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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
97/434

53 “魔弾”

 鉛色の雲が流れ始める。

 遠い空から太陽――。

 アルオス神がその燃ゆる円盤を引き連れて姿を現さんとしていた。

 薄暗かった空の下へもっと濃い、漆黒の泥が雨のように降り注いでいたのが遠い空から差した陽光によりはっきりと映る。それはこの国、魔族と蔑まされた者たちが住まうアンバードを支配した魔王テンセイシャ――迅雷の魔王と呼ばれた者の成れの果ての、ドス黒い血と肉である。

 欲に溺れた末に自我を失い、全てを喰らい尽くそうとした醜悪な肉塊は一つの剣から放たれた二つの炎刃によって四分割されたのだ。

 迅雷の魔王――シドナイ・インフェルートという者はもういない。

 あるのは破裂して爆散した汚泥だけだ。

 その情景を、多くの者たちが見つめていた。

 そして此度、神代の再現とばかりに行われた熾烈な闘争の当事者の一人、紅蓮の魔王は燃ゆる大剣を手に持ったまま、墜ちていく黒泥の土砂降りをジッと睨んでいた。


『………………』


その瞳は何を物語っているかは推し量れない。

 赤々と燃えているのに、氷のように冷たく、機械的に見つめていた。

 そんな紅い魔王が浮かぶんでいる姿と、泥が爆散して落ちていく光景を、半壊した古城の――全開となった中庭から見ていた女は呟く。


「終わった…………?」


呆けた声で、眠る少女ユウシャを抱きかかえながら座るエリゴスは紅い衝撃波と紅蓮の刃によって崩壊していった邪悪な化身の姿を見て、そっと呟いたのだ。その声は誰かに伝えるのではなく自分自身に問いただすような大きさでありながら、誰かに答えを求めているようであった。


『いや――まだだ』


脳髄へ直接届く声――。それを発した主へと、視線を少し下へ移す。背丈はそれほど変わらないはずなのに、最初に視た時より遥かに大きくなった少年の背中は未だに白銀の光と蒼い炎が迸っていた。

 その左手には、いつの間にか――この古城がシドナイの怪光線で崩れた時に落ちてきたであろう頂上になびいていた旗の布だけ左手に収め、それが風によって、背中の光をさえぎったり漏らしたり揺れ動いている。

 それはリンドウの紫色の国旗ではなく、王旗の黒――地は黒く、そこに同じように白い雷が描かれているが、雷は雷でも「落雷」であり、そこに黒いシルエットで『王権レガリア』――《神滅の(ルクスリア・)雷帝(アエーシュマ)》の横貌が描かれている。暗い空には目立たなかったが、かなり自己主張が激しい一品であった。


「…………!」


得体の知れない力を発現し、ついにそれを操り出した異邦人――立花颯汰は振り返る。思わず、エリゴスは息が詰まってしまう。その顔は少年ではなく、暴獣のものへと変化していたのだ。濃紺の闇に包まれ蒼銀の瞳が輝き、頬まで亀裂が奔っている。口腔も牙も黒く、口を塞いでいた装甲は半分に割れては両頬へと移動していた。

 エリゴスは思わず表情が強張り、少女の亡骸――リズを掴む腕が強くなっていた。


『娘ラウム(、、、)、その子を頼むぞ』


颯汰の声と重なる“獣”の声はとても重圧的でありながら、どこか慈悲のようなものが宿っていた。

 エリゴスはその問いかけも、呼称も、その優しさのようなものすべてに驚きながら、声を張り上げる事もなく素直に受け入れ、無意識に頷いていた。

 “獣”は鷹揚に頷きながら、次は視線を別所に移す。ぐったりとしていた幼龍シロすけだ。なんとか回復したのか起き上がり、その羽で宙に浮く。


『龍の子、“それ”を取ってくれまいか?』


空いた右手で指し示す。颯汰の頼みに幼き龍は声を上げて“それ”を前足で掴んだ。

 残った“それ”だけでもそれなりに重量があるのだろう。“それ”を掴んでも上手く飛べずにふらついて、ついに“それ”と身体ごと縦に回転しながらスローイングを行う。若干上方向に飛んだが、このままでは届きはしないとわかっているシロすけは、さらに翼を一度羽ばたかせて風を送り、放物線を描いて颯汰の方向に飛ばした。

