〜プロローグ〜 「'公称'帝王の誕生」
これは、異世界に転生したごく一般的な高校生の話。
まずはその序章である。
[異世界転生]という言葉がある。
若くして大切な一生を失った者が、神様やら何やらのご厚意によって、有り難くも二度目の人生を異世界で送れるという例のアレ。
本当にそれは存在しているのだろうか。
・・・目覚めると俺は見知らぬ空間に居た。
目の前には、自らを閻魔様とわざわざ様付けで名乗る体長五メートル、あごひげ推定七メートルのおじさんが座っており、(ちなみに、髪の毛の方は推定できる程の長さがなかった。というかまず、髪の毛って残ってたかな?)、何やかんやで転生関連の求人募集案内を渡された。
そして、説明やら何やらの後に今、この地に立っている。
そう言えば、今朝の星座占い、[車輪のある乗り物には全般的・全面的に気を付けないと、あなたという存在は消えてしまうでしょう]とアナウンサーが笑顔で言っていた。家から一歩も出れねぇじゃん、と信じて絶望したあれも、テレビの仕業なら納得。思いが過ぎて書いた遺書も、今頃はテロップのように使われているはずだ。
もし、あの占いと笑顔が本当だったなら、今頃は全世界から魚座人間と、アナウンサーから恨みを買った全ての人間が絶滅しているということになる。
・・・えっ、もしかして、俺を轢いたのってアナウンサーとかないよね。それでドッキリ終了だよ。
そんな事を思う今日この頃だ。
先程の今作主人公たるこの男の発言は、今のこの状況に対しての単なる現実逃避だ。心の奥でずっとそう言い続けている。
先刻の記述の通り、その男は、時間で言えば今さっき死んだばかりだ。ちょっと前に閻魔を名乗る厨二病患者からいろいろと説明された後のこと。
しかし、そんな事が現実なんて信じていない。トラックに轢かれて死んだなんてありきたりな死に方を自分として許せないから。
それに、普通に考えて、異世界転生なんて有り得ない。
それらの考えから、テレビの新手なドッキリと仮定して平然とあろうと決めたのに、怖くなって変な汗が頬を伝っていく。
これには、平静を装いきれずに笑みをひきつらせるのにはちゃんとした理由がある。
最初からずっと、現実を受け入れきれずに無視していた。視界にチラチラと入る背中から翼を生やした人たちを。本音はとても気になってしょうがないに限る。
パッと見で数十名、もれなく全員がこちらを訝しげに見守っている。まるで、ダンスパーティーで一人、盆踊りを見つけた時のような。この視線、目を合わせたら危ない人たちだ。
一言でファンタジーだ、どう見てもそう。
・・・俺はここで、逃げを選択する。
とりあえず考えるのはやめたその時、背後から、誰かに肩を掴まれた。
刹那の思考、聞いたことのあるパターンで考えれば、この後に頭を鉄の棒で叩かれ、気が付くと体が小さくなっている可能性が高い。と、何故か考えた。
ここで選択するべき行動は、とりあえず間を取る。肩に置かれた手を振り払い、素早くステップを踏んで強打が入るのを回避。後のことは未来の自分に任せる。
振り向いた先、目の前に女神の如く振る舞いに在る女性が居なければ、実際に考えたままにそう行動していただろう。
・・・どう、ど、どど、どうど、どど。
表側よりも先に心の方の言語能力が崩壊してしまった。無理もない。だって、女神が居るんだもん。
脳が早々に自己暗示を諦め、情報整理のために失礼ながらその女性を上から下まで眺めさせてもらう。計十秒、決して不純な動機はなかったと信じてほしい。
見た目は、偉そうな偉さが滲み出ていると言ったところか。肩にも届かない短めの髪は美しい銀色でショートボブ、身長は高く、非常に釣り合いの取れた体は魔法的な印象を与える特殊な紋章の刻まれた衣服で身を包んでいる。明らかに上位貴族が着こなす気品さがある。
あまりの気高さに何歩か後ろに下がったのも事実。
・・・俺より、十は歳上か?...いや、見た目から判断はできないよな。精神年齢の方はどうなんだろう。
どう見ても本物、疑いようがない。
こうなってしまったら、もうやむを得ない。心機一転、状況を真実として受け入れよう。
