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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私はアルファだから。

作者: 紺色橙

 アルファだから、多少見目良く生まれた。

 アルファだから、他者を犯すことができる。



***



 アルファ、ベータ、オメガという3つの性を、世界は優劣そのものだという。実際がどうであるかは私からは何とも言えないが、それに近いことを人々は認識している。実際はどうであるか何とも言えないのに、そういわれているから、そのようになっている気もする。


 私はアルファとして生まれたものだから、男性器に類するものと女性器そのものを持ち合わせている。でも長いこと、この体について何も考えてこなかった。『こういうものなのだ』と思っていたし、『そうなのだ』と説明されてもいたから。


 25歳から私は、自分の精液を採取して自分で取り込んでいる。

 この行為は、初め原始的なものだった。自分が射精したそれを自分の手で自分の中に塗り込むのだ。

 アルファとして勃起することはできるが、興奮は女性器の方が影響を受けやすかった。だから私は風俗店に行き事情を説明し、発情期のオメガの人を用意してもらった。オメガの発情期を前にすれば、私は女性としてではなくアルファとしての本能が先に立つ。そうしてオメガの人に挿入するでもなく、自らの精液を採取した。

 この案は上手くいった。未だに採用しているくらいには。


 原始的な方法ではどうしたって妊娠するわけがなく、最終的には当たり前のように顕微授精することにした。

 自分の卵子と自分の精子を無理やりくっつける。そこまでしなければ、私は私を拒絶した。

 それを私が胎で育てる。未だに、成功はしていない。


 私がしていることは私のコピーの作成だろうか、それとも。



 なぜこんなことをしているのかというと、単純な話、オメガの子に惚れてしまったからだ。どうしても体が反応する。だから、私はそれを否定したかった。

「あなたが好きなの」

 そう言いたい。でもそれを言う口はどの立場でどの体なのだろう。アルファだからオメガを好きなの? それとも私があなたを好きなの?

 私は後者でありたかった。あの子を私が好きなんだって、アルファだとかオメガだとかなく、ただ好きなんだって言いたかった。


 体が強く反応する。

 だからあの白く細い首にリボンを何重にも巻き付けて守らなければ。私という獣から守らなければならない。

 見苦しく蹲っている間に距離を取って、走って、逃げて。


 首輪をつけて繋がれるべきは、本当はアルファの方でしょう。

 




「いいじゃない。子供作れば」


 彼女は簡単にそんなことを言う。


「だって、違うの。私は子供が欲しいんじゃないんだよ。あなたが欲しいの。あなたの子が欲しいんじゃないんだよ」


 口ではちゃんとそう言える。だけれど体はそれを否定する。彼女を犯して二人の子供を作りましょうと誘ってくる。

 あなたと交わりたい。ドロドロに溶けて、どちらか分からなくなるくらい。手がどこなのか、目玉がどこにあったのか、わからないくらい交わりたいの。

 でも体は私とあなたの境界線を引いたまま。


「私が生み出すものなら同じだろうに」


 暖かな腕、暖かな頬、血が通った青い血管、尖った爪。

 漂ってくる洗剤の微かな香り。洗われたシーツの滑らかな手触り。ぐるりとそれに包まれて、まるで赤ちゃんのおくるみのよう。


「私のことを好き?」

「好きよ」

「なら、それでいいじゃない」


 骨が軋むくらい抱きしめられて、それからふっと解放される。彼女の力は強くないから私の骨が砕けることは無いのに、そうなってしまえばいいのにと思う。砕け散って、パズルもできないくらい粉々に。


 彼女の発情期がない時に、薬を飲んで彼女と会う、ホテルの一室。

 何かあったらすぐに駆け付けてくれとフロントに面倒ごとを頼み、何かあったら私を刺し殺せとナイフを置き、すぐに追いかけることができないようにと慣れないアンクルストラップのピンヒールを履いている。