 颯汰は飛んできた物を右手で掴む。


『よくやった』


そう言って掴んだ物を見やる。

 “それ”は迅雷の魔王が被っていた紛い物の兜――模造品の『王権レガリア』の頭である。術者から離れたためいずれ溶けて消えるそれは未だ堅く、存在をここに残していた。

 恐怖の対象である遺物を見て、さらに息を呑むエリゴスであったが、そこへ颯汰は静かに念を押す。


『その子を、頼むぞ』


そう言うと視線を後ろ――城下町の、泥が落ちていった方へ向けた。

 それ以上の言葉はない。

 エリゴスも、その背を見て、掛ける言葉が見つからず、ただただ、静かに頷いたのであった。



 直後、地鳴りのような音が響く。粘着質を持つ泥――闇の中から瓦礫を押し退けて何かが飛び出すような大音が聞こえた。

 その上空にいた紅蓮の魔王は刹那に、音が響き渡る前に動き出していた。

 星剣に業火を纏わせて、揺れ動いた震源に向かって叩きつけるように剣を振るう。

 超反応と超高速で一切の油断も躊躇いもなく、星の輝きを持つ紅き大剣はその一太刀で地面ごと切り裂いた。だが、


 ――手応え、なし。ならば……


斬撃ごと地面へ降り立った紅蓮の魔王は即座に面を上げる。既に空から降った黒は落ち切り、雲の向こうから明るい光が漏れていたが、異変があった。それは全体的なものではなく、たった一か所だけ自然ではあり得ない状態であった。

 流れていく厚い雲を穿うがつ、大穴――。

 昏い空の向こうに青空が広がっているが、そこに至る直線状に、ビリビリと、赤黒い雷の残滓ざんしが見えた。


 ――まだ、時を止める余裕があったか


紅蓮の魔王が剣を構え直し、空に向かって跳び立とうとした時であった。

 冷たい風が肩を通り抜けた感覚がして、その流れていく方角へ意識を向けた。

 人々も最初は黒い怪物の血肉が分解され降り注ぐ情景と、紅蓮の魔王に視線を向けていた。だがおそらく、王都上の意識がある全ての人々が魔風を感じ、風が流れていった方向を見つめる。

 さらに意識を大地へ向けると、地脈を流れる体外魔力マナのルートである「龍脈」からもエネルギーがその場所へ向かっていることが紅蓮の魔王は知覚できた。


『…………そうか、ならば全て任せよう』


そう呟き、紅蓮の魔王は星剣を光に還し、上空彼方へ逃げ去った敵を追う事を止めた。

 現状、この場で最速を誇る「光の勇者」の能力『光速』を持つ紅蓮の魔王以外に、崩壊し不完全なものとはいえ時間を止めて、なおかつ当人もかなり素早い「迅雷の魔王」と呼ばれた怪物の成れの果てに、追い付けるものは他にいないはずであった。

 だが、この王は声を聞いた。

 それは、離れた場所――吹き抜けていった風の先。

 後に魔獣とカテゴライズされる物体が打ち壊したもう一人。

 古城に佇む、黒と銀、そして蒼の暴君。

 その手に持った兜と旗は巻き起こした深紫の風に巻かれて溶けて(、、、)いった。

 太陽の加護を受けていないこの辺りは一層、闇にむじばまれて薄暗くなっていく。


『第三拘束、限定解除。リアクター展開――』


その声は、“獣”のものであった。

 颯汰の左腕辺りから出現した『黒獄の顎(ガルム・ファング)』が、颯汰の頭上をゆっくり風と踊るようにくるくると輪りながら、冷たく無機質な音声が響き渡る。

 大の字に広げた両腕の装甲が割れ、変形する。背負う炎は消え、籠手の内部から煌めく蒼銀の結晶体が露出した。

 それ自体が淡い光を放ち、颯汰は右手を掲げる。


『――リアクター起動開始。神鬼解放、疑似発動確認』


腕部の結晶体は燐火の如き蒼、身体から溢れ出す黒のオーラ、背中を割る創傷から迸る銀、三色の光が一つの身体に同時に存在していた。

 深紫の風――目視できるほどの体外魔力マナの渦がその手の内に収まっていく。いや、収まるというサイズではない。その魔力の塊はあまりにも長い。大地すら薙ぎ払えるだろう五十ムートもの巨槍となっていた。


