第一話「女神領の新領主」---前編---
これは、異世界に転生したごく一般的な高校生の物語。
女神種エイメルとの戦いから、一ヶ月後の話になる。
男の名は、暇・海斬。
彼、カイザンは現在、一応は元死人である。死因等に関しては、以前に説明した通り。何度も言うと本人が可哀想なので。
彼の一生を端的に説明するのであれば、実に満たされていた人生と言える。
地域では名のある名家の生まれで、昔その土地一帯を所有していた大地主だか、資産家だかなんだかの後継ぎ候補。
名家生まれとはいえ、実のところ妹が秀才なだけで、兄であるカイザンの学力も身体能力も平均よりやや高い程度にしかない。死因に関係している例の乗り物に轢かれたのも、きっとそれが原因。転んだとか何かだろう。世間一般で言う、ダサい失態だ。
十六年も生きてきたが、あんなにあっさりと終わったのは初めてだった。もしラーメンだったら麺の味しかしないくらいあっさり。
ここからは以前の説明の補足。
衝突事故の後、死んでしまった彼を待っていたのは、ヒゲと頭の年季が長い閻魔様だった。
閻魔様は彼に異世界転生なる新たな人生を提案し、それに応じたことでそういう状況になった訳だ。
本来、転送機器で飛ばされる先は、転生者が与えられた種族の領地近く。のはずが、よりにもよって故障。まさかの女神領に飛ばされてしまった訳だ。
そして、カイザンは女神領領主であるエイメルを一悶着の末に一撃で倒し、転生早々に最強種族となってしまった。
これは一見して良いこととも言える。
が、そんなことはない。
始まりからそうなってしまえば、何が楽しいと言うのか。
・・・まったくもって、地獄でしかねぇよ。
そう、彼は言う。
エイメルとの'自称'死闘。あれから一ヶ月、カイザンの名は謎の最強種族として全大陸に広まった。
噂は原形を留めず、女神領内部ですら眉唾ものの情報が出回っている始末。中には、カイザンのことを帝王、[カイザー]なんて呼ぶ者たちが多い。各々が理想の最強を思い浮かべるからこそ、会った時の幻滅は計り知れない。
このようなのに加え、あまりに突然の広まり故に、カイザンを危ない最強種族ーーーーー否、帝王と認識しているのが一般的な状態にある。一部領地では、カイザーの支配を恐れて大量に武器を仕入れたり、他領地との交流を盛んにし始めたなんて話もある。
カイザーはもはや最強のではなく、全領地にとっての恐怖の象徴となりつつある。
しかし、彼が地獄だと言っているのはそこではない。
何が地獄かって、そんなの決まっているだろ。
・・・ただただ暇なんだよ。領主生活、最強種族やんのが。
転生者として、勇者として求めていた冒険がどこにもない。
最強種族なんて、普通は長い戦いの果てにあるものだ。それをショートカットして、一撃で手に入って何が楽しい。
何も楽しくない。ゲームスタート早々にチートを使った気分。緊迫感もワクワクも何もない。
・・・暇だ。暇なんだ。暇過ぎるんだ。
女神領領主になって一ヶ月、最初は多少なり仕事もあったけど、もうそのほとんどの仕事は飽きたし、補佐の女神に投げ出した。
仕事すればいいじゃん等の苦情意見は一切受け付けませんのでご了承ください。
気付けば、カイザンの頭の中を[暇]の一文字だけが占領を続けていた。
・・・何をすれば満たされる?俺は何のために生きているんだ?っていうか、暇って何だ?これか。
精神的異常は、やがて彼の日常となる。暇潰しとは彼にとって、平和な世界での一時の空腹ではない、戦争時の満たされない空腹感に近い。
それが続いて早二週間、日常生活にすら支障をきたし始めた。
例えば、食事だ。喉は通るけどお口に合わず、何故だかおかわりをせがむ毎日。
睡眠も、夜は寝れても朝は起きれない、三度寝しちゃう。
などなどの暇によって苦しめられる日々が続いた。
・・・どれもこれも暇なせいだ。決して、俺が領主の座を利用してぐーたらしてた訳じゃない。断じて否だ。
それからだんだんと自我を失い始め、暇による狂気に突入しようとしていた。
何とかしないと、このままでは、このままだ。
そんな時、ふとある事を思い付いた。
・・・まさに、天才的な答えだな。
「それで出てきた答えが領地を巡る旅、ですか。.....カイザンさん、浅はかじゃないですか?」
「さらっと入ってきてさらっと心を読まないでもらえないかな」
自身の心の中に浸って暇と言う原因菌を集中攻撃していたカイザンに背後から毒舌を吐いたのは、部屋の扉をそっと開けて入ってきた少女だった。
名を、アミネス。[万物創成]の特殊能力を持つ創造種である。現在、十四歳。歳通りの幼げな見た目。
透き通る肌に、空色の瞳。瞳と同じ色をした髪は腰付近まで届き、この世界のベレー帽のような物を被っている。
服装はシャレた高校の制服のようだ。主に水色と青色が主張されており、所々に黄色があしらわれている。
上半身はあまり露出していないが、短めのスカートから健康的な脚が出ている。年相応に華奢な体だ。
肩から普通サイズのカバンを掛け、中には創造種が特殊能力を使うのに必要な道具が入っているらしい。所謂、創造機器と呼ばれる物。ご存じない?
