第二十二話「過去と責任の落とし前」
あらすじ
暇潰し目的の旅で最初に訪れた獣領で、カイザンとそのパートナー、アミネスは獣領領主リュファイス・フェリオルから依頼を受けた。
迫る光衛団なる組織の襲撃を共に退けてほしいというもの。
そんな中、カイザンの護衛に任命されてアミネスと仲良くなった多重血のウィバーナは、光衛団幹部死神種ラーダの急襲によって重傷を負い、種の門を開放。住宅街の破壊を繰り返していたところを、カイザンたちはリュファイスの妹たるレーミアという少女の協力を得て、門を閉じることに成功した。
そして、目覚めたウィバーナは何故か心を閉ざしてしまった。
あの夜が明けてから、ようやくと三日が経った。
酷い事件であったことは言うまでもない。
死神種ラーダは、許可を得た者への擬態能力を持つレオンという獣種を洗脳して操り、ルギリアスとカイザンたちの注目を引きつけていた。
そして、ウィバーナはラーダの奇襲を受け、門を開いてしまった。
思い返せば、ラーダの行動は最初から意図がよく分からないものばかりだ。
結局は獣領の陥落が目的なのは分かっているが、それまでに通る道筋としてはあまりにもかけ離れている。
意図・意味・目的。考えても分からない以上、無駄に時間を使うのも意味がない。
あれからしばらくは何も起きていないから。......と言っても、レンディの件もあの夜の件も、嵐の前の静寂が起きていた事は否めないのだが。
これから何が起きても対処できる状態で在りたい。しかし、今回の一件でカイザンたち獣領陣営が失ったものは大きい。それは、獣領の守衛として、守護する者たちの絶対的なものすらも....。
ウィバーナが開いた獣種の門[獅子之獣乱]によって領内の一部は酷い有様になった訳だが、力仕事には慣れ過ぎている彼ら。再生は容易いことだった。
ちなみに、家々の破壊はかなりがレーミアの斬撃によるものだったらしい。意外にウィバーナの破壊の方が小さかったことについて書かれた[五神最将]機密的報告書は次の日には両断されていたという。
何にせよ、これだけの被害。レーミア(今回、ある意味で一番の加害者)が動き出した時点で、リュファイスも何かしらの事をしなければならない。
死神種ラーダはおそらく、殆どの領民にこの惨事の原因を見せたはず。
暗い夜は明け、ウィバーナを無事に助けることができたが、それが全ての解決に繋がる訳ではない。
分からないことばかりの中でも、ラーダが何故、ウィバーナの門を開かせ、領民にそれを目撃させんとしたのか。それだけは、何となく想像がつく。
だからこそ、この暗い夜が本当の意味で明けてはいないことをカイザンたちは気付いている。
・・・これからが、本当の騒乱になるんだろうな。.....それよりもまず今は、ウィバーナをどうするかって問題からだな。
結論から言って、間違いなく、今回の一件での被害の全責任はウィバーナのものになってしまうだろう。理由は、領民が皆あの惨状を見届けただから。
操られていた中で見た表層の記憶なんて、消すなり改ざんするなり簡単なはずだ。
それ故に、死神種ラーダの目撃がカイザンたち以外になかった。あの場にラーダが存在していた、それを証拠とするのは難しい。
百聞は一見に如かず。領民たちは不確かな情報よりも、目で見たものを信じる事は当然。
あれから王城付近ではよく、抗議に訪れた領民が殺到している。ウィバーナの行為に対する説明要求の嵐。
一時はデモ活動なんてのも起きかけたが、たまたま居合わせたレーミアの一言「斬るわよ」で沈静化させた模様。遠くから現場は観ていたが、文句を言いつつ退散というよりは、大悲鳴の逃亡劇であった。
一方でリュファイスは、通常業務たる他領地の外交官との会合にあたっていた。獣領からさほど遠い距離にはない植物領とはよく関わり合うことが多いそうだ。
今は領内の事情を優先して欲しいところだが、仕方がない。
