優越感
地球の上空四百キロメートル、無重力の空間に、アメリカの宇宙ステーションが浮かんでいた。
その内部には現在、七人の宇宙飛行士たちが滞在している。
彼らは毎日、地上の通信センターと交信を行っていた。曜日によって、誰が担当するのかが決まっている。
本日の担当はジャックだ。必要な連絡を終えたあとで、画面の向こう側から彼が告げてくる。
「で、あれの結果を知りたいんだけど」
地上で通信しているナンシーは、小さくため息をついた。
「宇宙に滞在している間の規則は、ご存知でしょう?」
「そんなことを言って、俺は知っているんだぜ。前に滞在していた宇宙飛行士たちも、こっそり教えてもらっていたんだろ。地上にいる時、その通信記録を見つけたぞ」
ナンシーは沈黙する。ジャックの言ってることは事実だった。
で、通信センターの上司からも言われている。規則も大事だが、より優先すべきは、宇宙飛行士のストレス管理だと。
「教えてくれよ。最終的にどこのチームがチャンピオンになったのか、それだけでいいからさ」
ジャックたちが宇宙に出発する時、全米プロ野球リーグでは、史上かつてない激戦の真っ只中だった。各地区の一位チームが、最終戦まで決まらなかったのだ。
その結果を見届けることなく、彼らは宇宙へ飛び立った。
片や地上では、最終戦が終わったあと、各地区の一位チームによるトーナメントが行われた。
それを勝ち抜き、全米ナンバーワンのチームが決まったのは、数日前のことだ。
「教えてもいいですが、約束してください。他の宇宙飛行士には、絶対に口外しないこと。態度に出すのも、自重してください」
ナンシーは念押しする。
あの宇宙ステーションには、他の宇宙飛行士たちも滞在しているのだ。応援しているチームが、彼ら全員同じだとは限らない。これをきっかけに、宇宙飛行士たちの間でケンカになっては困るのだ。
「わかってるって。約束するよ。だから、早く教えてくれ。俺の応援している『サジタリウス』はどうなった?」
ナンシーは再びため息をつくと、
「優勝しました」
「おお! きっとやってくれると思っていたぜ!」
画面の向こう側では、ジャックがものすごく興奮している。こんな姿、他の宇宙飛行士たちに見られたら、非常にまずいというのに・・・・・・。
それについて注意してから、
「これが証拠です」
ナンシーは横の引き出しを開けると、スポーツ新聞を取り出した。
その一面では、『サジタリウス』の選手たちが、金色に輝くチャンピオントロフィーを掲げている。
「そういうわけで、おめでとうございます。『サジタリウス』の優勝です。だから、くれぐれも」
「わかってるって。他の宇宙飛行士たちの前では、絶対に顔に出さないことを誓うよ。でも今だけは、ほんの少し喜ばせてくれ。おっしゃああああああ! ボブ隊長の『アクエリアス』に勝ったぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
ナンシーが非難の目を向けているのもお構いなしに、ジャックは全身で喜んでいる。
しばらくして、彼が落ち着いてきたタイミングを見計らって、
「いいですか、他の宇宙飛行士たちには、絶対に内緒にしてくださいね。心の中で優越感に浸るだけにしてください」
そう言ってナンシーは、宇宙ステーションとの通信を切った。
そのあとで、小さく笑う。
実は昨日、ボブ隊長も同じことを聞いてきたのだ。全米チャンピオンになったのは、どのチームなのかと。
もちろん、こう答えておいた。
――おめでとうございます。隊長が贔屓にしている『アクエリアス』が優勝しました。
そして今回と同じように、偽のスポーツ新聞を見せていた。
「本当に優勝したのは、私が応援している『キャンサー』なんだけどね」
二人の宇宙飛行士に対して、優越感に浸るナンシーだった。
次回は、少し長めのお話です。




