53話不思議な美女と知り合いの男
「それじゃあ始めるのじゃ」
クリスが客車の中心、座る場所のない床の上に座り込む。
めちゃくちゃ揺れるため酔いそうだし、その揺れに逆らうようにゆさゆさと二つの果実が揺れる。
「ケンヤ?」
名前を呼ばれただけだが、そこには俺の視線を逸らさせる力が込められており、俺はクリスに始めていいという合図を目でする。
「ワシの魔力も長年の鍛錬でなかなか賢くなってるはずじゃ」
クリスは敢えて見えるように魔法陣を展開する。こんなところで大規模な魔法を使うわけにもいかないが、クリスほどのレベルになれば魔法陣出現と魔法発動までの時間差など刹那もないだろうから。
発動しようとしているのは。水の原魔法
その魔法陣の中に一つの魔力を流し込む。
すると魔法陣の中に光の点が動く。
だが想像以上に魔力の知性というのは低いらしく、今通ってきた道を行ったり来たりして、ようやくゴールにたどり着いたのは30秒も経過したあとで、威力もかなり低いものだった。
「まぁ、こんなもんかの。五大要素を通過する時間が威力に直結するからの。なら次じゃ!」
と今度は俺が言った線の魔法陣。
感覚的で分かっているものの、クリスはそれを見える形で具現化してみせる。
なによりこの魔法陣の凄いところは、これ自体が魔法陣のだと認識できないことだ。
文字が見えなければ、俺もどんな魔法か分からないからだ。
そしてその線状魔法陣に先ほどと同じように、一つの魔力を流し込む。
すると、魔力にはそう言ったルートが見えているのか行き来をかなりの速度で行い僅か2秒足らずで魔法を発動させた。
威力は本来の発動方法と大体同じぐらい。
「…ケンヤお主は天才じゃの!!」
キラキラした目でクリスが俺に近寄ってくる。ただでさえ狭い客車の中で、そのたわわで立派なものを持った者が近づいてくれば、体にそれが密着してしまうのは必然だろう。
そして、それを認識してしまった今、ふつふつとマグマの如き怒りの熱がミリュから上がっている。
「この発見はミリュのお陰だから!ミリュを失いたくなくて必死で考えた結果見つかっただけだ。」
と言ってしまえば、ミリュの怒りは収まり、先ほど同様涼しそうな顔で外の景色を眺めているが、その横顔はどこか嬉しそうだった。
だがそれよりも、ほかの視線がどうにも生暖かいというか、ニヤニヤしている。
ふぅ…
俺はため息をついた後、近づいていたクリスの肩をガシッと掴む
「な、な、なにをするんじゃ!?」
何故か顔を赤くするクリスを無視して、スキル精錬を発動する。
「ま、魔力が…お主なにを!?…む…っーーなるほどの」
俺が何も言わなくても理解したのか、再び線状の魔法に魔力を一つ流し込んだ。
すると、まるで大量の魔力をつぎ込んだような速度でもって魔法が完成し、しかも先ほどの倍以上の威力で発動された。
「これが精錬した後の魔力だ!おそらく所有する魔力のうちの1~10%がとてつもなく機能的な魔力なのだろう。しかしこいつらは、個々の力が強すぎるがゆえに集団の際効果を一切発揮しない。過去に魔力切れや絶体絶命の際に普段とは異なる感覚で魔法が発動できたという事例があるはずだ。それの原因は今説明したことだと俺は考える。」
「確かに伝承の中には賢者と呼ばれた超級魔術師が、魔王との戦いの際最後の最後で強力な魔法を放ったというものがいくつかありましたが、あれは秘められた力だとか、神の加護だとかっていうのが大体の纏めでしたね」
俺の発言に対してリノが補足する。
「だが俺自身2度にわたる製錬で気が付いた、思った以上に魔力っていうのは融通が効く代物だって。」
そう言いながら俺は右の手のひらを肩ぐらいまで上げて上を向けた。そしてそこに魔力を集める。
「なんてバカげた純度の無属性魔力じゃ、ただそこに魔力があるだけなのに空間が歪んでいるのじゃ」
俺が出現させた純粋な魔力の球を見て、クリスが驚きの声を上げる。他のものもそれに関心を持っているようでミリュでさえも前のめりに見ている。
右手の平にある魔力の球に左手の人差し指を近づけると、その人差し指に吸い寄せられるように魔力の球から金色の小さな光の点が移っていく。
「これが全能魔力、疑似神力とも言える代物だ。少しばかりコツがいるが確固たるイメージ力があればできないことではない。せっかくアズシンに戻るのに時間がかかるんだ、どうせなら挑戦してみるか?」
この問いかけは答えの決まっているものだった。ミリュ以外は全員俺のスキル精錬によって感覚をつかむ練習を始める。
恐らくこの馬車の旅の間に全員とはいかないまでも何人かは勘付くはずだ。
ちなみにミリュの現在所持している魔力は俺の疑似神力であるため、なにも考えなくとも魔法発同時に使う魔力は疑似神力になるわけだ。
「ところであんたはなんで、教えるのに少し渋ってたの?」
「いや、もしかしたらミリュに魔力を注げる奴が他に出来たら悔しいから」
「相変わらずバカね」
周りでみんなが唸り声を上げる中、ミリュは嬉しそうに微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「さて、今日はこのあたりで休みましょう」
エルフのおじいさんが声をかけるも、返事をしたのは俺とミリュだけで他の全員は魔力を使い果たした疲労感で眠ってしまっていた。
やってきたのはあの絶対的破壊力を誇る宿屋エデンがある村とは別の場所。
しかし大きさは同じくらいだけど、どことなく雰囲気はエルフの国のように思える。
理由としては単純で村を囲うのが自然の木々であり、村の中も草原かとおもうほど草花が生えている。
それらが自然の絨毯のようで裸足で歩けば、ちょっと気持ち良さそうに思ってしまう。
「あら、お久しぶりね…いつ以来かしら」
「そんなに経ってはいないだろ?それに私はエルフ国直属の御者の身だ。そんな頻繁に来れるものじゃない」
エルフのおじいさんを見かけるなり、声をかけてきたのは20代後半くらいの美女だった。もしもクリスが起きていたら、憧れるか嫉妬するほどの高身長で、俺よりも少し大きいくらいだ。
だがその身長の割には体の凹凸はあまりなく、つるんすとーんと言った具合だ。
肌の露出をあまり好まないのか、体のほとんどが服に覆われ、覗く肌にも日に焼けた後は全くと言っていいほどない白さだった。
それらが相まって、この美女は女性的な美しさというよりは、芸術的に美しかった。
「初めまして、僕の名前はケンヤと申します。」
何よりも早く俺はその美女に近づき跪いて自己紹介をする。
「おやおや、とんでもない異国の子が来たみたいだね」
その美女の口からは違和感を覚える言葉が吐き出されたが、俺の意識はなぜか体が吹っ飛ぶのと同時に消えていった。
最後に映ったミリュの顔
あれは本気で殺りに来てたな