リュファイスだって、一時は領民へ演説のようにウィバーナの無実を訴えようとはしたが、領民がそれを聞かないとでも言いたげに野党のように騒ぎ立て、それにムカついたレーミアの「お兄様の発言を邪魔するなんて、今までよくこの領で生きる権利を持っていたわね。まっ、それも今日で終わりなのだけれど」の意が込められてそうな視線だけで沈静化、を超えて全員逃げてしまって元も子もない状況が続いている。
領の出来事についてはあらかたこれくらいが全部だ。
次に語るべくは、ウィバーナだ。
カイザン的に驚いているのは、目覚めて以降、あれから食事を一切取っていない件。
ずっと看病をしていたアミネスは、ウィバーナが目覚めて以降は何故か会いに行こうとしていない。きっと何かがあったのだろうとは思うが、あの二人のことならきっと大丈夫と信じているカイザン。
・・・会って早々に親友になるくらい気の合う仲が、そう簡単に崩れるはずはないからな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここは王城。前に一度来たことのある、獣領で一番の豪邸だ。
種王と領主、フェリオルの家名を与えられた存在たちが住む事を許された場所。
現在、獣領に公式な種王は存在していない。
種王ガイストが歳による肉体の衰えから、獣身の異能の弱体化を感じ始め、自ら引退をしたらしい。
しかし、戦力としての座からは未だ抜け出す事は叶わない。次の種王が現れるまではそうあることが原則であるのだ。
それ故に、あらゆる権限は現領主リュファイスの下にある。
そんな訳あり貴族たちの王城で、カイザンたちは客人として過ごさせてもらっていた。
死神種ラーダの一件に協力中であり、門開放者を止めることにも深く貢献したからだ。
カイザンの[データ改ざん]が最も大きい協力であったが、あの場でのアミネスの創造もレーミアを助けた大きなものであった。
正直、女神領で小物ばかり造っていたあの仕事ぶりからは今でも同一人物とは思えない。空間創造、聞いたら教えてくれるだろうか?
・・・まあ、それは早々に諦めるとして。
最強種族で客人、さらにはある意味で領を救った貢献者。本来ならば、最も高級で豪華な部屋に泊めてもらうのが当然。
「つっても、こんな部屋。宿の一番高い部屋と変わらないな」
相手は獣種。誰が何処でとてつもない聞き耳を立てているとも知らずに愚痴を素直にこぼすカイザン。有名無実の最強種族こと、帝王カイザー。
「確かに、この部屋はカイザンさんには似合いませんもんね。もっと段階的に下げるべきだと思います。...あっ、もちろん私はこのままでと伝えてください」
「誰にだよっ、一瞬同調とかしてくれたのかと思った俺がバカだったと後悔したばかりだよっ」
さらっと部屋に入ってきて、そんな事を言ってきたアミネスに、調子が上手く乗った口調でツッコミを入れる。
先日、一緒にウィバーナの様子を見に行こうと誘ったのを軽く断られたばかりだ。気まずくはない。とっくに慣れている。
慣れたと言えば、この部屋もそうだ。
相変わらずの獣種ブランド、獣領仕様の内装。
少し前までは嫌だった獣臭さにも段々と慣れてきたところだ。これは多分、溜まりに溜まった臭いの存在を完全に忘れて、後に他の領地に行った際にすれ違う人々から「なんか臭くない?」とこそこそ喋りながら後ろ指刺されるパターンだろう。
一度、消臭剤的な物を探しに商業区に探しに行ったけど、それすらも獣種ブランドだった時の絶望は今でも覚えている。
・・・さすがにもう引き立ってはないけどさ。
「わざわざ言う必要ないでしょう」
「それを読む必要もな」
そう言えば、アミネスはウィバーナの事を考えて消臭剤を造らないでいるらしい。確かに、獣種からしたら初めて嗅ぐ獣臭さから離れた消臭目的の匂いはかなり鼻を刺激するのかもしれなそうだ。
心ではなく、最近では脳で考える事の謎の切り替えを学んだカイザンは少し強気だ。
気の抜けた時の独り言は心で済ませてしまうが。
そんなダメなぱーとなーの誰に向けてでもない報告を、ついいつもの癖で読んでしまうアミネスがこうしてカイザンの部屋に入ってきているのは、当の本人から呼ばれたからに他ならない。
「で、どうして私を呼んだんですか?」