アミネスはカイザンの見る限り、なかなかの美少女だ。
立っているだけで人を魅了させる程の可愛さを備えたアミネス。曰く、アミネスは元女神領領主エイメルに救われた恩から秘書的立場として仕えていて、今は仕方なく新領主カイザンのお手伝いさんとなっている。
そのためか、カイザンへの当たりは強いところが多々多々ある。多々しかない。
・・・アミネス、一ヶ月は一緒に居るけど、こいつの事あんまり分かってないんだよな。それに、恩が何かとか、詳しいことは全く聞いてない。まあ、俺から女の子の内情をズケズケすんのはなあ。普通にルール違反。
アミネスのお手伝いさんとしてもろもろの能力は素晴らしいもの。秘書に任命したエイメルの判断は確かなものと言える。
実際、カイザンの仕事のほとんどはアミネスの補佐があってのこと。途中から他の女神に投げ出してからは仕事振りを拝見していないが、実に完璧だ。.....特技である、心を読むことさえしなければの話だが。
創造種は何故か一部の人の心を読むのが得意らしい。その一部にまさか自分が入るなんて、トラックに続き何て運の無さか。知ってしまった夜は月にひたすら嘆いた。
カイザンとて、読まれっぱなしを許してはいない。
毎回読まれる度にやめろと言うが、本人は読んでいないと苦し紛れの否定を繰り返す毎日。証拠がないからどうすることもできない。だから、このままにしているだけのこと。
・・・というか、最強種族によくもあんな気安........気軽な態度で。俺としては感服だね。
可愛いし一応敬語だから許しているものの、もしゴリラだったら檻に閉じ込めてサーカスに売り飛ばしているところだ。
「あの、聞いてますか?カイザンさん」
「えっ?もちろん、全然全く聞いてなかったぜ」
「どうして聞いてた時の感じで言うんですか?途中まで紛らわしいんですけど」
一ヶ月領主をやっても相変わらずの気の抜けた態度と声音。アミネスが分かりやすくため息を吐く。目の前で落胆しないでほしい。って直接言いづらいから困る。
「まったく、これが本当にあの伝説のウィル種なんですかね?」
「そうなんだよ、俺ってウィル種でさ。最強種族やってんだよね」
煽る方の煽てだが、カイザンは誇らしそうにする。
エイメルの時にも心から心の中で思ったけど、やはり自分には人をムカつかせる才能があると改めて思う。
それ以外の才能と言えば、やはり与えられた種族。ウィル種だ。特殊能力は実に素晴らしい。
あれから調べたみたところ、ウィル種は既に大昔の戦争で絶滅していたらしい。となれば、領地があるはずもない。転送装置が壊れているのかよく分からなくなった。
考えるのも面倒だ。そもそもカイザンはあまり考えるタイプではない。
・・・あの時は緊急だったからで、真剣に考えるのは自分らしくないと思うんだ。
自分らしさ意識無駄に高い系男子のカイザンがそんな事を考えていると、
「自分らしい.....。そう言えば、カイザンさん。さっき、自我が無くなりそうとか言ってましたけど、自我なら要らないくらい持ってるじゃないですか」
「お前どっから読んでたんだよ。つか、それって自尊心が無駄に高い的なの言ってんのか?」
「読むって、何のことですか?」
目を逸らして誤魔化そうとする醜........可愛らしい抗いだ。アミネスだから見れるだけ。こちら側が言うのもおかしな話だが、もう少ししっかりと誤魔化してほしい。
この世界の住人は皆、何かのきっかけでおかしくなるのか?と最近よく思うようになった。
誤魔化すならいっそのこと触れなければいいものなのに。
・・・つか、自分らしくないの一言でどうしてそこと繋いだんだよ。想像力か連想力が広過ぎるのか?
