困ることがないので、寧ろありがたいと思っていた。


 学園卒業を機に、王都の隣町にある魔術騎士団に入団したヴェルナーは、日々領民たちのために働いている。普段は子どもっぽい感じがするけど、仕事中は人が変わったみたいに真面目になるらしい。彼と同じ騎士団に入団した友人から、こっそりそう教えてもらった。




「今日もめちゃくちゃ美味しそう。俺、アルマの飯が食えるの、ホント嬉しい。

でも、偶には俺の方が早く帰って、アルマにご飯を作ってあげたいのになぁ」



 鍋の中を覗き込みつつ、ヴェルナーは瞳を輝かせた。



「気にしなくて良いのに。わたしの方が勤務時間が短いし、ヴェルナーはその分朝食を作ってくれたりしているでしょ?」


 料理を作るのは嫌いじゃない。寧ろ『美味しい、美味しい』って食べてくれるヴェルナーを見るのは楽しいし、負担に感じたことなんてない。



「それはそうだけどさ。俺だってアルマを喜ばせたいし『おかえり』って言いたいんだよ」



 わたしに圧し掛かるようにして、ヴェルナーは小さくため息を吐く。見上げると、彼はまるで迷子になった子どもみたいな表情をしていた。



(仕方がないなぁ)



 大きな図体を抱き返せば、頭上でヴェルナーが笑った気配がする。



「ただいま、ヴェルナー」



 たった一言。それでもヴェルナーは、とても嬉しそうにわたしのことを抱き締めた。


 顔を上向けられ、額を重ね合わせ、大きな手のひらで頬を優しく包み込まれる。キラキラとこちらを見下ろす瞳が眩しくて、胸の中が甘ったるくて、ついつい顔を背けたくなる。


 その瞬間、ヴェルナーがチュッて音を立ててわたしの唇に口付けた。ぶわわわ、と頬と胸の辺りが熱くなって、目尻に少し涙が溜まる。

 もう一回、ヴェルナーはさっきよりも長い口付けをした。片方の手でわたしの腰を抱き寄せ、反対の手で優しく頭を撫でられる。



(こういう時、どうしたら良いか分からなくなる)



 ヴェルナーがわたしに触れるのは毎日のことだ。だけど、一年経っても一向に慣れない。彼を受け入れるのが精一杯で、わたしから何かを返すってことは難しい。



『アルマっていっつも受け身だし、周りに流されて生きてるよね』



 かつて、誰かに言い放たれた言葉が、頭の中で木霊する。


 その通りだった。


 孤児院では、何かを選ぶ機会なんて無い。与えられたものを着て、差し出されたものを食べる。何かを欲しがることも、嫌がることも許されない。そういう環境だった。

 おかげでわたしは大人になった今でも、自分の意思で何かを決めたり、選んだりすることが出来ずにいる。



(ううん、孤児院のせいにしたらいけないなぁ)



 同じ孤児院で育ったヴェルナーは、わたしとは違って、自分の意志で色んなことを選び取っている。幼い頃から『魔術騎士団に入るんだ』って決めていたし、何かを求めること、選ぶことに躊躇しない。


 多分わたしは、元々優柔不断な性格なんだと思う。


 ヴェルナーと結婚をしたのだって、彼から『結婚しよう』と言われたからだ。恋人同士でも何でも無かったのに、誘われて二つ返事でオーケーした。

 もちろん、好きか嫌いかで言えば当然好きだったし、彼のことは誰よりも大事に思っている。だけど、『結婚したいと思っていたのか』と尋ねられたら、わたしは答えに困ってしまう。


 それはきっと、彼と幼馴染だった期間が長いからって理由もあるけど、それ以前の問題のような気もしていた。



(わたしは、ヴェルナーのことを――――)


「おかえり、アルマ」



 力いっぱい抱き締められて、わたしはヴェルナーの胸元に顔を埋める。

 毎日嗅いでいるお日様に焼かれた汗の匂い。


 だけど、今日はそれに混じって、花びらを煮詰めたみたいな甘ったるい香りがした。

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