35話~オークの持つ鉈と全てを裂く剣を持つ男
ここはエルフの国と呼ばれる広大な森の中。
凄腕の鍛治師や建築士が多いとされるドワーフ族と共存しており、その街並みは人間の住む国よりも幾分か発展しているように思える。
しかしその近未来的な街並みも今目の前に広がるのは崩れ落ちた瓦礫の山だった。
その原因となったのは、縦横無尽に全てをなぎ倒すオークの集団
「エルフの国がここまで脆いとは、なぜ今まで国として存在ったのかわからないな」
オークの軍隊の中心に居る、一際目立ち、周囲のオークよりもふた回り以上も大きな体躯を持つオーク王は退屈そうに呟いた。
だがそんなオーク王もこの集団を飢えさせず、なおかつ溢れる性欲を押さえつけるためにはエルフというのは格好の標的となったわけだ。
「エルフってのはイいなぁ、オトコはヨワいしオンナはキレイだ」
「アァ、でもムネがもうスコしあればな…」
オーク王とは違い、片言のように話す先頭を歩くオークは、目の前に何かが現れて歩みを止めた
否
死んだ
死んだことすら自覚する前に、オーク達は死んだ
数千のオークが原型さえも留めないただの肉塊となってようやく一体のオークが気がついた
「オトコだ!エルフじゃない、ヒトゾクのオトッカフッ」
気がつき叫び終わる前に周りと同じ肉塊へと変わる。
拳で、足で、オークの持つ剣とも言えない刃のない鉄板で次々と殴り、蹴り、踏み潰し、切り裂く
あまりにも異様な光景にオーク王は反応するのに数秒の時間を要した。
その数秒はとても長く、集団を率いるものとして致命的なミスと言わざるを得ない
既にオークの死体は1万にも達しており、それを行った人族の男は目の前にいたのだから
「貴様…何者だ」
返り血に塗れ黒い髪が赤く鈍い光沢を放ち、目は大きく見開かれ、本来なら制御しなければあっという間に気絶してしまいそうな途方も無い量の魔力がその者から漏れ出ていた。
「豚が一丁前に言葉なんか喋ってんじゃねぇよ」
呟きのようにも取れる声量にも関わらず、オークの叫び声の中冷たく、鋭いその者の声ははっきりと聞き取れた。
ーーーーーーー
怒りに身を任せ拳を、足を、敵の武器を振り回していたらなんか、偉そうにしてるやつを見つけた。
「貴様…何者だ」
などと言葉を発するから、そのまんま思った事を返してやる
こいつらの全てが俺の逆鱗に触れる。
ここに来て漸く体の大きなオークは腰に下げていた体躯に見合った鉈を抜き構えた。
「こいつはドワーフの鍛治師を殺して奪った物だ、試し切りにさせてもらおうか」
「お前には勿体ねぇ、美しい武器だ…」
刀のようにも見えるが作りとしては鉈の形状のそれは、波紋が輝き振り上げれば森の中の景色に溶け込むようにさえ思える。
その中に潜むのは女性のような魅力と美しさがあった。これを作ったのが女性という可能性もあるが、俺には男が作った理想の女性のようにしか思えない。
「お前は罪を犯しすぎた」
「人がそれを言うか…だがそれはお互い様だ、生き残った方が正義となろう」
周りの豚よりも格上なのはわかるがやけに言葉に品がある…
だがそんなことは関係ない
愛さなければならず、守らなければならず、笑顔にしなければいけない
そんな存在をお前らは傷つけ、殺したのだ。
オークの持っていた、本人の血に塗れた柄の付いた鉄板に魔装を行い強度を増す。
魔纏も今まで以上に純度の高い魔力で行い、ラストを倒した時と同等とまではいかないにせよ、残ったオークを一撃で葬りされるぐらいの力を得ていた。
相応の苦しみを与えてやる必要はない、ただ殺す他の豚と一緒に。
巨体のオークは、見た目には想像が出来ないほどの速さで迫ってくるが、当然俺には及ばない、鉈を振り下ろすタイミングで懐に入り込み、力任せに武器を振るった
ただの鉄板、しかし厚さ1センチはあろうかというそれを俺の力で持って振り回せば凶悪極まりない立派な武器となる。
もしそれが剣などという切ることに特化させた故に脆さを併せ持つものだった場合、良くて刃こぼれ、悪くて二度と武器として使えなくなることは必至だ。
ギィィイイインッッ!!!
