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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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46 激突する“双黒”

 白乳色の世界。どこまでも白が続く世界。

 限りなく見えるだけで、実はすぐ傍までしかないのかもしれない。それが判別できない程に、天井も壁も同じ色をしていた。そんな空白の、どこまでも無垢な世界に、立花颯汰は浮かんでいた。手足も見えず、まるで魂だけとなっているのか、ただ浮かんでいる。

 白亜の領域の底知れぬ海なのか池なのかすら分からない不思議な場所で、浮かびながら天上の方を見る。果たして見ているのは上なのか下なのかすら曖昧な空間であるが、ただ浮かんでいく景色を見つめていた。

 それは過去の記憶。この世界に訪れた際の物が立体の映像として浮かんでは消えを繰り返していたのを颯汰はぼんやり眺めていた。自分が何者かは分かるが、それ以上深い事は考えられない。

 ただ映像を見るだけの傍観者と化していたのだ。

 何のために、何を為そうと、何がしたいのか。それすらわからない。感情を失ったかのように流れている映像だけを見つめていた。


 ……――

  ……――

   ……――

 止まった時の中、怒り狂った“獣”の左側に浮かんだ瘴気がもう一つの獣の口を模り、何とかそこから腕を引き抜いた迅雷の魔王。その腕を包む取り込んだ勇者の血の黒の装甲は砕け、白い肌を染めながら苦悶(くもん)の表情で敵を睨む。止まった時の、白と黒のモノクロームの世界が終われば、色を取り戻し赤い色が見え、更に空中で一部静止した血飛沫(ちしぶき)やら何やらは地面へ落ちるだろう。

 “獣”の左手に追従するように現れた「黒の(アギト)」から、墨を吐き散らした瞬間をカメラに収めたままのように、時間がそこで止まっていた。

 だが、その蒼銀に輝く瞳は、確実に止まった時間の中で獲物を捉えて離さない。


『つーか、何で青色のまま、光ってんだよあの目ェ!?』


手足の鬼火は色を失っていたが、ぼんやりと、だが確実に瞋恚(しんい)に満ちた目は光をたたえていた。

 迅雷は押さえた右腕に意識を集中する。


 ――まだ、右腕は使える。使えるが……


一応まだ動く激痛が走る腕。即座に後退し泥の元で魔力を補給し、腕を回復させる必要があるがそれを目の前にいる敵が易々と見逃すはずがないのだ。

 金属より堅い装甲を噛み剥がされた迅雷であったが、文字通り手痛い代償を払ったお蔭で“獣”の黒い霧のようなものの本質とまではいかないが、受けた際に起きた身体の変化からある事実に気が付くことが出来た。


『あ、あぁ、()ッぁぁー……!』


 結論から言えば、この“獣”の力は勇者のそれとは異なるものであった。

 今や紅蓮の魔王を呑み込んだ黒泥は、「相手の力を吸い、弱らせる」――ある一定まで力がなくなった生物は身体が保てなくなり溶け出し、そこで初めて吸収する事が出来るのだが、“獣”の「闇」は違う。


『クソッ……『吸収』じゃねえ……。言うなれば、……『分解』、か? 闇の勇者の『吸収』とは……まるでプロセスが、(ちげ)え……!』


息を切らしながら迅雷は独り言ちる。

 “獣”の黒は顎は直接相手の血肉に喰らい付き、牙に触れた部分をエネルギーに変換、もしくは何らかの別の物質に置き換えて“喰っている”としか思えないというのが迅雷本人の感覚であった。

 エネルギーが吸われるというより、そこが丸々すっぽり抜け落ちた感覚――あったものがそこから消え失せ、どんな物質であろうと周りがそれを補填しようと働いて自壊するという凶悪な攻撃となっていた。

 実際、牙は迅雷の肉まで達していないにも関わらず痛みが走り血が流れたのは、噛まれて剥がされたのは腕の装甲――籠手の部分だけであったのだが、『分解』され消え失せた黒血はもはや鉄を超える硬度であり、それが元に戻ろうと――取り戻そうと働いて破裂し、その破損の影響により腕まで怪我を負ったのだ。

 時間を止めた僅かな間、一息つく余裕がなければ気づかないまま混乱の内に相手に圧倒されていたに違いない。


 ――この傷は、治るのか……? そもそも回復のためにドロイドたちと接続すれば、自由に動けなくなり、更に時間が動き出す……。……ッ! しかもさっきの一撃のせいか止められる時間が短くなっている! だいたい八秒くらいか……? 考えろ、頭を働かせろ……!


