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偽物には要注意!

 ローズクォーツ邸では今日もサロンが開催されている。今日はこのシーズン最後ということ、子息のディランの帰宅を耳にしたのか、いつもより女性客が多い。

 サロンとは言っても略式である。公爵邸の庭を一部開放した自由なお茶会のようなもので、特に公爵が直接的にもてなしたりするわけではなかった。お菓子にいたっては公爵家自慢のシェフが腕を振るう。

 今日のサロンはいつもと客層が少し違って、単に女性客が多いというわけでもなかった。いつもは有閑なマダムの話場のような、そんな年齢を想像させてしまうような年齢層が多いのだが、今日はそれだけでなく、令嬢の姿が多く見られた。年頃の令嬢たちは、皆母親に連れられてやってくる。いつもより煌びやかに着飾って―否、着飾らせられて連れられて来るのだ。それだけ公爵家との縁組みはどこの貴族も願ってもない事である。また、そんな令嬢たちとの出逢いを求めた子息たち、男性同士で自由な思想の交換の場として楽しむものも少なくはなかった。



 リディアとセレナは別の場所でアフタヌーンティーを楽しんでいる。

「うふふ、サロンの日はいいわね、お菓子が豪華だもの」

 リディアは幸せそうに頬に手をあてる。

「もうやだ、リディア!言ってくれれば毎日同じ物つくらせるのに!!」

「…そうじゃないわよ。いつも同じじゃなくて、たまにいつもよりもっといいものだからいいのよ。いつものお菓子でも十分美味しいの」

「良く解らないわ。だって、いつもよりもっと美味しいものが毎日、好きな時に食べられたらそれが一番じゃない」

「それはそれでいいと思うわ。私は何か日常の中に何か特別なものを見つけていたいだけなのかも」

「苦労性ね。私ならそうは思わないわ。だって、毎日好きなものに囲まれて暮らせるのなら、そのほうが絶対にいいに決まっているもの」

「セレナはそれが許されるんだからそれでいいと思うわ。私は毎日好きなものだけにかこまれていたら何が好きなのかわからなくなりそうで怖いだけ」

「何よ、私がそうだってゆうの?」

 セレナの言葉にリディアは固唾を飲んだ。

「…そうじゃないわ、わたしがそれは怖いってだけで…」

「いいわよ、リディア弁解しなくったって!いくら私がリディアに良くしてあげたくたってリディアにはわかんないのよ」

 セレナは走ってこの場を去った。セレナが放った言葉はリディアの心を鋭く射抜いた。『良くしてあげたい』この気持ちはすごく嬉しいが、友人としては一番言われたくない言葉でもあった。しかし、彼女といる時はいつもリディアが一歩引いているのも確かなのだ。リディアのそんな無意識な遠慮も彼女のプライドを傷つけるには十分だったのではないかと、リディアは思った。

 そんなことを脳裏で考えているうちにセレナを見失った。すぐに追いかけようと思ったが、誰かが腕を掴んだ。

「どうして追いかけるの?悪いのは君じゃないのに」

「誰…です?」

 リディアは振り向いて、腕を振り解かずに聞いた。自分より少し年上位であろう青年が微笑んで立っている。

「先に訊いたのは僕だけど?質問に質問するの?」

「…悪いとか悪くないとか、そうゆうことじゃありませんわ。価値観はみんな違うものです。ですけれど、大切なお友達だから…追いかけたいと思うのです。…答えましたよ、貴方は?」

「…アクアマリン侯爵子息、マリオスとでも呼んでくれたらいいかな、とりあえずはね」

 リディアは彼をきつく見上げる。『とりあえず』の意味がわからなかったが、あまり深く聞くと厄介な気がしたので、訊くのはやめた。よく見ると、彼は色素が薄いのか蒼白い顔をしている。