「聞くのはいいが嫌そうに言うな。....正確に言っちゃ、呼んだのは俺じゃないよ。リュファイスが話があるから集まってほしいってさ」
領主同士で対談なんて、戦争の予兆しか感じない。領の戦争とか。....あり得ないけど。
「そうですか、リュファイスさんが。話の内容は聞いているんですか?」
「聞いてはないけど、ルギを呼んでない時点でウィバーナの件以外にないだろうな」
・・・あいつが居たらいろいろと面倒そうだし。.....つか、領主自ら、俺たちにか。今までの状況ならどうって事ないのに、今だからこそ緊張しかないな。なんか普通に怖い。
意味もなく深呼吸で心拍を整え始めたカイザン。アミネスは外見ではあまり何も変化がないが、心ではかなり不安に思っている様子。むしろカイザンの方が不安度は低い。
足して二で割ったら丁度よくなるパートナーな二人。
カイザンの呼吸音によって逆に静寂さの目立つ中、扉を優しく二回叩く音がした。
三回ではなく二回だったのは、日本と異世界で共同トイレの使い方が違かったりする感じだろうか。それとも、王城だから?よく考えたら、足音がしなかった。良い廊下なのだろう。
緊張から無駄に考えが広がった。
思考内での時間経過はほぼゼロに近い。意識が戻ってすぐに扉の向こうから声が聞こえた。
「..........カイザン君、良いかい?」
「お前の城なんだから勝手にしろよ」
・・・良いよ、入って。
同性の美声に返すのが心から嫌だったので、ちょっと嫌味っぽく返してみたけど、アミネスの反応が怖かったから心ではしっかりと優しく返してあげる。
そんな事は知るはずもなく、リュファイスは嫌な顔一つせずに入室してくる。
相変わらず顔と声の合った男だと思う。
カイザンとしては、あまりアミネスを近寄らせたくない男の人。ただの焼き餅と嫉妬以外ではこの感情は生まれていない。
アミネスはもちろん、それを知っていることをカイザンは知らない。
部屋の中心に置かれた円形のテーブルに、カイザンとアミネスが横に並び、リュファイスはその目の前の位置に置かれた椅子に腰をかけた。
それが引き金となったか、急に重々しい雰囲気を表情とちょっとした深いため息で作り始める。
・・・おい、ちょっと。急にそういうの作るのはやめようよ。部屋から入ってきた時から顔とかでしてくんないと、こいつ最初は結構無理してたんだなーとか思って不安になるだろうがよっ。
その声は届かない。
「今回の一件でのウィバーナの処分に関して、君たちに話しておくことがある」
・・・ほら、来ちゃったじゃん。
不安的中。もともと予想はできていたことだが、いざリュファイスからそれを話されると思うと、心には来るものだ。
「やっぱし、仕方がないとは言え、責任は免れない訳なんだな」
「それはもちろんだよ。こればっかりは僕ではどうにもならないことなんだ。単刀直入のようなものだけど、これだけは先に伝えておく。.......君たちにウィバーナを任せる」
「....俺たちに、ウィバーナを」
驚きでリュファイスの台詞をゆっくりと復唱したカイザン。何度も言う必要のない、言葉通りの内容だ。
そこから予想されるウィバーナへの刑罰内容。黙り込んでしまった二人に、リュファイスは答えを続ける。
「苦渋の判断だが、ウィバーナはこの領から追放処分とするしかないんだ。先日の一件が、全て光衛団が諸悪の根源であることはもちろん分かっている。でも、あの時領民は皆、洗脳にかかっていたが故に、ラーダの目撃情報なんてのはなく、ウィバーナが暴れる姿しか覚えていなかった。その目撃だけがあまりに多すぎる。僕の裁量ではどうにも出来ない程にね」
あの時、死神種が領民のほとんどに洗脳をかけて自分の目撃情報を無くし、ウィバーナの破壊活動のみを記憶させたことは先刻説明した通り。
リュファイスは領民たちのパニックを恐れて、光衛団襲撃を伏せているが故に、レンディの一件に洗脳が関わっていた事もまた伝えてはいない。
・・・つまりは、ウィバーナは領をただただ破壊していただけの違法者か裏切り者。そんな奴を領民が許す訳もなく、当然と追放を要求するって訳か。
「だからって...」
「そんなの....酷過ぎますよ」
