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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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51 揺れる炎

 蒼い炎が昇る――。

 闇より現れた鮮やかで冷たい光を燃やし、天を突くように掲げられた拳が、暗愚の王の顎を砕く勢いで下から振り上げられた。

 腕部を包む黒い装甲が開き、剥き出しになったフレームの青より深い色の光が迸り、スラスターのような働きをし、腕ごと身体を宙へ浮かせたのだ。

 魔族と虐げられた者たちの国アンバードを己の欲望のまま支配した絶対的な王が、その拳に持ち上げられ――空を仰ぎながら、落ちていった。

 どさりと音を立て倒れ、塵煙が舞う。

 顔に掛けていたサングラスは、遠くへ落ちて物寂しい音を立てる。

 背を向いて着地をした立花颯汰は、仇である倒れた怨敵――迅雷の魔王へと振り返り、自身の左の拳を向けて勝利を宣言した。


『俺の……、俺たち(、、、)の……、勝ちだ……!』



 その様子を陰ながら見ていたものたち、光の明滅に驚き城の方角を向いた民草とそれを誘導していた兵たちも――遠く離れた古城に浮かび上がる影がはっきりと見えていた。


 ――迅雷の魔王が、押されている!?


  ――あの黒いの、上空で暴れていた魔王……?


   ――決着……か?


 人々の様々な思考が自然と唇から漏れ出る。それは喧騒の中で呪詛のように小さな呟きであったのだが、一層張り詰めた空気はシン、と冷たい沈黙を持っていたせいで、会話をするのではなく皆が意識せずにすぐに押し黙って騒めきが消える。その激闘の様子も決着さえも見えなくても城の方へ注がれる視線の数がさらに増えていった。



 七柱の転生者(マオウ)同士の殺し合い――。

 そこに招かれざる者が、あろうことか闘う駒の一つを打ち倒すという異常事態が起こる。


 それは紡がれた運命の糸の通り、正しく歴史を創っているのだろうか。もし、そういった問いをあの“紅い魔王”に尋ねれば「ヒトの歴史は、今を生きるヒトが創るものだ」と答えるだろう。そこに神々が関与しても、その先は最初から定められたものではない。

 ゆえに神々すらその先と結末を、知りたがっているのかもしれない、と笑って付け加えて。


 それが真実かどうかは別として、――太陽(アルオス)は厚かった雲の隙間からその情景を見つめようとしていた。灼熱の円盤を、その戦車(チャリオット)で引き廻すアルオス神も、まだ急がずにその様子と次に続く物語を知りたがっているのやもしれない。 


 だが(さえぎ)る雲海の一辺のせいか、恩恵たる温もりのある日差しが地上へ投げ掛けない。そのせいだろうか。吹き抜けた風に生暖かさと冷たさの合間にある異質な不快さが帯びていた。


