第七話・最終話
そんなある日、ついに凱はあえて私にずっと言わなかった言葉を口にした。
「美央良、今日もありがとう。君の手料理は本当に美味しいね。どう?僕がいることで君の不安は少しは拭い去れたかな?」
「凱、今頃何言ってるの?私、あなたがいてくれるだけでどれだけ強くなれているか。あなたの言葉でどれだけ勇気を貰えているか。凱が傍にいてくれれば不安なんて何もないわ」
「そうか、じゃあ、今ならお願いしてもいいかな?君にテレビで告白した時のこと?」
「ん?何だっけ?」
「君が不安を拭いされるまでは待っていようと思って、あえてまた口にすることは控えてたんだけど。あのさ、CⅯモデルの話だよ」
そう、凱に言われて思い出した。私が凱のブランド立ち上げ後初のCⅯモデルになると言うお願いだった。
「あ、そうだったね。う、うん、でも、うん」
「どうかな?美央良、やってくれないかな?」
「うん、でもいいのかな私なんかで?あの時、テレビでこの話を聞いた時から思ってたんだけど、女優さんとか、モデルさんとか、私なんか足元にも及ばないような美しい女性はいっぱいいるのに、何で、何で私なのかな」
「確かに美央良が言ったように女優さんもモデルさんも綺麗な人ばかりだよ。でも、僕の中では本当に君の眼鏡顔は特別だったんだ。恥らったときの顔、怒って膨れたときの顔、泣いたときの顔、それぞれの表情に凄い特徴があってね。君は怒るかもしれないけど、君の眼鏡顔は美しさだけじゃないんだ。それぞれの表情で美しさがあったり、可愛さだったり、時にはとても美しいとは言えないような変顔になったり、とにかく君の眼鏡顔は、見る人を飽きさせないというか、ダメだ、これ以上は僕も何て表現したらいいか分からない。とにかく君の眼鏡を掛けた顔は素晴らしいんだ。これしかもう言いようがない。だから、頼むよ。僕を助けると思って引き受けてくれないかな?僕は君にはその使命があると思うんだ。もっと眼鏡の魅力を伝えるために、美央良はそれだけのポテンシャルを持ってる。お願い、この通りだ」
私は凱にこんなに自分のこの眼鏡を掛けた顔を評価されて凄く嬉しくてCⅯモデルの仕事を引き受けた。
「うん、分かったよ。何かモデルの仕事なんて初めてで少し怖いけど、凱のためになるなら、私、頑張ってみるよ」
「本当に!引き受けてくれるんだね。よしっ、やったーー。ありがとう美央良」
私は凱に抱きしめられた。
「痛いよ、凱。そんなに強く」
「よし、これで市販第一号の販売までの道筋は立った。あとは裕康に任せて僕は第二弾の眼鏡のデザインを始めるぞ」
「え!凱、もう二作目を考えるの?」
「うん、考えるというか、もうほぼデザインのコンセプトはまとまっているんだけど。あとはデザインを具現化して詳細を詰めるだけだと思ってるんだ」
「す、凄いね、やっぱり、凱の才能って凄い」
「いや、僕が凄いんじゃないよ。実はこのヒラメキをくれたのは、君なんだから」
「え!私?何で、私何もしてないよ」
「何もしてなくても、君が僕の傍にいてくれるから。やっぱり君は僕の幸運の女神なんだ」
そして私はCⅯ起用のモデル発表の場に出席していた。
「さあ、いよいよ凱GLASSESのCⅯ制作発表会です。では千条社長、南郷副社長宜しくお願いします」
「はい、CⅯ撮影はこちらの素晴らしいスタッフにお願いすることになってます。特に今回の一番の目玉は、起用するモデルです。じゃあ、ここだけは凱、お前に任せるぞ」
「ああ、分かった。それでは紹介します。今回の僕たちのオープニングを飾る眼鏡を売り出すのに僕が是非にとモデルをお願いした島中美央良さんです」
私は凱に紹介されて、凱GLASSESの市販第一号の眼鏡を掛けて凱の隣に立った。私はもうこんな大舞台に立つのは初めてだったので、緊張でふらついてしまった。それで凱の腕に寄りかかってしまった。すると凱は私の肩をそのまま抱き寄せ、さらに言葉を続けた。
「大丈夫か美央良。皆さん、紹介します。今回、CⅯのモデルをお願いしました島中美央良、僕の彼女、一番大切な女性です」
「やだ、凱、こんな大勢の方の前で」
「いいだろ、本当のことなんだから」
「千条社長、そうですか。この方が他局の特集であなたが愛を叫んでいた女性ですね」
「はい、フランスから帰ってきてからずっと探してて、最近やっと僕の告白を受け入れてもらったんです」
「わあ、凄い惚れようですね、千条社長」
「はい、素敵でしょ、この眼鏡を掛けた顔」
「もういいよ、凱、そんなに。恥ずかしい」
「いいだろ、今日の主役は君なんだから」
「あーあ、司会の私も妬けちゃいます。こんな素敵な千条社長にこんなに想われて。羨ましいです、島中さん」
「じゃあ、この最高のスタッフの皆さんに撮影はお任せしますし、特に美央良との出会いはあの時の他局の特集でしゃべっちゃったから、特にはいいですね、お披露目だけで。じゃあ、皆さん、CⅯの完成を楽しみにしてて下さい」
