表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
89/434

45 止まった時と黒のアギト

 固有能力(イデア・スキル)――《王権(レガリア)》が魔王たる所以である魔力を生み出す心臓部であるならば、イデア・スキルは個人の持つ欲望の概念が能力として自由に行使できるようになったものだ。

 そして()の迅雷の魔王が持つ能力が『時間停止(ワンダーランド・フリーズ)』。

 時と空間を凍結させ、その中を自在に高速で駆け抜ける事が可能なのだ。

 本来ならば止まった時の中に介入なぞ、人間が知覚し踏み入れることすらかなわぬ領域である。

 そこに心があり、血が流れている人間が垣間見る事すらあり得ない神域だ。

 それは魔王とて例外ではない。

 だが彼の欲望がその領域への扉を強引に開いた――。


「『時間すら、凍らせる』……!?」


エリゴスがその迅雷の言葉に恐れ慄き、心が凍てつくのを感じた。果てすら見えぬ簒奪者(さんだつしゃ)――この国を乗っ取った悪意の権化たる魔王の持つチカラの底が見えない。深淵の絶望が激しく心を(むしば)み、(さいな)む。ただでさえ人を超えた身体能力に加え、人智を超えた魔法を操り、さらに時間すら支配する能力を持つ事実に身も心も震え上がる。


「あぁ、だがそれは――」


一見、その情報だけでは反則を超えた能力であるのだが、紅蓮の魔王はその能力の欠点を相対してハッキリと理解していた。それを口に出そうとした瞬間、


『そろそろてめぇも喰われろ』


絡みつく泥の魔手の数が増え、闇に満ちた半固体の波――即ちスライム状となったドロイドたちの集合体の方へ引きずり込まれていく。

 ご丁寧に口の方まで粘着質の闇を蔓延らせ物理的に口を封じさせた。柔軟な泥は身体に纏わりつくだけではなく、力――生命力と魔力を丁寧にジワジワと吸って弱らせながら対象を喰らう原始的な微生物のような動きを見せる。暴れても泥は離れる事を知らず、更に手数を増やして身を侵そうとするのだ。

 ジリジリと、その場から泥の海へ引きずり込まれるのを眺め、漆黒の中に完全に呑まれた紅蓮の魔王の姿を最後まで見終えて、迅雷は呆れたような嘆息を吐く。その内に安堵が多大に混じっていたのを隠していた。

 別段、“時間停止”の弱点を指摘されたところでもう害はない。ただ改めて自身の固有能力の欠点を言われるのは面白くないため喋らせない。それ以上の理由はないと自身に言い聞かせながら。

 例え、それを知っていようと紅蓮の魔王のような天性の才能と戦闘経験から得た「直感」に近い感性――それを行使するだけの反射速度を持たなければ対処しようがない。

 紅蓮を“捕食”している今、最大の障害を乗り越えたに等しいと考え、思わず息が漏れたのだ。


『あとはこの暴れん坊を始末すりゃあいい』


自身に言い聞かせるように迅雷は呟く。

 足元で小さく呻く黒い影。“獣”と呼んだ少年だったモノ。

 普段はどんな危険な手を打ってでも好奇心を優先させるが、此度は自身の勘に従う――この“獣”を生かすとマズい。だが固有能力が発動可能となった以上、取るに足らない相手だと内心やはり(あなど)っていた。


『あばよ。天国で闇の勇者(メスガキ)と一緒に乳繰り合ってろよ』


どういう関係か全く知らないが勝手な憶測をし、半笑いで小馬鹿にしながら言う。しかし、その目と右手の平には真逆の赤い殺意が滾っていた。

 血の影響で赤く変質した雷撃を集め、またもや槍と成して貫こうとする。どうせ殺すなら同じ手でと無意識な拘りを見せた。


 

――死が近づく。

 紅い雷が小ぶりな槍となる。至近距離で扱うなら長さは必要ない。


――獣は欲した。

 爪を立て震える“獣”を見て訝し気な目となる。


――もっと力を。

 今すぐに殺すべきだと本能が叫ぶのを迅雷は聞こえた。だが、


――生きるため?