 風が奔った。

 そこに颯汰は何か嫌な空気を感じ取った。

 言い様のない、強い風に運ばれたそれが肌に(まと)わりつく。

 流れる雲がまた陽の光をさらに細めていき、辺りが暗くなっていった。


 拳を向けていた颯汰は思わず表情が崩れる。


『………………!』


迅雷の魔王が、起き上がった。

 それだけでも驚くべきだが、立花颯汰は油断を一切せず、警戒も解いていない。

 相手は魔王だ。

 常識の範疇を超えている存在であるからまだ起き上がっても不思議ではない。

 ゆえに驚いた理由は別にある。

 確かに起き上がったが、それは自力とは言い難いように映る。何故なら彼の端整であった顔が腫れあがり、白目を剥いたまま意識が完全になかったからだ。

 首から上を見えない糸で引かれ、四肢はだらりと下がり切っていたまま、浮いている。

 醸し出す雰囲気が、先ほどまでの雷霆(らいてい)のような鋭さや、嵐の如く苛烈さがまるで感じられない。

 そこで颯汰は迅雷から精気が失われている事に気づいた。そこに浮かび、見えない紐で吊るされている人形は静かに、ほんの僅かに揺れていた。


 だが直後に動き出す――。


「グゥゥゥゥゥ……――」


低く重い声。大地からの悲鳴にも似た、迅雷であった人形から出ている事に気づくのに颯汰は一瞬遅れる。

 両腕を交差しながら足を畳んで縮こまった男は、


「――グゥゥォォォオオオオオオオッ!!」


手足を限界まで伸ばしながら叫ぶ。目は地獄のように紅く輝きを発していた。

 そして足元から黒い血――漆黒の泥が急速で動き出し迅雷の身体まで触手を伸ばしてへばりついた。

 溢れた泥はタルが何十、何百、幾つあっても足りない量であったがそれが全て一つに溶け合って、この場所へ集まっていた。

 足元の“闇”からは次第に細く長い腕が何本も伸び始めた。関節は人体のものより一つ多い魔手が何かを求めて揺らめいている。それは万象を汚穢に満たし、また喰らうために存在しているのだろうか。

 颯汰は無意識のうちに、一歩退いていた。


『がっ……、うぉ、ぉぉおおッ!?』


顔まで包む黒い泥の隙間から迅雷の自意識からの悲鳴が木霊する。

 そしてそれは、筆舌し難い程に奇怪でグロテスクな光景となった。

 泥は迅雷と溶けて一つになると、筋肉が異様に何倍も膨張し始め、体色は人と懸け離れた漆黒で人の形が崩れ始めた。意識のある颯汰やエリゴスはその光景を見て茫然自失する。

 それは、あまりに人からかけ離れすぎていて、また見るものに譫妄(せんもう)を与える神体のように見えた。(あまね)く生物を呪い、正気を奪う肉塊――。

 そのゲル状の身体から幾つもの――眼球自体が真っ赤な目が開き、腕や脚、蟲や鳥の羽もあるが、まるで意味のなく、対となるもう一つ(、、、、)がない。

 さらに常に不定形であるのか、オオカミやシカなどの野生動物の顔や、ワシなどの鳥類の顔が泥で造られては中に沈むように消えを繰り返す。出現する位置も不定であり不安を掻き立てる。

 それは人の心を徒に不安にさせ、狂気へ落とし込むだけの未完成の怪物である。


『ギャァアァゥオオオオオオッ!!』


地を揺らし、天を震わす低く耳障りな産声。

 ただただ醜悪で劣悪で邪悪な存在は蠢いた――。


 肉の塊は横幅は十ムート(約十メートル)を超え、縦も八ムート(約八メートル)はあるだろうか。高い質量のあったそれは圧縮され、その分、“闇”は濃縮されている。


 見ているだけで正気を奪う怪物は再度、咆哮すると颯汰は感じ取った嫌な感覚――押し潰すような殺気に当てられ、身体が自然と護りの態勢を取る。

 ゲル状の醜悪な肉塊から甲高い音が響くと、その何百もある瞳から紅い光線が無差別に、多方向へ発射されたのだ。

 妖しい光の熱線は地上を、城壁を、焼く。それが通り過ぎた地点は抉られ、そこから灼熱の火が轟々と燃え上がる。“それ”は自身の住居であった城を無茶苦茶に破壊し始めたのだ。

 城にある塔は斜めに線が入って赤熱したところからズレ落ちて砂塵が飛ぶ。

 エリゴスは咄嗟にリズの遺体がある場所へ駆け寄ると、光線が身体の真横を通り過ぎた。倒れていたシロすけや、彼女たちは運よく軌道から外れていた。

 颯汰は直撃コースに入っており、左へと回避を試みたが僅かに遅く、右手首が焼ける。


『っつぁ!? (あっつ)ッ!!』


黒い装甲に焼けた鉄の色――(だいだい)に変色し、鎖に僅かながら亀裂が入った。もし素手であったなら間違いなく切断されていただろう。手を振り回して悶える颯汰。そこへ破壊を撒き散らした肉塊は次の行動は予想がつかないものであった。


 漆黒の肉塊は地面を揺らした直後、遠くへ飛ぶ。

 いや、それは飛ぶというより跳ねるが正しいだろうか。気持ち悪い幾つものヒトの腕が重なって出来たバッタのような一本脚で城の中庭の石床を蹴った。颯汰の方にではなく――城下町へ向かってだ。