CⅯの制作発表の後、私は初めてのモデルとして撮影に臨んだ。私は最初は緊張でスタッフの指示にも上手く応えられず、ガチガチだった。でも途中で凱が撮影を見守りに来てくれて落ち着きを取り戻して、何とか無事に撮影を済ますことができた。
「凱、怖かったよ。どうだった、私、上手くできてた?」
「大丈夫だよ。あとは制作の方々が何とかしてくれるよ。素敵な笑顔だったよ、美央良」
「良かった。凱がそう言ってくれてホッとした。どうも皆さん、最後まで大変ご迷惑をおかけしました。どうか後は宜しくお願いします。あ、そうだ、これ皆さんで食べて下さい。プリン作ってきたんで」
撮影を終えた二週間後、ついに私がモデルを務めたCⅯがテレビで放映された。私と凱はそのCⅯを凱の部屋で一緒に見た。
「ほら、美央良、始まったよ」
「やだ、何か、自分のこと見るの恥ずかしい。女優さんとかモデルさんとか、自分の映像ってどんな気持ちで見てるんだろう。私はまともに見れないよ」
「よし、録画したから大丈夫だよ。何回も見れるぞ、美央良、ほら、見てみなよ」
「嫌だ、やっぱりダメ、直視できないよ」
「ほら、やっぱり君を起用して正解だよ。素敵だよ」
そんな恥ずかしがっていた私の気持ちとは裏腹に、CⅯの反響は大きかった。素敵、とっても可愛い、あんなに眼鏡が似合って羨ましいとか。私はこのCⅯであっという間に有名になった。そんなCⅯ初放映の週末を過ごした翌週月曜日の出勤した朝。
「おはようございます」
何故か、私の所属する課の入口には人だかりができていた。
「うちの課に何か御用ですか?」
「おお、来た来た。君だろ、あの一昨日から放映が始まった千条凱の眼鏡のCⅯに出てた娘」
「いやあ、知らなかったな。こんな娘がうちの会社にいたなんて。それもあの千条凱の彼女なんだろ君。凄いな」
「あ、あの、ごめんなさい。入れてもらえますか。遅刻になっちゃいます」
そして自分の机に座った。
「みおちん、社内も凄いことになっちゃってるよ。でも凄いね。いきなりCⅯモデルだもんね。私達も見たけど、素敵だったよ。毎日こんなに近くでみおちんのこと見てたのに、何で気付かなかったのかなあ」
「ありがとう、みっちゃん、さっちゃん。そんな風に言ってもらえて私も凄く嬉しい。でも前の私だったらきっと二人にもそんな気持ちを持ってもらえなかったと思うよ。きっと見てくれる人の気持ちでどんな風に私が映るのか変わるんだと思う」
私が机に座ってからもまだ入り口に人が数人張り付いていた。
「あの、どこの課の方ですか?もう就業時間始まってますよ。仕事を始めないと会社にご迷惑がかかりますから。お願いします、自分の持ち場に戻って下さい」
「じゃあ、君、島中さんて言ったよね。握手だけしてよ」
「え、そんな私」
そう言ってるとその人は自ら私の手をとり、勝手に握手して帰っていった。
「ありがとう、じゃあね」
「あーあ、まさかこんなことになるなんて。すいません、課長、まさかこんな騒ぎになるなんて」
「いやー、島中、君、凄いな。まさかあの千条凱の彼女だったなんて。おい、金屋、崎谷、お前たちは知ってたのか」
「はい、でも知ったのは私たちもつい最近ですよ」
「もう、課長、私の話はいいですから、仕事しましょう」
そして昼休みになり、私はランチでビルの玄関を出た。すると老若男女問わず、入口にたくさんの人だかりができていた。
「わあー、あの人だよ。出てきたよ。千条凱の彼女、美央良ちゃん、握手して下さい」
「何で、何でここが分かっちゃったのかな」
「みおちん、これだけ有名になったら、今のネット社会だよ。すぐに一般人でも素性なんてばれちゃうよ」
そして私はたくさんの人に囲まれ、勝手に握手会が始まってしまった。
「さっちゃん、みっちゃん、どうしよう。これじゃあ、ランチ行けないよ。ごめん、二人で行ってきて。これじゃあ、二人の休みも無くなっちゃうから」
「みおちんも適当なところで謝って切り上げなよ」
「うん、分かった」
しかし、私は喜んでくれている方々を無碍にできず、ずっと握手し続けていた。
しばらくすると、私を囲んでいる人だかりの一番外側に見覚えのある子供とその両親の姿を発見した。それは日曜日の保育施設で出会った克己とその両親だった。
「かっちゃんだ。何で両親とこんなところに?」
その人だかりの中、両親と克己の会話が聞こえてきた。
「ほら、あの女性だよ。千条さんの彼女さん。あのCⅯに出ていた島中美央良さん。まさか克己の通ってる保育園のあの先生だった島中先生と同姓同名だなんて。不思議な偶然よね」
そして私は克己と目が合った。私は克己に嘘をついて保育施設を辞めたことがずっと心に引っかかっていて辛かったけど、克己にニッコリと微笑んで目をそらした。
「あ、今、あの人、僕を見て笑ってくれたよ。何か美央良先生が笑いかけてくれたみたいだった。僕、あの人、好き。僕もあのお姉さんと握手したい」