がしかし、明らかに防げるはずのない位置と速度で切り込んだその鉄板を、鉈で受け止めた…
それどころか、分厚い鉄板を一方的に断ち切ったのだ。
「なにっ!!?」
魔力を纏わせることで一層の強度を持つそれは草木の生い茂る地面へと音もなく落ちる。
あまりにも予想外で俺に隙が生まれる。
僅かな隙
だが、それを見逃すことは万に一つもないとばかりに鉈が振り下ろされ
そして回避が間に合わなかった俺の恋人…もとい右手首から先を切り落とされた。
「ぐっっ!!」
あるはずのない右手が痛む。
出血はすぐに止まらずぼたぼたを水たまりを作り出す
おかしい、ダークパンサーの一件以来敵の性別には一層気をつけていた、そしてこの巨体のオークを含むすべてのオークはオス
故に負ける道理などあるはずもない
だが、現実一撃をたやすく防がれ、むしろ右手を失っている。
あと十分くらいは助けも来ないだろう。
ミリュにはあのエルフの子供を守ってもらいつつ、みんなをまってて欲しいと伝えたから。
もしかしたらミリュの神眼なら原因がわかったのかもしれないが、恐らくこの原因の大半は、先程巨体のオーク本人が自慢げに語っていたあの鉈に秘密がありそうだ。
「もう終わりか?人間の男よ」
俺に一撃入れたことでいい気になったのか、巨体のオークは追撃を入れずに鉈を目線の位置に片手で構える。
再生速度が遅く右手の回復にはかなりかかりそうで、武器も役に立たない。
だが俺の怒りが消失したわけではない
脳裏には焼き付いて離れない、死に際の苦しみを訴えるエルフの顔。
もし俺がここで死ねばあのような女性がどれだけ増える?
俺のせいでそうなって仕舞えば、俺はもう俺ではない。
死んでなお、俺は女性のために
途中で折れた鉄板の剣から、鉄板を力ずくで抜き取り柄の部分だけで構える
柄だけでもそこそこの重量があり、全力で投げれば中々の武器になりそうだったが、俺は神級魔法を起動する。
イメージは極限まで圧縮した水
そして、それらがチェーンソーのように循環
切るためのものではなく、裂くための武器を
俺のイメージを汲み取り顕現した魔法は柄の先に周囲の景色を歪ませるように現れた。
「水龍裂神剣」
圧縮させ高速で循環させることで、本来透明である魔法で生み出した水は真っ白になっていた。音はまったくしないが、それが持つ凶悪さは本能的なもので分かったのか、巨体のオークが鉈を構えながらも一歩後ろに下がる。
ドンッ!
下がったその一歩は駆け出す前に力を貯める予備動作だったようで、巨体のオークはその体を大砲の砲弾のように弾けさせた。
突進力に体の回転を加えて力を鉈に込める。
先ほどの俺の斬撃に込められた力だけであれだけの切断力を有した鉈に、巨体のオークがモテる力を注いだのなら、それの持つ破壊力は想像を絶することだろう。
だが、今度は違う!
はっきり見える巨体のオークの鉈に合わせて水龍裂神剣を振るう。
先ほどとは逆に鉈を手ごたえもなく切り裂くものだと思っていた。
だが、どちらの武器も壊れる事無く互いの力が拮抗しあった一瞬だけ動きが止まり、そして体重差が原因か力負けした俺の体が吹き飛んだ。