『魔力塊、圧縮開始。対象の殲滅のため形状を変化』


 巨大な槍を模る可視できる程の濃密な魔力。

 魔法ですらないエネルギーの塊が収束を開始する。


形態モード投槍ジャベリン――』

「大きすぎ! これじゃ大雑把にしか動かせない!」


魔槍がかなり短くなる。

 それでも通常の槍と比べればまだ長く、おおよそ十ムート程だ。

 先ほどの塊よりも槍らしく細かな造形もそれらしくなっているが、颯汰の口から文句が飛び出す。その合間だけ顔の半分が少年のものとなって叫んだ。


形態モード刀剣ブレード――』

「もっと圧縮! 飛んでる奴を落とすんだぞ!?」


さらにサイズが半分となり、大太刀となる。

 だがそれでも足りないと主は応えた。


『……光矢アロー――』

「もっと!」

『最適解の提示を要求』


ついに輪るのを止めアギトが主の頭上で問い始めた。

 その言葉を聞いた瞬間、笑い飛ばして颯汰は少しばかり悪役染みた顔で答えた。


「もっとあるだろ? 最速でシンプルなモノが!」


そう言って、颯汰は自身の意思で操るように魔力の塊をその手のひらに完全に収めてから、ゆっくりと広げた。それは高密度の魔力であるため、自然と手のひらからぼんやりと光り、浮かび始めた。

 遠く逃げる敵を追うこの場での最適解。

 先端が尖り、洗練されたデザインは錐揉み回転しながら遠く飛ぶため――どこまでも長い手となって標的の命を狙い撃つものである。

 

銃弾これだよ」


手に浮かべた魔力の塊はライフル弾を模る。

 そして左手の中に横から掻っ攫うように収めた。

 左腕を横へ伸ばすと同時に、獣の顎が動き出し、その半透明の黒い瘴気は腕に溶け込んでは左腕と一体化し始めたのだ。

 異形の左手――手首の先は黒の顎と化し、前へと突き出す。その付け根へ手を並べるように颯汰は右拳を突っ込んだ。

 両手の先は獣の顎、そして腕部のリアクターが蒼い目となって見える。それはまさに颯汰の全身が恐るべきな獣の貌となっていた。


形態モード魔弾デア・フロイシュッツ、装填完了』


魔力が電気のように周囲へ奔る。

 腕の先で大きく開いた黒の顎。両腕の先で大きく開いたそれが砲口となり、凄まじい闇色のエネルギーの風が、その一点へと収束していく。


『収束魔力規定値をクリア。発射準備完了』

「まだだ! 限界まで練り上げるッ!」

『承知』


 風が唸りを上げる。

 王都バーレイの北に位置する旧き王城へ、今や崩れて瓦礫が溜まる場所へ吸い込まれていく。


 風が唸りを上げる。

 魔王たちの激戦により大気に満ちた体外魔力マナが風となり一か所へ集まっていく。


 風が唸りを上げる。

 描く螺旋の先――世界を“塗り替える”強大な魔が、撃ち放たれようとしていた。


 空が震え、大地が哭く。

 古びた城が怯えて震え、街が畏怖に哭く。


 龍脈からエネルギーを供給し、さらに地面を突く支えである脚以外の――腕部や上半身の装甲が排除され、それすら腕の先の光へ変換されていった。顔も完全に元の少年のものとなっているが、その背の光だけは未だ衰えるどころか、更に呼応するが如く輝きが増していく。


『警告。収束魔力・許容臨界値、突破。これ以上は出力が不安定となり融解の危険性――』

「――ッ! あぁ充分だ……。砲撃用意ッ!」

『オーバー・デザイア……――』

「――行くぞッ!!」


一瞬だけ見た空から生まれた、心のわだかまり――そんな僅かな躊躇ためらいを払い、覚悟を決めた。

 その手の砲口へ集まった闇は光へ転換される。


『 「――うぉおおおおおおおおおおッ!!」 』


叫びが重なると同時に、砲身の後ろにいた颯汰の身体が光の粒子となって吸い込まれていった。腕も脚も何もかもが光る粒となり、渦を巻いて溶け合った。

 すると、その場に残ったものに変化が起きる。ただ喰らうだけであった獣の顎に“貌”が生じたのだ。

 二つの輝く蒼銀の瞳。黒い表皮に銀の牙。天を穿つように後方へ伸びた二本角、他者を傷つけるために横から前へと伸びた双角――頭部だけであるが、この世界に住まう人々であれば、例え目にしなくてもその獣の存在を知っているに違いない。