「そうよね、千条さんが選んだ彼女さんだもんね。克己がどんな人か見たいってここに来たんだから、せめて握手だけでもしてもらおうね」
そんな会話が聞こえてきて、私は余計に辛くなった。私は心の中で謝っていた。
「ごめんね、かっちゃん。嘘をついてあなたの前から消えてしまって」
人だかりもある程度少なくなって、克己と両親が私の目の前に来た。
「あの、CⅯの、島中美央良さん、千条さんの彼女さんですよね」
「は、はい、そうです」
「あの、うちの息子が是非、あなたと握手がしたいってお願いされたので、ご迷惑だと思ったんですが、このビルの中の会社で働いてるという情報を確認して会いに来てしまいました。いいですか?息子と握手してもらっても」
私はこんな自分をそんな風に克己が思ってくれて凄く嬉しくてとても心が温かくなった。そして克己と握手をしようとして手を差し出した時だった。その左から猛スピードで歩道を走ってくる自転車が大声をあげて走ってきた。
「どけどけ、邪魔だぞ。どけーー、ガキ、邪魔だぞ、轢いちまうぞーー」
私は思わず克己を抱きしめて走ってきた自転車に背を向けて克己を庇った。
「かっちゃん、危ない!」
私は克己を抱いたまま自転車の直撃を受け、背中に激しい痛みを感じたところまでは覚えていた。それから後のことは全く憶えていない。その後、私は救急車で救急搬送された。
私が搬送された病院では、私の意識が戻らない間、凱と裕康、克己と両親が先生から私の容態を聞かされていた。
「先生、美央良は、美央良は大丈夫なんですよね」
「はい、外傷は自転車に飛ばされた時に地面に打ち付けたと思われる膝の内出血、それから左肘から前腕部の擦過傷、それから左脇腹部分の同じく擦過傷です。しかし、他にも自転車の衝突による衝撃で右側の肋骨が二本と首の骨にヒビが入っています。その衝撃で脳も衝撃を受けています。だからこのまま意識が戻らないと・・・残念ですがこのまま眠ったままという可能性も」
「う、嘘だ、嫌だ、そんなの。何でだよ、せっかく、やっと僕は美央良と再会できたのに、何でこんなすぐ、美央良がこんなことになるんだよ。美央良と一緒に幸せを掴もうとしてたのに」
「ごめんなさい、千条のお兄さん、僕のせいだ。僕があんなところでお姉さんに握手してなんて言ってなかったら」
「いいんだ、克己くんのせいじゃないよ。そうか、これは僕のせいだ。僕が美央良にCⅯのモデルなんてお願いしたから、美央良の日常を変えてしまったのは僕だ。だから美央良がこんなことに」
「明日の午前中までに意識が戻らないと。お辛いでしょうけど。とにかく意識を取り戻してくれることを信じるしかありません。でも千条さん、島中さんはお強い女性ですね。話を聞きましたが、島中さんはこの克己くんを抱いたまま自転車に飛ばされたそうです。それでも、この克己くんを絶対に離しはしなかったそうです。克己くんが無傷だったのはそのおかげです。普通はあんなに自分が飛ばされたら自分のこと以外のことは疎かになるのが当たり前なのに。頑張って下さい、島中さん。皆さんがあなたを待ってますから。それでは、私はこれで失礼します。島中さんの容態に何か変化があれば呼んで下さい」
「おい、凱、お前もギプスは取れたけど、まだこの前の怪我が完治してないんだ。帰って体を休めろよ」
「嫌だ、美央良が生死を彷徨ってるんだぞ。俺が帰って呑気に寝てられるか。俺はずっと美央良の傍にいる。美央良が目を覚ますまでは」
「克己、あなたも辛いだろうけど、私たちは帰りましょう。千条さんと美央良さんを二人だけにしてあげましょう」
「嫌だ、美央良のお姉さんは僕を助けるためにこんなことになったんだ。僕もずっとお姉さんの傍にいる」
「んーー、仕方ない。克己も言い出したら言うこと聞かないからな。私たちは外の待合室で待っていよう」
そして私は凱と克己にずっと片方ずつの手を握られたまま、翌朝七時を迎えた。その頃は克己は疲れ果てて私の手を握ったまま眠っていた。凱は一睡もせずにずっと私を見守ってくれていた。そして克己の両親も様子を見に病室に入ってきたその時だった。私は両手に温もりを感じながら二人の手を握り返して目を覚ました。
「ん?美央良、手が動いた。美央良、気が付いたか?おい、頼む目を開けてくれ」
「あ、凱、私、私、あ、克己くんのお父様、お母様、ねえ、かっちゃん、かっちゃんは、大丈夫だった、ねえ、凱、かっちゃんは」
「よかった。美央良、意識が戻った。克己くんは、ほら、そこで君の手を握って眠ってるよ。ずっと君の傍にいるって言って。昨日からずっとね」
「はあ、よかった。かっちゃん、無事だったんだね」
「本当に今回はごめんなさい。私たちが美央良さんに会いに行ったばかりに、美央良さんの命を奪ってしまうところでした。目を覚ましてくれてホッとしました」
「いいんです。悪いのはあんなスピードで歩道を自転車で走ってたあの人が悪いんですから。でも良かった。あの時はもうかっちゃんを守ることで頭がいっぱいだったから」