まあ、この連想力からのアイデア発想力に助けられてきたのは事実なのだが。
心を読む関係のツッコミや返しに対し、都合が悪いとアミネスは下手な誤魔化しで話を逸らそうとしたり、変に否定する。それが図星を語っていると言うに。
それがこの、アミネスという少女のらしさだから。
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気の合いそうで合ってなさそうな二人が今居るのは、領主のために設けられている神殿のような外観の大きな中央陣取り建造物の一つ、その内の豪華な一部屋。
今までエイメルがずっと使っていたので、これを機に内装を思いっきり改装してみた。内装がカイザン好みになったことは次代領主にのみ伝える重要機密だ。
そのため、この場所に出入りできるのは、カイザン。許可してない筈だけどアミネスも。ただの領民は立ち入る事を許されない。
・・・アミネスには今度、しっかりと言ってやらないと。....今度ね、今すぐにとかじゃないよ。
年頃の男の子には、部屋で一人こそこそとしたい事もある。言ってやらねば。
と言っているだけで、行動には移らないのがカイザン。正直なところでは、
・・・女の子に怒るのとか苦手。トラウマになるよ。
この件は今度、きっと今度、たぶん今度、本当に今度解決しよう。旅から戻って来たらになるけど。
「で、さっき何か言ってなかったか?」
心の中に浸っていた中で話しかけられたから、さっきは全く聞いてなかった。聞いてたかもだけど、よく覚えてない。
アミネスのお叱りから察するに、重大案件の可能性。
「あー、そうでしたね」
・・・そうでもなさそうだな。
忘れていたような反応だ。
ちょっと、アミネスの真似をしてみたくなった。
「まったく、ちゃんとしてくれよな。最強種族のお手伝いさんなんだから」
「むっ.....タライの一つでも造りましょうか?」
「やめて、頭にだけは落とさないで、謝るから」
カイザンの嫌みなモノマネにアミネスが分かりやすく眉を顰めると、そう言って躊躇なくカバンから異世界感をぶっ壊す機器を取り出す。
創造種の特殊能力[万物創成]はそれに描いた全てを魔力によって実体化させることができる。ただし、アミネスが言うには、密度の高い物は魔力消費がとても高くて造れず、また、生物を創ったとしても魂はどうしても宿らないらしい。
つまりは、アミネスがタライを描けば、きっとカイザンの頭に落ちてくるという事だろう。
そう言えば、前に領主の仕事中(=サボり中)、創造種についてが記載された本を読んだことがある。ここと同じ東大陸に属する多種族共和制領地[ネビアス]にはニールクラーロ家なる絶滅危惧種の組織があるらしく、その中には[創成之姫神]と言う異名を持つ者が居るらしい。
頭の片隅で思い出したことを考える中、カイザンはノーモーションで完璧な土下座を披露していた。アミネス、いや、二歳年下の少女に。
タライ落としなんて、人類皆効果抜群ものだ。当たりどころが悪いと記憶が飛んでしまうかも。カイザンは自尊心を捨てて、無痛の幸せを取った。
日本の伝統文化の一つが何故異世界に流出しているかは、アミネスがカイザンの心を読んだからに他ならない。
最強種族ともあろう者が、必死に土下座をする姿。ここが二人だけしか立ち入れない場所で良かった。安心して土下座に専念できる。誰かに観られでもしたら私有地すら堂々と歩けたものではない。
この一ヶ月、暇は彼から自尊心すら奪わんとしている。いや、もう奪ったか。残るのは、端っこに余ってた小さな自尊心のみ。
それ故の、この土下座だ。
「さすが、カイザーさん。素晴らしい土下座ですね。...では、タライは後にして、話を進めましょう」
「進めないよ!!落とすんだったら、せめていつかだけ言って!!って言うか、落すなっ!!」
・・・て言うか、おい。俺のこと、カイザーって言ったな。
カイザン自身、自分が帝王....カイザーと呼ばれる事を快く思っていない。最強種族は気持ち良いが、帝王は完全なる悪名だ。親近感なんて一切湧かない。
・・・カイザーとカイザンって、何も上手くないからな。誰だよ、考えたヤツ。....まさか、アミネス?
