ここぞの忍術
世は戦国時代。
各地の大名たちが、天下統一を目指していた。
いくつもの国が戦に敗れ、滅亡していく。
そして、ここにも一つ、敵の大軍に包囲されている城があった。
未だ正面の門は固く閉じている。城の内側には、敵の侵入を許していない。
だが、矢の本数などは、残り少なくなっている。この状況が続けば、いつかは・・・・・・。
国主は天守閣に座して、考えごとにふけっていた。
すでに自国の兵力はほとんど、この城にかき集めている。
周辺国に救援を頼んではいるものの、どこも「次」を見据えているのだろう。漁夫の利を得ようと、国境に兵を張りつかせている。あれでは、救援とは呼べない。ただの野次馬だ。
城攻めをしている敵も、国境に他国の兵が集結している、そのことに気づいているはずだが、包囲を解こうとする様子はない。「次」も勝てると見込んでいるようだ。それが可能なくらいの大兵力。
敵は降伏を呼びかけてこない。
かつ、こちらから送った降伏の使者は、問答無用で斬られてしまった。
交渉する気はないらしい。向こうは最初から、こちらを皆殺しにするつもりのようだ。
敵将の言葉を借りるなら、「神仏への供物」にするのだとか。「この城ごと丸焼きにする」と叫んでいる。
野蛮人どもめ。国主は手に持っていた煙管を、畳の上に投げつけた。
とはいえ、敵が強大なのは事実。そろそろ覚悟を決めねばなるまい。この城にいる他の者たちにも、辞世の句を詠む、そのくらいの時間は必要だろう。敵が本気の大攻勢に出てからでは、そんな時間はおそらくない。
だが、先に確認しておきたいことがある。
「マリモはいるか?」
呼びかけると、すぐ近くにある襖が開いた。
「ここに控えております」
忍び装束の女が、片膝をついている。
「忍者の里から、援軍は来そうか?」
「来ます。ですが、里の中でも意見が分かれていて、どのくらいの規模になるかは・・・・・・」
「お前の予想では、どうだ?」
彼女は少しだけ沈黙してから、
「おそらく、十数人かと」
「それでは足りんな。全然足りん」
敵陣の背後で騒ぎを起こしてもらい、同時に城の中からも出陣して血路を開く、というのは無理そうだ。
「わかった。では、お前に重要な任務を与える。これより城を脱出し、この書状を忍者の里に届けてもらいたい」
国主は立ち上がると、マリモに書状を託す。
「今日まで世話になった、忍者の里には感謝している、そういう内容を記しておいた。マリモよ、よく尽くしてくれた。お前まで、この城やこの国と運命を共にする必要はない。最後の任務、しかと託したぞ」
「・・・・・・」
「ほら、早く行かんか。そうそう、その書状には、隠し財宝のありかも記しておいた。重要な部分は省略した、なんてことはないから安心しろ。財宝は忍者の里で好きに使ってくれ。これまでの感謝の気持ちだ」
直後に、この地域に伝わる童歌、それを国主は短く口ずさむと、
「これをそらんじることのできない『よそ者』は、この城に不要だ。故郷が同じ者だけで、最後の瞬間を迎えたい。『よそ者』のお前は邪魔だ、さっさと去れ。しっしっ」
くるりと背を向けて無視するが、彼女の気配は動かない。
こうなったら我慢くらべだ。ずっと後ろを向いていてやる。
そんなことを国主が考えていると、マリモの方から声をかけてきた。
「これまで隠していましたが、私は珍しい忍術を使うことができます」
興味をそそるようなことを言ってくるが、国主は聞こえないふりをする。
「『ボールの術』と申します」
その直後に、彼女の気配が一瞬で消えた。
すぐに確認したい気持ちを抑えて、しばらく待ってから、国主はふり返ってみる。
そこにマリモの姿はなかった。
代わりに竹かごが置いてあって、その中には野球のボールが、たくさん詰まっている。
どうやら、本当にいなくなったらしい。それでいい、お前は生きろ。
国主はボールを一つ、手に取ってみる。
普通のボールのようだ。マリモは『ボールの術』と言っていたが、特殊な効果を秘めているようには思えない。
「あいつめ」
国主は笑う。
「別れの品を置いていったか」
普通に渡すのでは、こちらが断る、とでも考えたのだろう。それで、『ボールの術』などと、ありもしない忍術を口にし、こうして野球のボールを置いていった。
「マリモよ、お前は本当に気が利く。これは、ありがたく使わせてもらうぞ」
国主は城中に、ボールを配って回る。ゆっくりとはしていられない。最後の瞬間が迫っているのだ。
しばらくして、敵の総攻撃が始まる。
城内の矢は、すぐに尽きた。
あと手元にあるのは、野球のボールだけ。
城の中にいる者たちが次々と、城の外へ向かってボールを投げ始める。
この行動を目にして、敵の軍勢が怯んだ。
矢ではないものが、いきなり飛んできたのだ。あれは何だ?
ん・・・・・・野球のボール? 何かの策か?
敵将が警戒して、大声で命令する。
「そのボールには、絶対に触れるな!」
しかし、特に何も起こらない。
「そうか、矢が尽きたのだな」
敵将は察する。
それで野球のボールか。すでに城側は、まともな遠距離攻撃ができない状況にある。
だったら、ボールは無視していい。
「奴らは無力だ! 一気に攻め滅ぼせ! 一人も逃がすな!」
大軍勢が前進を再開した。四方八方から、城の守りを食い破っていく。
間もなくして、城は落ちた。守備側は全滅。
城を覆う炎は、三日三晩にわたって燃え続けた。
四日目の晩だ。
満月の下、城の外。
野に散らばっているボールが、風が吹いたわけでもないのに、ゆっくりと転がり始める。
すでに敵軍は引き上げていた。だから、ボールの移動を妨げる者はいない。
それぞれが引き合うようにして、ボールは一か所に集まってくる。
その時ちょうど、満月が雲に隠れた。
しばしの闇が晴れると、さっきまでなかった一人分の影が、地面の上に出現していた。
マリモである。
自らの姿を「たくさんの野球のボール」へと変える忍術、『ボールの術』の効果が切れたのだ。
いかに経験豊かな忍者といえども、あの状況での脱出は、困難を極める。
マリモは自分の周囲に目を走らせた。
どうやら、うまくいったらしい。城にいた者たちが、矢の代わりにボールを全部、城の外へと投げてくれたようだ。脱出成功。
そのあとマリモは、ある場所へと視線を移動させる。城の天守閣だ。
現在の状況を理解するには、それで十分だった。あの様子だと、生存者はいないだろう。
この国のために、自分ができることはもうない。
忍者の里へ戻ろうとして、マリモはふと、自分の体の異変に気づいた。
思わず両腕を見る。
そこには、文字が書いてあった。
これって・・・・・・辞世の句?
すぐ近くに水たまりがあったので、それを使って調べてみる。文字はほぼ全身に広がっていた。
どうやら、城にいた者たち全員が、ボールに辞世の句を書いたらしい。今さらながらだが、あの城の人たちなら、こういうことをやりそうではある。
で、敵が城に火を放つことはわかっていたから、ボールを城の外へと投じた。自分たちの辞世の句、今日まで生きた証しを、炎から守るために。
マリモは満月を見ながら考える。
忍者の里へ戻るまで、誰かに会う予定はない。
なので、急いで消す必要はない。
(もうしばらくは、このままでいよう)
マリモは風をまとって走り出した。
次回は「デパート」のお話です。