「ほら、克己、起きなさい。美央良お姉さん、目を覚ましたわよ」
「あ、お母様、もう少し寝かせてあげて下さい。私のためにずっとここで見守ってくれてたんですから」
「あ、ママ、おはよう、あ!僕寝ちゃってたんだ。お姉さんは」
「あ、かっちゃん、おはよう、ありがとうね、ずっと手握っててくれたんだね」
克己は涙を流しながら私に抱き着いた。
「お礼を言うのは僕の方だよ。良かった。お姉ちゃんごめんね。僕を助けるために、こんなに酷い怪我を」
「ううん、かっちゃんのパパにもママにも言ったけど、かっちゃんのせいじゃないから。かっちゃんはどこも痛いところはないの?」
「うん、全然。お姉ちゃんが守ってくれたから、どこも怪我してないよ」
「そうか、それなら良かった。安心した。じゃあ、私の怪我も勲章と思えばいいかな?ハハハ」
「馬鹿、美央良、僕が怪我した時、僕にも怒っただろ。能天気すぎるって。自分だって生死を彷徨ったのに、ここで笑うところかよ。心配したんだぞ。君が死んだらと思ったら、僕は、僕は。君がこんなことになったのは君をCⅯのモデルを僕がお願いしたからだ。本当にごめん」
「もう、何言ってるのよ。あれは単なる事故。ここにいる誰のせいでもないよ。はい、もうこの話は終わり。私以外無事だったんだからオッケー」
「本当に千条さんも、そして美央良さんも何て素敵な方なんでしょう。お二人に二度も克己の命を救って頂いて感謝してもしきれません。お二人とも自分のことより克己のことを優先して考えてくれる」
「お父様、お母様、頭を上げて下さい。私もかっちゃんが無事だった。もうそれだけで十分なんですから」
「あれ?でも美央良さん、何で?克己の名前を知ってたんですか?あの時、息子としか言ってなかったと思うんですけど」
「そ、それは、その、はあ、はあ」
「ほら、美央良、まだ意識が戻ったばかりだ。傷に触るからゆっくり休みな」
そして先生が病室に来ると凱は克己と両親とともに病室から出て行った。
病室の外では。
「すいません。ちょっとだけ克己くんと二人でお話しさせてもらっていいですか?」
「はい、何ですか?克己に千条さんが個人的に話なんて」
「すいません。友達として伝えておかないといけない大事な話があるので」
「何?千条のお兄さん」
凱は克己と二人で話し出した。
「克己くん、良かったな。美央良が目を覚まして」
「うん、お兄さん、本当にごめんなさい。お兄さんの大事な人なんでしょ、美央良お姉さん」
「ああ、それはもう。俺はもう親が二人とも亡くなってるからね。だから美央良は今、俺の一番大切な人なんだ。うん、その話はもういいよ。それより、克己くん、美央良と話してみて何か感じなかった?」
「うん、何かね、美央良お姉さんと最初目が合ったとき、不思議と落ち着くなと思って。笑いかけてもらえて何か温かくなった。それで近くで話しかけてもらった時、この前まで保育園で僕たちの面倒見てくれてた美央良先生を思い出しちゃった。それにあの事故の時に抱きしめてくれた時、美央良先生に抱かれてるみたいだった。とても温かくて、美央良先生と同じ凄くいい匂いがしたし」
「そうか、やっぱり、子供にはかなわないな。雰囲気で分かっちゃうんだね。いいかい、克己くん、信じられないかもしれないけど、君には本当のこと教えておくよ」
「何?」
「実は今、病室で寝ている美央良はね、日曜日だけ君達と一緒にいた美央良先生だよ」
「え!う、嘘だ。だって全然違うよ」
「うん、確かに、見た目だけでは克己くんの言うとおり、信じられないと思う。色々複雑な事情があってね。とても全部話しても理解するのは難しいと思う。でも本当なんだ。姿も声も全く違うけど、君達のことを大好きだった美央良先生だよ。だから克己くんも見た目ではなくて、美央良と触れ合った感覚で先生の時の美央良を思い出しちゃったんだと思う」
「ほ、本当なの?お兄さん」
「ああ、俺もこの本当のことを飲み込むのに少し時間がかかったけど、俺は美央良に全てを教えてもらったから。ずっと美央良も苦しんでたんだ。だから君達と別れなきゃいけなかったことをずっと悔んでいたから。きっと克己くんももっと今の美央良と話してみるときっと分かるよ。中身は君達と保育園で触れ合っていた美央良のままだから」
「うん、まだ少し不思議な感じだけど信じる。だって僕のことを命がけで助けてくれた千条のお兄さんがこんなに真剣に話してくれてることだもん。お兄さんの話に嘘なんてある訳ないよね。じゃあ、僕、もう一回、病室に行ってくる」
凱との話しを終えて、克己が飛び込んできた。
「おお、克己くん、病院では走っちゃダメだぞ」
「ごめんなさい、先生」
「それでは、島中さん、お大事に。また午後に様子を見にきますから」
「はい、ありがとうございました」
そして私は克己と二人きりになった。
「かっちゃん、あ!いや、克己くん」
