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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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47 記憶の世界

 ――……

  ――……

   ――……


 一滴が水面に落ちた。

 白の世界はたちまち濁り、黒の闇に侵されていく。

 限りない黒。どこまでも続き、すぐ傍に終わりがある漆黒が天井も壁も染め上げていた。月もなければ星もない。無明の世界に、立花颯汰は取り残されていたのだ。手足も漆黒の闇に溶け込み、感覚もないまま、ただ浮かんでいた。

 光無き領域の底知れぬ闇の中、浮かび上がる映像だけはまだ続いていた。

 ただ、その映像に覚えがない景色がノイズと共の流れ込むと言いようのない感情が湧き上がり、ただただ不快に感じていた。

 それは誰の記憶だろうか。空まで続く白銀の塔。業火に焼けた屋敷。白雲の上、蒼穹を翔ける景色。わからない。自分自身すら曖昧なモノとなっていく感覚がする。

 だが、身体が動かない。動かすべき身体がないのだ。

 何のために、何を為そうと、何がしたいのか。それすらわからない。感情を失ったかのように流れている映像だけを見つめていた。

 光無き世界に沈む――。

 漂っていた意識は闇の中へ沈み始めた。

 手足も顔も、身体すら消失し魂だけであったが、確かに浮かんでいた映像を見つめていた。

 それが次第に遠退き始める。映像が離れていくと錯覚したが、どうやら自分自身が下降していると立花颯汰は気づいた。

 感覚も消え、息もする必要もない。

 ただ奥へ、暗い淵へ、闇の向こうへと沈んでいく。


『足りぬ……! これではまだ……!』


声が響く。

 世界全体から地鳴りのように。

 浮かんだ幾つの小さな枠から流れ出る映像たちの奥に、大きな四角い枠から音がする。


「『ゥゥウウウ……ッ!!』

『クソがぁああああ……ッ!!』」


ゆっくり遠退く画面から、唸り声が聞こえ、直後に暴風と轟雷が辺りに飛び散るのが見えた。

 一人称視点で黒い鎧を身に纏った迅雷の魔王へ飛び込む。目まぐるしく、激しく動き、ジッと見つめれば酔いそうなほどに荒々しく動き回っているがそんな感覚すら失われているのだろう。

 肉体なき今、ただ茫然とそれを眺めているだけであった。


 映像の先にいる、迅雷の魔王が黒い何か――視点の主の腹部へと雷の球を捻じ込ませると、悲鳴が無明の世界にも響き渡り、


『――グゥッ! まだだっ! 力を……! もっと我に力を……!!』


映像からではなく、漆黒の空間だけに声が響いている事に颯汰は気づいた。


 ――お前は、誰だ


 自身の内側から響く声。

 外に洩れ出ていないと理解する。


「『うぉらッ!!』」


衝撃――。

枠の中の映像が大いに乱れ、石材が並んだ床に伏す。


『まだ、足りぬ。魔王(アク)を滅ぼすために、…………燃やせ、もっと、燃やせ!!』


“獣”の咆哮が重なって響く。、

 声の後に怪獣の鳴き声のような音がして、立体に浮かんだ映像の小さな窓一つが蒼い火のついた写真のように一気に燃え広がり消失した。


『燃やせ。情報を。叡智(えいち)を変換し、我の糧となれ』


さらに一つ、無数に浮かぶ映像が燃える。

 見覚えのある物であったはずだ。だがそれが燃え尽きるのを見ると、それが誰のモノであったのかわからなくなる。


 ――お前は、誰だ


 中で反響する声。

 それでも懸命にもう一度叫んだあとに気づく。


 ――わたしは、…………誰だ


 自身の存在すら混濁した景色と同じく曖昧に溶け合い始めた。


 ――ぼくは、だれ


 浮上する疑問。

 身体がない今、自己の認識が上手くいかなくなる。


 ――きみは、だれ


 この声すら自分のものだと断言できない。

 不安が心に沁み込んだ。


 ――いや、ちがう。あれは、ぼくだ


 幼い頃の声。霞みゆく視界の先、モノクロの世界を見つめて確信する。怨讐に囚われ、地を這ってでも、ヒトから外れてでも復讐を果たしたい――迅雷の魔王(、、、、、)を殺したいと誓った自身が醜い獣へ堕ちるのは当然であったと認めた(、、、)のだ。

