野球場のスケッチ大会
あるプロ野球の球団が年に一回、スケッチ大会を開催している。近隣にある複数の小学校、そこに通う子どもたちを、本拠地の球場に招待していた。
野球を身近に感じて欲しい、そう思って始めたイベントで、今年で十回目を数える。
そんなスケッチ大会の当日、球場では午前中から、小学生たちの元気な声が飛び交っていた。
その球団の選手たちは、周囲にいる子どもたちに笑顔をふりまきながらも、胸の内では静かに闘志を燃やしていた。
実は、このスケッチ大会、「小学生からの人気ナンバーワン」を決める戦いなのだ。
どれだけたくさんの子どもたちに、自分の絵を描いてもらえるか。多ければ多いほど、人気があるということになる。
球団側もそれを承知で、各小学校に協力してもらい、集計作業を行っている。
はたして、どの選手の絵が多いのか。
上位入賞者には、結構な額の特別報奨金が出る。年俸の安い若手選手たちは、これを獲得しようと狙っていた。
一方で、ベテラン選手の中にも、本気の者がいる。自分の子どもが、ちょうどそのくらいの年齢だと、「小学生の人気ナンバーワン」という栄誉は、ぜひとも欲しいところだった。
過去の大会を参考にするなら、とにかく目立つことが重要なようだ。黙々と練習しているだけでは、いかに人気選手といえども、子どもたちのハートをつかむことはできない。
また、上位入賞するためには、グループをつくった方が有利、そんなデータもある。
それでここ数年は、個人戦ではなく、団体戦といった様相を呈していた。
ベテラン選手がプロデューサーとなり、若手選手たちを使って、小学生たちにアピールする。グループで獲得した特別報奨金は、仲間内で山分けするのだ。
で、今年は五つのグループが生まれていた。
最後に笑うのは、どのグループの選手たちになるのか。
各グループごとに、思い思いの作戦を実行する。
ところが、昼過ぎの段階で、予想外の情報が飛び込んできた。
子どもたちの圧倒的支持を受けて、ある勢力が独走態勢に入っているらしい。
その真偽を確かめるべく、各グループとも動いた。問題の現場へと、偵察係を急行させる。
そこで目にしたのは、衝撃の光景だった。
「あれは反則だろ!」
偵察係たちの視線の先では、二人の男が満面の笑みで握手をしていた。
彼らはこの球場内で、隣同士に店を出している。唐揚げ屋の店主と、アイスクリーム屋の店主だ。
そして、今年のスケッチ大会、どちらの店主も、自分の店の前に来た子どもたちに、唐揚げやアイスクリームを、無料でふるまったのである。
――あそこに行けば、食べ物がもらえるぞ!
その評判はすぐに広がり、たくさんの子どもたちがやって来た。
かなり長い行列ができる。それで、自分の番が来るまで待っている間、退屈しのぎに絵を描く、そんな子が結構いたのだ。ちょうど目の前にあるものが、絵の題材にはなりやすい。
おかげで、唐揚げ屋とアイスクリーム屋は、「小学生からの人気」で、三位以下を大きく引き離している。
まさかの伏兵登場に、偵察係の選手たちは考えた。
「こうなったら、俺たちも乗っかろう」
その場にいた者だけで、新たにグループを結成した。元いたグループには報告へ戻らずに、子どもたちの行列の前で、即席のパフォーマンスを始める。
あの一位と二位に、今から追いつくのは絶望的だが、この場所さえ死守すれば、自分たちが三位を狙えるはず!
そんな様子を、少し離れた場所から、数人の男たちが眺めていた。
男たちの正体は、ラーメン屋、カレー屋、ハンバーガー屋、サンドイッチ屋、焼き鳥屋、たこ焼き屋の店主たちだ。本日の営業はお休みしているが、この球場内に彼らも店を出している。
「来年のスケッチ大会では、我々も本気を出すとしましょうか」
静かに闘志を燃やしながら、店主たちの一人がつぶやいた。
次回は「高校野球」のお話です。