2話〜神秘に包まれて死ぬ男〜
時間は夕方の5時になっていた。あと1時間もすれば完全下校の時間となる。
太陽の傾きはきつくなり、生物全てを焼き尽くさんとばかりに容赦のない熱量を放出していた。
だがその暑さが俺をさらなる楽園へと導いてくれる。
その理由はこれだ!
俺は眼前に広がるユニフォーム姿の女子陸上部が練習をしていた。
そう、この高校の陸上部はこの学校唯一の男女混合の部活動なのだ。
ごく自然に女子に近づくことができる上、大会を目前に控えているために通常練習時にも相当露出の高いユニフォーム姿。
当然女子たちをチラリやポロリに注意を払っているのだが、俺にとってはその程度無意味も同然だ!
全てをスーパースローモーションにする視力によってちらちらと見える下着は、まぁどれもスポブラであまり面白みもないところではあるが、それでも男の本能に逆らうことはできず、俺は心のカメラは何度もシャッターを切っていた。
「あ!また健也くんこっちみてるー!」
そんな声が100メートル走を走り終わった女子の方から聞こえてくる、その中にはあの巨田 乳もいる。彼女も例に漏れず部活の時はスポブラをつけているのだが、全く意味がないレベルでゆさゆさと揺れている。
息切れだけで揺れるのだから相当の柔らかさと大きさだな…と関心してしまう。
ちなみに俺に関する声にはなぜか知らないが、軽蔑や侮蔑、罵りといった感じのものは極端に少ないのだ。
げんにに今だって、見られてるとわかった女子たちは、こちらに向けて手を振っている。
やっぱり俺が超絶イケメンだからなのだろうか?
「なぁ健也…俺とお前って同じ人間だよな?」
!?やはりこの学校には日本語を話す動物が多いな。
だが俺と同じように陸上部の男子用ユニフォーム着てるからもしかしたら、生徒かもしれない!
だがどう見ても馬にしか見えない。だが二足歩行だしな…
とりあえず答えておこう
「とりあえず、お前が人間であるなら、同じ人間だろうが…お前誰だ?」
そういえばさっき一緒に走ってたな、割と速かったし、もしや先祖は馬か?よし、こいつは馬男と呼ぶことにしよう
「はぁ、相変わらず男のことは眼中にないって感じか、それでどれだけ問題が起きてるか、お前は知らないだろうな…ある意味尊敬するよ、頭の中全部が女のためって」
「この世界に女以上の存在は無いんだよ、馬男くん」
「お、覚えてるじゃないか、そうそう馬尾だよ、安心したぜ好敵手って思ってる相手に名前も覚えられてないんじゃ、ピエロもいいところだからな」
まさかのニアピン!
というかお前の両親どんな神経してんだ!!
と頭の中でツッコミを入れるのと同時に
校庭の端、野球部がいる方向から甲高い金属音が響いた。
「あっ!!」
馬男が叫ぶ、その声はドップラー効果みたいな感じで俺の耳には変な風に聞こえていた。
狙いすましたようなライナー性の打球は、一直線に走り終わって休憩している女子部員の方へと結構な勢いで向かっている。
だが俺の体はボールが到達するよりも早く女子の元にたどり着いた
でもタイミング的に結構ギリギリだったため受け止めることはできず、俺の額に当たって地面にポトリと落ちた。
痛くはないが…恥ずかしい、そんな気持ちを紛らわせるために
「セーーーフッ!!」
と叫ぶと、なぜか拍手がなった。
これがフィクションとかの世界なら最低限ハグとかじゃないのかよ?
…まぁ女子の好感度が上がったのは間違いないからな
でもハグされたいな、できれば巨田に
「すみませーーん!」
離れたところでセンターのポジションにいたネズミ顔して野球部ユニフォームを着たやつが叫ぶ。俺はボールを拾い上げて放り投げると、ヒリヒリと痛む額を押さえながら馬男の方へと戻っていった。
ふふ、いつもの俺ならここで女子に近づき見返りを求めようとするところだが、今は好感度を上げすることを目的としよう。女子は噂好きだからな、あわよくば今まで接点のない女子とも近づける機会が増えるかもしれない。
そんな邪なことを考えながら元いた場所に戻る。
そのあとは特に何事もなくいつものように、女子を見ることに専念していた。
それからしばらく経って下校時刻15分前を告げるチャイムがなると、この学校で一番美人な先生と名高い、陸上部顧問の鈴木先生が陸上部員を集め、明日の予定や今後の日程について話してた。
当然鈴木先生のこともチェック済みだ、年齢は27歳で独身、胸の大きさはかなりぺったんこ見えるが実はサラシを巻いており、スレンダーな体型も相まってDカップとは思えないほどの大きさに見える。圧迫しているせいなのか最近少しずつ大きくなっているな。
今は黒髪を短く切り揃えているが、おそらく昔はやんちゃしていたのか、髪の毛は染色した名残で少しゴワついている、今の清純そうな雰囲気はキャラと見た方がいいだろう。だがそれも良い!