ウィバーナと初めて会ってから二週間以上が経っている。その内、ほぼ毎日をアミネス越しに共にした。
彼女がどんな性格でどれだけ獣領を愛していたかなんてカイザンにだって分かる。アミネスはそれ以上に理解しているはずだ。
そんなウィバーナが絶対あってはいけない評価を受けようとしている。
アミネスには、それがとても辛い。耐え難いほどに受け入れられない。
小さくなっていくアミネスの声が止まるのを待たず、リュファイスはカイザンに向き直って慈悲を持たない目を向けた。それが示すは、同意を求めし意志。
「カイザン君。君も領を統べる存在なら、分かるだろ?領民の総意となれば、僕は職務を全うする他ないんだ。ただ権力を振りかざすだけの領主は何の意味もない。個よりも全、どちらが価値あるものか判断できない者は領主としての価値すらも持たないんだ。それ故に仕方がないと言う他、言い訳と言えるものはない」
・・・職務を全う?価値?....領民の総意って。
リュファイスは前に、光衛団の一件でのカイザンへの協力を拒んだルギリアスに対し、自分の意志と判断だけでこの領は動くのだと言っていた。
発言の中の矛盾に唯一気付けたのは、カイザン。アミネスは当然あの場に居なかったのだから、気付くことは不可能だ。いや、アミネスがあの場に居たとしても、気付かなかったかもしれない。カイザンはこういう場面では何故か察しが良くなるから。
考えてみれば、レーミアの弾圧とはまた違うが、たかが領民の反対なんて、リュファイスの権限でどうにでもできるはずなのに。
前々からリュファイスの行動には何かあるようには思っていた。言動の数々から判断したのではなく、ポジション的に十分可能性があったから。
しかし、どうしてもそうは思いたくない。何故なら、それが肯定されたのなら、リュファイスは自らの意志で......。
「それに、ウィバーナが門を開いたのは今回が初めてじゃないんだからさ」
「「えっ」」
予想外の発言に思考が止められた。それが故意であったなんてその場では考えられないくらいに動揺が走った。
「お前.....今何て?」
恐る恐る確認するように問う。
聞き間違いだなんて思っていない。でも、問う以外に選択肢はない。ただ、そうであって欲しくない信じたいだけのこと。
「やっぱり、ルギリアスからは聞いていないんだね」
カイザンの問いに対して、別の人物への不満を口にするリュファイス。勝手に話を変えられた気がするが、そんなことはどうでもいい。
会話の繋がりから考えれば、リュファイスは肯定したことになる。
「ちょっと、待ってくれよ。じゃっじゃあ、ウィバーナが今回門を開いたのは二回目ってことなのか?」
「そうさ。多重血の異端で半端な種族は確かに、 門の開放条件がとても安易な存在だが、短期間ではあまりに多い数だ。それ故に、今回の判断をさせてもらったのさ」
領民を追放させるには十分過ぎる理由だ。先日の一件はカイザンたちが居てこそ、上手く収拾が着いたようなものだが、それ以前にもあったとなれば、おそらく被害はかなりのものだっただろう。
あの場で観ていたカイザンからすれば、恐怖でしかない。
しかし、納得する要素も少なからずあるのだ。
・・・やっぱり、ウィバーナは....。だから、ルギもウィバーナ自身もずっと。
ルギリアスはずっと何かを隠し、あの夜も何かを恐れるような言動が多く見られたことは確か。
・・・もっと早く気付いていれば良かったのか.....。
動揺を見せるカイザンとは違い、アミネスだけはすぐに冷静さを取り戻す。
過去は変えることはできない。だから、今できることがあるのだと信じている。
「ウィーちゃんはあの日何があったのか聞いた時、何かに対してとても怯えていました。それが、その原因が過去の門の開放にあるのなら、私はウィーちゃんの為に聞かないといけない。....教えてください。今回の一件はともかく、過去、ウィーちゃんはどうして門を?」
親友の過去が深いトラウマとなって縛り付いている事は分かっていた。それが門の開放であったと知った今、自分は聞かなければならない。