 彼女は私に合わせズボンにスニーカーを履いて付き合ってくれる。


 そんな彼女は、それでも番にはなってくれない。


 強いアイメイクを施した彼女は、毎回違う色の口紅で歯を見せて笑う。





「そういう仕事だもの」

 彼女の言うことは正しく、それ以上でもそれ以下でもない。私は風俗店に彼女の派遣を頼み、彼女は私のもとに来る。

 彼女の名前を知っている。でも呼んでしまっていいのかわからず、呼べずにいる。


「私馬鹿だから」

 体調のいい時はスーパーで惣菜を作る仕事をしているが、それでは給料が足らないため風俗店と掛け持ちをしているんだと話してくれた彼女は、本名を教えてくれた。

 少しきらびやかな名前は作り物っぽく、お店の人は店用の名前だと思ったらしい。オメガが性風俗店で働くことはありふれたことで、詳しい身元調査もなかったんだと聞かされた。

 だけども名前は彼女を表すもので、唯一無二の彼女だけを表すもので、だから、本当は教えたくなかったのに教えることになってしまったのかもしれないそれを口にできない。


 その身で子供を作ればいいと彼女は安請け合いするのに、番にはなってくれない。スタイルがいいから肩を出したマーメイドドレスも白無垢だって似合うだろう。でも彼女が纏うのは、ただの白いシーツだけ。


 私がアルファだから、そして彼女がオメガだから、どうしてもうまくいかないのだと思う。

 一人の人間としていくら好きだと言ったとしても、私の性は変わらない。私はアルファとして生まれ、育ち、生きている。

 彼女を男のように犯し、その身に私を植え付けることができるのが、私のアルファという性である。


 人は自分にはないものに惹かれるという。私は彼女に惹かれている。

 きっとあのゆらゆらと笑いながら白いシーツを被った幽霊のようにつかめないところは、魅力の一つ。

 彼女を呼んで話すほど彼女に惚れる。好きなところが増えていく。絶対に遅刻はしないところも、私と対等に横並びしてくれるところも、似合う色を身に着けているところも、褒めれば歯を見せて笑うところも。




 そこらの男性ではなく彼女を好きになったのは、アルファとして子孫を残したいからではないかと考えた。それを否定できなかった。

 女性でありオメガでもある彼女は妊娠確率が高い。とても都合がいいから、私は"好き"と柔らかな綿でアルファ性を包み込んでしまったのではないか。否定できなかった。


 ただ子を作りたいだけなら、ちょうどここ(・・)にあるじゃないかと笑いが出た。

 私は女であり、そして同時に男のようなものである。

 彼女でもなく他のオメガや女性を傷つけることもなく、子を作ればいい。それができたら――彼女をただ好きなのだと、示せるんじゃないかって。


 彼女を好きなことに理由が欲しくなかった。だけど否定ができない。

 何度チャレンジしても子は成らず、会うたび彼女をじっと見つめてしまう。発情期でもないのに噛みつきたくて、私で満たしてしまいたくなる。これは違う。アルファが表に出てしまうのは違うって思うのに、欲求はただ募る。


 シーツ越しの触れ合い。

 削り尖らせた爪先でひっかき傷をつけてもらうたびに、その小さな痛みで我に返る。



「好きよ。私がアルファじゃなくっても好きだよ。でもね、噛みたくなっちゃうの」

「噛むだけでいいの?」


 彼女は笑う。

 答えは、ノー。


「こんなじゃなければよかったのに。私がベータやオメガだったらよかったのに」


 優しいぬくもりに触れれば心が満ちる。体が乾く。彼女を犯すために体が準備されている。

 ベッドに放り投げた体。落ちた足先のヒールが重い。彼女から離れ冷たいシーツに触れても熱は消えず、体の中でどくどくと鳴っている。

 彼女に会うためにいつもより時間をかけて丁寧に施した化粧を擦るわけにはいかない。見苦しい人間の隣には立たせられない。だけどもじんわり涙が滲む。


「あなたが欲しいの。いつもいつも、それだけ」


 いっそ発情期の彼女に襲い掛かって、アルファ性に飲み込まれて、自分を壊してしまおうか。彼女はきっとこれが仕事だからと笑って、きっと次も来てくれる。

 そんなことを思うだけで、本心なんか少しもない。



 私が私として彼女を好きならば性欲だって許せるのに、私は、アルファだから――。




[終わり]

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