百足の声
30代半ばであろうか
ぽっかりと開かれた口のだらしなさと反し、横顔から伺わせる顎の形や肌の浅黒さは、男が恵まれた体躯であることを感じさせた。
不意に、男の喉がひくつく。
口は相変わらずだらりと開いたまま、その奥の喉から発せられる声は多種多様で、うら若き女から嗄れた老人まで、言葉にならない音を発する。
目蓋も、頬も、唇も微動だにしていないのに、喉だけが上下に痙攣する。
子供の嬌声と共に、ぬるり、と口から百足が這い出す。
黒く、光沢感のある滑らかな背をし、無限とも思える長い胴を口から引き抜き、私の鼻先目掛けてその小さな顔を寄せてくる。
足の滑らかな動きが、かちかちと音を鳴らすかのような顎を合わせる動きが、眼前に迫る。
あぁ、嫌だ。
私は、鼻先に迫るそれを、どうにか払い退けたくて、仕方がなかった。
動かぬ男の喉から、女の甲高い笑い声が、響いた。