表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
93/435

49 受け継ぐ者たち

 蠢く闇――。

 外法により生み出された『勇者の血』を用いた黒泥。

 それが主たる迅雷の魔王の不能となった両腕を包み込み、肉の杭となって眼前の敵を襲わんとする。

 空気を切り裂くというより、強引に領域を侵して飛来する破壊の黒は、蠢動し脈打つ筋線維が集合体で直視し難い気味悪さを有していた。蠢く細胞一つ一つが悪意を持って命を奪おうとする。


『――うぉらッ!!』


短い声と共に放たれた拳。覇気を纏った左拳で迫りくる杭を叩き落した。両腕から伸びた二つの死の杭であるが、立花颯汰の左拳の一振りによって一本の軌道がズレてしなり(、、、)、もう一本を巻き込んで地面へ叩きつけられた。


 ――堅い! モロに受ければ死ぬやつ……!


しなる姿は鞭のようであるが、その堅さは岩を殴りつけた感触と似ていた。

 いくらか自身がパワーアップをしていても、一撃を貰えば死に直結すると颯汰は冷静に分析できた。


 ――要するに、当たらなければ問題ない!


出した答えは愚直なまでにシンプルである。

 別段、新たな力を得て舞い上がっている訳でもない。脳髄まで力に支配されたわけでもない、脳みそまで筋肉が付いた? 断じて違う。

 今の彼には全てがわかっていた(、、、、、、、、、)ゆえだ。


『チィイッ!! 死ねェッ!!』


迅雷は叫ぶ。腕がまるでゴムか掃除機のコードのように凄まじい勢いで縮む。人体の腕よりも縮んだそれが、再度放たれる。


『――ッ!?』


伸縮自在であり強烈な破壊力を持つ二槍を、一つに纏まる――放たれた腕が螺旋を描いて絡み合い、それは巨木を思わせる太さとなって襲い掛かる……だけでは終わらない。

 直撃を受ければ身体に風穴どころか、胴が無くなり四肢と頭が分断される太さで先端は鋭利で螺旋状となっていたそれが口が縦に開いたのだ。

 それはおそらく、両手首を合わせ、手のひらと指を開いた形――だが、指の数――“牙”の数が違う。

 例えて一番近い形は『ハエトリソウ』。

 幾重も並ぶ感覚毛に似た棘は鋭利な牙であり、直接獲物を喰らい尽くそうと迫り来る。その恐怖から誰も逃げられやしない。


『ッグ……!!』


『そのまま、俺が、喰ってやるよぉッ!!』


颯汰はそれを正面から受ける。回避が間に合わない速度であったのだ。

 獲物を捕縛しようと閉じる口を抑えるべく両手で触れるが、その勢いのまま颯汰は後方へ押し出されてしまった。石畳の上を滑り摩擦による甲高い金属音と火花が飛び散る。

 だが、


『む――ッ!?』


次第に、押し出すその速度は遅くなり、颯汰は受け止める事に成功した。そして即座に右腕だけで口を押え、


『ジェットぉッ!! ――うぉおおおっるぁ!!』


黒い両脚部と右腕部の装甲は巻き付いた鎖は割れて解けているが垂れたままであった。変化のあった左腕の装甲が展開され、内部から蒼い炎が呻りを上げて燃え上がる。蒼の爆炎が噴射されその爆発的な勢いに任せて拳を捻じ込んだ。

 本来ならその勢いは放った当人の骨さえ砕けるほどの一撃――であるが、颯汰を包んだ“闇”は内部まで浸透し、中身もそれに合わせて強靭な作りに変えたのだろう。でなければ彼の王の攻撃すら耐えられずに一瞬でバラバラとなっていたはずだ。


 受けた手のひらから衝撃が、腕まで奔るのが目に見える。激突した場所から腕の付け根に向かって、肉が、細胞が隆起し始め――膨張し、爆ぜる。

 先端からボコボコと肉が膨らんでいったが、付け根まで瞬時に到達すると、一斉に爆発し黒い血を辺りに撒き散らした。

 迅雷は声にならない叫びを上げ、口からは紅い血を零す。両腕はさらに深刻なダメージを受け、爆ぜた血の影響か不明であるが黒ずんで棒のようで正常に機能しない。

 その隙を見逃さない。一気に距離を詰める。


『決着を付ける――!』


怨敵と決別するため颯汰は急ぎ、駆け寄る。


『畜ッ生がッ! ……死ね! 死ねッ! 死ネェッ!!』


飛来する雷撃の数々。本来は電気の剣や槍となってが襲い掛かる魔法であったのだが、平静さを失い乱雑に詠唱破棄を用い、ただ闇雲に撃つせいで、電気が様々な方向から飛んでくるだけの粗悪な魔法と化していた。それでも常人であれば一瞬で焼け焦げる破砕の嵐であるが、


 ――視える!