 何やら理解できなかったが、颯汰は咄嗟に左腕を(かざ)して突き付けるように前に出す。『黒獄の顎(ガルム・ファング)』が形成され、物凄い勢いで跳んだ肉塊を追いかけて掴む。


『――ッ! え、何っ!?』


しかし、掴んだ肉が崩れてはボロボロと黒い砂に還ったため、引き寄せる事が出来なかった。



 王の咆哮は王都中に響き渡っていた。その声に宿る妙な異質さに人々は恐怖と不安が掻き立てられ、少しずつ悪い意味で活気を取り戻していく。

――混乱がまた起こった。

 一旦王都バーレイに散らばった制御不能となった黒泥はまるで意思があるかのように蠕動し、幾つかの命を喰らっていたが、それも治まり少しは落ち着いた。――いや、勇者の血を含有するその泥が捕食を止め、古城の方へ集まっていったのだが城下町に残った者たちがそれを知る術はなかったから『治まった』と安心したかったのだ。だが真実はそういう訳にはいかない。その泥が全て、迅雷の魔王と融合してしまったのだ。

 そうして響くこの世の終わりを告げるような重音。

 つまりは混沌が極まる。 

 一度は静まり返ったが、ちょっとした切欠で堰き止められた恐怖は決壊する。

 何故ならまだ、何も終わっていないからだ。


 肉の塊が城下町の居住区へ降り立つ。巨大な鉄槌を街を囲む防壁に叩きつけたような音と、家々が重しに潰されて倒壊する嫌な音が奏でたのと同時に、立っていられない振動が辺りを襲った。――直後に悲鳴が響く。黒いその生物は手足を伸ばし、家の屋根などを掴むと、通りの真ん中を陣取っていた巨肉を起こした。八本の手足はそれぞれ模る生き物は異なるが、黒い肉を中心とした蜘蛛のような節足動物を想起させる形となった。

 目撃した人々は理解を超えた存在に言葉を失うしかなかった。

 魔王たちの闘いで逃げ場がないと絶望していた民、それを誘導して避難させようと動いた憲兵、自らの意思で国民を守るべく襲い掛かってきた泥と戦った騎士たち――全てが凍り付く。圧倒的な死と絶望の前で脆弱なヒトなど動けるはずがない。

 並んだ家々の間、見えるはずの空の前に浮かぶ巨大な黒と幾つもの目が心と身体を射止める。

 呼吸さえ忘れかけたその時、変化が訪れた。無論それは人々に平穏を与えるものではなく、真逆だ。


 人々の声に成らぬ短い悲鳴が上がる。

 肉塊の目玉たちが皮ごと動いたように端によると、空いた大きなスペースから泥がヒトの顔を模り始める。誰もがその顔を知っている。この国を奪った簒奪者で峻烈なる暴君――迅雷の魔王の顔であった。

