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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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48 目覚め

 ――息詰まる。

 女は今日で何度目の空白を味わったことか。

 現実逃避。したいわけではない。身体が、心が、恐怖に抗えないだけである。

 峻烈なる王の支配力に心が擦り減っては屈し、その元となる圧倒的な暴力には、どんな者であろうと身体が耐え切れず壊れてしまう。

 必ず復讐を果たす、父の仇を取ると誓っても原初の感情――恐怖には誰にも逆らえないのだ。

 女――エリゴス・グレンデルはその憎き仇である迅雷の魔王に首を左手で掴まれ、その身を理解の外にある禁忌の外法で固めた魔王は右手を水平にして首元まで運ぶ。

 腕部の大型クローを展開すれば全てを引き裂く魔爪となるが、生身の女相手なら手刀ですら簡単に殺せるのは言うまでもない。

 女を人質に取ったが、その相手――仲間に対してもエリゴスは恐怖していた。

 身体中を濃紺の“闇”としか形容できない何かでおおわれ、瞳は凍土に眠る結晶の蒼で光を放っていた。更に左腕に追従するように瘴気しょうきが集まって実体を得た獣のアギトが牙を剥いて浮遊している。

 ヒトを超えた魔王を殺すためにヒトならざる“獣”へ堕ちた少年――立花タチバナ颯汰ソウタ

 人間性も理性すらも溶かし切ったかのように、本能のままに暴れては迅雷の魔王すら追い詰めるまでに至ったゆえに、この男――いや“獣”は人質に対して止まるはずがないと女は確信していた。そう、“獣”がエリゴスごと迅雷を切り裂くに違いないという恐怖を覚えたのだ。

 その思考の行きつく先は、人質を取った迅雷もまた同じであったから、人質エリゴスを近づく“獣”に向かって放った。無論返すつもりはない、女に視界を集めさせて自身を遮る壁として――視界が塞がらないとしても一瞬でも動きを困惑して止めさせる手段として使ったのだ。


――奥義『絶雷』。


体内魔力オドを片手の平へ一点集中させ、出現させた雷の杭を相手に突き刺す。己の手を犠牲にする高出力の魔力で生成された杭はただ肉を焼き貫くだけではない。魔力を帯びた雷を流し込み神経に侵入する劇毒は心臓まで達し破壊するものであるが、そもそも、迅雷の魔王が放つ電撃の魔法も常人であれば一撃で死ぬものである。

 単純に雷の熱量に当てられれば万物は死に至るのは必然である

――オーバーキルも甚だしい。

 もし、使う時期があるならば竜種ドラゴンのような仙界から訪れたもの……生態系の頂点に立つ王者か、他の魔王テンセイシャを相手にした時だろう。彼らに通常の魔法では決定打が欠けるゆえである。『絶雷』は当たればほぼ確実に敵を葬り去れるが、リスクが非常に大きい。射程の短さは持ち前の速度と有効な位置取りができる時間停止(固有能力)でカバーできるが、腕に掛かる負担は甚大なものとなるのは間違いない。傷で戦闘ではもう使い物にならなそうな右腕と一緒に、もう片腕もこれで不能となる。

 だから、迅雷はなるべく使いたくはなかったが、なるべくして使わざるを得ない状況になったことを呪いながら、“獣”を葬り去る事を決意した。人質ごと貫き殺そうと――。


 乾いた空気を震わせるのは迫りくる恐怖――死を運ぶ風をエリゴスは感じていた。赤黒い地獄を思わせる電気が迸るのが見える。背後から冷たい殺気を感じる。


 ――ッ!!


歯を食いしばる。双眸に熱い滴が溜まる。死が近づくのが肌で感じた。

 双黒の“魔”に挟まれ、足掻く間もなく終わりが迫る。


神鬼シンキ解放カイホウッ! ――お前たちは、ここで死ぬんだよぉぉお!!』


鬼人族オーグの血の力を解放しさらに光が強まる。激しい光が視界を白から赤へ変えていく。


「きゃああっ!!」


短い悲鳴。軍人となったが真に女を捨てられた訳ではない。

 情けない悲鳴を上げることはないと思っていたエリゴスであるが、自分の底から出た悲鳴に驚くいとまもない。最悪の時がすぐそこまで迫り目を瞑ったのであった。


 乾いた風が髪を撫でる。


「………………?」


ぎゅっと、力強く瞑った目を、ゆっくりと開ける。食いしばった歯からも力が自然と抜け、まずは右目から状況を確認するが、異変がすぐ眼前に起き、驚愕でエリゴスは目を見開いたのだ。