地面を焦がし、抉り削る雷撃の波を掻き分けて颯汰はゆく。


『くった、ばれッ!!』


迅雷の前に雷撃の柱――何本もの雷の帯が逃げ場を奪う網、潜り抜けることが不可能なカーテンとなり、颯汰目掛けて奔る。


 だがもはや、そんなもので決意を胸に走り出した男を遮られるはずもない。


 颯汰は左腕をかざし爪を立て、斜め左方向から下へと薙ぎ払う。紫と赤が混じった闇の色が駆け抜けると、そこには電撃のカーテンの姿はなく、代わりに巨大で獰猛な生物の爪痕が残った。

 そして黒く爛れた両腕を垂らした迅雷の元に、颯汰は辿り着いた。


『――さぁ、行くぞ』


加速と体重を乗せた右拳を迅雷の魔王の――顔を覆う兜の左の面頬目掛けて殴り、振りぬいた。


『!!??』


その衝撃は強く、重く、響く。

 骨の髄まで達するほどの今まで受けた事もない一撃に、首から上が消し飛んだのかとさえ迅雷は錯覚するほどであった。

 短いが、低く重い呻き声が漏れだす。


『ぐわぁあああああっ!!』


直後、痛みが神経を伝い、脳へ届くと同時に悲痛の叫びが喉奥から飛び出していた。

 陥没した黒血の兜にピキピキとヒビが走り、肉体はその勢いに負けて吹っ飛んでいく。


『――逃がすか! 行けッ! 黒獄の顎(ガルム・ファング)ッ!』


颯汰が左腕を前に突き出し右手でそれを押さえる態勢を取る。まるで精神力(ココロ)で撃つ魔銃(マガン)――。撃ち出されたのは義手でもホーミングレーザーでもない。黒の瘴気――煙のようなものが集まり、“獣”が扱っていた“黒の顎”を出現させたのだ。

 黒い蜃気楼は牙を剥き、飛んでいく迅雷よりも素早く蛇のように喰らい付いた。迅雷の胴に噛みつくと、颯汰は左腕で見えない糸でも引くかのような動作で腕を引き、迅雷を引き寄せたのだ。


『でぇやッ!!』


気合の掛け声と共に飛来する迅雷に対し、颯汰は宙へと飛び、時計回りに回転しながら足蹴を繰り出し――それが直撃する。その瞬間、瘴気は始めからそこになかったように霧散して、空気に溶け込むように姿を消していた。脚は黒い装甲が覆い、疲労によるダメージなど全く感じさせない――それどころか拳よりも重い強烈な足蹴であった。


『まだだ!』


吹き飛んだ身を逃がすまいと、もう一度飛ばした「黒獄の顎」が獲物へ伸びて、喰らい付く。引き寄せる速度も早く、朧気で煙に消える瘴気であるのに関わらずガッシリと噛む力は強い。



 もはや迅雷は痛みによってか抵抗する素振りすら見せやしない。だが内心はまだ諦めていなかった。


 ――このまま、水風船みてえに……、引っ張られ、割れるまで……叩かれる訳には、いかねえな!


 強烈すぎる攻撃の数々に意識が遠退く前に、“奥の手”を使うしかないと決意した。

 それは――最悪手の中の最悪手。脳が揺さぶられる中で思いついた、常時なら考えさえつかないものだ。

 例えそれで勝利したところで、得るものより失うものの方が大きいに違いない。

 だが、このまま攻撃を受け続けるわけにもいかないのは攻撃を受けて割れた装甲と、その先の肉体にも深刻なダメージがある点から明白であった。

 魔王たちが本来使える“王権(レガリア)”の模造品であり、堅さも幾分かは落ちているとはいえ勇者の流れている血液を使って生み出されたそれは城壁の何倍も堅牢なものである。

 それを一撃目でヒビを入れる颯汰の中にいた“力”の強さは異常である今、選ぶべき選択肢は少ない。

――即ち、反撃(カウンター)から形勢逆転を狙うのが最適解。相手を仕留めたと思った瞬間が、闘いの中で最も気が緩む瞬間――その刹那に全てを賭けた。


 鬼人族(オーグ)には神鬼開放という奥義以外に、幾つか(ワザ)を代々継承する。エルフとの混血である迅雷の魔王は捨て子であり、血縁者がいないため親からではなく“とある人物”から教わったものであった。



『あまり連発はできんから、ここぞと言う瞬間が有効だ。あと、同族や知識があるような相手には使うな。無駄な魔力の消費になるからな』



かつて、子供であった迅雷の魔王『シドナイ・インフェルート』が育った、今は無き孤児院を支えた一人の男の声がする。

 その男も両親がいなく、巨大な湖の先にある大陸から来た魔人族(メイジス)の男であり、奇しくも彼も混血であった。

 それに……、常人が背負いきれないほどに重い運命を担い、並外れた天性の肉体と強靭な精神力、恐れに対して踏み出せる勇気をもって、天命を為さんとした男――それゆえに後に国を守る騎士となり、『英雄』と称された者である。