「いいよ、美央良、かっちゃんでいいよ。保育園で呼んでくれてたままで」
「え!どういうこと?」
「うん、お兄さんから聞いたよ。詳しいことは聞いてないけど、お兄さんが教えてくれた。美央良なんでしょ、お姉さんは」
克己は私の手を小さな両手で握りしめた。
「ごめんね、美央良、保育園にいたときも心配ばかりかけていたのに。美央良が先生を辞めた後まで、今度はこんなに大怪我までさせちゃった。僕って本当に酷い子供だね」
「馬鹿、何言ってるの。私の方こそ、突然、かっちゃんたちの前からいなくなって。私こそ酷い先生だよ」
「ううん、だってお兄さんから聞いたけど美央良も苦しんでたんでしょ。自分のことでも、それに僕たちのことも想って」
「でも何で、姿も声もあの時の私と全然違うのよ。それなのに」
「うん、でもお兄さんが真剣に僕だけに話してくれたから。それに・・・」
「うん、何?」
「あの時、僕を守るために美央良、抱きしめてくれたよね、僕のこと。凄く温かかった。それにあの時の美央良と同じいい匂いがした。だから、お兄さんにも言われたけど、中身は美央良のままなんだと思うと。美央良なんだね」
克己は握っていた私の手に頬を摺り寄せた。
「かっちゃん、ごめんね。私、みんなに嘘をついて」
「そんなのいいよ。関係ない。あの時の美央良だって僕たちと本気で遊んでくれたり、泣いてたら抱きしめてくれた。あの時の美央良だって同じ美央良でしょ。だから今でも僕はきっと気持ちで感じとれたんだと思うんだ。だから、また、ここに来ていい?」
「うん、ありがとう、かっちゃん」
「どうだい、克己くん、美央良と話しはついたかい?」
「うん、ありがとう、千条のお兄さん」
「凱、いろいろありがとう。かっちゃんのことまで」
「あら?克己、美央良さんと何を話してたの?」
「うん、いろいろね。でもこれは秘密、ねお兄さん、それから美央良」
「こら、克己、失礼でしょ。助けてもらった美央良さんを呼び捨てにして」
「お母様、いいんです。フフフ、かっちゃんらしくて」
この後、私は一週間後の月曜日に退院した。
退院後、私は退院した週も会社を休ませてもらった。退院後は凱が私のことを多摩市の自宅に一人にしておくことが心配だということで、退院後の一週間だけ凱の家で過ごすことになった。
「美央良、大丈夫かい。辛かったらすぐに僕に連絡するか、救急車呼ぶんだよ」
「もう、大丈夫だよ。そんなすぐに具合が悪くなるなら、先生だって退院させてないよ」
「いや、でもな。君は僕に迷惑かけないようにと思って我慢するといけないから。分かったかい、我慢するんじゃないよ」
「分かってるから、ほら、早く、仕事に遅れちゃうよ」
「う、うん、それから、昨日、とりあえず、何でも美央良が好きなもの作れるように、冷蔵庫にいろんな食材、詰め込んでおいたから」
「でも、冷やしてあったビール、全部、冷蔵庫から出ちゃってるけど」
「いいよ、そんなことより今は君の怪我を治すことが先。ほかっておいていいから。いいかい、台所も好きに使っていいからね。何か足りないものがあったらメールして。帰りに買ってくるからさ。じゃあ、行ってくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
「いい、でも無理はしちゃダメだよ。自分で作るの辛かったら、何でも頼んでいいから。そこにお金も置いてあるから」
「もう、凱、いいから。早く行って。心配しすぎだよ。ほら」
心配する凱を私は無理矢理送り出した。
「もう、凱は私のことになると心配性なんだから」
でもそんな私のことを常に気遣ってくれる凱の気持ちが素直に嬉しかった。私は凱を送り出した後、早速、洗濯をして部屋の掃除をして、お昼は昨日、凱が退院祝いで買ってくれたケーキの残りを食べた。その後は凱が冷蔵庫いっぱいに入れてくれた食材を見ながら、凱のために何を作ろうか考えて、早くから晩御飯の準備を始めた。怪我をして散々、凱に心配をかけたから、張り切って手の込んだ料理をご馳走しようと考えていた。
「ただいま」
「待ってね、今開けるね」
「どう、体は?無理してないだろうね」
「うん、好きなことしてたから大丈夫だよ」
「何してたの?」
「うん、洗濯して掃除して、そして、ほら、見てじゃーーん。どう、凱が食材、いっぱい買ってくれてたから、沢山作ったよ。ほら、早くシャワー浴びてきて」
「おい、美央良、張り切りすぎだよ。こんなに凄い料理、めちくちゃ時間かかったんじゃないの?もっとゆっくりして体を休めないとダメじゃないか」
「だって、凱のこと考えながら料理してるの楽しいんだもん。だめだった?ごめんなさい、食材一度に使い過ぎだよね。明日からはもっと控えるから」
「いや、それはいいんだよ。僕が言ってるのは・・・」
「ほら、いいから、シャワー」
そして凱はシャワーを浴びて食卓に着いた。私は凱を迎え入れる少し前から、少し体がだるくなっていたが、それを悟られないように無理をして明るく振る舞っていた。