 全てが泥で真っ黒であるが特徴どころかそのまま同じ顔であった。角も髪型も再現されている。

 巨大な面に威圧された人々はその目に睨まれては余計に動けないでいると、そしてそれは口を開いた。


『喰ワセロ』


ぐぐもった声は間違いなくこの国を奪った王のものであり、どこまでも民を苦しめていた音は波となって伝播していく。


『喰ワセロ。民ハ、王ノ為ニ存在スル』


肉塊は知性ある捕食者として、理性なき残虐性をいかんなく発揮しようとしたのだ。

 黒い塊から触手が伸びる。太さは成人男性の拳より大きい。その先端を突き刺し、民を喰らおうとしたのだ。

 受けた尋常じゃないダメージを回復させるため、文字通り国民を食い物にしようと本能のまま動いたそれは、もはや災厄そのものであった。

 触手が迫りくる事で人々は(せき)を切ったように悲鳴を上げて、走って逃げ始める。

 子を抱いて、手を引いて、我先にと、逃げ出した。

 だが伸びる死のチューブ――生を吸い取る触手は放たれた矢のように素早く、さらには自在であった。指向性に長け、家々の間の狭い路地へ逃れようと追いかけ回せる。

 七つ伸びたそれが、それぞれの獲物を捉えては襲い掛かる。生き延びるためにヒトを捕食する――。


 一人の女性を追いかけた触手が、寸でのところで切り落とされた。


「下がって!」


若い、非常に若い男の声。助けられた女は礼を言う(いとま)もなく、ただ汗を流して怯えながら奥へと逃げて行った。それを見届ける事もなく、のたうち回る切り落とした触手を踏みつぶした男――軍服を装うアンバード第三騎士団副隊長、竜魔族(ドラクルード)の美少年セアルが細身の剣(レイピア)を片手に浮かぶ断面を睨む。一見すればその手に持つ剣並みに繊細に見えるが若くして副隊長の座を得た実力は伊達ではない。

 再生し始めた触手が今度はセアルを喰らおうと動いたが、線の細さと髪飾りのように下向きに生えた角のおかげでより一層中性に見える天才剣士の剣技は、気味の悪い腕を寄せ付けずにいる。


 また別の箇所でも応援に駆け付けた騎士たち――第五騎士団隊長・魔人族(メイジス)のサブナックや第六騎士団隊長・獣刃族(ベルヴァ)(ワー)の民の女傑であるマルコシアスやその部下たちも民を守りながら触手を迎え撃っていた。剣や爪が奔り、ヒトを守る盾となる。

 絶望的な状況だろうとヒトの心の燈火(ともしび)は簡単に消えたりはしないと証明するように。

 だが――。


「…………うっそ……!?」


マルコシアスは静かに感情を思わず吐露する。

 その肉塊はヒトの心を砕こうと考えてはいなかっただろう。単に食事(、、)の邪魔をする相手を排除を兼ねて、触手の数を増やしただけだ。二倍、三倍、五倍と。


 触手は黒い塊を中心に、四方八方へと伸ばしていった。全方位の獲物を吸い殺し、抵抗する勢力に対しては数の暴力を、とばかりに個数を増やして襲い始めた。


 自分の身を守った瞬間、脇から数本抜けて行って民に目掛けて飛んでいく。もはや間に合わないという状況で心を蝕む闇が生まれようとした時だ。


 ヒトによって残り十メルカン(約十センチ)もない至近距離まで迫っていたが、突如それが動きを止め、うねる(、、、)。すると、その本体たる肉塊から迅雷の悲痛そうな呻り声が漏れだしていた。


『グゥゥゥウ……! グガ、グゴォォオオオオン!!』


黒い塊の一部が溶岩のように赤く光り始めた後に、そこから火柱が屹立する。

 誰もが希望を捨てた――。

 産声を上げた真の魔獣から、新たな生命が生まれたのではないかと疑う者も現れた。

 だが、それは違う。

 ならばそれは救いの神かと言えば当然、違う。

 味方ではない。

 それは襲撃者であり、王都バーレイに住む人々にとって敵であった存在だ。


『――――』


暴力的なまでに状況が錯綜する中、人々はまた息を呑んで静まり返る。厳密に言えば、驚き開いた口から声が出なくなってしまっていた。

 更なる災厄が目を覚ましたのだ。

 それは紅と黒の魔神にて地獄からの使者――。

 全身鎧姿で兜には上へ突く二本角の飾りがあった。

 紅い血を吸い込んだ襤褸(ぼろ)のマントが(なび)く。

 その手には身の丈を超える大剣の柄が握られていた。


 過去のとある大陸を焼き払い、世界を破滅にまで追い込んだという災厄の化身。王都バーレイの上空にて、迅雷の魔王と熾烈な闘いを繰り広げていた真紅の魔神――紅蓮の魔王だ。

 その身を包むのは《王権(レガリア)》――《黙示録の(レイジ・オブ)赤き竜王(・ヴァーミリオン)》。


 泥に呑まれていた紅蓮の魔王が星剣『カーディナル・ディザスター』を手に、巨体の内部から打ち破って現出したのだ。


 燃ゆる炎が大気を焦がす――。


次話は来週です。

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