「…………え?」


確かに、迅雷に首を掴まれ“獣”に向かって放り投げられたはずであったエリゴスが離れた地面にへたり込み、自身がいたはずの場所――迅雷の魔王と“獣”に挟まれ絶体絶命の終わりの時を迎えるはずであった地点で、状況が大いに進んでいた(、、、、、)


『なぁ……にぃ……!?』


くぐもった声が脳へ直接響く――迅雷の魔王の静かなる驚嘆の声だ。


 本来、ぶつかり合うのに三数えられるまでないほど僅かな時間だが、間はあった。互いに距離を詰めていたがそれでも、間はあった。

 力と力、双黒同士が激突するのは避けられぬ運命であったはずだ。いや、変わった形であるが衝突はしているに違いない。まるで時間が加速したかのように結果だけが先に出てきてしまったのだ。

――“獣”は右手で、迅雷の左手首を掴んで上へと向けている。


 そして立っていたはずなのに、目を開くとそこから少しばかり離れ、石材の床の上をへたり込むエリゴスは自身の真上に瘴気が渦巻き霧散するのが見えた。

 “獣”がエリゴスを安全地帯とは言えないが一先ず射程範囲から脱出させ、同時に残った迅雷の一撃を、防ぐために距離を詰めて腕を掴んだのだ。

 刹那の間もなく、エリゴスを“黒の顎”で退避させ、加速する迅雷に近づき腕を掴んで捕らえる。そんな事が可能なのか? ――答えは否。やれた範囲はせいぜいエリゴスを突き飛ばすことくらいだろう。迅雷の渾身の一撃を回避することは不可能である。だが彼女は傷すら付かず、一瞬もない時間で今いる場所に飛ばされ、更に加えて敵の攻撃を無力化するなぞ、あり得ない。だが、それが現実で目の前で起きている。


 迅雷はすぐさまに理解した。いや、理解したくはなかったし、頭ではなおのことあり得ないと叫んでいるが、問うしかなかった。


『て、めぇ……! まさか時間を止――』


『――《ウォォオオオオオオオッ!!》』


迅雷の悲鳴にも似た声を掻き消すのは“獣”の咆哮――ではない(、、、、)。それは言わば、気合の雄叫び。その雄々しい声と共に、黒い影であった者は怨敵に向かって左拳を腹部へねじ込んだのだ。


『ッ、ガッ……!?』


黒の闇から銀の光が煌めく強烈な一撃。

 それは鞘から抜かれた刃のように鋭く澄み切っていた。

 深淵の意思も、暗き過去も拭い去る白刃の閃き。

腹に突き刺さった握り拳によって、迅雷は後方へ吹き飛び、黒泥に塗れた地面へ背中から落ちたのだ。泥が飛び散る音より、金属が石にぶつかり引きずる嫌な音が響く。

 思わぬ一撃を喰らったが、追撃を許すまいと迅雷が立ち上がると、黒の影――“獣”は正拳を突き立てた形で止まっていた。

 顔まで覆う兜の奥底で痛みに目を細めていた迅雷は思わずその変異(、、)に目を奪われる。


 “獣”から迸る殺気と共に、鬼火のような蒼黒の炎が消え、さらには顔の左側――瞳から落ちる涙のような蒼銀の亀裂が増え、割れ始めた。

 そこへボロボロと炭化したみたいな黒の闇が剥がれ落ち、霞みとなって消えゆく。その中から黒い瞳――立花颯汰の左目が現れ出す。


『俺の、ものだ……!』


静かな宣言が“獣”の口から放たれる。それは暴れ出す破壊衝動ではなく、器の少年の意思があった。


『全部……全部、奪わせや、しない……!』


ゆっくりと前へ突き出した腕を引く。

 ぎこちないが確かに強さが宿る声。それと同じく瞳も熱く燃えていた。

 迅雷はその言葉の意味を自身に対して向けられていると考えた。簒奪者として国の全てを奪った自身への恨み妬み憎しみこそが、彼の原動力なのではと――だが、違うと知る。彼は、自身の中の“獣”へ語り掛けているのであると。


