55話〜懐かしき景色と嫉妬に狂う男
「お兄ちゃん、どうしたの?さっきからボーッとしてるの」
馬車に揺られながら僕は自分に天使のようなスマイルをむけてくれるリティへと視線を移した。金色の髪に黄緑を足したような髪をツインテールに纏めており、馬車の揺れに合わせてそれがピョコピョコと動く、それがなんとも可愛らしかった。
「ん?あぁ、この辺りはのどかでいいなぁって」
そう言いながら僕はリティの頭を撫でてやる。するとリティは目を細めて気持ちよさそうにする。薄桃色で華やかさよりは可愛らしさに基調を置いたドレスを着ていた。パッとみお姫様といった感じだ…いや、事実お姫様なのだが
今馬車が走っているのは、アレコが居た村とエデンがある村の中間あたり
そこはいわゆる田園風景が広がっており、話を聞くとあの破壊力抜群の店長の私有地らしい。かといって育てているのが店長かと言えばそうではなく、村の人に土地を貸している状態とのことだ、タダ同然で
でもその風景が僕にとって見慣れたもので、とても、心落ち着くものだった。
「確かに異国の子にとっては、この景色は懐かしいものよね」
人数が増えて狭くなった客車の中で、僕の隣で声を上げるのは高身長の盲目の美女。
動きやすさを重視したような赤いドレスに身を包み、身長が低ければ邪魔だと即座に没収するつば広の帽子をかぶっていた。
「そういえば、ふつうに乗り込んだから何も言わなかったが、アレコ殿は何かアズシン国に予定でもあったのか?」
「そうじゃないのよ、私ね昨日この異国の子…いえ、ケンヤくんから求婚されてね」
「「「な…んですってっっ!?」」」
声をあげたのはリティとクルフそしてリノだった。血の繋がりがあることが関係しているのか、声質は割と似ており重なった声は一人のもの勘違いしそうになる。
タルやクリス、マリアはいつものことかと気にもとめておらず、それぞれが昨日の、魔力から全能魔力を取り出す特訓をしていた。
「…ミリュは落ち着いているんだな?」
少し落ち着きを取り戻したクルフがミリュに向けてそう発する、僕と反対側に乗って景色を楽しんでおり、昨日あったことを覚えているのか忘れているのかわからないが、今日はミリュはとても静かだった
「ケンヤが決めたことだもの、それに今更じゃない。それにアレコさんがそばにいた方がケンヤもいいんじゃないの?」
「そうだな、アレコの知識は豊富で何より美人だ。だから俺はこれから彼女の目となってとなりを歩きたいと思ったんだ。」
そう言うと、どこか諦めたような表情になった3人は他のみんなと同じように特訓を始めるが、その魔力には心の乱れが反映されており非常に不安定だ。
「だが、それでも僕はお前達全員が…タルを除く全員が大切だ、僕から離れるなよ」
小さい声だが、それ故に本気だとわかってもらう。
それを聞くと、あからさまに魔力が安定する3人、むしろタルはそれを乱して
「わざわざ言い直す必要あったか!?」
「え?いや、お前…え?もしかして」
「違うっての!!?」
顔を真っ赤にして必死に拒絶するタルに周りからはクスクスと笑いが起こる。
「まぁ私はスタインという男がいるから残念だが辞退させて貰うけどね」
……?
モヤっとした何かが心に咲く
まぁ、あれだけラブラブっぷりを見せつけられてはしょうがない…よな?
スベ…ウ……タイ……
!?