「ありがとう、美央良。凄く美味しそう」
「食材も使って、冷蔵庫が空いたからビールも冷やしておいたよ。ビールとご飯持ってくるね」
「いいよ、美央良。もう後は自分でやるから、君はここでゆっくりしてな。君はまだ大怪我してから一週間しか経ってないんだから。僕といる時くらい僕ができることは」
「いいから、凱は座ってて。仕事で疲れてるんだから」
そう言って凱と私は一緒に立ち上がり台所に行こうとして歩き出した途端、私は立ちくらみがして凱の胸に寄りかかってしまった。
「美央良、大丈夫か?え!何だよ、これ、めちゃめちゃ熱いじゃないか?うわ!凄い熱、何だよ、美央良、いつからだよ」
「大丈夫だから」
「馬鹿、こんなに熱があって大丈夫な訳ないだろ」
凱は私をそっと抱っこしてベッドに横にした。
「待ってろ、今、氷水とタオル持ってくるから」
凱は氷水にタオルを浸して私の額に乗せてくれた。
「だから言っただろ、無理はダメだってって」
「ごめんなさい。仕事で大変なのに凱には先週ずっと心配ばかりかけたから。やっと退院できて、凱のために何かできることが嬉しくて、つい、張り切りすぎちゃった」
「いいんだよ、そんなこと考えなくて。今は美央良の怪我が治ること。これが僕にとって一番大切なんだから」
「でも、私、凱に辛い思いばかり・・・。だから」
「もう!君の気持ちは僕も嬉しいけど。でも今は美央良が一日でも早く元気になること、これが僕にとっても最高に嬉しいことなんだから。いいかい、分かった?明日もこんな無茶するなら、もうわか・・いや」
「何?凱、何なの?」
「ダメだ、美央良にお灸を据えようと思って、別れるからなって言おうと思ったけど、言葉に詰まっちゃったよ。ダメだ、いくら冗談でもこの言葉を君に向かって言えない。ああ、もう、とにかくだ。また無茶したら、今度は、美央良を・・・」
私は凱の気持ちが嬉しくて、凱の手を握り涙を流して謝った。
「ごめんなさい、凱。明日からは絶対に無理はしないから、そんな恐い顔しないで」
「分かった。泣かなくていいよ。ごめん、僕が言い過ぎた。いいよ、ほら、少し休みな。見ててあげるから」
「いいよ、凱はご飯食べて。私、凱の言うこと聞いて寝てるから。見ないで、寝顔なんて見られたくないもん」
「分かったよ。美央良の寝顔、見ていたいけど、分かった、僕がそんなこと言ってると、美央良がゆっくり休めないもんな。いいよ、君が頑張って作ってくれた料理に集中するよ。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
そう言うと私はすぐに眠ってしまった。凱は私の寝顔を見ないと約束したが、額のタオル交換で何回も私の寝顔見ながら私の頭を撫でていた。
そして私は凱の深い愛を感じながら事故の傷を癒しながら普段の日常を取り戻していった。
そんな日常を取り戻し、自分の誕生日を三日後に控えたある日、私は凱から予想外の言葉を投げかけられた。
「ただいま」
「お帰りなさい、凱。疲れたでしょ。もう外は相当寒いから。どうする?先にお風呂にする?お湯貯めておいたよ」
「うん、ありがとう。じゃあ先にお風呂に入ってくるね」
そして凱はお風呂から出てきた後に、晩御飯を食べる前に話しがあると言って私をソファに座らせ、そして自分が私の正面に座った。
「あのさ、美央良」
「何?どうしたの?そんな真剣な顔して」
「うん、ああ、どうしよう」
そう言って、凱は突然、私の目の前で土下座した。
「ごめん、美央良」
「ちょっと、何?やめてよ、凱」
「ごめん、実はさ、三日後の美央良の誕生日なんだけどさ。どうしても外せない仕事が入っちゃって。美央良の誕生日、二人でお祝いできなくなっちゃったんだ」
私はこの言葉を聞いて、ショックだった。初めて大好きな男性と二人で自分の誕生日を過ごせると思っていたから。本当は泣きたいくらい辛かったけど、凱の大切な仕事だから自分の感情を抑えて敢えて平静を装った。
「ふうーーん、そうなんだ。仕方ないよね、大事な仕事だもん。頑張ってね。私、仕事が上手くいくように願って、いつもどおりお料理作って待ってるから」
「本当にごめん」
「大丈夫だよ。楽しみにしてたけど。凱の二作目の作品の大事な宣伝なんでしょ。平気だよ、私は凱が帰ってくるまで待ってるから」
そして私は人生で初めて愛する男性がいると言う想いの中で自分の誕生日を迎えた。
「ごめんね、美央良。君の誕生日であり、せっかくの祝日なのに、仕事で出かけないと行けないなんて」
「大丈夫、凱が仕事から帰ってきてから、お祝いしてもらうから。ほら、もたもたしてると遅れちゃう。行ってらっしゃい」
そして凱は仕事に出かけていった。凱の前では強がっていたけど、凱の家で一人になると凄く寂しかった。とりあえず私は、いつもどおり、洗濯をして掃除をして、晩御飯の準備した。あとは寂しいから、ボーっとしながらソファに座って、点けっぱなしのテレビを見ていた。