『この記憶も、あの出会いも、この憎悪も……』


脳裏に浮かぶのはこの世界での思い出。記憶しているあらゆる事象。楽しかった事、辛かった事、悲しかった事、嬉しかった事。それが記憶の泉の水面から次々と浮かんで波紋を生み、映像が積み重なってはヒトの形を模り出す。

 それこそが自我――立花颯汰自身。


 震える右手を懸命に制御しながら運び、割れて崩れた外殻部分を掻きむしるように指で引っかける。


『ボルヴェルグ……、父さんが……死んだと知った時の虚しさ、村が焼かれた喪失感、家族が死んでいく……悲しさ! 気付かず殺めた、己自身への怒り、この世界に呼ばれた憎しみも、――力が足りない……悔しさだって! 全部、全部俺の感情なんだ……! いくらお前が、俺を突き動かそうと煽り、俺を操ろうと、これは全部、俺のものだ!』


 ――力が足りなかったから、少女を、リズを、死なせてしまった


 外殻は崩れて霧散する。だが、まだ目から頬辺りまでしか割れていない。力いっぱい引き剥がそうと試みているのは見て取れる。


 この旅路にて、何度かあった不自然さ――。ドロイドなど勇者の血を使われた存在を見た時の幻覚や湧き上がった強い怒り、自身をこの世界に呼んだ存在が“魔王”であると知覚していた事、この世界で異様なほど順応出来たのも、またあるはずのない知識を持っていたのは、この内側に眠る“獣”が操っていた。颯汰はそれを心の奥で知った。“獣”は怒りを育て、器の少年を内側から喰らう――肉体を得るために。


『お前が例え、誰を恨んでいるかなんて、関係ない……! お前がどれだけ怒りや悲しみ、憎しみを焚きつけて燃やそうと、俺自身を焼き尽くして喰らって乗っ取らせなんか絶対にしない。何故なら、始まりは……俺の、意思だから……! この感情は俺のもので、これは、俺の身体だ!』


 白銀の光――。

 青白い涙の痕は消え、そこから眩い光が漏れだした。

 そしてついに、頬から口元まで崩れて、なお叫んだ。


「俺は、『生きる』!」


身体中に、ヒビが広がっていく。亀裂から光を放ち、

砕け散ると同時に全てが薄靄うすもやのように散っていった。

 そこに残ったのは立花颯汰――傷だらけで両足は無理がたたってうっ血したように黒ずんでいる。衣服もかなり傷んでいて、上着においては破れて燃えカスのようになっていた。つまりはほぼ半裸となっていた。背中は雲から放たれた落雷を思わせる痛々しい生傷が焼けた肌のせいでより一層白く映り、胸の契約の刻印は勇ましく残っていた。今にも倒れそうであるが、その瞳だけは強い光を持っている。

 闇を拭い去って、横たわり眠る少女の亡骸を見やる。己の弱さ――未熟さが招いた惨事。その罪は颯汰自身のものであり、この心苦しさは与えられたものではない。彼女に対する想いは紛れもなく颯汰が抱いたものであるからだ。


「この想いは、俺だけのものだ――俺は、もうお前に『全部押し付けはしない』!」


ヒトの姿に戻った少年は胸に手を当て言った。

 心の中――記憶の世界の声とリンクする。

 最初の憎悪の火種は自ら生み、それが“黒の獣”が薪と油を注ぎ込んで暴れた。――その復讐心は与えられたものであれ、半ば……いや、それ以上に自分が願ったものであると颯汰は自覚している。その上で彼は一時期、その力に溺れるように身を任せ、全てを押し付けようとしていた。自我を捨て、使命を捨て、己の未来を捨てて逃げようとしていた。そう血迷うほどに心地よい“闇”であった。

 だけど――、


「俺も、弱い……。だから、だからッ! ……お前は『俺に、力を貸せッ』!!」


《――!!》


その願い、魂の叫びに呼応する。

 肉体は渡さないが、力だけは貸せ。それは器を呑み込もうとする驕慢きょうまんさを超えた、傲慢ごうまんな願い。力という概念に対し、従わせるのではなく、共に歩むという選択をしたのだが、傍から見ればそれはあまりに傲岸ごうがんな“欲望”であった。


 だが、力は応えた。ゆえにと、言うべきか。


 左腕から光が奔りそれ以上に背中を覆い尽くすほどの創傷が眩い光を発している。

 遥かな山塊の稜線から、新しき始まりの朝日が漏れ出しているような輝きだ。


 ――翼……!?