・・・俺はトラッ.....いや、不慮の事故で死んで、異世界転生を果たした。そして、あのハゲ.....いや、ヒゲは本物。あの世から転生した訳で、目の前に女神っぽい人が居る。
「そんで、俺は勇者か英雄か。いずれにせよ、最強設定には変わりないんだよな、きっと」
案外、すんなりと受け入れられた。疑いの心が一切残っていないからだ。心機一転、恐るべし効能。
自分は英雄、そう言った上から目線でこれからの対応にあたるとしよう。
本人曰く、自分は状況を受け入れるのと、ごめんなさいを言うのが早いらしい。
・・・今となったから言えるが、主人公としてこれほど良い人材が他にいるだろうか。いや、いない。
自画自賛、何だか楽しくてしょうがない。
改めて異世界転生を実感して、にやけ顔で感慨にふける男に、女性がそれまで黙っていた口をやっと開いた。
「・・・・・貴方、誰の許可を得てこの領に立ち入ったのですか?」
優しい声かけ、けれどその一言には強い警戒、それ以上の凄まじい怒りが肉眼で見えそうな程に漏れ出ている。殺意と言っても決して過言とはならない。
本気で殺意を向けられたのは初めてなので、少し真面目に考えてみる。
・・・領って言葉から察するに、この人が属する種族の領地に侵入しちゃいましたって感じか?
怒って当然の不法侵入、令状要らずの現行犯逮捕もの。
このままだと殺意を実行に移されてもおかしくにい展開だ。
しかし、あれだけ異世界転生を疑っていたがために、真実と知った瞬間からの反動で調子乗りの絶頂にあるこの男には、見え見えの殺意なんて夏にいつの間にか蚊に刺されてた程度の問題。
だって、これはつまりこういうことだ。
状況から考えれば、ここは、転生直後の最初の町か何か。つまりは、この女は。
・・・チュートリアル用のザコキャラ。物語設定がどうなっているのか分からないけど、俺が勇者か英雄なことはこれから迎える必然的事実なはずと期待すると、初めてのザコキャラが殺意とか、負けて泣いて帰っていくフラグが分かりやすいもんだな。
肌にチクチク刺さってくる感じのこいつが殺意なのだろう。目に入ったら危ないから、サングラスを推奨したい。太陽も二つあることだし。
とは思ったものの、一応のため頭の中で回想してみる。ザコにもしっかりと反論してあげるんだ、有難く思え。と心の中で思いながら...。
異世界転生前、死んですぐに迎えられたあの世と呼ばれる場所からここに飛ばされる時、その転送装置には確か.....、
「ちゃんと、座ってたから。立ち入ってはいないぜ。やましいことなんて一つもない」
「・・・・・・・・・・・・ヴッ.....は?」
・・・えっ。溜めてたの?痰が絡んでたの?えっ、どっちどっち?
ちょっぴり頰が赤い。痰で間違いないな。いつか思い出した時にからかってやろう。
この本番不向きな様子からも分かる。目の前のこの女は、ザコ設定の落ちぶれキャラ。優しくしてやる必要も、紳士に対応する必要もなし。
そう思いつつも、視線をゆっくりと顔へ移動させると、目つきが何割か鋭くなっていた。もしかして、怒った?もともとつり目?コンプレックス?やっぱり、紳士的に触れないでおこう。
男が女に向けて言い放ったのは謎の正論、全くもって予想外の返しを受けた女性は、確実に怒りが増した表情とチクチク。尚も彼女は真面目な返答を待つ。
・・・前から思っていたけど、俺って他人を怒らせるの得意だよなー。...思ってたっていうか、中学の通知表に書かれてたんだけど。あの先生とはうまくやっていけてた気がするのに...。
昔からああ言えばこう言う性格だったのは公私ともに知っていた。改めてその才能を実感できるなんて何なんだかいっそ清々しい程の気分。生きていられたら是非ともそう言った職に就きたかったと思っている。
・・・高校は工業系だけど。
この状況でも心の中では日常とでも言いたげなくらいにどうでもいい事を考え、誰が求めたわけでもない説明補足を入れる。
皆さんお察しの通りを一応伝えると、この男には真面目に返す気が一切ない。故に彼は心の中で悠々と続ける。その場の沈黙を無視して。
・・・さっきのやつ、俺的には熱いツッコミを求めたんだぜ。少しくらい意を汲んでくれたっていいじゃねぇかよ。それもできないザコ設定なのか?........というか、そろそろ思うけど、この状況って何?