 岩塊よりも堅く鋭い牙の奥、魔法ということわりを大いに逸脱した力の奔流が咆哮と共に噴き出した。

 砲身となった獣の顎から放出された、圧倒的なエネルギーはジャイロ回転し、空気を押し潰しながら突き進む。

 全ての暗夜と魔障を司る黒と紫、怒りの紅が混じった闇色の極光――それを纏いし弾丸が舞う。

 流線型に尾を引く高密度エネルギーの弾頭辺りにある魔弾には、立花颯汰の全てと獣の力が宿っていた。さらに砲身である獣の貌すら、発射されたエネルギーに溶けて込んでは光へ混ざりゆく。

 そう、彼ら自身が魔弾となって空を切り裂く――獣の口から放たれた光線となって大地から飛び立ったのだ。


 弾丸は城下町を真っすぐ進み、紅蓮の魔王がいる地点まで轟音と共に疾駆する。

 泥の残骸の上に立つ紅蓮の魔王は腕を組んだまま身動きを取らない。

 だが周りの様子は異なっていた。

 弾丸によって巻き起こされた風が掠め取る手となって、泥の残骸と黒い液体を掬い上げては吸い取り始めたのだ。暴風であるが、誰一人ヒトを巻き込む事はなく、ただ弾けた肉塊とその血である墨汁の如き液体だけを喰らっていく。

(勿論吹く風は特別であるが、この場合、建物にしがみついたり、兵が飛ばされないように各々が尽力した結果であるのだが)。

 荒れ狂う風刃が巻き込んだ泥を細かく砕いていき“邪魔のもの”をろ過しながら弾道が上へと向かう。

 泥から魔力を吸い上げて昇り、急加速をし始めた。

 泥の元である勇者の血――泥の黒が剥離し、生じた嵐が紅く染まっていく。その紅き血の円錐が厚い雲に開いた大穴に目掛けて飛翔する。

 獣は天へと昇りゆく。

 雲は焼き払われるが如く、霧散していく。

 強い魔力そのものが熱量を帯びて、大気中の魔力を吸い、水分を蒸発させていったのだ。雲の穴のゲートを通り抜ける前――紅き血の皮を脱ぎ捨て、太陽に照らされて光り輝いて映る。


「…………大蛇だいじゃ?」


城下町で誰かが呟いた。

 占星術師の女の声であったか。旧き時代から生きる翁であったか。それとも、たまたま英雄譚の本を持ち歩いていた少女であったか。わからない。

 その声は凄まじい音と風に掻き消されたが、誰しもその姿にその言葉を思い浮かべていただろう。

 紅い血の渦を纏う黒く光る大蛇オロチの姿はありとあらゆる生命の記憶に刻み込まれていった。


 空高く舞う獣の背、銀の創傷のような模様から光が零れ落ちた。陽光を反射してキラキラと煌めく砂粒のような銀の光と一緒に、何かが落ちていく。

 紅蓮の魔王は刹那の逡巡の後、手を翳した。

 右手に向かって落ちてきたそれを掴んでは、それをまじまじと見つめ始める。

 紅い、紅い、剣のようで細長い針――。

 なるほど、と小さく呟いては、紅蓮の魔王は弾丸が向かってきた方角へ地面を蹴って飛んでいく。

 その上を飛び去る光へ、一切振り返らない。

 それは颯汰に対する信頼や絆と言った生暖かく曖昧なものではない。ただ単に契約者の繋がりと、紅蓮の魔王が持つ天性の「度を越えた理解力」が状況から正しい答えを導き出しただけである。


 雲の向こうへ突き抜けていった疾走せし魔弾は、邪悪な意思を猛追する――。


2018/01/28

誤字の修正。

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