一瞬、エリゴスは後光にそれを見た。

 だが一瞬の煌めきが去り、再び闇が訪れる。


「 《デザイア・フォース!》 」


声が重なる。言語体系の異なる声と言葉が、同じ意味を示す。

 それは、解き放たれた枷――。

 それは、純粋なる強き願い――。

 それは、世界を滅ぼす力――。



「うぉぉぉおおおおおおッ!!」


 噴き出した瘴気が身を包む。まずは、弱った脚を保護するために黒の脛当てが生成され、そこへ活力が宿る。

 次に伸ばした両腕の先――黒の籠手が両腕に装着された。漆黒の鎖が纏わりつく。

 身体に闇がピッシリ付いて布のような装甲となり、その上に黒の外装が出現した。

 顔の下半面に出現した仮面はその牙を隠し封じるように装着される。

 その背の傷は血液自体が銀色に光っているのか

――黒の浸食はそこだけ及ばず、輝き続ける。

 その瞳は黒――つまりは正気は失ってはいない。


『クソが! クソがクソがクソがッ!!』


迅雷が手を使わずに起き上がる。厳密に言えば、右腕は黒の顎に噛まれ、左腕は『絶雷』の影響で深刻なダメージを負っていたから両腕がまともに使えず、代わりに足元の泥の触手が身体と接続しエネルギーを供給させながら起こしてもらっていた。


『何だ? なんだそれは? お前は、何だ! 何なんだよォォオオオッ!!』


狂乱――。

 まさにそう言い表すに相応しい心模様。

 魔王ですらない謎の存在に追い詰められれいる現実が迅雷の魔王の心を削る。今までが完璧とは言えないが、自身の思うがままであったのに、それを阻む障害の大きさに気が狂い始めたのだろうか。もちろんそれもあるだろうが、それが全てではない。

 ただ右腕を噛まれてズタズタになっただけでは済まず、能力を模倣コピー……或いは少し“奪われた”事に気づいたからだ。確実に敵を貫いていた必殺の一撃――回避不能のタイミングであったそれを防がれた。……時間を止められて。迅雷の魔王は自身の固有能力イデア・スキル時間停止ワンダーランド・フリーズ』が使われたのだと認めざるを得ない。

 闇の勇者の『吸収』はあくまで受けた魔法を自動で判別し魔力エネルギーに変換するだけだ。だが敵の肉を『分解』し力を直接喰らって自分のものとするコレ(、、)はもはや理解の外にある反則級の力であった。

 固有能力イデア・スキルという切り札が相手に“喰われ”同じ力を持ったと知れば正気など保っていられるはずもない。

 平静さが消えた魔王の腕の付け根辺りから、黒くて太めの筋線維が――まるでそれ自体が蠢動し脈を打つ一つの生き物のような肉の管が、何本も出ては包むように回転し、本物の腕を覆いさらに突き進む。両腕は丸太のように太くなり、いやらしい艶を発しながら先端を尖らせ颯汰を貫かんと伸びた。およそ、十ムート(約十メートル)の距離をお構いなしと言わんばかりの死の杭が颯汰へ襲い掛かったのだ。

 凄まじい勢いで伸びた黒い触手が集まった集合体は、荒れ狂う心と同じく風すらも狂い鳴かせて直進した。

 しかし、颯汰はその場から退こうとしない。

 怖気づいたのでも、脚が痛む訳ではない。――退かないと決めたのだ。

 左腕を見せつけるように前に出すと、鎖が砕け散った。思いきり振ると、一部の装甲が自由を得た事により内部のフレームを露出させるように隙間が開き、青く暗い鬼火が迸った。


『――さぁ、行くぞ!』


黒い肉の魔槍を迎撃するため燃ゆる拳を引き、右手を前に突き出して、地を蹴った。


 双黒の片割れの勝者を決めるために、最後の激突が始まったのだ――。

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