静かなる女性の怒りを他所に、男は深く考え込む。最初から頭の片隅で考えていた。
・・・閻魔様の話じゃ、俺って確か、自分の種族の領地に飛ばされてるはずだろ。どうしてこんなとこに。
たぶん転送装置の故障、迷惑な話だ。
しかし、安易にそう決めつける訳にはいかない。可能性は他にある。
転生直後、第一村人はザコ設定のキャラ。となると、答えは一つか。
「あっそーか、ここで特殊能力を試せってことね。あーなるほど。意を汲ましたよ、閻魔様」
閻魔様曰く、この世界には未確認の新生や絶滅危惧種を含め、百をも超える数多の種族とその種族が持つ特殊能力が存在している。男もここに来る前、何故かランダムであの世で一つの種族とともにその特殊能力を授かった。
話によると、特殊能力とは、体内にその種族の情報を埋め込まれたウィルスと呼ばれるものを入れ込むことで発現が可能となったものらしい。つまり、種の代名詞であり、武器なるアイデンティティ。同時に、それが種としての根源である証明となりゆると。
・・・閻魔様んとこで試させてもらえないのも当然だよな。閻魔様に放つのもおかしな話だし、頭の方の防御力は生後半年にも劣るからな。
それに、種族を与えられて早々に転生、及び転送されたから、きっと閻魔様も忙しいはずだ。そういう言い伝えからすれば、何人かに一回は舌を抜き千切るのだろう。
自分なりの結論に至り、また下を向いて考え込んでいたので、再び顔を上げて女性に視線を合わせると、
「貴方は、先程から私の問いを無視して何を一人で喋っていられるのですか?」
本日第三声は、声音をベテラン狩人のように怒りを露わにしながら、されど口調は変わらぬまま。
・・・そういや、怒らせたんだったな。まずい、まずい。
種族を手に入れたとはいえ、感覚的には体質も筋肉も性格も髪型も血液型も生きてた時と全く変化がない。もし不意打ちをされては勝てる保証がない。 たとえそれがザコ設定キャラでも、翼がある以上は[翼で打つ]みたいな技をされたら危険だ。
例えるなら、大ボスにめっちゃライフ削られて、帰り道に棺桶引きずりながら快走してたらスライムに自分も教会送りにされた感じ。ザコでも気を抜き切ってはいけない。それを忘れていた。
もう一度後ろに退く。それを機に、女性の対応が変わり始める。
「・・・まあ、いいでしょう。この'女神領'に無断で侵入されたからには、無傷では返しませんから。貴方はこの私、女神種の種王たるエイメル自らが神なる制裁を下して差し上げましょう」
チクチクがグサリになってきた。もう瞼まぶたは半開きだ。
端的に、スゴク痛い。けど、心から求めていた嬉しい展開だ。気分は上乗にある。
「おおっ!!超悪役なのに戦ったら全然弱い設定のキャラっぽいセリフじゃんか」
乗ってやらなきゃ男じゃない。
・・・というか、乗らないとかあり得ない。ここは異世界だ。俺は勇者だ、英雄だ!!
「・・・くはははははは、お前如き女に俺は倒せんわ!!」
望んでいた展開に興奮してしまい、負けないくらいのヒーローゼリフで対抗しようとしたら、正義の勇者を前にした魔王のようなセリフを言ってしまった。
だが、本人は気付いていない。気付いた時が平常心の最後。
・・・ふっ、俺の完璧な返しに言葉も手も足も出ないだろう。俺もう一回勝利したからな。はい、論破っ!!