 感情のまま、あるがままに、僭上も甚だしい願いを抱いたからこそ、この“力”は応えてくれた。

 そして巨大なスクリーンに映っているのが今、外で起こっている双つの黒の激しい闘争――虚構のようでれっきとした現実なのだとぼんやりと理解していた。


 ――そして、きおくを、だいしょうにして、たたかえているんだ


自身の力量を遥かに超えた魔神を相手に、一歩も引けを取らないのは、過去の記憶――つまりは立花颯汰を構成している情報を熱量に変換して力を得ているとなんとなく気付いた。知らない記憶も、きっと元は自身のものであったと思い込みながら、それが燃えて消えるのを眺めている。


 ――やつを、たおせるなら、……それでもいいか


冷たく、漂う魂は無感情にそう言葉を零した。知らない景色が幾つも消え、知っていた街も炎に沈もうとしている中、少年はそれを受け入れ始めていたのだ。

 

『そうだ! もっと寄越せ! もっと燃やせっ!』


『――ウオォオォオオオオッ!!』


黒の空間を揺らす“獣”の咆哮。

 右手で左腕を支えるようにしているのが映る。


『寄越せ……、もっと、もっとだ!!』


直後、白銀の煌めきが奔った刹那、濃密な“闇”が迸る。

 蒼黒の炎が腕を包み、新たな力を顕現させた。


 ――もう、すべて、まかせよう。ぼくは、……ひつようないんだ


 意識が遠退くように沈みゆく。

 視界がぼやけ、どこまでも闇へ堕ちていく。


 遠い空の上……いや、小さいだけで近くにあるかもしれないが、そこに一つの星が生まれた。


 紅く燃える、光星であった。


 ――「お前は、それでいいのか」


星が語り掛けてくる。沈みゆく魂は、その言葉が紅い星から発せられていると自然に理解出来たし、特に何も疑問も浮かばないで聞き入れた。


 ――……いいんだ。すべてもやせば、きっとかわりにかってくれる


 ――「諦めたのか」


溜息のあと、紅星は尋ねた。


 ――……? あきらめる?


 ――「生きる事と、勝つ事をだ」


 ――……かてば、いきられる。ぼくじゃあ、かてない。だからかわりにがんばってもらってるんだ


一瞬だけ言葉が詰まる。その末に出した結論は、現状で勝たなければ生きる事が難しいという揺るぎない事実を受け入れたからこそ、自身の存在を削り、例え無くなろうともそれが“勝利”と“生存”に繋がる、というものであった。


 ――「…………どうやら、復讐心すら篝火に投げ入ったようだな。見込み違いであったか。残念だ」


紅い星が言う。

 問いに対する答えは『獣に全て任せればいい』という諦観から全くズレないままであったからこそ、その言葉の内に小さな怒りと失望が織り交ぜられていたが、それを鈍い人間には感じさせないほどに冷淡な声であった。


『我に、喰わせろ……!!』


離れていく映像。自己を燃やした結果、更なる力を得ていたのが見える。深淵に導かれる魂はそれを見て安堵する。だが、一つ腑に落ちない。いや、本来ならば幾つも疑問が生じて然るべき状況だが、それすら溶けて消えているのだ。


 ――なぜ、そこまでおこっているんだろう


激しい憎悪と熾烈な憤懣を撒き散らす“獣”。


『もっと力を……ッ!!』


その怒りの根底には自身が関わっていると知りつつも、その感情すら掠め取られ消え去った今、答えに辿り着けない。


 ――…………なんだっていいか、すべておわらせてくれるなら


揺蕩いながら堕ちていく魂はそう呟きながら眠りにつこうとする。堕ちる速度が増していく。そこへ紅い星がチカチカと消える前の合図だろうか、点滅しながら最期の光を放ちながら告げた。


 ――「最後に言っておこうか。……その力も、所詮は“力”だ」


 ――……!? まってくれ! どういういみだ!?


もし、手というものがあったならば、きっと手を伸ばしていただろう。いや、実は見えないだけでそこにあったのかもしれないが。

 喉に引っ掛かる小骨のように煩わしさを残したまま、星の光は消えてしまった。


 ――ちからは、しょせん、……“ちから”……?