などと脳内会議を開いている間に、話は終わってしまったらしく、みんな立ち上がっていた。俺もそれにつられるようにして立ち上がり挨拶を済ませて、校庭を後にした。
着替えるのが面倒だったからとりあえず水道で汗を軽く流したあと、上から少し大きめのジャージを着て学校を出よう歩を向けた。
すると、正門には見知った人影があった。
まぁ見える前に呼吸音とか心音とかで美奈だと言うことはわかっていた。
「おっす、生徒会もいま終わったところか?」
「そう、私もちょうど今終わったところでね。健也のことが見えたからちょっと待ってたの」
夕暮れに照らされる美奈は相変わらず絵になっている。
だが美奈の性格上嘘をつくのは苦手で、少し様子がおかしい、それにきっちりと着用された制服のシャツが汗で濡れている。どうみても10分以上は待っていたな…
だが俺もそこを突っ込むような無粋な男じゃない
「そうか」
短くそう答えると並んで歩き出す。
最近一緒に帰るということが減ってきてはいたが、全くなかったわけではない。
それを目撃されて、付き合ってるのか?と勘ぐられたことも何度かあったし、先輩にも絡まれたことがあった。
こいつは昔から動物にモテてたからな。
だが、美奈が誰かと付き合っただとかの恋バナなんて聞いたこともないな。
興味が無いと言えば嘘になるが…
「そういえば、桜と楓のクイズをまともに答えられたのは健也だけだったみたいだよ?」
「あー、もしかしてお前の方にもいったのか?」
「ううん、私には来なかったんだけどクラスの中でやってたから、かなり悔しがってたよ?」
俺はぷくっと頬を膨らませる桜と楓の顔を思い出して、少し口角が上がってしまう。
「それに、女子たちだけで話してると必ず健也のことは噂になるよ、今日だって更衣室で…」
「何!?更衣室だと?」
すると、美奈は呆れたような表情をしてみせて、ため息を吐くがその表情は諦めを含んでいた。
「あんたって本当に中学の頃から変わらないわね。四六時中、女子のことばかりで、いつ犯罪を犯すんじゃないかってヒヤヒヤだよ」
美奈の睨みつけるわけでもなく俺をみて何かを訴える視線に反論する
「何いってんだ、俺が襲うとでも思ってんのかよ。俺は決して女子を傷つけたりしない、大切にした上でいずれ合意的に楽しむというのが俺の夢だ!無理矢理そういった行為をしても女性の魅力の1%も見れないからな、だから俺はそういう輩を絶対に許せない」
「ふーーーん、誠に高尚な志は恐れ入るけど…でもさ一個言わせてもらうけど、視姦はセクハラだよ?」
「え!?…いやいやいや、え!?うそっ?まじで?」
俺は動揺を隠しきることができず、焦燥を隠すために視線を美奈から、しばらく変わりそうにない赤信号へと移した。
「で、でもほら!誰も嫌がってるなんて話聞いたことないし、悪い噂もなんでか聞いたことないから大丈夫よ!」
と美奈から中途半端なフォローが入ったが俺に与えられた精神的ダメージは癒されることはなかった。
いや、おそらく美奈に突然抱きしめられれば全回復以上に回復する自身はあるが
「そ、そういえば、進路って流石に決まった?まだ進路希望の用紙出してないって先生怒ってたけど」
美奈がいたたまれなくなって、新たな話題を放り込んできた。
そういえば、まだ決めれていなかったな。
「まぁ俺の将来に望むものといえば…ハー「ハーレムってのは無しだからね?」え!?」
くそ、美奈のやつ流石幼馴染ということか!俺の思考など読むとは…
「わ、わかってるよ!…そうだな…まだなんも決まってないけど、とりあえず俺のことだから、女性に関する仕事ならなんとかなりそうだからな」
再び美奈はため息を吐くが、そこにはすでに感情など込められておらず、決められたお約束といった感じだ。
「でも、健也なら本当にその曖昧な目標でもなんとかしちゃいそうだね」
「だろ?だけどとりあえず直近の目標としては合法的におっぱいを触ることだな!」
「ふぅ…」
あ、今度は100%の呆れ成分を含んだため息が美奈から吐き出された。
「外でそんなことを恥ずかしげもなく…」
「悪いか?人の道を外れるようなことさえしなければ人間はもっと願望に忠実でいいと思うんだけどな」
「ふぅ」
もう今日何度目かわからないため息を聞いたかが、今までのものとは意味合いが違うようで、俺ともあろうものがそれを察することはできなかった。
が、その答えは美奈本人がしてくれた
「その夢叶えるの…私じゃ…だめかな?」
いつものような力強さはその言葉にはなく、約17年の付き合いだが今の美奈の表情や態度は初めて見るものばかり。
弱々しくも意思を伝えるという点においてはいつも以上のものを感じ、震えるような吐息はそれだけで緊張していると分かるほど…
って俺も緊張して震えてるわ、柄にもなくって言葉がこれほど似合うタイミングもないだろう。でもしょうがないだろ?いくら脳内シミュレーションの達人だって言っても妄想と現実は違うんだ、そこらへん勘違いしちゃいけねぇ。
美奈を見る視線が定まることはなく、うまく呼吸ができず、喉がなるような錯覚さえ覚える。
声を絞り出そうとするが、喉が緊張で乾いてしまって思うように出せない。
手や足は高まる心臓の鼓動に合わせるように小刻みに震えてしまう。
ガンッ
平静の状態だったらもっと早く気づけたかも知れない。
この状況だったからかも知れない
でも俺は一切後悔していない
とっさに突き飛ばして美奈を安全な方向へおいやり、俺の体はガードレールにぶつかったにも関わらず勢いが殺されることのない大型のトラックがたやすく吹っ飛ばし、建物の壁に当たり地面に叩きつけられた。
血の海に浸かりながらも冷えていく感触がしっかりと伝わってくる。
すでにぼやけてはいたが俺の目の前には美奈の顔があり、その瞳からは大粒の涙が溢れている。
その涙を見たくなくて、俺はぎゅっと目を瞑った。
最後に柔らかな感触に包まれて俺は死んでしまった。