高々と笑いたい気分だ。だからそうしている。
「ガハハハハハハぁ・・・・・・って、一回ちょっと待ってっ!!一回、落ち着こうか。今、何て言った?女神種の種王とか言ったよね。....え、えぇっ!!」
ザ・女神って見た目していて、まさかの本当に女神だったという事実。今の男は驚きを隠せない。隠す気もない。
・・・女神って言ったら、どの世界でもトップに君臨するレベルの種族。ラスボスか、最強の味方か、後の何かか。そんな奴らの長とは、もう...。
ただ一言。絶望的だと言いたい。
それか、嘘だと言って欲しい。
・・・空耳、はたまた聞き間違いか。いや、確実に言ったよな。...えっとー、あーあれか。この世界では女神がザコ設定なんだよな。それとも、異世界内での新手のドッキリとかか?
現実逃避すら事実の前では意味を為さない。
現実を前に、男が苦悩に耐えかね、髪をくしゃくしゃにする中、女神ーーーーーエイメルはその反応から、転じて態度すらも一変。ザコらしからぬ上から目線への移行を開始。
「えぇ、確かにそう申し上げましたよ。私は最強種族たる女神種の種王、エイメル・イリシウスとの者です。天下の女神領にたった一人で侵入するなど、一般に常識や教養に抜けた方かと思いましたが、耳は良ろしいようで」
目線や発言までもが見下す内容となり、傲慢な態度と化した。一見して傲岸不遜、だが、発言内容は低レベル。教養と聴力は関係ない。おそらく、育ちの悪さ的な事を言いたいのだろう。
・・・耳が良いって、三メートルも離れてないだろ。見下すのが下手過ぎ。普段、良い性格で売っているのかな。.......って、俺また状況を一瞬で呑み込んでるじゃん。すげー。
やはり、呑み込みが早いのはこういう場面において美点だな。おかげで話が早く進んで助かる。
とはいえ、戦況は非常に危うくなったことは大ピンチに変わりない。
目の前のこいつ、エイメルは女神種の種王とかなんとか。曰く、最強種族。敵と認識する男の能力が不詳の状態でも、余裕さが溢れ出ている。
・・・この状況、普通に考えてヤバイんだよね。戦う気満々の態度で相手にしてたから、いざ戦闘ってのは避けられないよな。煽てるよりももっと前に最強種族とか言われてないと、勝てる要素とかってのが急になくなるってしょげるだろうが。........でもまあ、ゼロではない。とりあえず、俺が先制できる状況を作れば勝てる。なんだ、簡単じゃねぇか。
男が与えられた種族の特殊能力さえエイメルよりも早く放たれば、勝てないことはない。そうするには、戦うまでにどうにかしてその状況を作る必要がある。
・・・んなもん簡単だよ。やり用はいくらでもある。
まずは、こいつの冷静さを無くしてしまえばいい。
最も簡単な手段は、怒らせることに限る。ある意味で男の本領発揮だ。
「さっきと言い、さっきからと言い、何かとムカつくよな、あんた。いや、女神だし、お年的にはおばさん。数段行って、ババア」
地獄の必勝法、年上女性への問題発言。
子供が純真無垢のままに言ってしまい、ママ友やPTAを崩壊させる刃の口撃。これが効かないはずが...。
「ムカが、つく?聞いたことのない言葉ですね。ですが、察するに不機嫌さを表しているようですね」
・・・その説明によって、よりムカがついた。つーか、効けよ。悶え苦しめよ、両耳を押さえて。
ちなみに、ムカつくは大阪が発祥の地。異世界にあるはずがない。エイメルもすぐに戯言と受け取った。
エイメルにはそっち方面のメンタルアタックは効果を示さないようだ。となると、性格の全否定系。でいくしかない。
「つーか、そんな口調とか態度でよく、種王?だっけか。やってるもんだな。誰も従ってくれないんじゃない?孤高の女神決め込んでんだろ」
・・・たぶん、性格に関しては上っ面なんだろうな。侵入者に対する態度として。.......あれ?上っ面なら攻めても意味ないんじゃない?
