2人の秘密(後編)
――その頃。
ディランもまた2年前のあの日のことを夢に見ていた。リディアが意識を失ってすぐのことだ。
「リディア!!ちょっと、だ、誰かぁ!」
セレナが叫ぶ。するとすぐ様ディランは現れてリディアを抱き抱えると、消えてしまった。セレナは驚いて腰を抜かす。
――リディアの部屋。
ディランはリディアをベッドに寝かせる。先程の血の海は、綺麗なシーツに交換されていて面影もない。血の気の引いた顔は蒼白い。薄っすら涙が流れてくるとディランは掌で脱ぐってやった。すると、小さい時から身につけているピアスが目にとまった。石の種類は知らないが、いつも薄いマリンブルーのような色がリディアの金髪の髪の間から見え隠れしている。角度を変えると、何かが刻まれているように見える。
「これは…」
ディランはリディアに布団をかけて、部屋を出る。部屋の前にはセレナがしゃがんでいた。ディランが扉を開けたと同時に、顔を上げる。
「お兄様、魔法使えたのね」
「…お前の前でつかったことは、父上には内緒だぞ」
セレナはディランを睨みつけるが、セレナは小さく頷いた。
「…傍についててやるといい」
その場を離れ、父の部屋へとディランは向かった。ノックをすると秘書が出てきて、父にとりついでもらう。部屋のさらに奥の部屋の扉をノックする。
「入りなさい」
「…失礼します」
父は机に背を向けて椅子に座って、大きな窓から外を眺めていた。
「何か用かい?わざわざ君の方から訪ねてくるなんて、何かほしいものでもあるのかな」
「…そんなところです」
「ほう、どうしたの。珍しいこともあるもんだね。言ってみなさい、出来る事なら叶えてあげよう」
「父上は…公爵家の夫人になる者に血筋を求めますか」
公爵は机の方をむいて面食らった様な表情をすると、両肘をついて指を組みそこに顎を乗せて、興味深そうに話始める。
「…随分唐突だね。まあ、僕は気にしないけど、君の母上はどうかな。でも、まあ君は君の選んだ人と一緒になったらいいよ」
「では、僕は………」
僕は?自分は何を言っているのだろう。記憶の断片が思い出せない。
「悪くはないけど、それは叶えてあげられない希望だね」
「…何故ですか。先程父上はああ言った。だけど今はダメだと言う。その理由は何ですか」
「それは今14になったばかりの君が急≪せ≫いて考えなくてもいいとだけ伝えておこう」
父のこの顔は何を言っても聞き入れてもらえない、息子だからわかるそんな顔をしている。
「…俺はきっと、いくつになっても気持ちは変わらない。だけど、今は大人になってどこか遠くへいく前に、そうならないように大人に見守ってもらうことしか出来ないから…悔しくてたまらない」
「青いな…」
「……………」
二人の間に沈黙という空気が流れた。
「一つ、いや二つきいてもいいですか」
「…何かな」
「…リディアは俺の妹ですか?」
父は驚いた顔をし、笑みを浮かべる。
「…どうだろう。彼女は僕の初恋の女性の娘なんだ」
「………」
真面目に答えようとしない父にディランはしびれを切らす。
「では………」
またもや思い出せない。所々思い出せないのは夢だからなのか。不思議なものだ。
「君がそれを知る必要は、今は…ないよ」
父は一瞬驚いて、一瞬微笑んだ。
「まあ今は母上に優しくしてあげなさい。君が親離れしていくのが彼女はさみしいのだから」
そう言って父は立ち上がり、ディランの頭を軽く撫でた。その瞬間、ディランは急に眠たくなって、よろけつつも何とか部屋を出て行った。
―――おかしい。
自分は今出て行ったばかりなのに、ちゃんと部屋にたどりついたと記憶しているのに、まだ夢は自分がいなくなったあとの部屋の中のビジョンのまま続いている。
「…これでいいのか、ヴォルヴァよ」
公爵は部屋の奥のソファに座っている人影に声をかける。
「これで良いのです」
「あの子が知ったらきっと怖い顔で私の所にやってくるのが目に浮かぶようだよ。ああ、ヴォルヴァ、君のせいだよ。あの子は跡取りだからね、母親とも離されて教育されてきた。何一つねだってきたことがない。だから僕はね、初めて何かねだってきたなら、僕は叶えてやる努力はするつもりだった。だけど、君が運命がどうたら言うもんだから」
公爵は椅子にもたれるようにして、少しだらけるような素振りで話した。
「私がいてもいなくても、この件にいたしましては、貴方様お一人が決断できる話でもありますまい」
「…うん。でもまあ、気づいてたね、あの子は。気づいていて、それでもねだってきたのに。なんとしても叶えてやるべきだったのか…。僕は君の言うことをきいて本当に良かったのか自信がなくなってきたよ」
「想いが強ければ乗り越えられます。そうでなければ、何も知ることもなく、不幸になることもありません」
「まあ、ヴォルヴァ、君を信じるしか今はないね。あの子の魔力は強いけど、まだ学ばなきゃいけないことがたくさんある」
――これは夢か現実か。
ディランは目を覚ます。
(何だ、この夢は。)
ディランは前髪をクシャッと書き上げて、しばらく考え込む様にして、一点を見つめていた。
ヴォルヴァ。ディランはヴォルヴァと呼ばれるその人物を知っている。正直、裏切られた気分だった。父とヴォルヴァは何を画策していたのか。ヴォルヴァとは、ディランがまだ小さい頃に魔法を教わった、謂わば師である。ヴォルヴァというのは見る人によって姿かたちが変わると言われていて、本来の姿を知るものは僅かにしかいないという。国最大で最高の魔法を司る者とされている。
(俺はあの時父に何をねだったんだ…?)
考えれば考えるほど、何か大切なものを忘れているようなそんな気持ちに苛まれる。
(血筋?一緒になる…?)
このやり取りに対して、一言一句覚えているわけではないが確かにこのようなやり取りをした記憶はある。どうして父親の部屋まで行ったのか。何をねだりたかったのか。考えれば考えるほど不自然なのだ。なぜなら、このやりとりから自分の感情的なものが何一つ読み取れないからである。気持ちは変わることはないと断言するほどの強い気持ちが今、感じることはできない。あれほど夢の中では、不安と期待に胸を募らせながら行ったのにも関わらず、だ。父の部屋に行くきっかけを探すために記憶を遡ってはみるものの、リディアが初潮を迎えたこととそれが何の関係があったのか。父の部屋に行く前に見たリディアのピアスの紋章が手がかりになる筈だ。否、…思い出せない。はっきり見て、何かを感じて父の部屋へと向かったのに、その紋章すら思い出せないなど、有り得ない。
この出来事の後、幾日も経つことなく、父の名代という名目で領地へ行かされ、そのまま休暇も終わり、王都の大学へ戻った。というのも、全ては父の差し金だったのだろう。この2年もの間、長期休暇の度に用を言いつけられていた、ように思う。領地の視察、王宮の夜会に、貴族の夜会、領地での決算書類等の処理などである。一つ仮設を立てるとすると、全てが一つに繋がっている…とまではいかないが、納得はいくというものだ。