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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
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07 砂の民

 荒涼の風が吹きつけて、草も(まば)らにしか生えていない荒地を駆ける黒い点が五つある。そこへ少し離れたもう一つの黒点が合流する。

 人族(ウィリア)の少年と魔人族(メイジス)の男と別れた後、獣刃族(ベルヴァ)である黒豹の団体は簡易的(かんいてき)な集落のある森の木陰を目指して北西へ移動していた。

 本来住むべき土地ではない魔物がいる森の中で、マルテの民の手で作られた仮の集落を拠点(きょてん)として過ごす事を余儀なくされていた。それもひとえに、彼らはマルテ王国に“人質”を取られて止む無く従っているのだ。

 (シー)の民――ネコ科に近い獣の姿をした彼らは、どの獣刃族(ベルヴァ)の中でも最もプライドが高いとされていた。しかし、今もなお少なくなっている黒豹の一団を絶滅させなためと“人質”を解放されるのならば、安いプライドなど捨ててやる、と人族に従う盟約を結んでしまったのだ。実際に返される保証はなく、生活も厳しくなっているのが現状である。

 生活圏の拡大と、集落に残った仲間を魔物から身を護るために生活拠点を発展させようとしたが、人質を盾にされ阻まれている。

 食料も狩りで取れるものにも限度があり、香辛料や薬を求めてロッソ前の城門越しで、兵士と物々交換を行って(まかな)うこともある。しかし大抵、足元を見られ価値に見合っていない交換を強いられていた。

 だから自称記憶喪失の少年に対し、ある点で同情はしても黒豹たちが他種族を保護する余裕などないのだ。何より彼ら砂の民と人族(ウィリア)の間にある確執(かくしつ)が根強いため、確実に破綻(はたん)すると族長は()んで、ボルヴェルグに一存するというかたちで押し付けて去ったのが理由のひとつ(、、、)であった。

 砂混じりの土を蹴りながら、一族の若い男が遅れてやってきた彼女を気にかけて、


「シトリー、どうした?」


黒豹の一頭が仲間であり、少年を襲った最年少の獣であるシトリーに対して声を掛けた。魔人族の英雄(ボルヴェルグ)の荷物である革袋に押し潰されてから様子がおかしかったのだ。

 だが、その声に気づいていないようにシトリーと呼ばれた豹の子はボソボソと喋る。


「…………ごい」


「何?」


「すごいよ! あの子! 族長(オサ)は気づいた!?」


飛び()ねて歓喜するシトリー。興奮(こうふん)が抑えきれない様子の彼女に対し、無視された若い男の声が割り込んで納得したような顔つきで、空を見て顔を思い浮かべていた。


「あの坊ちゃんの事か? あぁ。しっかし、なんかカワイソーだよな」


人族(ウィリア)の少年の事だ。マルテの奴隷(どれい)だと断定して襲撃したがその身には奴隷の焼き印は一切なかった。

 マルテ王国の国旗に描かれたグリフォンとは、この世界に()いても伝説上の生き物であるが、遥か昔には実在した存在となっている。グリフォンは(ワシ)などの猛禽類(もうきんるい)の上半身に獅子の下半身を持つ合成獣(キメラ)でありながら、人並みの知性を持ち、非情に勇敢(ゆうかん)獰猛(どうもう)な生き物であったそうだ。

 鳥の足に捕まれた蛇を表す奴隷の焼き印は(くだん)のグリフォンが持つ前足に捕まれた事を示している。その鋭い猛禽の爪で(えぐ)るように生涯消える事のない烙印(らくいん)を押すのが目的であったが、少年には既に消えない傷が(、、、、、、)刻まれていた(、、、、、、)のだ。


「背中のバカでかい傷……。誰に何をされたら、ああなるんやら」


雷雲から(ほとばし)る稲光が地上へ向かってジグザグに落下したような大きな亀裂(きれつ)、まるで身体を一度裂いて()い直したような傷痕(きずあと)が少年の背に刻まれていたのだ。白い地肌に痛々しく残る傷痕は赤く、場所によっては青紫に変色し、ところどころ治り掛けて出来たカサブタが(いく)つか点在していた。

 奴隷の焼き印の代わりに酷く痛々しいモノを見つけてしまい、その背を見た時は一同が言葉を失ってしまった。烙印と同じように一度受ければ二度と、身体と……何より心に残るであろう。


「事故で負って出来た傷には到底思えん。大方、虐待だろう。他種族は自身の子を(ないがし)ろにするような蛮人どもばかりだ」


前方からもう一頭が速度を落とし、並走して会話に入った。低い女声で話し、忌々し気な視線で(くう)を見やる。彼女もどこかで子供が虐待されて受けた傷痕を見た事がある。背中に執拗(しつよう)(むち)で打たれて()れ上がった見るに()えない傷痕と似通っていると思ったのだ。


「やっぱそうかねぇ、鞭だか何だかで何度も打ったんだな。あの大きさの傷だし。……あんな傷でよく動けるよ。……いや、動かないと逃げれなかったのかもな」


記憶喪失だと言った少年の言葉の真偽はわからないままであるが、どちらにしても脱走したのであろう少年をマルテへ送る気にはなれなかった。傷を負わせた何者かがいるはずで、例え親でも雇い主でも、そんな相手がいる場所に帰すなんてしたくはない。