だとしたら怖い。聞くのも怖い。
なので、この事は一旦忘れてみよう。
「あれ、話が全然進んでない気がするんだけど」
「カイザンさんのせいですよ」
「そういう事言うから進まないんだよ。....で、さっき何て言ってたんだよ」
主人公への慇懃無礼、毒舌はただの文字数稼ぎにしかなっていない。
本来なら物申してやりたい言い様だが、我慢するして話を進める。
「カイザンさんがもし、浅はかなるも本当に旅に行くのであれば、領主の仕事は誰が代わりに行うのですか?」
・・・本当に、って、失礼だぞ。男が一度言ってしまえば有言実行。.....都合が悪いと忘れるけどね。男って自由だなー。
ちなみに、カイザンの好きな四字熟語は、付和雷同。備考、特になし。
アミネスに言われた領主仕事の代わりの件。旅の計画は具体的ではないが 、何ヶ月に納まりきる暇じゃないのは分かっている。当たり前だが、アミネスの指摘は正しい。
さっきは浅はかだと端的に切り捨てていたが、アミネスも実は旅に対して前向きだったりするのだろうか?
「えぇっとなー、それって代理って事だろ。本気さえ出せばめちゃくちゃ仕事できる予定の俺並みに実力人物っては.................つまり、誰なんだ?」
「それなら、良い方が...........って、カイザンさんのそれを満たす人なんて沢山居るんですけど」
・・・遅れてツッコミとか、普通に考えて乗りツッコミだな。
「してませんよ」
・・・俺の心、読んだ?
「読んでません」
「認めてるよね。もうそれは」
・・・これからも続ける気か、これを。
面倒な気しかしない。
しかしまあ、旅は人を変えるものだ。アミネスも連れて行く予定。....アポなしだけど。
・・・いっそのこと、わざわざ口にせずに心の中で話してればいいんじゃないか。
俺はお前のせいでこうなってしまった風に言って、アミネスに一生お世話してもらうとか。
・・・それじゃあ、余計に暇なだけか。
意味もなく脳を使っていつものようにどうでもいいことばかり考えてしまう性に生きるカイザン。
アミネスの気持ちを思えば、ため息をつかない理由が考えられない。
「ちょっとはふざけてないで、真面目に考えてくださいよね。...まあ、カイザンさんからくだらなさを取ったら帝王しか残りませんけど」
まるでカイザンが無駄に考えていたような物言い。まったくもった正論だ。勝てないじゃないか。
そんな事よりも、カイザン的には聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「待って、今の俺って'くだらない帝王'なの?」
「・・・・・はい」
「よし、沈黙の理由を聞こうか」
一応問い詰めたけど、めんどくさそうに回答を拒否された。
アミネスは旅に出ても変わらない気がする。となると、カイザンの扱いも変わらないだろう。
・・・いよいよこの待遇に耐えかねたら手を出すかもな。....デコピン、今の俺にはそれが限界だ。
だが、自らが手を下さない攻め方はいくらでもある。
旅に出ても変わらぬようなら、断食でもさせて屈服させてやろう。
「さすが帝王の発想、最強種族のカイザーさんなだけありますね」
「訂正、俺はカイザンだよっ。提言、心を読むな。.....って、心以外も読んでない?」
確か、断食については口にも心にも発言していないはず。ちょっとどころじゃなく、普通に怖くなってくる。
アミネスが答えまでの間を長くしているからその分恐怖的な感情が一秒ごと二乗されていく。
それがおかしいくらいに続き、計三十秒。自分でもよく待てたと苦笑が漏れそうになる。
そうして、満を持してアミネスがゆっくりと口を開いた。
「空気、ですか?」
自分の事を疑問形にして返す。知らねぇよ。反射的に言いそうになるのを必死に堪えて、他に思った素直な気持ちを伝える。
「なんか、空気を読んだら全てを知れるって、クラスにたまに居るムカつく人気者の格言みたいだな」
「・・・・」
思った事を言っただけなのに、スベったみたいな沈黙が生まれた。二人だけの空間で。だが、そこに沈黙を破る者が...。