その時、見ていたテレビの映像に生放送で凱の姿が映った。
「千条社長、一作目の眼鏡は売れ行き好調ですね」
「ありがとうございます。おかげ様で」
「もちろん、千条社長のデザインが受け入れられたということなんでしょうが。どうですか、CⅯの影響も大きいんじゃないですか?社長の彼女、美央良さんでしたか?」
「はい、もちろん、自分のデザインが受け入れられたという自負もあります。でもそのデザインも美央良が僕に力を与えてくれたから。それにさらにCⅯの美央良が眼鏡に与えてくれたイメージも大きいものがあったと思います。だから、僕のここまでの成功は美央良あってこそだと思っています」
「ああ、もう、千条社長は、もう彼女のことが大好きなんですね。会話の節々から伝わってきますから」
「はい、美央良がいなかったら今の僕は存在してないですから」
「はい、千条社長のお惚気が聞けたところで、今度はいよいよ第二作目の話題に移りましょう。どうですか?千条社長、今日、この場で新作を見せてくれるんですよね」
「はい、もう絶対にこの日に発表させてもらおうと決めてましたから」
この言葉を聞いて私はちょっと気持ちがざわついた。何だ、凱は私と誕生日を二人で祝いたいと言ってたのに、仕事をしようと決めていたんだと気付かされたから。
そんなことを思って凱に対する腹立たしさが少し湧いてきた時、インターホンが鳴った。
「はーい、どちら様ですか?」
「どうも、美央良さん、私です。裕康です」
「え?な、南郷さん?何で?」
「いいから、ほら、ここを開けてよ」
「はい」
「何で、ここに南郷さんが?」
「いいから、ごちゃごちゃ言ってないで。出かける準備して」
「何?どういうこと?」
「いいの。ほら、出かけるよ。ほら、カバン持って。戸締りはちゃんとしてね」
「何で?」
「もう、諄い。美央良さん、行くよ」
そして私は意味が分からないまま、裕康に手を引かれてタクシーに同乗して凱の出演している番組のスタジオのあるテレビ局に連れていかれた。
到着すると私は凱の出演している番組の生放送中のスタジオに入った。
「ねえ、南郷さん、何なの?私は凱が帰ってくるまで待ってようと思ってたのに」
「いいから、いいから」
そして裕康は本番中の凱を指差して、凱と目と目が合った瞬間叫んだ。
「よし、凱、連れてきたぞ。It a shоw timeだ」
私はもう頭の中が???だらけだった。
「どうですか?千条社長、いよいよここで見せて頂けるんですよね。凱GLASSESの第二作目を」
「はい、いいですか?これが二作目の新作、shine foreverです」
「なるほど、shine foreverですか?あ!これは何ですか?ジュエリーですよね」
「はい、実はこれ外すと、ピアスです」
「うわあ、素敵。あ、ごめんなさい。司会の私が、すいません」
「ありがとうございます。素直な感想が聞けて嬉しいです」
「でもこんなアイデア、どのように浮かんだんですか?」
「はい、実はこのshine foreverは男女問わず大好きな人に告白するアイテムとして使えないかなって思いついたんです。告白のアイテムとして指輪やネックレス、ピアスなどは定番アイテムとしてありますけど、中々眼鏡は使うことは少ないと思うんです。この前、眼鏡をプレゼントするときに眼鏡を選んでて思いついたんです。特に眼鏡とピアスは両方とも顔の一部を飾る重要なアイテムだなって。それでこの二つは合わせてコーディネイトできる商品があれば楽しいなって。だからこの二作目はそれぞれの月に会わせて十二種類の誕生石ピアスを用意しました。もちろん、眼鏡のフレームの色も十二色用意してあります。それぞれの誕生石が映える色をカラーコーディネイターと相談して。だから一つの使い方として、耳に自分の誕生石のピアス、そして眼鏡のピアスのはめ込み部分に愛する人の誕生石ピアスをつけるということも可能だと思います。大好きな人へのプレゼントとして使っていただけるようになると嬉しいですね」
「まあ、本当に素敵な眼鏡ですね。是非、私も欲しくなりました。あ、千条社長、先程、眼鏡をプレゼントするときに思いついたと言ってましたね。やはり、それはあの噂の彼女、島中美央良さんですか?」
「すいません、そうです。先日、僕の故郷の福井県鯖江市に両親の墓参りのためについてきてもらったんです。その時に初めての二人での旅行だったので記念に眼鏡をプレゼントしようと思って、めがねミュージアムに行ったんです。その時です。美央良はピアスしてて、あまりその部分には、その時は気にしてなかったんです。その人の顔のイメージと合えばいいと思っていたから。でも眼鏡もピアスもその人の顔を彩るという目的として同じアイテムだから、その両方のアイテムの統一感というのも重要だなってことに気付いて。だから、このアイデアも僕が見つけたものじゃないんです。全ては、あそこに来てもらった僕の最愛の女性、島中美央良が僕に与えてくれたものなんです」
