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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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50 継承者

 閃光が(はし)る――。

 目を開いても眼前の状況を把握できないほど眩い光が“声”に乗って遠くまで飛んでいく。

 奥義『鬼神咆哮(キシンホウコウ)』――。

 目が眩むほどの光を発するが、それの真価は至近距離に形成するスタン・フィールドにある。鬼人族(オーグ)の角に魔力を集め、声に乗って発せられたその闘気は強い魔力を帯びているため、範囲内であれば無差別に麻痺させる事が可能という(わざ)であった。

 鬼人族の奥義も、魔人族(メイジス)の疑似魔法と同じく基本的に表立って使う事はないものである。

 相手が知らぬからこそ、不意に打つこの一手が非常に効き、冷静さを奪うには充分なマジックとなるのだから。身体の自由を奪えるのはほんの僅かな間だけ、だがこのような一対一の状況であれば必殺に転じる最強の奥の手に成りえるのである。


 闇が一切ない純然たる光の世界が一瞬だけ全てを覆い尽くす。弾けた閃光が視界を白へと染め上げていた。麻痺の範囲外にいたエリゴスもその眩しさに(まぶた)を閉じて腕で光から(かば)う様な体勢を取っていた。


 迅雷はそれを放ち、自身でも眼前の“敵”の姿が見えなくなっていても気配を感じ、それに向けて詰みの一手を打ち出そうとしていた。

 自身の左腕を犠牲にした奥義『絶雷』を己の頭でやろうという、とても正気の沙汰とは思えぬ、型破り……というより奇怪な判断であった。

 鬼人族の血を半分受け継ぐ彼に、二本の角があった。その角の間から一本、刺せば必殺となるがその威力に術者の部位――つまりは頭とその中身がズタズタとなってしまう雷の杭を、出現させてまで、“敵”を討つつもりなのである。


 周りを包む光は慈母の抱擁(ほうよう)とは異なり、ただ冷たくそのくせ熱く、眩しく、短い間なのに焦燥感を生む。


 迅雷の魔王は気配を追い、目で見えないが地面を蹴った。ただ勝利を目指し、相打ち覚悟の特攻であるが、当人はそこまで考えてもいない。ただ、この“敵”を滅ぼさなければならないという使命感……というより生存本能が働いたのであった。

 生き残りたいという意思での決断であるのに、選んだ選択が特攻という自己矛盾を起こしていたが、その元凶(、、)に当人は気付く余裕すらない。意識は眼前の敵とその先にある勝利にしか向いていないのだ。


 光が、消える――。

 一拍だけ手拍子をする時間があるかないかの、ほんの短い間であった。

 奔る光が通常の世界に溶け込み、元の景色が取り戻される………………はずであった。


『…………!?』


純白の光が通り過ぎた後。その残滓(ざんし)たる雷の紫が空気中に漂いバチバチと迸り、一瞬だけ見えたその可視光と、元の景色が見えた直後にそこに訪れたのは、真逆の存在――漆黒であった。

 迅雷は理解できずそのまま闇に飲まれる。

 急いで脱出しようとしたが、つま先にすら力が入らない。既に闇――いや、『新たな光』に浸蝕されていたのだ。

 黒も、白い光と同じく一瞬で通り抜けてやっと世界が元の形を取り戻したが、同時に迅雷に追い打ちを掛ける絶望がやって来た。

 突き抜けた闇が去った場所に、それがいた。


鬼神(オーラ)咆哮(シャウト)……!』


耳朶に届く声が反響する。それは紛れもなく“敵”の声であり、その容姿は先ほどまで相対していた“獣”のものに戻っていた。

 だが即座に半分の割れて両頬に移動していた装甲部分――まるで獣の牙を隠す役目を担っていたかのような半面が元の位置に合わさり戻り――“獣”の暗黒色の顔に輝く蒼い瞳から、一瞬で『立花颯汰』のものへ変化した。


『まずは!『気合で相手の動きを止める』……ッ!!』


『ッ!?』


 迅雷は混乱した。


 ――何故、人族(ウィリア)のガキが鬼神咆哮(ハウリングブラスト)を?

 ――何故、“あの人”の言葉を……?

 ――何故、何故、何故……“あの人”がここに!?


両手足を包む黒の装甲を自在に操る“敵”。その真後ろ――薄っすらと、曖昧な煙か幽霊の類のように半透明なエネルギーが人の(かたち)となって颯汰と全く同じ動きをとっていた。

 颯汰は右腕を振りかぶり、背後のオーラのようなものも同じく右腕を引く。

 それは迅雷の瞳にだけ映る幻か、(ある)いは本当にそこに存在しているのか。わからない。わからないからこそ迅雷は恐怖し、思考の麻痺に拍車がかかる。

 何故という言葉が脳裏に幾度も反芻(はんすう)され答えのない迷宮に彷徨(さまよ)い始めるが、颯汰はそんなものに付き合う訳もなく、霊体のようなものと彼とが重なったのと同時に拳が振るわれる。