『違う違う! こう、バーッと放つんだよ! 気合で相手の動きを止めて、そっから相手の腹に拳を捻じ込むんだ!』


『すげー抽象的でわかんねぇんだけど!?』



古い記憶が蘇る。粗雑な教えであったが、確かに頭に残っていた。

 魔人族(メイジス)の褐色肌で鬼人族(オーグ)らしさはその体躯の大きさくらいで頭に角すら生えていない

。まだ短い白銀の顎髭をまだ伸ばしていない時期だ。

 ……もうその頃から頭部は丸く、角どころか頭髪もなかったのだが。


 その男の名を『ボルヴェルグ・グレンデル』。

 その後、ヴァーミリアル大陸を襲う“災厄”に立ち向かい、見事に討ち取って多くの者を救った武人であった。


――そして、『立花颯汰』の恩人であり、父となるはずであった男で、迅雷の魔王が処刑した相手である。

 まさに、彼から天上の神々が紡ぐ運命の糸は複雑に絡み合い出したのだ。あるいは、彼から狂い始めたのだろう。



 ――……あぁ、やる。やってやるッ……!


宙を浮かび、巨大な仏の手に捕まれた猿人の無力感を味わいながら、歯を食いしばり迅雷は決意した。

 確実に当てるために、距離を詰めなければならない――颯汰から攻撃が放たれる直前しか好機(チャンス)はない。

 放たれた矢に似た速度で名の知らぬ“敵”の元へ迫る。

 “獣”から“ヒト”に戻り、更にその先を超えた存在は、右腕を引き迎撃態勢を取っていた。そのまま後ろに置いた拳を真っ直ぐ突き刺すつもりだろう。


 ――ハッ……俺も焼きが回ったな……。過去の、記憶……か。まるで(そう)ま……いや、縁起でもねえか


くだらないと吐き棄てるように兜の奥で笑みをうかべた。

 極限の状態――。理性が溶けてきたのか、それとも別の理由か、頭にわだかまる何かがろ過(、、)され、クリアになっていく感覚がした。

 迅雷は空気を思いきり吸う。音を立て、鎧の下で腹部を膨らせるほどに。身体はすでに自由が奪われ、ただ宙に浮かびながら運ばれ――待っているのは修羅の剛拳。だが、黙って喰らうつもりはない。まだ辛うじて動かせる右手で兜を脱ぎ捨てた。兜は地面へと落ち、カランと音を立てて置いて行かれる。

 迅雷は血走った目に口角が上がった顔をした。


 ――嬲られて死ぬより、遥かにいい……!


死中に活を求め、生を見いだす。残った選択は最善と呼べるものは何一つないが、逆転の一手であると信じていた。

 拳を後ろへやっていた颯汰は、言いようのない、何か第六感的なものを知覚した。ゾクリと背筋に悪寒が走る。一瞬で額にはいやな汗が滲み、動かそうとした拳を止める。残り少し――既に「黒獄の顎」は消え、慣性のまま迅雷は飛んで来ていた。もう止められない。


『かかったな!

 奥義――「鬼神(ハウリング)ゥ……咆哮(ブラスト)」ォッ!!』


鬼神咆哮(キシンホウコウ)……鬼人族(オーグ)の角から発した体内魔力(オド)が大気中に僅かに残る体外魔力(マナ)に反応し、(ほの)かに紅く光を発しながら、周囲に眩い光を放つ。それは至近距離に一瞬だけしか形成できないフィールド。ほんの僅かな間だけ、相手の肉体を痺れさせ自由を奪う業である。

 範囲の狭さと消費魔力――及び体力の大きさから多様出来ず、発動から放出まで魔法による攻撃という判定のため固有能力(イデア・スキル)時間停止(ワンダーランド・フリーズ)』と併用できないため、迅雷は滅多に使う事はなかった。


 閃光手榴弾が投げ入られたような視界は激しい光で覆われる。その全てがオドがマナに反応して起こる現象――つまりは魔法である。呑まれれば身体は痺れてしまい、死には至らないが動きが封じられる。

 そこからが迅雷は、最悪手に移るつもりであった。

両腕が満足に動かせないゆえに、最後の手段はまさに捨て身の攻撃であったのだ。

 鬼人族の()を用いた奥義『絶雷』――。

 それをすれば迅雷がいくら魔王であってもただでは済まないのは明白であった。何せその動かない左腕は自身の最大奥義で潰したのだから、使えば脳に深刻なダメージを負うことになるだろう。

 だが、この男ももう迷いはない。

 ここで躊躇うようでは明日(みらい)などないと理解していた。

 もはや、じゃれ合いの喧嘩ごっこは終わっている。

(立花颯汰は最初から敵意と殺意を以て挑んでいたが)。

 正真正銘の命の取り合い――。

 喰うか喰われるかの生存競争であると認知したゆえの特攻を仕掛ける。


 決着(おわり)は、この目が眩む光が消えた先にある――。


この話で決着の予定でしたが……。

おそらく、たぶん、きっと次話にて決着がつきます。



…………夏風邪には気をつけましょうね(虚弱)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