「あっあの、カイザン様」
「おう、ハイゼル。丁度よ.........って、お前いつから居たんだよっ!?」
人という生物はきっと、反射的にノリツッコミをしてしまうものだろう。
普通に反応してからのツッコミ。先ほどのアミネスのはカイザンからの影響だと思う。
それはともかく、カイザンに怒鳴られたと思い、申し訳なさそうにハイゼルが入室した。彼女は女神領商業区の管理者、エイメルとの決闘で審判をやってた時は挙動不審なやつだと思っていたが、あの評価は間違って......。
ゆっくりと部屋の隅に移動したハイゼルは、床に正座していた.............数秒間。
「何を、してる?」
なんだか怖いので、恐る恐る聞いてみた。
領主と言う立場になかったら聞く勇気なんて出なかったはず。アミネスはあまり興味の無さそうな顔でハイゼルを見ている。こっちも怖かった。
カイザンの震えた問いに、ハイゼルが今にも額を床に擦り付けそうで付かない勢いで謝罪、直後に自分が何をしているか答えた。
「領主たる貴方様に対し、非常に無礼極まる行いを致してしまったと後悔に思い、腹を切る覚悟にあったのですが.......只今、小刀を持ち合わせておりませんでした。どうすれば宜しいのでしょうか?」
「いや、素直に謝っとけよ」
思い出して欲しいのが、カイザンが全領地にとっての恐怖のカイザーな象徴であること。ここ東大陸とは反対の西大陸の一部領地までに広まるには時間がかかったらしいが、今やこの認識は共通のもの。
それは何故か、女神領も同じ...。
とはいえ、あれから一ヶ月経ってもこの鮮度の高い反応だ。あの時の評価は間違っていなかった。仕事はしっかりと出来るのに、性格の個性さに難がある。
カイザンから端的にツッコミを入れられ、懺悔の方法を失ったハイゼルは、数秒間は心ここに在らずを維持して前触れなく正気に戻った。扱いが難しいな、この女神。
それより、どうしても確認しておきたいことがある。何故、ハイゼル登場にビビりまくったかに繋がることだ。
「いつからそこに居たんだ?」
「土下座のあたりから入るタイミングを伺っていました」
「観られてたのっ!?」
最悪の展開だ。[暇家]に代々伝わるあの見事なまでに完璧に洗練された伝説級の土下座を年下の少女に向けて放ったなんて、客観的に考えて終わってる領主様だ。
気付いたら膝から崩れていた。
最強種族になって早数週間、言い換えて一ヶ月。短い領主生活だった。これから彼は、恥辱に塗れた人生を.....。
・・・なんて、そこまで俺メンタル弱くないからな。
土下座一つ、何のダメージにもならない。足と手の震えは疲れたからだ。...さっきからずっとベッドに座っているのだけれどね。
「て言うか、そもそも無断で入っちゃダメだろ。ここは」
入らないから土下座ができたのに、こんな話聞いてない。
ハイゼルには言い訳を聞いた後、正式に罰則を与えねば。
「立ち入ってはいけないとの事でしたので、姿勢を低く入らせていただきました」
「あーそう。.....これに似た会話を前にもしたような」
一ヶ月前のデジャヴ感を挟みつつ、ハイゼルの謎過ぎるトンチに言い返すが失せた。ああ言われては罰する気になれない。
ハイゼルも反省の面持ちで膝を着いていることだし。
もちろんのことではあるが、カイザンが領主である以上、領民は無条件でひざまづいてくれる。アミネスがおかしいのだ。普通に考えて。
ハイゼルには罰なしで反省してもらう。いっそのこと、こいつに仕事を任せてやろうか。もともとの任である商業区管理と掛け持ちで。
・・・ホント、急に登場は心臓に悪いよ。
扉があるのだからノックぐらいしてもらいたい。驚かそうとしてやったも同然だ。礼儀とかから考えて。まったく、ナメられたものだ。
「被害妄想、自意識過剰。ハイゼルならずっといましたよ.......カイザンさん、気付いてなかったんですか?」
「その言い方と漢語の罵りだと、アミネスは気付いてたんだな」
「はい、もちろん」