『うぉぉおおお、っるぁああああッ!!』


横殴りの荒々しいフック。それは徐々に速度を上げていく。

 一瞬で千撃……とまではいかないが、それでも曲線を描く流星に見紛うほどの拳閃が繰り出される。それは一見すると乱雑なラッシュ攻撃に見えるが、相手の装甲を的確に破壊する強烈な連打であった。

 攻撃が鎧に当たる度、絶え間なく鳴り響く金属音に激しい火花が飛び散る。

 迅雷の身体中を覆う黒い固体――鎧と成していた勇者の血に亀裂が走った。城壁に相違ない強度を誇るはずの鎧が少しずつヒビが入っていったのだ。

 殴られ続け、混濁する意識の中、迅雷の魔王は再び声を聞いた。

 それは、在りし日のシドナイ少年の声と師と仰いだ男の声――。



――……

 ――……

  ――……


「おっさ――」


「おっさんじゃない」


王都バーレイ内にある孤児院の外――。迅雷の魔王と目覚める前の幼き少年が、後に英雄と称される騎士――まだ傭兵であった頃のボルヴェルグ・グレンデルに尋ねた。


「…………先生、質問。『鬼神咆哮(ハウリングブラスト)』を何で同族や知ってる相手に使っちゃダメなの?」


「あぁ。単純な理由だ。知ってる者はむやみやたらと近づいてこないで警戒する。おそらく弓や長槍で距離を取ってくるはずだ。下手にぶっ放して外し、魔力と一緒に体力を無駄に消耗するのは危険だからだ」


「ふーん。じゃあ、同族は? おんなじ種族の仲間だから?」


「うーむ。……個人的にはー、その優しい回答に正解と言いたいところであるが、これこそもっと単純な理由なんだ」


「?」


「…………後出しがガン有利なんだよ。鬼神咆哮(ハウリングブラスト)は魔力を頭部に集め、声に乗せて放つ業だ。鬼人族(オーグ)の角に意識を集中するとわかりやすい。

 で、ぶっ放した後の話だ。そこに回す魔力量が多ければ打ち勝つし、声の大きさも性能に関わってくる。相手が放ったヤツよりも大きいもので被せればそっちが勝つってわけだ。単純だろ? それに……もし同じ魔力量と声量であっても、後に出した方が勝つ仕組なんだ」


「へぇー。上書きでもされんの?」


「さぁ、実は俺にもよくわからん」


「なんだよそれ」


「ハハハハハ――」


男の笑い声が徐々に遠く、小さくなっていった。


……――

 ……――

  ……――


『うおおおっりやあああッ!!』


現実に引き戻すような颯汰の叫びが過去の思い出の風景と声を掻き消していく。

 放たれた左拳が、迅雷の右頬を捉えた。

 生身の肉に鉄槌の如き拳がめり込む。それでもなお攻撃は止む事を知らない。

 両腕が見えなくなるほど拳速は素早く、ついに装甲は飴細工のように砕けていく。

 抑えきれぬ怒りは、与えられたモノではない。自身が抱いた感情を――迸る憎悪を、その両手に乗せて立花颯汰は撃ち放つ。



「…………うそ」


少し離れたその背を見つめて、エリゴスは呟いた。

 自身よりも体躯も年齢も下のはずの少年である颯汰と亡き父・ボルヴェルグの姿が重なって視えたのだ。

 拳を振るい、鬼神の如く荒れ狂う――家族を守らんとして戦った父の最期の姿が想起されるほど、全くと言っていい程に動きが似ていた。

 いや、違う。

 そこに確かに父がいる(、、、、、、、)、と女は思った。

 当然それは幻想で、颯汰が父であるはずもなく、死んだ父の霊魂がそこにいるかなんてわかるはずもない。それを頭で理解しながらエリゴスは、乱撃を繰り出す少年に父の姿を見出していた。


 そしてそれは、打たれている迅雷も同じであった。


『ぶ、馬鹿な……! ばかな、バカな! バカナ! そんな、そんなはずガ……!』


瞬時に打たれる拳や肘鉄、足蹴など全てが記憶に刻まれていた。師であり、己の野望のために処刑した男の業であると頭で否定したくても身体が、精神(ココロ)が認めている。この拳は紛れもなく『ボルヴェルグ』のものであると――。


『でりゃっ!!』


颯汰が放つ鞭のような蹴り技が迅雷の左横脇腹に突き刺さる。大きな一撃で迅雷は後方へ飛ぶが、勿論、颯汰は逃がさない。実体のないはずの瘴気が顎を模り、颯汰の左腕辺りの空間から蛇行する。そして迅雷の魔王に喰らい付くと、勢いよく引っ張り出す。