その強さから、自身より弱い相手としか戦う機会がなかったこの魔王は初めてぶつかる大いなる危機たちに頭を悩ませる。自身と対等の者と闘えるという喜びは既に遠くの海へ投げ入っていた。


『どっちにしろ、近接戦闘はマズイ……! 離れて撃つのが無難だ!』


王たるものが後退なぞ、とは言っていられる状況ではなかった。


 迅雷の時間停止(ワンダーランド・フリーズ)の効果が終わり、時間が再び動き出す。


 “獣”のすぐ近くにいた迅雷はかなり距離を取り、黒泥が満遍なく広がっている上で再び詠唱破棄の魔法を行使し始めた。

 荒れ狂う雷撃が“獣”を襲う。

 前方から降り注ぐ雷の刃を弾き避けながら前進し、“獣”に恐れ、黒の泥は自然と避けていく。そんな地面から突き出た造りが荒くなった電牙も、まるでそこに出現すると“視えている”ように回避した。宙に浮かび振り回される雷電の大剣を、黒の顎が受け止め、噛み砕く。

 それらを全ていなし、爪を振るった所――迅雷の姿が消えるが、“獣”は頭上を迷いなく見やる。迅雷は時を止め上空からの奇襲を仕掛ける。


『避けんじゃねえぞ! 雷光の飛礫――ライトニング・バラージショット!!』


上空から降り注ぐ雷は雨――否、槍か剣といった凶器と化して襲い掛かる。

 拡散する光は逃げ場を与えない。床に突き刺さり白煙が舞う。

 堪らず白煙から床を蹴って後ろ向きで飛ぶ“獣”の背や腕に光の刃が突き刺さっていた。


 ――刺さるなら殺せる!


飛び退いたと言う事は無敵の化物ではないと迅雷は理解し、このまま距離を取って優位に立とうと考えた。魔方陣を増やしさらに雷撃の矢の数を増やす。《王権(レガリア)》を失っている今、空中の浮遊も長時間行えない。せいぜい高く跳躍するくらいしかできないため、着地時の隙を消す役目も兼ねている。


 ――手数を増やせば……、なッ!?


背に刺さった三本と右腕に刺さった一本が光となって霧散したように見えるが、迅雷はそれが“獣”の体内に取り込まれたのだとすぐに把握できた。

 何故なら、前方に突き出した左腕の前に置かれた“黒の顎”の口腔の中に放った赤黒い電撃よりも一層濃い――魔力だけではなく呪詛や憎悪が捻じ込まれた、黒の破滅の光が収束していた。


『《もっと力を……ッ!!》』


唸りながら溜めた雷を、咆えながら放つ。

 尾を引きながら迅雷に突き進む闇の光線。

 己の術ならば受け止める事は容易であるが、間違いなく別物として置き換わっていると瞬時に理解した迅雷は前方に電気の障壁を三つ展開する。二つは詠唱破棄で、目の前のは詠唱省略で張った。


『ッ――! 防げ! 磁場の障壁――マグネティック・フィールドッ!』


一枚目、二枚目はおよそ二数える前まで保ったが、半透明な結界はガラスのように砕け散る。すぐに貫かれ、最後の障壁が受け止めたが、


『クッソ、がッッ!!』


迅雷は押し返す事は出来ず、左腕を上に向けると指向性のバリアが動き、光線を空へと受け流すように弾く事に成功したたが、そこへ放たれた黒の光を追う漆黒――“獣”が爪と牙を持って迅雷へ迫る。


 迅雷は再度、世界を凍らせる――。



『こんのバケモノ……! 何かっ、何か手立てはっ! …………!』


モノクロの世界。蒼の光だけが色を付けている彼の領域で、すぐに次の手段は思いつくも、躊躇(ためら)いが生まれた。それは倫理的な問題ではなく、それが荒れ狂う暴獣に通用するのかという躊躇いであった。最悪の場合、もっと()きつけてしまうが、残り時間が少なくなっていく一方で、迅雷はもはや考える余裕もなかった。やるしかないと既に身体は動く。