「…そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしいんだけどな」

 彼は手のひらで口を押さえて、目を逸らしたように言う。

「なっ………」

 見つめられる、という言葉に反応してリディアは赤くなった。

「見つめてなんかいないわ!誰この人って見てただけだもの。とりあえずはだなんて名乗るのもおかしいなとか、考えてただけよ!」

「ははは、話し方こっちの方がいいよ。考えてもらえるなんて光栄かな」

「…話の通じない人ね」

 リディアはスタスタと歩き始める。

「どこいくの?」

 リディアの歩き始めた足が止まった。そしてくるりと綺麗な弧を描くように振り向く。

「先程申し上げましたように、お友達を探しに行かないとなりませんので、失礼いたしますわ」

「…実は広すぎて迷っているんだ。広場まで連れて行ってはもらえないかな」

「…どうしてわたくしがこの屋敷のものだと思うのですか」

「確かに。どうしてだろう?」

 マリオスという名の客人は素直に認めた。あまりにもあっさりと認めたのでリディアは調子が狂う。

「…広場まで連れていくだけなら」

「ありがとう」

 リディアがきつく見上げると、彼は笑った。リディアはまたスタスタと歩き始める。ふと後ろを振り向くと、彼は5m程後ろにいた。気になってリディアはすこし後ろへと戻ると、息を荒げに歩いているのがわかる。

「ねえ、貴方。大丈夫なの?」

「…ちょっと日差しが暑くてね。心配しないで、ほら先に進もう」

 『心配』という言葉を使われると複雑である。気はつかったつもりはあるが、心配をしたつもりなんてこれっぽっちもなかったからだ。リディアは早くセレナのところに行きたいくらいなのに、こんな風に足枷が邪魔をして思うように探しに行けない、そんなもどかしさがつい態度に出る。

 それから少し歩いて広場の前に来たところで、少し奥にセレナの姿が見えた。セレナもこちらに気づいたのか近くにいた男性に声をかけて、こちらを指さして近寄ってくる。

「私お友達を見つけたので失礼するわ…ね」

 リディアが振り向くと、近くの木にもたれ掛かって、肩で呼吸をしている。

「ちょっと貴方、やっぱり具合が良くないんじゃないの」

 リディアは彼に近づいて、顔を覗き込む。相変わらず、蒼白い顔に冷や汗をかいているようだ。

「大丈夫、ちょっとこうさせて」

 彼はリディアの身体を抱きしめる。リディアは驚いて人形のように動かない。それをいいことに彼はリディアの前に跪くと、左手の甲にキスをする。

「僕のつ…」

 彼が何か言おうとした瞬間、リディアの左腕を誰かが掴んだ。

「我が屋敷でそういった振る舞いはご遠慮願いたい」

 またもや驚いて隣を振り向くと、ディランが自分の腕を掴んでいる。振り向けば、いつの間にかセレナとその連れが目の前にいた。セレナの隣の彼はなせかバツが悪そうに額に手を当てている。我に返って遠くを見渡すけれど、皆おしゃべりに夢中で幸いにもこちらのことには気づいてないらしい。

「…で、マリオス。お前はお前で何をしている?」

(え………?)

 ディランは『マリオス』という名を口にしたが、なぜかそれは自分の隣にいる彼ではなく、セレナの隣にいる彼に向って投げかけているようだった。

「あら、マリオス様と、お兄様はお知り合いなの?」

「…うん、学友だよ」

 セレナの隣のマリオスが答える。リディアはきつく隣の彼を見上げる。

「貴方、マリオスって呼んでくれたらいいかな、とりあえずはねって言ったわよね」

「うん、そうだね。僕が誰だか知りたい?」

「なるほど、とりあえずね、確かに」

 リディアは連れなく答える。

「…マリオス、お前の連れか?」

「そう…なる…かな」

「お前何しにうちにきた?」

「…それは、まあ…嫁探し?かな…」

「…セレナの方か」

 ディランはセレナを下から上までじっと見た。

「や、だってリディア嬢は…」

 ディランは強く睨む。ディランの殺気は凄んでいて、マリオスは黙るしかなかった。

「で、こちらの客人は何者だ?」

「…取引先の子息かな…」

 マリオスは遠くの方を見ながら答える。偽マリオスは、ディランと本物の会話を聞きながら腕を組んで余裕そうにしては口元に笑みを浮かべてさえいる。

「僕が何者かって?それはマリオスからは口が裂けても言えないでしょう。後日改めてご挨拶に伺います。それまでご容赦願えませんか?ローズクォーツ公爵子息殿。僕が嘘をついたなら、マリオスが首をさしあげましょう」