笑顔で答える案件ではない。言うのを少しは躊躇う状況だ、普通は。
アミネスの悪気のなさにもいろいろと物申したいところだが、その復讐心を羞恥心が断然上回っている。
「カイザンさん、まだ恥ずかしがってるんですか?たかが土下座を見られたくらいで」
「何言ってやがる。俺は、最強種族だぞ。.....恥ずかしいに決まってんだろ。土下座を見られたんだからなっ!!」
何も考えずあっさりと認めてしまった。
アミネスがいつものテンションで言ってくるものだから、条件反射の返しだ。
この際、言ってしまったものはしょうがない。
・・・そうだよ、ただただ恥ずかしいよ。もうハイゼルと目を合わせてないし、崖があったら落ちてでも隠れたい気分だ。
「それ、いいかもしれませんね。崖から落ちたら子供みたいなか身体付きも性格も変わりますよ。たぶん、おそらく、きっとですけど」
もちろん冗談か例えで言ったつもりなのに、案の定、アミネスは笑顔でそれを提案にしてみせた。
顔と声音が本気だ。いつもと変わらないけど。
「そんな曖昧な可能性で百獣の王教育とかやめてくれないっ!?...ってか、まだ子供だし、自分で言ったことだけどさあ・・・・いや、言ってない。心だったはずだ」
旅に出た際、くれぐれも崖には近付かないようにしよう。次の最強種族が非戦闘種族になってしまったら女神領は終わる。多方面でも。
読心術の方はわざわざ口でツッコミをするのは面倒なので、この際スルー。声には出しちゃったけど。
先にハイゼルの用件を片付けよう。
「で、何の用?」
間違えて高圧的に言ってしまった。
危うくハイゼルがまたおかしくなるところだったが、何とか自分の力で抑えてくれたようだ。何段階かを過ぎるとおかしくなるって言う設定?
カイザンの考えを他所に、ハイゼルはよくぞ聞いてくれました風にぱあっと表情を明るくした。
・・・いや、普通に聞くだろ。
「一つ、報告が伝えに馳せ参ずるに加え、先程の代理領主に関する会話、失礼ながら聞かさせていただきましたところ、報告内容から提案を思い付いたのです」
「馳せ参ずるって、馬走らせてきたことになるぞ」
・・・.....って、聞いてたの土下座よりも前じゃねぇか。
「それでなのですが、カイザー様」
「うん、カイザンね」
・・・お前も言うのかよ。女神種の総意的なのだったりしないよな。
その内カイザンと言う名は歴史から消されて、帝王だけが残ってしまいそうな気がしてならない。旅に出る理由が増えた、絶対にカイザンと言う本名を広めてやらなくては。
となれば、本格的に旅の準備を。そのための、代理人探し。その件に関し、ハイゼルの提案は...。
「領主仕事に関してなら、エイメル様に聞かれてはどうですか?」
「聞く? エイメルに任せる、じゃなくてか?」
「左様でございます。掟によりエイメル様に任すことができない理由はご存知ですよね」
「・・・・・・・・・・」
・・・何だったっけ?
アミネスの嘆息が聞こえた。と言うか、聞こえるようにやっている。こんな帝王に仕えなければならない自分の運命に絶望してますとでも言いたげな。
・・・十分自由にやってんだろ、お前。口調とか。
とりあえず、ハイゼルの提案に乗ってカイザンたちはエイメルーーーーー元女神領領主の居場所、大図書館へと向かうことになった。
次回予告雑談
カイザン&アミネス
「俺の名は暇・カイザン。最強種族にして、女神領[イリシウス]の領主だ」
「うるさいですよ。帝王のカイザーさん」
「俺の行動を否定したかったら、まず俺から訂正させろ。誰だよ、カイザーって」
「カイザーさんは、カイザーさんです。あなたですよ」
「違う人だよ。それに、俺に帝王なんて二つ名はない」
「公称は本人の意志なんて関係ありませんから」
「.....せめてアミネスからは俺を尊重しろよ」
「では、次回。最強種族は暇潰しを求める!!。略して、さいひまの第二話「女神領の新領主」中編1です。エイメルさんは今、とある理由から最低地位に落とされた結果、大図書館で働いているんですよ」
「軽くスルーされたな...」