 脱走したと断定した理由は、この辺りで一番近い街は王都ロッソであり、他は北部へ進み山と森を抜けないと村はないからだ。しかも村へは馬で何日も走らないと辿り着けない距離がある。それに森の獣は子供では危険な相手で、縄張り意識の強い魔物などが見逃すとも思えないのもある。ゆえにロッソ出身の子供であることは間違いないと一同は決めつけたのであった。

 魔人族の英雄――ボルヴェルグがその背の傷に同情し、保護すると言ったことは驚いたが同時に助かったと彼らは思っている。噂通りの騎士であるならば、情に厚い男であるはずだ。他の種族は信用ならないがあの男は不思議とその雰囲気と顔つきから信じることが出来た。何より彼らは保護するだけの余裕もないので、どちらにしても少年を見逃す以外の術を持ち合わせていないのであるが。

 しかし、少年の背には酷い傷痕があったが、シトリーはそれについて嬉々として話していた訳ではない。


「そっちじゃないよー? 族長ー、気づいたでしょー?」


何の事か分からなかった他の獣たちは、不思議そうな面持ちのまま、先頭を走る族長を見やる。すると、先頭を駆ける一族の長たる獣刃族の男が静かな口調で問う。


「…………我が子らよ。シトリーと小僧、最後にあの魔人族に邪魔されなけれなどうなっていたと考える?」


血の繋がりはなくとも絆が確かにある父親(オサ)の問いかけに眉間の上に『?』を浮かべたような(こまり)顔をして戸惑(とまど)いながら、シトリー以外の四頭は異口同音(いくどうおん)で答えた。


――『シトリーの一撃で少年は死んでいた』と。


「普通はそう思うのが妥当だろう。だが……。シトリーはどう思った」


「ん? あの魔人族(メイジス)のおじさんがいなかったら、あたしも(まず)かった――いや、たぶん殺されていたね」


空気が北の大地の寒風の如く、一気に冷めては凍り付く。

 種族の減少を受けてからは彼らは無駄に命を散らすことに対して誇りとはしていない。冗談でも仲間や自身の死を言葉にしてはいけないとさえ考えているのが正常だ。


「おいおい、冗談はやめろって……」


「子供の戯言(ざれごと)として捨て置けないぞ」


いくらなんでもその見解は無理があるだろうと他の一族は皆、呆れて溜め息を吐く。

 シトリーが自身の攻撃を避けられるという致命的(ちめいてき)なヘマを誤魔化(ごまか)すための方便であろうと彼らは考えた。相手が子供で丸腰(まるごし)であったのに関わらず避けられたのである。その背の傷から痛みを感じた様子はないにしろ手負いである相手に後れを取った。だからそう嘘をつく気持ちは分からないでもなかったが、それにしても自身が死ぬと考えるのは、状況的にも使う言葉的にも“ありえない”。

 他の仲間から少し冷ややかで怒りが(こも)った声で注意されたがシトリーは笑って返す。


「相手してみればわかるよ。途中、あの瞳に(にら)まれて全身が(すく)んだんだ。氷のように冷たくて、だけどあたし達みたいに“生きる”って絶対的で熱い意志が宿ったあの瞳を……」


 瞳の変化は数秒間だけであったが、確かに少女の記憶に刻まれていた。闇の奥底のような(にご)り切った瞳からの変化。生を諦めたわけではなかった――その直後に火がついた。

 ――綺麗(きれい)だった、と続けたシトリーの言の葉は、誰の耳にも届かない声量で、中に熱い感情が込められていた。

 ひとりの世界に入る彼女を無視して、他の黒豹たちは納得がいかない顔で再び族長の方を向き、次に出る言の葉を待つ。


(しか)り」


今まで通り、族長は感情の起伏のないような声色のままで小さく頷いた。


「あの小僧の奥底に眠る何かによって、シトリー……お前は死んでいた」


先ほどより更に空気が凍り、日差しの中でもおかしな寒さを感じる、とても深刻な雰囲気となった。数十秒前までの笑える空気すらない。大方説教の文句が飛び出すだろうと思っていたが、出た言葉が予想を反していたのだ。一族の長として黒豹の団体を引っ張てきたこの男がくだらない冗談を言う者ではないと彼らは知っている。若者は目を剥いて驚き、他の者たちも言葉を失ったさ中、シトリーは「やっぱりー?」と何故か嬉しそうに笑っていた。


「もしも……、もしもあれが目覚めたとなれば、我らの全滅は避けられん。ゆえにボルヴェルグ(あのもの)に押し付けたのだ」


声色も様子も変わらないが、どことなく忌々し気に族長は続けた。


「あ、あの……あ、“あれ”とは……?」


「さぁてな。この世の理と違うもの――『魔王』の類か、あるいは真逆の存在か」


寝物語(ねものがたり)で聞かされた、史上最悪の支配者の称号である『魔王』。彼らはそれを嘘ではないと知っている。この世界には確かに彼らが生きていたという爪痕が残っているのだ。

