傑作・完成
これは傑作だ。今までに自分が描いてきた絵の中で、最も素晴らしい出来栄えだと思う。
完成したばかりの絵をイーゼルの上に置いたまま、にやにやする私。
そこで、はたと気づく。
浮かれすぎていて、うっかりしていた。まだ自分のサインを入れていない。
といっても、今すぐに絵筆を取る、そんな気にはならなかった。もう少しだけ、余韻に浸っていたい。私史上、最高傑作だ♪
むふふふ。知り合いの画商は、この絵をいくらで買い取ってくれるのかな。ものすごく期待してしまう。
ところが、その時だ。窓のガラスを突き破って、何かが飛び込んでくる。
絵への直撃は免れたものの、かなり際どかった。絵の縁と、十センチも離れていなかったように思う。
危ない、危ない。何だよ、いったい。私の最高傑作を傷物にする気か。
床に目をやると、野球のボールが転がっていた。こいつが窓から飛び込んできたらしい。
この近くには、大きな野球場がある。そこからのボールだろう。ここに引っ越してきて、こんなことは初めてだ。本当に驚いたよ。
心拍数を落ち着かせながら、私はラジオをつけてみる。プロ野球の実況中継だ。普段から聞いているので、チャンネルを合わせるために、いちいちチューニングする必要はない。
ラジオからアナウンサーの声がする。場外ホームランだと叫んでいた。そのボールが、ここまで飛んできたらしい。
「世界新記録です! 個人通算一〇〇〇本目のホームランです!」
どうやら、ものすごい記録が出たようだ。
そんな記念のボールが、自分の家に飛び込んできたわけで・・・・・・。
私は腕組みをして考える。
これってひょっとして、この家にテレビや新聞が取材に来る?
だったら・・・・・・。
私は床のボールを拾い上げた。
目の前のイーゼルには、「未完成」の絵が一枚。
その絵に、追加の「仕上げ」を行う。「世界新記録のホームランボールが飛び込んできて、この絵に命中した」ということにするなら、こんな感じかな。
最後に絵筆を取って、自分のサインを入れる。
これで良し!
私の最高傑作が「完成」した。
次回は「スクイズ」のお話です。