 そう言って爽やかに笑う。要するに、侯爵子息のマリオスが首をかけられる程の身分ということなのであろう。

「…ちょっと、ルカ!」

 マリオスが慌てて彼を呼ぶが、彼はそんなことはお構いなしでリディアに近づく。

「じゃあ、それまでまたね、お嬢さん」

 彼はリディアの額に手をやろうとしたが、ディランの持っていた本にその手が阻まれると、少し呆れたように息を吐き、笑みを浮かべて去っていった。

「じゃ、じゃあ、また…」

 偽マリオスの後を本物のマリオスが追いかけていく。まったく可笑しな光景である。

「あっ…マリオス様…!」

 セレナの声にマリオスは振り向いて手を振った。

「ちょっとお兄様!何も追い出さなくたって」

 ディランは小さく溜め息をつく。

「…お前どんな頭の中してるんだ?あんな怪しい輩は捕えられても文句言えないんだぞ。名乗れないから逃げただけだろう」

「お兄様が怖いから逃げちゃったんじゃない、マリオス様まで」

「…あいつはやめとけ」

「どうして?」

「…女好きだから。まあ、それでもいいなら手を貸してやってもいいが」

 セレナは少しショックを受けたようで考えている。

「あのー、ディラン…?」

 リディアの声に、ディランは目を向ける。

「…そろそろ手を放して」

「ああ…すまない」

 ディランがリディアの手を放すと、リディアは掴まれた腕に反対の手を当てる。一部始終の間掴まれていたため少し赤くなって跡が残った。

「やだお兄様!赤くなっているじゃない」

「大丈夫よセレナ。そのうち戻るわ」

 木に寄りかかって腕を組んでいるディランが静かにこちらを見ていたので、リディアは微かに笑みを浮かべてはすぐ逸らした。それにディランは違和感を覚える。

 そんなやり取りをしているうちに、サロンの客のマダムたちはディランの姿に気づいたようで、ざわざわと遠くから声援が聞こえてくる。

「ほら、お兄様お行きなさいよ。未来の夫人候補がいるかもしれないじゃないの」

「……………」

 ディランは遠くの方に目をやって、セレナの言葉にリディアに目をやる。それをリディアは知ってか知らずか目を背けたので、ディランは少しの間じっと見ていた。やがて歓声も大きくなり引っ込みの利かなくなったディランは本をセレナに渡すと、溜め息をつきながら広場に出ていく。それを2人は見ていた。

「…ディランて、笑うのね」

 リディアが呟くと、セレナはリディアを見た。

「お兄様って不思議。なぁんにも思ってない相手にこそ微かだけど笑顔で対応できるなんて。不器用な人」

「…そうね。誤解されても、弁解すらしないんでしょうね。肝心なことは言わなそうだもの」

「…そうね、誤解されているのかもしれないわね。あーあ、私のお姉様になってくださる方は誰かしらー?」

「セレナったら…」

 リディアは笑った。しかし、胸の奥がチクッと少し痛むのは、きっとあの日が原因だろうと思うのだった。

「あーあ、私の旦那様もどうしたものかしら!マリオス様素敵だったのに…」

「そういえばその話、詳しく聞きたいわ」

「そうね、またお茶の続きをしましょう。うふふ」

 2人は仕切り直して、またお茶会を再開するようだ。話に花が咲いて二人の話はまた今日も長くなる予感である。


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