『《殺す。殺す。魔王(アク)を、滅ぼす……、……!!》』


時間が動き出すと同時に張った弓弦から撃たれた矢のような勢いで動き出す“獣”であったが、動きが止まる。時間が止まった訳ではない。その眼前の光景に、怪物から石化の一睨みを受けたように止まったのだ


『おらッ!』


「っう……!」


迅雷が、何かを左手掴んでは持ち上げた。背を向けている敵に対し、“獣”は動かない。迅雷は振り返りそれを腕に抱えながら、空いた白い手に赫雷を奔らせて指先を突き付ける。エリゴスだ。迅雷は倒れていたエリゴス・グレンデルを乱暴に持ち上げて、人質にしたのだ。

 それとほぼ同時に足元で蠢く泥がパイプ状となって迅雷の脚部に接続され、エネルギーを送り出していたが、迅雷は右腕の傷はすぐに治りそうにもないとわかり、それを悟られまいと迅雷は努めた。

 エリゴスは喉元を絞められ声が上手く出せず、暴れようにもビクともしない。


『やれるか? お前の仲間を……、女を! 俺ごと、殺せるか!?』


これは賭けであった。そもそも眼前の暴走する獣が言葉が通じるとは思えない。理性も消し飛び、ただ敵を殺すためだけの機械に成り果てているならば、この手は通じないだろう。盾にしたとしてもほんの僅かな間の時間稼ぎにしかならない。だがもし通じるならば、と女の首に伸ばした左手の力加減を間違わないように、注意を払いながら叫んだ。

 動きを止めた事に希望を見出した迅雷であったが、


『《死ね。死ね。根絶やせ。死ね。》』


呪詛を吐きながら、一歩ずつ、踏み込む。言葉を吐くごとに、一歩踏み締める度に、漂う気配は更に大きく、重く、濃くなっていく。


『《滅ぼせ。滅ぼせ。七つの、柱を。全て、……殺せ。》』


二つ重なる声は憎悪に満ちる。ゆったりとした動きであるが、堂々と敵の元へ向かっている。まるで人質を離せ言っているようにも見えるし、邪魔するなら構わず喰らうと決意した歩みにも見えたが、


 ――やっぱ、効かねえか!


“獣”が掲げた左腕は、射程距離内だと物語っている。間違いなく人質ごと切り裂く――(ある)いは喰い殺すつもりなのだろうと迅雷は判断した。

 迅雷は舌打ちをして即座に別の手段を取り始めた。人質(エリゴス)を投げ渡し、それごと魔法で撃ち貫くと決めた。盾ではなく壁として利用するのだ。


 ――研ぎ澄ました一撃で確実に胴体を捉えろ……! そこから全魔力を注ぎ、分解される間もなく焼き殺してやるッ!


「っあぁ!!」


左手で人質(エリゴス)の首を掴んだまま彼女を“獣”の方へ飛ばす。空かさず迅雷の魔王は左手のひらから赤黒い電気の杭が生成される。高密度の魔力を帯びた赫雷の杭だ。地面を蹴った脚部にはまだ供給用の管が残ったままで、常に魔力を得ながら少女の腹部――その後ろにいる“獣”ごと貫かんと狙いを定めた。予想外の行動であったのか、“獣”の動きが当惑で鈍ったのが見て取れ、迅雷は心内で嗤う。


 ――この好機(チャンス)は逃がさねえッ!


神鬼(シンキ)解放(カイホウ)ッ! ――お前たちは、ここで死ぬんだよぉぉお!!』


 忌み嫌いながら自身の中に半分流れるエルフの血ではなく、もう片方の鬼人族(オーグ)の血を滾らせる――鬼人の秘技『神鬼解放』だ。体内魔力(オド)は泥から供給した分にまだ余裕があり、不完全さは吸収した勇者の血が補いある種、完全なモノとなっていた。強烈な身体能力強化によって身体から禍々しいオーラを発しながら、眼前の敵を葬り去る必要があると迅雷は突撃する。

 迅雷の魔王が叫び、己の“敵”へ終止符を打たんとした。絶叫と共に繰り出される最大の一撃。

 消費魔力の多さや放つ腕に対する負担より、何より自身の矜持のためこんな訳のわからない相手に使いたくなかったが、この機を逃しては勝利はないと迅雷は身体が動いていた。

 黒い装甲を纏った腕から、今の“獣”であろうとも受ければ確実に死が訪れる、魂すら焼き尽くす奥義『絶雷(ゼツライ)』が放たれた――。

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