何を伝えたかったのかサッパリわからない魂魄は随分遠く離れたような、小さくなった四角い枠とそこに流れる映像を見つめた。小さな窓が生まれては焼消、を何度も繰り返していた。

 モノクロの画面。ついに“敵”を追い詰めたのが見える。


 ――……ッ! あぁッ!!


内側に反響する声。敵が、幼き少女(、、、、)を盾にし始めた。何たる卑怯な手段だろうか! これでは手を出せない、と少年の魂は叫んだ。

 だが、


『死ね。死ね。根絶やせ。死ね。』


歩みが、止まらない。

 鋭すぎる殺気を発しながら、人質を取った魔神へ近づいていく。


 ――よせ、やめろ……


『滅ぼせ。滅ぼせ。七つの、柱を。全て、……殺せ。』


その爪は黒く、鈍く――黒耀石の煌めきを持つ凶器を持って近づく。纏わりつく瘴気は獣の(アギト)を模り牙を剥いていた。――人質なぞ、構わず喰らい尽くそうとしていると理解したのだ。


『……燃やせ、もっと、もっとだ!!』


強大な一撃――それこそ、敵を最大威力で確実に葬り去ろうと、“獣”は更に叡智を喰らい始めた。

 水面――らしき黒から次々と情報――過去の記憶が浮かんでは燃やされていく。セピアカラーの古く朧気どころか、見知らぬ記憶から、鮮明な景色と捨て去りたかった記憶まで、さまざまな写真に火が着いた。その刹那、その魂が、心臓が、鷲掴みされた感覚が奔る。急速に深淵から引き揚げられ始めた。


『汝の全てを捧げよ……!』


響く声が明らかに自身に向けられていると気づいた瞬間、黒の水面から浮かび上がった丸い光――魂魄の光から幾つもレーザー線のような光が四方八方等間隔で一斉に放たれて、次第にそれの向きが変わり、一つへ収束していく……。

 見えない手に捕まれ、見えない手で魂から光の束――記憶情報を直接抜き取られていく感覚――。外にすら漏らしたくない、消したくない思い出、大事な記憶。自身が自身であるための過去の記録が強引に奪われようとしていた。

 ヒトは記憶――いや、心の奥底にはアイデンティティが詰められた“光”を持っているものだ。それは記憶が無くなろうと、引き出せないまま眠りつこうと、必ず胸の奥、心、記憶、魂の根底にそれが残っている。

 全てが無くなっても構わないと宣おうと、無意識のうちにそれを守ろうとしていた。それを中に潜んでいた“悪魔”……(ある)いは“獣”がこじ開け、貪り尽くし力へ変換しようとしている。

 収束した光の先、映像が浮かび出した。


 ――あ……


それは白い病室。瞬間、叫び出す。


 ――やめろッ! けすなッ! やめろぉ!!


 病室で眠る少女。大切な記憶を、力のために焼けと“声”は言い放つ。だが、それだけは奪われたくないと必死に声を荒げるが、その闇の腕は力づくで記憶を喰らおうと光を絞り、引き出し始めた。


 ――ぅあ、うっ、うう……! あ、ああ……ッ!


『渡せッ! 全てをッ! その情報も、記憶も、肉体をも! 我が殺す! 奴を殺し、彼女を今度こそ救うのだ!』


 ――すく、う……?


彼女とは、人質のことではないようだと気づく。

 焼ける記憶の中、少女――リーゼロッテの姿が映る。腕に抱かれ、口から血を吐き、虚ろな目でこちらを見つめている。


 ――……!!