急に声が聞こえてキョロキョロと顔を動かすが、それを見ていたリティが不思議そうに小首を傾げるだけで、今のが聞こえていたのが自分だけだったと理解した。
「なぁケンヤ、昨日のやつもう一回見せてくれないか?」
魔力の分離に一番苦戦していたクルフがお願いしてくる。ちなみにクルフの格好はお姫様というよりは女冒険者の魔法担当とも言えるものだった。スカートに見せかけたズボンで色は薄緑、上にはスケスケ半透明のノースリーブにエンジ色のカーディガンを羽織っているような恰好だった。
相変わらずどんなに頑張っても大事な部分は透けてこないのだがやはりそこがいい
「あぁ、もちろん」
そう答えて右手に魔力の玉を浮かべる。
だがその魔力の様子が少しおかしいことに気が付いた。無属性の魔力が純度の高い事への証ともいえる透明感がそこにはなかった。
いや、魔法を詳しく知るものならばその魔力の純度は色合いだけでは無く構成する中身まで汲み取って判断するのだろうが、僕が作り出した魔力の球は汚く濁った黒色だった。
「なにこの黒いの…少し怖いの」
リティが怯えた様子で見つめる。
大なり小なりではあるが俺以外の全員が顔に恐怖を浮かべていた。
「大丈夫、ちゃんと制御はできている」
そう言葉にするが、僕の心の中はなぜか自信ではなく、自分ならできるという傲慢そうな不安な言葉だった。それが何かもわかっていないのに
その不安は的中する
左手の人差し指を近づけると、真っ黒な何かが人差し指から腕へと駆け上っていくそしてそれは肩、胸まで侵食していき、顔の左半分まで埋め尽くした。
「なんだ…これ…」
黒くなった部分は僕の意思で動かすことができる、しかし感覚は無い。
アレコが誰にも気づかれないようにため息を吐いたのが分かった。
なにが起こったのかは僕自身が知りたい、何があった?
どうして僕はこんなにも
ニクいノダ?
ミリュもマリアもクリスもリティもクルフもタルもアレコもエルフの国もアズシン国もそこで暮らす人も
今まであった女性達も
ボクはスベてがニクい?
それを自覚し始めると半分で止まっていた黒色化がじわじわと進行する。
慌ててミリュの方を見ると、胸のあたりから俺と同じように黒色化が始まっており、左肩から袈裟懸けのように首まで真っ黒だった。
「お兄ちゃん!!どうしたの!?」
「なんなんだこれは、ケンヤ悪ふざけはやめてくれ!」
心配そうにリティとクルフがボクに全身で近づく。
ウルサイ
心がそういった
言葉でそう言った
「「え?」」
二人は固まった、俺から発せられる言葉で一番ありえない選択だったからだ。
何言ってだ?俺…
僕が言ったんだよ
誰だ俺?
俺?君こそ誰だよ
そんなことよりもムカつくよね、女って
どうしてそこにあるだけで男を誘惑するものを持ってるんだろうね?
不公平だよね、男には無い
まぁあっても困るけど、それでもセンスや才能以上に簡単に見て取れるアドバンテージ
胸がでかいとか顔が綺麗だとか
男でもそう言うので得する奴はいるけど、女ほどで多くはないだろ?それなのに何時も弱いと言って良い立場にいるのは女の方だ。
男に頼れば良い、男は可愛い女に弱いんだから
そんな筆頭である僕にはよくわかるだろ?
分からなくていい!俺はこれからも女の為に生きていくって決めてるんだ!
女の為に?妹のための間違いじゃないのか?
僕のことが僕に分からないとでも思ってるのか?
本当は憎いんだ
俺は本当は女性を憎んでいた?
そう、僕は女性が嫌いだ
俺は女性が嫌いだ
憧れていた筈だあの自由な笑顔に、でも奪われて悲痛な顔に僕は歓喜してしまった
死んでくれてよかったって
これで尽くした分の帳尻が合ったって
でもその罪悪感に耐えきれなくて僕は僕の心を捻じ曲げたんだ
嘘偽りの
正義の味方に
もう十分だよ、僕は僕に戻るだけだ
女という存在に憧れて、嫉妬していた僕に
それとも…今ここで尽くした分の帳尻を合わせちゃおうか?
「なぁ、クルフ今ここで抱かせてくれ」
嫉妬
醜いけどとても人間らしい感情
他人の芝生はいつでも青いんですよね…




