置き去り本
文庫本コーナーに、ハードカバーのエッセイ本が置かれていた。
誰かが戻すのを面倒くさくなって、置いていったのか。
明らかに目立つ大きさなのに、誰にも戻されなかったのか。
自分で元の場所に戻れないのにな。
時間あるし戻しといてやろう。
幸い、学生時代よく通っていた書店だ、検索機がどこにあるのか把握している。
ちょうど一台空いていた。
――キーボードがない……あ。タッチパネルか。
本のタイトルを打ち込む。
――パソコンのモニターだけのくせして、いつの間にタッチパネルになったんだ。
文字がどこにあるか、指が迷い箸になる。
ジェネレーションギャップを感じながら、ゆっくり操作する。
検索結果がデスクトップに映し出され、本の詳細データから、所在地を示す地図に画面を切り替えて。
――さて、覚えられるか? ジャンル番号と大体の棚の位置を……ん?
ふと、画面の端に― 印刷 ―というボタンがあるのを目にした。タップしてみた。
パソコンの置いてある台の下からガガガガガーと聞こえてきて、視線を下げると、レシートみたいな長い紙が出てきた。それにはさっき検索画面で出した、この本のデータが印字されていた。
棚を覗くと、電動鉛筆削りのような箱があった。
――なるほど、コンパクトサイズのプリンターか。便利な世の中になたものだ。
次来たときは活用させてもらおう。
本の情報が印字されたレシートには、本のタイトル・ジャンル・番号……丁寧にさっき覚えようとした地図までわかりやすく載っている。
エッセイ本が並ぶ書棚は、店の壁際だった。
近くには史学や詩集などが並んでいる。若者はなかなか立ち止まらない分野だなと思いながら、同じ本がないか探す。
発売日が最近だから、平積みかもしれないんだが。
すぐに見つからないなー。
何度もレシートを見ながら、一冊一冊の背表紙を指でなぞり、表紙を目で追っていく。
同じ棚で、レシートとにらめっこしている、見つけるのが苦手な人間だと、周りから思われそうだ。
けど、今手にしている本を元に戻してあげられるのは、自分だけ――「あっ」と、思わず声が出てしまった。
平積みされているの本の中に、同じマダムの写真が載った、同じタイトルを見つけた。
――これだ。
自分が持っていた本を、そっと同じ本の上に乗せた。
自分で元の場所に戻れない。
だから、誰かが帰してあげないと。
見つけてあげられて、よかった。
―おわり―