息を呑む。彼女が、勇者であった少女リズが、自分のために犠牲となった光景が一人称視点で描かれる。雷光に貫かれ、息絶える少女。そして重なる情景――巨大な金属の建造物。厚い雲を貫き、天の彼方まで見えなくなるほど長い塔。そこで起きた惨劇と殺された少女。

 もし、その少女を救えなかったのがこの“何者”かであれば、その憎悪は合点がいく。

 迅雷――悪意と欲に負けた魔王、それにドロイドを始めて見た時の嫌悪感も、少女を見た時に感じた想いも、きっとこの潜んでいた謎の存在の記憶だったのだろう。

 それならば、この五年の妄執染みた勢いで修行をこなせたのも、“何者”に感情を操られるがままに過ごしたと思うようになっていく。


 ――すべては、こいつ(、、、)にりようされるために……


全ては、彼(?)の“力”なのだろうと納得し始めた。自身だけでは決してここまで成し得なかったと。それを理解したのと同時に、ついに記憶の光が束となった柱を、直接掴んで喰らおうと巨大な黒煙の魔手が動き出した。

 黒の世界に溶け込む瘴気。目を凝らさなければ見えないような存在でありながら、魂はハッキリとそれを知覚していた。――強大な“闇”。それが心の奥に巣食い、自身に驚異的な力を授けた正体。

 過去の情景と今の現実との差を判別できていないほど盲目の怨霊のような悪意に憑りつかれ、その身を捧げてしまったと気付く。


 ――ちがう。ぼくが、このちからを、もとめた


 後悔は無論ある。それ以上に、その力に縋るしかない自身の情けなさに心が軋み始めていた。


 ――よわいから、かてないと、わかっていたから


 浮かぶのは父となるはずの男と過ごした日々。自身の常識を超えた強さを持っていた男が、迅雷の魔王に捕らえられ処刑されたという事実を知り、強くなりたいと願った。それをこの“闇”が手伝い、まるで戦の才を持つ神童のように次々と吸収することが出来たのだ。五年ほどで一介の騎士と遜色ない体術を身に着け、今やかなり弱体化しているとはいえ魔王を圧倒するだけの力は、自ら掴み取ったものではない。

 搾取され始めた己を構成する基本情報たち。そうなっても構わないと自棄になっていた。


 ――でも、しにたくないなぁ


己の身体は残るかも定かではないが、まず間違いなく魂は溶かされ消える。それは即ち死と同義だ。心が壊れれば、生きているとは言い難い。


 ――しにたく、ない……


脳裏に浮かぶ言葉が何度もリフレインされる。


 ――『生きて』


声が聞こえた。少女たちの声。


 ――『生きてくれ』


次は、父たちの声。


 ――しにたく、ない……!


 ずっと絶望的な状況でも屈しないで、生きようと足掻いた事すら、“闇”の意思であると思っていた。だが、


 ――すべてこいつのいし……? ちがう。……ちがう!


敵意を向けられた時、殺意を向けられた時、泥から呪詛の声が聞こえた時すら、生きたいと願った。それは誰かにそう願ってもらったからではない。何よりも自身がそう望んだものであると気付いたのだ。


 ――ぼくは……、俺は、生きたい!


声が少しずつ大人びていく。

 そして、光の線の束を、掴む手が一つ増えた。小さく、黒に染まっているが、確かに手がまた一つと記憶を掴んで奪わせまいとする。


 ――そうだ! 全部が全部コイツの意思ではない! あの出会いも、あの別れも、この想いも、この感情も、全部……!


魂を中心として、人型が形成される。腕が、魂から伸びる線を掴んで離さない。むしろ光は逆流し、器へと注がれていく。

 次第に黒にヒビが入り、


 ――俺の、ものだ! 全部! この記憶も……!


中から、立花颯汰が形成された。白い肌に黒い世界でぼんやりと素肌が輝いている。まさに今、生まれたばかりであり、身に着けるものは一切ない。奪われて完全にゼロとなっていた少年が叫ぶ。


 ――俺は『生きる』! お前に全てを奪わせない!


『グォォオオオオオッ!!』


獣が呼応するように叫ぶ。それは怒りの感情であった。器は全て我のために全て捧げろという驕慢たる怒りだ。


 ――俺は生きる……! 俺の意思で! お前に、お前に『――――――』!!


『――!!??』


 ――だから、だから! お前は『――――』!!


傲岸な怒りに対し、器の少年は叫んだ。すると、世界は反転する。闇は一滴の光によって浄化されるように剥がれ落ち、内側の白銀が輝き始めた。

 眩い光に全てが包まれ、次第に颯汰の姿も、浮かんでいた景色も見えなくなる。


 ――《さぁ、行くぞ!》


その声は、幾重も重なって響いた。

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