 大陸の真ん中に空いたクレーター、斬り落とされた連なる岩山、今も(なお)(しず)んだままの大地……――。

 六つある大陸に残った傷は何百年経とうとも、未だ癒えていないのだ。

 (ざわ)めく獣たちを抑えるために速度を落としてやがて止まった。集落にて待つ仲間たちに不安を伝播させないためにここで解消させたいところであるが、最低限“得体の知れないナニモノ”について知ってもらう必要があった。


「いつ目覚めるか分からん荒神だ、マルテに渡すのは(まず)い。ならば“巨神の再来”とまで呼ばれたあの魔物を討った男に預けた方がいいだろう」


族長(オサ)は先ほどまでいた方向へ視線を飛ばし、思わずため息を吐いてしまう。本来ならば、あの存在を身を(ささ)げてでも殺すのが最善策だったろうと考えてだ。

 野性の(かん)ではあるが、幾たびの死地を越えた(コレ)を“所詮(しょせん)はただの予感”、とは(わら)えない。間違いなく、あの中に得体の知れないモノがいる。この世を混沌に陥れる悪鬼か否か、答えは分からない。


 ――だが我は……“我ら”のためにまだ滅びる訳にはならぬ。


 一族を導いている途中で死ぬ事は、大切なモノを(うば)われ(こま)と成り下がってでも生きてきた“今”が無駄になる。そんな危険が(はら)んだ一手を打つわけにはいかなかった。

 そうして族長が選んだのが、偶然現れた英雄と称される救国の騎士――ボルヴェルグに託すという一種の博打だ。彼もおそらく少年の中の何かに気づいていると踏んでだ。ボルヴェルグの為人(ひととなり)は風の(うわさ)で知っていた。種族など関係なく首を突っ込むお人よしであることはその目で確認が取れた。

 無責任な話だが、おそらくあの少年の背の傷を理由に戦事(いくさごと)から離すだろう、と()けるしかなかった。

 その宿っているモノの正体や少年の出自も気になるところであるが、族長は眼前の問題に取り掛かる――……というより、今から問題にぶち当たると覚悟を決めた。一番最後に遅れて合流した問題児の表情から察するのは、さすが長年族長を続けていただけはあるだろう。

 この一団の中、ただ一人――族長と血が繋がっている娘、シトリーは父に向かって言う。


お父さん(、、、、)


「…………何だ?」


ここまで表情の変化が(とぼ)しかった族長が、初めて苦い顔をする。(シトリー)がお父さんと言うときは決まって族長にとって不都合が生じるのだ。

 荒地を一気に駆け抜け、話を聞かずに終えようかと一瞬考えたが、問題の先送りになるだけだ、とすぐ同時に答えに辿り着いた族長は諦めて娘の言葉を待った。


「あたし、将来あの子と結婚するね」


場の空気は、もうこれ以上ないくらいに冷え切った。覚悟と予感を感じていた父は大きく溜め息を吐き、


「「は?」」


他の獣たちは一瞬で訪れた氷河期に面食らうしかなかった。他四匹の言葉が重なり合う。

 族長は頭痛でどうにかなってしまいそうだったが懸命に言葉を絞り出す。シトリーが何を言うかは分かっていたが、さすがに面と向かってそう言われれば父として堪えた。


「…………そう言うと思ったから離れたのだ」


ボルヴェルグに押し付けて離れた理由のひとつであった。

 娘の様子を過敏に察知し、場を混乱させるのを避けるべく、即座に移動を開始したのだ。


「うん、知ってる」


次の瞬間、黒豹の姿が変わる。それはまるで声と似合っている少女の姿であった。うなじが隠れるくらいの(つや)やかな黒髪。尻尾に耳はそのまま残っていた。年齢は少年より二、三歳ほど年上のように見える。ぱっちりとした大きな目で、目じりが少しつり上がっている気の強そうな女の子に変化する。

 獣刃族(ベルヴァ)とは、獣の姿に変身できる種族の総称であるのだ。


「あたしが一人前になったら、族長(オサ)の座を奪って会いに行くから」


荒地に吹く風に揺られる黒髪と、少しだけ浅黒い肌に黒い服を身に(まと)った美しい少女――シトリーはニコリと笑って父親に宣戦布告にも似た言葉を吐いた。

 場が戦慄する中、父親である族長は鼻で笑った後にいつもと変わらない声で返す。


「……あぁ、弱ければ……。弱ければ必ずあの瞳の奥にいる“怪物”に喰われるだろう。せいぜい(はげ)め」


 ――血を守るとは言っていられる贅沢(ぜいたく)な時代は終わったか……


 諸国の獣刃族(ベルヴァ)の間でも、他種族の血を吸収している事例もある。それに娘の性格上、他者がいくら反対しても、自分で納得いかない限りは諦めやしない子だと知っているため、反対するような言葉を使わなかった。

 そうして族長として言葉を投げ掛けたが、父としては複雑な気持ちのまま、集落へ戻っていった。

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