言ってから気付いた。どうやら、冷静さを失っていたのは男の方らしい。唯一の武器を失った。
・・・やっぱり、最強とか言われると無条件でただただ焦る。チートスキルとか持たれてたら確実に負ける訳だし、怒らせ過ぎて急に戦闘を始められるのも困る。そうなった場合、転生早々にまた死ぬ。
ひとまず、落ち着こう。気付かれぬように深呼吸を行う。
エイメルに焦りを気付かれてはいけない。あくまで平静を装って、エイメルの否定を再開しよう。奴が怒りに呑まれて暴言を吐き出したらそれで勝利確定だ。
.....そう願う一方で、最強種族と言う肩書きは、そう易々と感情に呑まれる存在でない事を全身の威圧と覇気だけでエイメルは体現している。これを目の前に感じている以上、引き気味になろうとしてしまうのは必然的であり、彼女以外の存在に共通する万物普遍の理でもある。
それが分かっていてか、彼女は対峙する者への威圧を何度もかける。
「何度言えば分かるのですか?私は、正真正銘の種王です。全種族の頂点に君臨する女神種、最強種族のエイメル・イリシウスです」
・・・いちいち肩書きを全部語らないでよろしい。どんだけ自慢したいんだよ。しかも内容がほぼほぼ一緒だし。
焦りとか、ムカつくとかでメンタルがそろそろキツイ。年長者の自慢話ほど笑顔で聞けないものはないから。オチない、つまんない、共感要素なし。
このままだと一向に進まない気が猛烈にしてきた。
どうしたものか。そう考えていると、今更ながら周りの騒がしさが耳に入った。
二人の言い争いに気付いた者たちが次々と集まり始め、あっという間に大観衆となっている。これら全てがおそらく女神種。翼でいっぱいだ。
こうなってしまえば、不意打ちとかの問題じゃない。集中放火の嵐になる。クラスの嫌われ者がドッチボールで集中攻撃されるのと同じだ。全部が漏れなく顔か頭を狙ってくる。
・・・一応言うけど、経験とかないからね。
とにかく、多勢に無勢。ただでさえほんの少しピンチかもしれないのに、これ以上は本当にやめてほしい。
「さすがに、うるさくし過ぎたな。余裕でヤバイよ。もしかしてとかじゃなく、普通にピンチだよね?」
と、何故かエイメルに問う。
ここに来て、初めて男が引き気味になってそんな事を言ってきた。エイメルが嘲笑を浮かべる。これも、男が勝つための作戦の一つ。
なんだけど、嘲笑されるって心的にキツイ。
見下しで笑われるのは、人として終わった瞬間に等しい。そんなことをされた際には、恥ずかしくて私有地すら堂々と歩けたものではない。
独り、謎の感情に蝕まれている男に、エイメルは軽く、本当に軽く微笑んだ。
「安心してくださってよろしいのですよ。貴方への制裁など、私一人で十分ですので」
「発言内容に安心要素が一つも見当たらないんだけど。壮大な言い間違いだったりするのか?」
・・・まあ、こちらとしては好都合だがな。どうぞどうぞ、お一人でどうぞ。
予想外のことであったが、お一人様なら安心のこと。このまま行けば先制すらも譲ってくれる可能性大。
実際がどうとかは知らないけど、エイメルは自身を過大評価してくれている。おかげで彼女には今、圧倒的な余裕がある訳だ。
・・・ヤバイ、心の笑みがもう少しで顔に出そうだ。どうしよう。
絶対に勝てる。異世界に来て早々に最強を倒せるなんて、嬉し過ぎる想定外。今後の予定とかついつい考えてしまう。宝くじを買った日みたいな。
笑みだ。とにかく笑みが止まらない。
誤魔化しも含めて、対抗するように言い返す。
「まあー、あんたも安心、してくれよな。一撃で終わらせてやるよ。痛みは増し増しでな」
・・・そう、一撃だ。特殊能力の一撃目を除いてのな。
自信たっぷりな男を、エイメルが感情を表にして強く睨みつけた。自尊心により働いた怒り、その男に貶されたからだ。
これは、もはや口論。言われたら対等に言い返すのが当たり前の選択。を建前とし、本音は全てが自尊心のための行動選択に他ならない。
定跡なら、エイメルがまたここで返して...。