『『そこへ拳を、胴を貫く勢いで捻じ込む!!』』


混濁した意識のせいか、幻聴が重なる。

 颯汰は引っ張られた迅雷の身体目掛けて、右の拳で抉り抜くように打ち込んだ。横向きに働いた慣性が、上へと方向転換するほどの重たい一撃となった。


 ――そして最後! 顎に向かって……


恩人(ボルヴェルグ)の声が、颯汰の中で木霊する。それは燃えカスとなった記憶の残滓の中から再び炎を上げて燃え盛ったのだろうか。いかなる奇蹟か、あるいは“獣”が引き出した必然か。その答えは彼にとってはどうでもいいものであった。ゆえに、その声に一瞬驚きつつ、そっと静かに笑みを浮かべて返す。


「……――あぁ、わかってるよ」


内側から聞こえた幻聴に向けて、颯汰は心内で応えた。まさに「くの字」の体勢で浮かび上がった身体目掛けて地面擦れ擦れまで下げた左拳を持ち上げる。

 大瀑布(だいばくふ)(のぼ)(りゅう)(ごと)く――。


『『撃ち貫くように拳を叩きこむ!!』』


この場に居合わせた男女たちは重なる声が確かに耳朶を超えて心へと届いていた。


 ――撃ち貫けぃッ!


『――ブチ貫くッ!』


反響する声に続くように颯汰は叫び応える。

 それはまさにボルヴェルグ・グレンデルが使っていた素手での奥義。


 この中で誰もがそれを見知っていた。

 颯汰は最後の旅で。

 エリゴスは最期の別れの前に。

 シドナイは遥か昔に。


 武具の扱いに長けた名手でもある武人だが、その素手での戦いは苛烈であり誰もが記憶の中にしっかりと刻まれていた。

 それが今、少年の手で完全再現される――。


「つらぬけ……、つらぬけ……」


エリゴスはうわ言のように自分にすら聞こえない声量で繰り返した。次第に高鳴る鼓動と脈打つ血の熱さが彼女の身体を衝き動かした。

 無我夢中で立ち上がり、そして、大きく息を吸って声と一緒に二酸化炭素を吐き出した。


「貫けぇぇえええええっ!!」


エリゴス・グレンデルは張り裂けそうなほどに、声を大に出して叫んだのだ。万感の思いと焦れ付く怒りと、様々な感情が煮詰められてごった返しとなったそれを声に乗せて――。



『うぉぉおおおおおおおおッ!!――』


颯汰が呼応するように咆える。

 上へとあがった迅雷の身体が、重力に引かれて下降するのと同時に、下から突き上げられた颯汰の左拳が、迅雷の顎を正確に捉え、炸裂した。


『――っだりゃぁああああああッ!!』


その身体どころか顎自体を持っていく(、、、、、、、、、)かのような勢いで左腕の蒼炎が燃え上がり、昇る。

 ゆうに身体の五倍近くも上空へ、迅雷の顎に左拳をめり込ませながら、腕部と脚部のジェット噴射で颯汰は跳び立った。


 決着の一撃――。


 上昇しながら、迅雷の魔王が身に纏う鎧の装甲が次々と崩れては剥がれ落ち、砕けて散っていく。黒い勇者の血を加工したそれが全て霧散し、中の白い毛皮(ファー)付きコートは随分と紅い血や黒いシミや何かで汚れていた。

 昇っていく腕から外れた迅雷は白目を剥いて仰け反りながら落ちていく。

 先に地面に降り立った颯汰は着地の際に脚部から一瞬だけ炎を吹かし、衝撃を和らげた。そして降りて来る迅雷の魔王を背にして言い放った。


『――これぞ奥義、『鬼神烈破(キシンレッパ)』……!』


言い終わるのと同時に、迅雷は背中から落ちて粉塵が舞う。

 恩人であり父となるはずであった男が襲い掛かる刺客(しかく)に対して放った――当人曰く護身術、行き過ぎた過剰防衛(かじょうぼうえい)(カタ)

 究極の自己防衛が武器を使わず相手を(しず)める事にあるのならば、これは究極(そこ)には程遠い『相手を派手に再起不能にさせ、他者の戦意も削ぐ』という乱暴極まりないものであった。

 通常のヒトであれば顎に強い衝撃が奔れば脳震盪を引き起こす。この世界の住人の頑丈さがあったとはいえ、今の颯汰が放った一撃は骨を容易に粉砕し、肉と皮ごと抉り抜いて吹っ飛ばす威力を有していた。

 だが、そこはさすが転生者(マオウ)というべきか。

身体の作りがヒトとは段違いの魔王とはいえ、兜を外していた迅雷の顎に直撃したが顎から上も下も健在である。勿論、無傷ではない。完全に意識が途絶え、周囲で悶えていた黒い泥も落ち着きを取り戻したかのようにただの物体で不気味に蠢く事を止めていた。


『俺の……、俺たち(、、、)の……、勝ちだ……!』


左腕の籠手が元の形に戻る。颯汰が振り返って倒れた男に左拳を向けて、消え入るようでありながら、確かな強い意志が宿った声で勝利を宣言した。



ハウリングブラストはボル公が勝手に名付けたもの。

オーラシャウトは颯汰が勝手に名付けたものです。


鬼神烈破も別の名を考えてましたが

そのままにしました。


次話は来週。


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