 ゾクリとした凛冽たる悪寒を感じ、反射的に飛び退いた。


――喰う(殺す)ためだ。

 少女を見つめた瞳は更に燃えるような怒り――瞋恚(しんい)に満ちていた。



『――ウオォオォオオオオッ!!』


再度、咆哮。纏う“闇”としか形容が出来ないオーラの濃さと勢い増す。

 まさに憎悪と憤懣が気体となって身を焦がす。

 それは左腕を中心となって見えた。右手で左腕を支えるようにして呼びかける。


『《寄越せ……、もっと、もっとだ!!》』


声が重なる。地獄から這い出た悪魔と少年の声。


《殺す、奴を、殺す。殺す。殺す――》


もはや言語体系が異なる声は怨みを晴らすべく呪詛を吐きながら、更にヒトからかけ離れ始める。その為の代償を、支払いながら――。

 一瞬の銀の煌めきの後、濃い蒼闇の焔が手首から左腕全体を包む。


 ――腕……!?


構えられた“獣”の左腕に黒鉄色の籠手が精製される。未だ手首からは憎悪の火は消える事はなく、引き裂くための爪はさらに硬度を増す。籠手と同色の鎖が巻き付き鈍く光り、相対する迅雷の姿を映す。その悪鬼の面の奥の本当の顔は焦りで引きつっていた。


 ――俺と、同じ……!?


見た目の話ではない。本質も異なるが、その変化はまるで勇者の血の力に酷似している。

 迅雷は《王権》のレプリカを造り出しその身に纏っている。側だけの真似事ではあるが金属よりも堅く、さらに泥から直接エネルギーを吸収し、魔力の供給も可能だ。

 固有能力(イデア・スキル)なしで魔王(クラス)の相手は出来ないが、現状の敵戦力であれば十二分すぎるほどである……はずであった。


 ――闇の勇者の死体から血を……いや、そんな間はなかった。何よりそんな真似できるはずが……、出来たとしても……!


一瞬考えた『自身と同じく勇者の血を取り込んだ』という答えを否定する。正しい答えを考える前に迅雷は即座に能力を行使した。


『――ッッッ!! 時間停止(ワンダーランド・フリーズ)ッ!!』





 全ての時が、凍結した。




『……………………チッ』


世界がモノクロに染まる。それが彼が見えている時間が停止した世界だ。

 恐れから、反射的に時間停止を行使した自身への苛つきがあった。

 ゆっくりとした歩みで“獣”を観察する。その手には雷はもうない。

――それがルールであり、時間停止(ワンダーランド・フリーズ)の欠点である。

 静止した世界を、人の身で土足で踏み荒らすという真似はさすがに出来ない。……この能力(スキル)を使用している間は、他の魔法や体術の使用は“避けなければならない”のだ。

 自動発動の能力――今でいう王権(レガリア)の紛い物『王鎧』などといったものであれば例外であるが、攻撃、魔法の行使することが出来ない制約を課せられている。ナイフもロードローラーもタンクローリーの準備は出来ても投げつける事は不可能だ。


『もしこのまま攻撃が出来れば、あの赤いのも仕留められ、アストラル・クォーツも破壊されずに済んだんだが……』


“獣”を前にして独り言ちる。この凍った世界で喋った内容が、通常の世界に住む生物相手に伝わらない。

 体感でおよそ十ほど数える間だけだが、止まった時を自在に動ける。あとは相手の背後を取り、停止が解けた瞬間に自身の最速の一撃を放てば終わりだ。


 余談であるが魔王の固有能力は“成長”する。もし迅雷がこの先、生き残り成長を続ければ停止した時間を真の意味で自由に行動が出来るかもしれない。ゆえに自信を持って『いずれ究極に至る最強の能力』と称したのであった。その手応えは感じていたが、今すぐに停止中に攻撃できるほど成長は望めない。


『…………少しばかり時間停止(これ)の使用時の消耗が大きいな。破壊された影響か』


疲労感を隠さず、吐き出すようなため息。厳密に言えば星輝晶(アストラル・クォーツ)が破壊されたペナルティの影響で王権(レガリア)が使えず自力で賄える魔力が足りなくなっているためだ。