これを聞いて私は驚いた。あの時に凱はそんなことを考えていたなんて。
「すいません、生放送なのに突然で申し訳ないですが、僕に少しだけお時間頂いていいですか?」
「は、はあ、いいですか?はい、プロデューサーの許可も下りました。どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、美央良、ここに来て」
まさか、突然、私は凱の出演している生放送の番組内に呼ばれた。
「ほら、美央良さん、君をここに連れてきたのはこのためだ。はい、行って」
私は裕康に背中を押されて凱の前へ出て行った。
「何?凱、あなたの仕事中に。大事な二作目の宣伝なんでしょ」
「ごめんよ、二人でお祝いしようと言ってた君の誕生日に仕事を入れて」
「いいよ。だって凱の大事な仕事のためだから」
「ううん、実は君にここに来てもらうために入れた仕事なんだ」
私は全く凱の意図が分からず、頭の中に?がついていた。
「え、どういうこと?」
そうして、凱はスーツの内ポケットから新作眼鏡を取り出した。
「島中美央良さん」
「何?突然、かしこまって、いつもはそんな呼び方・・・」
そう言いながら凱の目を見て、私は途中で話すのを止めた。
「誕生日おめでとう。そして僕の目の前に現れてくれてありがとう。君のおかげで僕はフランスでも、日本に帰ってきてからも自分の好きなことを諦めずに続けることができている。そして今回の新作も。あの時、めがねミュージアムで僕にヒラメキをくれたのは君だ。だからこの二作目が完成したら、もう僕の気持ちを伝えようと思ってたんだ」
「何で?今も凱の気持ちはしっかり伝わってるよ。いつでも私のことを想ってくれてる」
「違うんだ。これは、今日はこれを受け取って欲しいんだ。もともと、この二作目の試作品は君のために作ったんだ。君の誕生月十一月の誕生石、トパーズでね。トパーズの宝石言葉は希望とか潔白とか、僕にとって君のイメージにピッタリだ。トパーズは、生活のいろんな面が調和のとれたものになると言う効果があるそうだ。だから君をイメージして作ったこの眼鏡とともに、僕の誕生月四月の誕生石、ダイヤモンドのピアスと一緒に、受け取ってくれないか?僕の隣でこれからもずっと一緒に輝き続けて僕を幸せにしててほしいんだ。この眼鏡の名前もそんな君のことを想ってつけた。『永遠に輝く』shine foreverとね」
「え?どういうこと?今も私は傍にいるよ」
「だから、この眼鏡につけた名前だよ。分かってくれないかな?永遠に僕の傍にいて輝いていてほしいんだ。島中美央良さん、結婚して下さい。僕の想い、受け取って下さい」
まさかの告白だった。全国ネットの生放送でこんなサプライズをされるなんて、全く想定していなかったので。でも凱の真剣で心のこもった言葉が私の心に刺さり、私の瞳からは自然に涙が溢れていた。
「私、凱が帰ってきてからでも、あなたと誕生日を一緒に過ごせるだけでそれだけで幸せだと思ってたのに。何で、何でこんなことするの。こんなことされたら私、幸せ過ぎて・・・」
「ダメかな、美央良」
「馬鹿、私、涙が止まらないよ。私、こんなに幸せになっていいのかな?いいの、私なんかで、ずっと傍にいるのが私でいいの?」
「美央良、僕にそんなこと聞くなよ。さっき僕が必死に絞り出した言葉が無駄になっちゃうだろ。これを受け取ってくれるか、受け取らないか決めてくれ」
私はもう迷うことはなかった。私は凱の想いの詰まったshine foreverを受け取った。
「私、凱がいらないと言うまでずっとあなたの傍にいる。私、凱と一緒に幸せになりたい」
「よしっ、サプライズプロポーズ成功だ。やったーー、美央良、ありがとう」
「いやあ、千条社長、酷いですよ。こんなサプライズのために生放送を使うなんて」
「すいません、どうしても美央良のYESの返事を聞きたくて。生放送の全国ネットなら、美央良も僕のプロポーズを断われないだろうと思って。美央良は優しいから僕に恥をかかせることはしないと思って、成功のための包囲網を張ったんです」
「馬鹿、こんなことしなくても二人きりで凱の想いを聞いてたら素直に受け入れたのに。だってこんなに凱のことが好きなのに、凱のことを遠ざける理由なんて私にはないから」
「ああーあ、この放送をご覧のみなさん。この寒さが厳しくなっている十一月の末に温かくなれたのではないかと思います。公衆の電波を私的に使ったことは大目に見てあげましょう。おめでとうございます、千条さん、美央良さん」
私は抱き上げられて凱はクルクルと回っていた。
「やった、これで僕はずっと幸運の女神と一緒だ」
「やめてよ、まだ放映されてるんでしょ。下ろしてよ」
「これからも美央良、僕の隣で君の素敵なえがおの花を咲かせ続けてくれよ。そう、そのえがおだよ」
(了)