「そろそろ、お戯れもよした方がよろしいと、警告してあげます」
「....お戯れって、事実を言って何が悪いんだ?」
急な警告に驚いたが、変わらず怒りを誘う発言で返す。
男の気の抜けた本音に、エイメルが歯を噛んで自制心での抑制、怒りを言葉で現す。
「そんなひょろひょろの体から放たれる攻撃で、我々女神種を屈服させることができる筈がないでしょう。貴方から溢れ出るその余裕さも全て、所詮は自己暗示の果て、自己欺瞞で形成された偽りの自信以外の何物でもないのですよ。いい加減、ご自身で気付かれたらどうですか。五千年、最強種族の座は我々女神種に在るという事実と、それに対して貴方の力が一切及ばない程の下位に在ることに」
感覚的に落雷が直撃し、全身を漏れなく焼け焦がした。発言への驚愕、と言うよりは、シンプルにショック。
それは何故か、エイメルの言ったこと。前半部分のひょろひょろ発言が耳から離れない。効果抜群過ぎて後半に何言っていたかよく聞いていなかった。
エイメルのひょろひょろ発言は男の心の芯に響いた。そうじゃないって、言い返しずらいからだ。鏡見てみろの一言で負ける。お前って細えほっせな。と言われてしまえば、一時間以内にもっと細い人を探さないとそういう印象があだ名として定着する。腕相撲でズルするしかない。
ちょっと、装っていた平静が脱皮しそうだ。
これより、エイメルに否定された自己暗示に入る。
・・・いや、ひょろひょろとかないし。俺はこれでも握力があるように見えて、実はないんじゃないか風の男を装ってるんだぜ。詳細は伏せるけども。俺は一般的な肉付きだ。中肉中背なんだよ。
言葉に負けたらダメだ。=精神の負けを意味する。ひょろひょろの前半部分しか聞こえなかったから、エイメルが何て言ったかテキトーに予想してそれっぽく言い返そう。
「そうやって追い詰めて、相手側へ一方的に敗北を暗示させるのがお前の戦い方なのか?」
エイメルに負けじと、余裕ぶった笑みを浮かべて動揺を隠そうと必死に。当然ながら引きつってます。だって、さっきのは効果抜群なんだもん。しかも急所を。あと一週間は引きずるね、絶対。
男の下手すぎる笑みを、一体、エイメルがどう受け取ってくれるか。
「・・・・余裕の表情、ですか」
・・・えっ騙せた? ...え、この世界って意外といけるくちか?
思いの外、通用した。エイメルが騙され易いだけなのか。真相は定かではない。
異世界という存在が急に小さくチョロく見えてきた。何なんだか勝てる気しかしなくなった男、そこで、互いの傲慢口論が終了したと次に語られた。
「・・・・さて、そろそろ始めるとしましょうか。最期の無駄話も済んだことですし」
終了したのは、つまらない前座のような無駄話全体。これ以上は我慢の限界にあるエイメル。
始めるとはつまり、
「決闘です。どちらが優位にあるか、決闘にて証明致しましょう。正式な規則の下、貴方に確かな敗北と醜態たる屈辱の両方を贈らせていただきます。これを、最強種族から貴方への制裁とします」
男に向けられたエイメルの人差し指。そこから言葉として差し出されたのは、所謂、決闘の果たし状。
男の了承を待たず、エイメルは決闘の準備を勝手に始める。
「ハイゼル、審判を任せます」
「はっはい」
決闘のにおいてのルールの一つ、勝敗は審判が決定する。
観覧の者たちの中、突然エイメルから名を呼ばれて審判の役を承ったハイゼルと言う女神。慌てた様子で所定の位置へ。
・・・審判?不必要なもの気もするけど、これだけ大勢集まったらそうなるのか。
郷に入っては郷に従え、異世界のルールに従う他ないとは思う。...正直言って、審判がエイメル側なのは文句しかないけれど、高貴な女神が忖度をするとは思えない。そもそも、明らかなる勝利を見せつければいいだけのことだ。
・・・とはいえ、なんだよな。
あのハイゼルと言う女神、役を担ってから体が小刻みに震えてるし、挙動もおかしい気がする。安心しきれない。たぶん、本番に弱いタイプの人。女神種って全部こうなの?