アミネスの要求に、リュファイスは話を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは後に世界の節目と言われる六年前の事だ。
王城で獣領先代領主エイル・フェリオルによって育てられた少女が居た。ウィバーナ・フェリオルというビースト。
彼女は多重血と呼ばれる存在だった。
獣種ともう一つの他種族、それが何か判明しないまま育っていき、エイル死去の後に新たなに領主に着任したリュファイスとその妹レーミア、二人の義理の兄妹のおかげでウィバーナが異端と呼ばれる迫害を受けることはなかった。
優しさの中に囲まれ、平和に暮らしていた当時、まだ八歳だったウィバーナは、王城の外に興味を持ち始めてしまった。
決して悪いことではない。むしろ、王城で閉じこもってばかりのウィバーナがそうなることは、とても喜ばしいことだ。
ウィバーナが一日を過ごすには、王城があまりにも破壊しやすい物が多いからということもある。メイドたちはあえて割れた壺の被害額を計算していない。
そんな事もあり、誰もが肯定的になるその意志に対し、リュファイスは王城から出ることを許そうとはしなかった。
身の危険を案じたものであることは間違いない。そんなことは当たり前だ。.....でも、まだ幼き頃のウィバーナには理解できるはずもなかった。
ただ、リュファイスからの束縛でしかないと、そうとしか思えなかった。
「だから、あの娘はそれを、僕の命令を無視したんだ。その日、保護係の護衛の監視を潜り抜け、ウィバーナは王城から勝手に出て行ったのさ」
ウィバーナという少女が王城で暮らしている事を知っているのは、獣領の中では王城で住む者・働く者しかいない。リュファイスの管理体制により、情報は一切口外されていない。
「幸い、詰め所の衛兵たちの報告ですぐに動くことができ、当時そこで衛兵長を勤めていたルギリアスが保護に向かったことで何も起きずに済んだ」
しかし、ウィバーナは外の世界を知ってしまった。
一度では満たされない、解放感と好奇心を抱いてしまったのだ。
「それからのこと、ウィバーナは度々外に出て行くようになった。悪賢くなったもので、メイドたちの監視を掻い潜っては抜け出し、僕やレーミアの気配が動いた瞬間に城に戻る」
案の定、そんな事が行われていることに当然ながら気付いているリュファイスは、常に衛兵をある程度の距離から監視させることにした。もしもの時、すぐに動けるように。
そして、その中には当時のルギリアスも居た。
「衛兵らの目撃によると、ウィバーナは商業区で同世代の子たちと遊んでいたらしいね。最年長の子を筆頭に探検と称して領内を駆け回っていた」
微笑ましく遊ぶ姿が毎日のこと確認・報告され、衛兵の一部では監視は不要ではないかとの話が広がり、代わり番で行われていたそれを辞退する者が増えていた。
そんな時、ルギリアスだけが子供達を観ていて、一つの可能性を感じ始めていたのだ。
「これは、後から分かったことなんだけど、ウィバーナがいじめられ始めたようなんだ。原因はもちろん、多重血に他ならない」
全ての種族にとっての反すべき存在。
子供がそれを知れば、無邪気のままに青い正義感を振りかざし、暴力としてそれを実行する。
獣種には、自身の軽傷や擦り傷を簡単に治してしまう程の圧倒的治癒能力が備わっている。それがウィバーナともなれば尚のこと。
ただの領民の暴力なんてのは、ウィバーナに痛覚こそ刺激すれども、傷を作ることは叶わない。
「それでも、ウィバーナは心としてはまだまだ未熟でね。その暴力をいじめとして受け入れはしなかった。自分が何か悪いことしてしまったのではないかと思い、僕たちには何をしているかを話すことなく、元気な顔と下手な嘘を吐いて毎日通っていたんだよ。多分、僕たちに話さなかった理由は、迷惑をかけなくなかったんだろうね。まったく、優し過ぎるのも困りものかね」
いじめが始まってから、数日が経とうとしていた頃、遂に事は起きてしまった。
王城で幸せに、何不自由なく暮らす事が許されていた。勉学に、獣種としての稽古に励み、毎日を...