 左腕を前面に出して構えたまま凍り付く“獣”。存在がまさにアンノウンでイレギュラーな相手であるが、どうやらこの理にはさすがに従うしかないのだろう。

 迅雷は完全に停止したその周りを歩きながら観察する。

 カシャンカシャンと静止した空間で耳障りな足音と血の鎧が擦れる音を鳴らす。


『…………しっかし、本当ナニモンだこいつ。魔王じゃないのは確実だが、…………勇者? いや、しかし――、でも有り得んとも言えない……か。“奴”の情報が正しいと鵜呑みするのも――』


“獣”――立花颯汰がこの世界に呼び出された者という情報を知らない迅雷は想像をしながら顔を近づけて見やる。触れようとすれば“攻撃”とみなされ即座に時間停止が終わるので細心の注意を払った。実は攻撃や自身の能力の発動すると、それをトリガーとして時間停止を自動終了するようにしているだけである。そのお陰でオンオフの切り替えを意識せずとも攻撃の際に自動的にオフとなり制約を破らずに済む仕掛けであった。


 蒼銀の目……眼窩に海を凍らせた美しい宝石を埋め込んだのかと思えるほど場違いに綺麗な目を見る。睨んだ者の魂の根底から凍えさせる恐ろしい魔眼であった。

 よく見ると目の全面が青なのだが、その青の輝きの奥に、きちんとした瞳があるのが見えた。それはもうヒトの瞳の形ではない。例えるなら薄氷の奥にある宝玉――それを縦に割った『亀裂』が走っている。猫、もしくは爬虫類に似た目であった。


 静止したこの領域は迅雷のためだけのステージだ。

 万象に侵入を拒絶した世界。

 流れる時を凍らせた彼だけのワンダーランド。

 例え勇者であろうと、魔王を討つために生み出された星剣であろうと切り裂いて訪れる事が出来ない。

 同じ能力を持つ魔王がいれば例外だが、この場には他に魔王はいない。

 何人たりとも踏み入れない不可侵領域。

 ゆえに油断。戦闘中の真っただ中、僅かな間だけの安全地帯として心が休まり慢心が生まれた。だからその直後に予想外の事態に過剰な反応を示すはめとなる。



 ギロリ、と“獣”の目が動き、はっきりと迅雷を捉えたのだ。


『――ッ!?』


反射的にまたもや迅雷は飛び退いた。その身に雷を発したため制約を破った罰が起きぬよう、自動で世界が動き始めた。お陰でエリゴスとシロすけの目には、迅雷がその場で急に着地のポーズを取った変人に映る。

――先ほど肌で感じた「触れてはならない」という感覚がまた訪れたのを迅雷は感じ取ったのだ。

 “獣”が走り出すと同時に、迅雷は後方へステップする。

 敵の攻撃も予兆が見え見えならば『時間停止(ワンダーランド・フリーズ)』で容易に回避が出来るが、確実に足を止めてから安全に仕留めたいと無自覚のまま逃げ腰となっていた。


『やれっ!』


指示に従い、黒の泥の触手が何本も伸び、恐怖の対象を襲い掛かる。

 二本は(かわ)し、三本目は爪で切り裂いたが、別方向から来た黒の鞭に手を絡めとられると、次々と拘束されていく。“獣”は暴れ引き剥がそうと抵抗する。

 迅雷黒光りする魔手に続いて命令を下す。そのまま紅蓮の魔王と同じく魔力や生命力の類を吸い取ろうとした。吸えばその力の正体が、もしくはその一端が分かるかもしれないとも考えたのだ。

 付着する粘液の邪悪な黒が夜闇の肌に触れ、いわゆるエナジー・ドレインを試みる。すぐに反応があった。身体に電気が奔ったように“獣”は痙攣(けいれん)をし始める。身体から生気が吸われたと理解しさらに暴れ出すが、見た目と反して万力の触手に抑えられ続けていた。心配は杞憂だったかと最早、迅雷は油断はしない。全力を以て叩き潰すべき敵だと認識していた。