「あの、ハイゼルさん。公平な目で観てくれますよね?」
「えっ・・・・・・はっはい」
「大丈夫だよねっ!?」
安心できない審判の登場に、再び心が震えてきた。本当に分かりやすく勝たないと。
「ハイゼルに任せれば大丈夫ですよ。早々に準備を済ませていただけませんか?私はもう終えていますので」
一方でエイメルは平常心を保ったままの表情だが、心の中では酷く怒っている感じの表情丸出しの低く冷淡な声音で告げてきた。怖がらせるのが故意であることは明確。
・・・にしても、決闘か。正式ってことは、賭け事が必須。勝った後に要求をしていい訳だ。せっかく最強種族の領地に来て迷惑被ったんだし、夢への階段をショーカットするくらい良いよな。
男の余裕さは消えるものではない。ちゃんと勝った後のことを考えられるこの精神状態を、余裕と言わずして何と言う。今、おかしな野郎って言ったやつ誰だ?
とにかく余裕でしかないのだ。
だって、既に勝利は約束されたのだ。エイメルが最後に言った一言は、完全に決闘の開始を告げたもの。それととともに、とある通知でもある。
・・・譲ってくれる訳だろ。先制の先手を俺に。
女神種ともあろう者が、開始を告げても尚、構えらしき構えをしていない。
理由は明白、エイメルが男を格下と見るからこそ。
'貴様の一撃を、真正面から耐えてやる'と言っているのだ。攻撃が一切効かず、後悔に呑まれる男を見下したいがため。
「いいぜ、その余裕を破るのが楽しい訳だよな。上等、上等。お言葉に甘えさせてもらおうじゃねぇか。後悔しても遅いからな!!」
防御も攻撃の構えもなく、ただ突っ立っているも同然のエイメルに向かって、男は手を伸ばす。その手のひらを開いて。
あのハゲ.....閻魔様から授かりし種族、自称最強の特殊能力を解放する時が来た。
・・・使い方は教えてもらったけど、成功するかは未知数。未使用だし。...深呼吸でもするか。
目を閉じ、成功を祈願して長めに深呼吸。吸って吐いての繰り返しで心拍を整える。大丈夫、時間はたっぷりある。エイメルなら疲れて足がぷるぷるするまで棒立ちさせて待たせてやればいい。
・・・あれだけ言いまくって失敗とかマジ終わりだからな。羞恥心で生きていけないよ。
小学校の運動会の百メートル走で女子全員に負けたあの頃を思い出す。蟯虫検査で引っかかったのも。
・・・まあ、あれよりはマシだろうけど、恥ずかしいってことは変わらねぇよ。....あの時、全力で俺のことを引きまくる友達が離れないようにどれだけ苦労したことか。
嫌なことを思い出したから俄然やる気が出てきた。
・・・もういいや、さっさと倒そう。他の黒も蘇ってきそう。
「そんじゃまあ、譲ってもらって先手必勝だ」
男の開始宣言にエイメルがホッとした表情に。深呼吸に何十秒使ったかな?
それはそれとして、改めて気合いの入れ直し、広げたまま手のひらに意識を集中させる。血の流れに沿って他の要素もそれに加わっていく。...それは、魔力だ。
本来、魔力とは感覚的に供給が可能な部類にあるが、男はそれを知らない。エイメルがちょっと憫笑したことも男は知らない。
けど、笑われたってのは理解している。見下されていると再実感。笑みがこぼれる。
・・・随分な余裕じゃねぇかよ。
深呼吸などもろもろ時間を費やしたが、エイメルは男を見下しているから不意打ちも何もしてこなかった。助かるけども、猛烈にムカがつく。
あの澄ました顔面に高校一年生の平均的渾身の一撃を入れてやりたい。きっと全治三日にはなる。私有地で前を向いて歩けないくらいの傷になるか否か。
いろいろな感情が重なるのと同時、手のひらが激しく発光。それは、無色の魔力によって生成された特質魔法による特有の現象。意識の集中で魔力が蓄積された結果。
直視を拒む光が周囲一帯を照らすも、エイメルは一時的盲目とはならない。意志の固さを語るが如く、よく考えたらこいつ何分か目を閉じていない。意味がごっちゃになるけど、ドライな瞳で見つめ続けている。
