三塁ランナー
プロ野球の試合は、延長戦に突入していた。
といっても、この回までで終了だ。そういうルールになっている。
これから味方が、最後の攻撃を行うのだ。すでに、こちらの負けはなくなったが、現在は優勝争いの真っ只中。引き分けで終わるよりも、勝利して終わりたい。
しかも、この試合は総力戦だ。投手を全員使い果たしている。
ここまで全力を尽くしたからには、ぜひとも勝ちたかった。あとアウトを三つとられる前に、誰かがホームベースに帰ってくることができれば・・・・・・。
監督はベンチで味方を鼓舞する。その期待に選手たちも応えた。アウト一つで、ランナーを三塁まで進める。勝てる可能性が一気に高まってきた。
三塁ランナーの足の速さを考えると、浅い犠牲フライでも、余裕でホームに帰ってくることができる。
そう判断した監督は、最後のカードを切ることにした。
代打を告げる。これで投手陣に続いて、控えの野手陣も全員使い果たした。ここまでしたのだから、この試合は絶対に勝つ!
ところが、代打を告げた直後に突然、三塁ランナーが片膝をついたのだ。
何かあったのだろうか。監督は慌ててタイムをとり、コーチとトレーナーが確認に向かう。
すぐに血相を変えて、コーチだけが戻ってきた。
「試合前にあいつ、ゾンビに噛まれていたらしくて」
予想外の事態に、監督は言葉を失った。
ゾンビに噛まれる。一昔前だったら、ホラー映画の中だけのことだったが、現在では違う。国内だけでも年に数回、ゾンビの大量発生が当たり前になっているのだ。
ゾンビに噛まれた者も、しばらくしてからゾンビになる。
とはいえ、ゾンビになったとしても、今なら治療法が存在する。ただし、それが可能なのは、専門の施術室を有する病院だ。この球場の近くにも、そんな病院があったはず。
控えの野手は全員使い果たしているので、ここで代走を出すことはできない。
監督は再び三塁の方へと視線を飛ばす。あの選手はまだ、完全にはゾンビになっていないようだ。
しかし、いつまでもつことやら・・・・・・。
とにかく、早く試合を終わらせないと。
ここで監督は大きな勝負に出る。
犠牲フライやスクイズでは、あの三塁ランナーは帰ってくることができない。
だったら、代打の選手に命じる。初球からフルスイングをしろ。ホームランを狙え!
一方で、コーチにも命じる。味方ベンチ内の確認だ。他にも試合前に、ゾンビに噛まれた者はいないか。また、あの選手に噛まれた者はいないか。
周囲が慌ただしくなる中、監督は祈りながら打者を見つめる。
そして、初球だ。軽快な打球音が響き渡った。
思わず立ち上がる監督。
これは行ったか。目で素早くボールを追う。その放物線の先は、外野スタンドに飛び込んでいった。
ホームランだ! あいつ、本当に打ちやがった!
興奮しながら、今度は三塁ランナーの方へと視線を飛ばす。
普通ならホームベースに向かってきているはずだが、あの場所から移動する様子が見られない。三塁の上で棒立ちしている。その顔は完全に真っ青だ。
ひょっとして・・・・・・。
嫌な予感は的中する。
「うううぅぅぅぅおぁぁぁぁぁ」
三塁ランナーが奇声を発し始めた。ゾンビになったらしい。
監督はすぐさまベンチを飛び出した。他の選手がホームランを打っても、あの三塁ランナーがホームベースに帰ってこなくては、得点は入らない。つまり、試合に勝つことができない。
しかし、考えがある。なーに、相手はゾンビだ。
「ほらほら、人間ちゃんのお肉だよ~」
こうやって声をかけて、ホームベースまで誘導してやればいい。
だが、これを見た相手チームの選手が、
「ほらほら、人間ちゃんのお肉だよ~」
マネをしてきた。誘導するのは、ホームベースの反対方向だ。
ふざけるな、こんな妨害に負けるわけにはいかない。監督は必死に呼びかけるが、ゾンビになった選手は、前に行ったり後ろに行ったり。こちらが狙った方向に誘導するのも、楽ではなかった。近づきすぎては、自分が噛まれてしまうし・・・・・・。
しばらくして気づいたことだが、このゾンビ、一番近くにいる人間の方へと向かうようだ。
となると、ここから先はチキンレース。リスクを恐れずに、いかに相手よりもゾンビに接近できるか。
監督は覚悟を決める。
そこで主審が止めに入った。試合を一旦中断する。
それからマイクを握ると、大声で叫んだ。
「この試合は早く終わらせるべき、そのような判断から、今のホームランによって、三塁ランナーが生還したものと認めます!」
これにて決着。サヨナラ勝ちでの試合終了だ。
ところが、このタイミングで主審が、衝撃の事実を告白してくる。
「実は私も試合中に、あの選手に噛まれていまして・・・・・・」
その直後、いきなり苦しみ出したかと思うと、
「うううぅぅぅぅおぁぁぁぁぁ!」
ゾンビ化して、すぐ近くにいた人間へと襲いかかってきた。
次回は「野球場の近所」のお話です。