「そんな日々がただただ繰り返されたある日、事件は起きた」
....悪意によって壊されたのだ。
「いじめていた子達の一人が家から刃物を持ち出し、ウィバーナを脅すために使用したんだよ。いくら傷付けても数分で完全に治癒させてしまうウィバーナの異質さを不気味がっての行為だろう」
本来、それを向けられてしまえば、人は恐怖するものだ。しかしそれはあくまで、恐怖するに値する材料を本人が持っていた場合のみ。
「ウィバーナは刃物の鋭さを知らなかった。斬るのではなく刺す時、獣種の治癒範囲を外れることを」
獣種の門の開放条件とは、他種族からの攻撃による負傷が命を侵そうとした時、強い生命意志によって門が開放されるもの。
多重血たるウィバーナにとっては、獣種すらも他種族の対象に入っている。
少年の振るった刃がウィバーナの臓器に深い傷を付け、すぐさま対処しなかった故に、大きな損傷となってしまった。
「そして、門は開かれた。幼くも獰猛な獣の意志をその身に宿し、開放者は殺戮を開始した」
何かが起きた事に気付いたルギリアスは、ウィバーナを最後に見た路地へと向かい、そこで一緒に遊んでいたと思っていた子供らが血だらけで倒れているところを発見した。
「そこから先の事は、地獄と一言で表現した方が早い。それ以外の言葉は必要がない」
疲弊したウィバーナをルギリアスが取り押さえるまでに、子供を含め、たくさんの死傷者が出た。死んだ者の多くは、正面から爪で内臓を掻き切られたようなものが多かったらしい。
苦しみから解放されるまで、長い時間が要されただろう。
「今回の一件と違い、ウィバーナがまだ幼かった事で門は疲弊のまま閉ざす事ができた。それに、ウィバーナにも大した大怪我は無かった。本来、外傷以外に治癒が不可能な獣種がそれを治せた辺り、彼女が本当に異端であることに間違いはないと知らしめた事件でもあったね」
ウィバーナは無事だった。それで済む話で無いのは当然のこと。今回なんて比にならない、過去の大戦にも及ぶ凄惨な事件。
ーーーーーーー死刑。それが領民の総意。
領のあらゆる事には、領民の意志が深く関係している。悪意が必ずしも無いものとは言えない。しかし、今回は例外だ。
どうすることもできない罪、処されて当然の報い。
「だけど、それはあまりにも悲し過ぎることだ....
あの娘の、ウィバーナの容姿はまだ若かった。
だから、僕たちは処刑を隠蔽したんだ。
長かった髪も短くし、服装も変えた。
忘れてもらおうと、別のことで埋めようとした。
だから、求むものを全て与えた。
だから、[五神最将]に入りたいと言った時には反対はしなかった。
そして、何もかもがまた平和に動き出す....はずだったのに、運命はもうあの日から決まっていた。
それから六年、ウィバーナはまた同じ罪を繰り返してしまった。過去に願った夢から突き放すように、運命は残酷に.......」
それが、『強くなりたい』と願った少女の過去の話。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
六年前にウィバーナを刃物で傷付けた少年は、大怪我を負わされながらも生命への危機はなかった。だが、その後すぐに罪を問われ、長い間労働を課せられた後、とある事件の中で死亡した。
少年の名は、レンディ・エスタリア。
あの一件で死神種ラーダに洗脳されて暴動を起こさんとした獣種である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
続く