 だから判断が早くなる。初めこそ暴れる相手からエネルギーを奪い取れていたが、


『っ!? マズイ! 引き揚げろ!』


すぐに中止すべきだと迅雷は命令を下す。その指令通りに離れていく触手。

 だが、その中の一本を“獣”は逃がさない――左手で掴み取った。


『《我に、喰わせろ……!!》』


妖しい輝きを放つ腕――そして逆に、エネルギーを吸い取り始めたように映った。

 迅雷はすぐさま雷の矢を飛ばし触手を破壊しようとするが、空いた手で弾かれる。魔法すら弾くそのおかしさについて驚く事はもう止めた。そういう生き物であり、越えるべき壁だと迅雷は既に認めざる負えなかったのだ。


『っ、壊れろ!』


その命令で触手は自壊するが遅かった。

 ほんの少し吸収した力により、さらに“獣”は禍々しい闇を放つ。


 本来の魔人族(メイジス)がかつて使っていた奇跡――魔法には詠唱が欠かせない存在で、それ無しに発動は容易ではなかった。そんなルールを無視した迅雷が今までやっていたのが詠唱省略だ。だがそれよりも早く、紅蓮の魔王と同じ完全な詠唱破棄――『魔法名』すら言わずに魔法を行使するという超高等技術を今、連続で“獣”一匹相手に全力で撃ち放っている。

 魔法の質や本来の力を低下させる代わりに瞬時に魔法を放てるのだが、それは発動すら非常に難しい。更に自身にかける強化系ではなく、体外の際限なく広がる空間に放出系の魔法を放つのはかなりのコントロールの精度がいる。迅雷は不得手であるため、途中で雷撃が雑なものとなっているが、迅雷は気にせずに無我夢中で撃った。光速で幾百を超える雷刃を飛ばし、足元から雷牙が襲う。飛んで回避を選んだ先に雷槍が二本、襲い掛かる。

 “獣”は神速に至る連撃を躱し、掴むが、二槍は対象に激突する際に爆散し煙を撒き散らした。

 煙で見えなくなったが確かな手応えがあったが迅雷はさらにもう一本、二槍よりも大きな槍を生み出そうとした時、煙から猛スピードで加速した猛獣が飛び出す。


『――なんじゃあ、そりゃあ……!?』


迅雷の息が止まる。

 “獣”の左の籠手の上、薄靄の闇が形作ったそれを見て驚嘆するしかない。

 最初は何か人の胴体ほどの大きさの黒い結晶に、同色の鎖が巻き付いているように見えたが、その鎖は直ぐに砕け散った。

 解き放たれた漆黒が口を開いた。鰐のように縦長に並んだ牙と奥にある舌さえも黒。だが、何の生物を模っているか判別できない。何故ならその開いた口だけが存在し、目はおろか顔すらない。封印の名残りの鎖を垂らしたまま吠えた。

 ただ純粋に相手を喰らうためだけの器官を残し、あとは削ぎ落したような(いびつ)さ。およそ生命体らしさはなく、だが機械的でもない。例えるなら怨念の集合体。口腔も牙も舌も鎖も全て黒い煙で、薄く儚く消えそうな幻想でありながら、確かにそこに存在し、(アギト)だけで全てを喰らい無に帰そうとしている。

 振りかぶった左拳の上に無明の大口が獲物を喰らおうとする。

 牙を剥き、鋭き爪と同時に迅雷へ襲い掛かる――。

 理解不能の情景に反応が遅れた迅雷は爪の直撃は避けるも、黒の顎の牙が魔法で迎撃しようとした右腕に喰らい付いた。牙は纏う鎧を易々と貫き、迅雷は声にならぬ叫びを上げた。

 装甲を貫いた事実にあり得ないと激昂するよりも、そこから脱出しようと手を引くが鋭い歯が肉に食い込み外せない。

 迅雷は咄嗟に腕に電気を流しながら逆に腕を突っ込んだ。衝撃で僅かに緩んだ刹那の隙に迅雷は能力を使う。



 再度、時間が凍り付いた――。



 鮮血と黒血が混ざる。引き抜いた手から腕部の装甲が剥がれ、露出した白い手が血に染まる。激痛と気付けた真実、その氷の瞳が確実に自身を追っているという事実に迅雷の魔王は肝を潰しながら冷たい汗が全身を濡らしていった。


次話は来週です。


(あとで直すかもしれません)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