文字数稼ぎにもう一度言おう。この顔を殴りたい。目の上下に跡を作って細目にしてやりたい。全治二日くらいの。
「いくぜ、最強種族。...さあ、何秒後に元が付いているか、みんなで考えてみようかー」
歌のお兄さん風を交えつつ、しっかりと宣告する。この一撃でのエイメル敗北確定を。
この特質魔法で全てが決まる。それを理解したのは、男だけじゃない。
「それは、その光は特質魔法。・・・効果までは判別できない」
エイメルは発光の特徴から魔法の系統を見破るも、光の持つ意図、何を現すかを見極めることは不可能。
特質魔法とは、使用者の魔力によって細かく変異を繰り返すモノ。他者が間接的に内容を調べることは無理解の世界だ。
今、エイメルができることは、起きること全てへの対処。
男が無意識に見せる勝利の笑みから何かを感じたのか、エイメルが余裕さの感情を捨て、行動に出る。
とっさに身構え、両の手のひらを合わせて中心に魔力を注ぎ込む。
瞬間的な紫の輝光。そこから造り出されるのは、透き通る紫電の魔力剣。それを水平にして、切っ先を向けたまま正眼の構えに。
しかし、その行動は何の意味も持たない。エイメルの構えは所詮、防御の後にある反撃に徹するものなのだから。
男はエイメルの一連の行動を見守ると、手のひらに在る魔力の枷を外す。
・・・やっと、俺を対等な敵と認識してくれたんだな。でもまあ、後悔したって遅いって言ったよな。
「女神種、エイメル.....」
唐突に自分の名と種族名を言われ、反射的に剣を強く握る。疑問による対応、戦闘において疑念の感情は危機であり、早急に排除すべき点。
男の沈黙、何かを待つような雰囲気を感じ、敵意を込めて問う。
「今のは一体、何だと言うのですかっ!?」
問いに対する返しは不敵な笑みが一つ、それだけではない。溜められた魔力が特殊な効果を持つ魔法としてエイメルに牙を剥く。
「さあ、お待ちかねの一撃を受けてみろよ。俺の特殊能力、[データ改ざん]を」
言葉に反応、あるいは共鳴するように光が光量を増し、一瞬だけ強く輝いて消滅した。
直後、エイメルの足下から消えたはずの光が出現。瞬きの間に全身を包み込んだ。
ここからの対処は無為、一度包まれれば最後、抗う術は存在しないから。
数秒後、光が徐々に薄れていき、何事もなかったかのようにエイメルが姿を現す。
一見して無害。自分の事は自分が一番分かっている。外見だけじゃ分かるはずがない。あの魔法は内面を、エイメルの肉体自体の構成、種の根源たるウィルスを歪めるように働いたからだ。
・・・俺は、ウィル種だからな。
自身の体に異変を感じ、殺意と深い疑念の目で男を睨み付けた。怒り、それ以上の困惑。それに対して、男は笑いかける。この特殊能力についてエイメルが考えた予想への返し、「ご名答」と言葉よりも目が雄弁に語っていた。
その笑みで怒りを抑えきれなくなったエイメルが魔剣で斬りかかろうとする。が、そこに魔剣は存在していない。在るのは、魔力消失の微かな余韻のみ。
本来であれば、誰もが動揺すべき場面。それでも、女神種としての威厳さは冷静さを失う事などない。あるのは、抱くのが遅過ぎた後悔。
「これが、あなたの。....いえ、ウィル種の特殊能力ですか」
既に敗北感を滲ませたやっとの確信。気付くのが遅過ぎた。
「さすがは'元最強種族'、知ってたか。でもさあ、遅いってさ。....じゃあ、あんたの要望通り、決着を急ごうか」
男は一人で準備体操を始めて軽く体をほぐすと、今まで以上に楽しそうな顔をして空いた手を強く握り締める。
そのまま真正面、エイメルに向かって走り出す。
一般的な高校生平均と言えるその拳は、ほぼ全てのウィルス情報を無にされたエイメルに豪腕として放たれる。
この先がどうなったか、説明する必要は特にない。
物語の始まりにしては酷く呆気なく、光だけがただ目立っただけの地味な魔法で二人の決闘は終幕した。
結果、男は女神領領主エイメル・イリシウスを倒したことにより、最強種族の異名を得るとともに女神領[イリシウス]の二代目の領主となった。
次の場面はそれから一ヶ月後のこととなる。