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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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44 “獣”

 耳朶(じだ)の奥底までに響いていた雷の(ほとばし)る音が消え、赤黒い光は天へと還った。

 赤々とした景色が、静寂に包まれ、元の薄暗さを取り戻していく――。

 凄惨(せいさん)な光景に、少年から嘆声が漏れ出た。


「あ、あぁ……――」


立花颯汰を(かば)って、リズがその小さな背で雷光の魔法――

『ヴォルト・ジャベリン』を受け止めたのだ。

 背部から少女の肉も臓腑も穿(うが)って貫通した雷撃の魔槍――苦礬柘榴石(パイロープ・ガーネット)のような紅い雷で出来た刃が少女リズの血も肉を焼き、光となって霧散する。

 もう、誰の目から見ても生還は厳しいのは明白であった。

 リズの口からも一筋の紅を零し首元から滴る。元々弱気であったが瞳に宿った明かりは消え、虚ろな目となっていた。

 じっとりとした蒸し暑さも、颯汰はもう何も感じなくなる。真冬の季節に取り残されたように芯から凍え、震えながら、その手を伸ばす。届かないとしても、無駄だという答えを否定したくて、少女に向かって左手が自然と伸びる。


 消えゆく視界の中、少女は手を伸ばす少年を見ようとした。

 喪失感と悲愴に満ちた表情を見えて、少女リズが最期に見せたのは、弱々しく今にも消えてなくなりそうなほど儚い虚ろな目であるが、安堵から得た優しい微笑みであった。せめて笑って欲しいと願って。

 勇気ある者としての務めではなく、ただ一人に向けた感情のために、その身を犠牲にしたのだ。激痛を超えた呪詛が全身に回る前に、神経が負荷に耐え切れず痛覚が先にハングアップする。

 失う意識の中、幼い日に宣言した約束を果たせたという想いが、魂と共に風に流されて散っていくのだろう。


『――今度は私が、あなたを守るから』。


唇が、そう動いていたが、颯汰の瞳にはそれが読み取れなかった。

 それなのに、心が叫んだ――。

 力なく倒れる少女に手を伸ばすも、届かない。

 動かなきゃいけないのに、足が正常に働かない。

 少女は力なく倒れ、身体からジワリと地面に赤色が広がっていった。

 少年は立ち上がり、駆け寄ろうとして、転ぶ。右腕と顔を強打する。

 腕だけの力で前へ、這いつくばりながら少女の元へ寄った。



 手を伸ばした。その瞬間――、ノイズが視界に紛れ込む。

 耳障りな音と共に映るのは、色が失われたセピアの光景。

 颯汰の記憶にあるはずのない景色が、走るノイズ音と一緒に明滅して現実の景色と混在し重なる。――幻覚だ。

 自身と重なる腕が、見知らぬ少女に向かって伸びていた。

 巨大な白銀の塔を背景に、隆起した地盤が崩れ、無明の奈落へ落ちていく少女。リズよりも幼いが髪が短く身体は華奢で、おそらく被った布一枚だけの衣。

 そんな少女に手を伸ばすも、片足は踏まれ、胴には長刀が刺さり身動きが取れない。見ていなくても不思議とわかる。その少女も自然に落ちたのではなく、この“男”に投げ飛ばされたのだと。

 絶叫――。その左手の主が慟哭し、現実に引き戻された。今視えた幻――浮かんだ疑問が刹那に痛みによって投げ捨てられ、現実のリズへと焦点が絞られた。



 全ての時間が止まったように静まる中、颯汰は身体を無理矢理起こし、眠る少女の元に辿り着いた。抱き起こし揺するも、小さく声を掛けても、彼女は目を覚まさない。

 当然だ。身体に穴が開き失血量は素人目でも助からない。

 尋常じゃない赤が颯汰の外套も手も肌も染めている。

 端正な顔には既に生気は失われ、零れた赤以外に上から透明な熱い滴が落ちた。

 颯汰の中で生まれた疑問も、即座に答えが見つかる。

――悲しいのだ。彼女が亡くなって、心から悲しんでいる。

 出会ったのも、今日が初めてだと思っているのに、まるで昔から、もっともっと昔から知っていた存在のように、心が知覚し泣いている。心臓が潰れてしまいそうになるほど痛い。身体に訪れる痛みよりも遥かに少女の死が心臓を締め付けて壊れそうになる。

 現実と夢幻(ゆめまぼろし)が混ざり合い、脳が混乱しているのか、だが決壊した水は止まる事を知らない。呼吸する余裕もなく嗚咽さえ漏らさず、ただ滴が止めどなく溢れては零れ落ちていく。 


 零れた大粒が彼女の頬に五度当たったとき、


「――!!」


弱々しくその深い紫の瞳がゆっくり開かれ、温かな雫を右手で掬い上げるようにまぶたに触れた。ただ生者のために安心して笑ってほしくて最期の力を振り絞って、驚く顔に向けて優しい微笑みを作る。少女たち(、、、、)は言う。


『生き、て……』


「――……!!」


そうして言葉を返すよりも早く、涙に触れた手は地面へと着いた。

 幾つもの影が、記憶が、幻が、何もかもが器の中で反響する。


 情けなく生を諦めて選んだ末に、辿り着いた結末が最悪なものとなった。

 いっそ死ねば全てが終わると諦観しようとした末に、残ったのは深い後悔だけだと少年は気付く。


 凍り付いた身体に、痛む心臓の鼓動が徐々に大きくなり周囲の無音の世界を押し潰していく。

 そして、遠退く意識と入れ替わるようにその内に宿る意思が目を覚ました――。



『…………ふん』


つまらん茶番だと鼻で嗤う轟雷の悪鬼――迅雷の魔王

――元シドナイ・インフェルート。


『もはや辺りに黒泥は勇者の力を得た。……ならば、もうどうでもいいか』


吐き棄てるように迅雷は呟く。もはや喰らう必要性も失せた勇者であった少女――すでに散った命などに興味すら無くしたように、その亡骸(なきがら)ごと薙ぎ払うべく第二撃の準備に取り掛かった。

 両手を合わせる。祈りとは真逆の死をもたらす雷が生成され再度、鳴り響く。(たぎ)る血のように燃えた赫雷は、生きとし生けるもの全てを焼き払う災いの如く、されど弱き者はその光に魅入られるほど美しく煌めいていた。

 魔槍を出現させようとした。少女を止められなかった女も、闇に物理的に囚われた男も、激痛に意識が半ば失せながらも首を上げた龍も、それを阻もうと動かない身体を必死に動かすが間に合わない。

 また一つの命が散ると誰もが思った時だ。



 全てのものが――辺りに漂う泥の波も、隠れた兵士たちも、塔の中から戦っていた者たちも、――その場に居合わせた全てがその“音”に注意を持っていかれた。


 

 最初、何かが爆ぜたのかと聞き間違う者が出てくる。城内の訓練で使った銃口付突撃槍(イグナイト・ランス)の銃撃――爆発音が何重も重なりそれを長引かせたようなものだと誤認していた。

 一方、転生者である迅雷の魔王は爆音で鳴り響くサイレンの音、もしくは『怪獣の鳴き声』に近い、と思った。

 それがまさか人の、子供ではないが、まだ大人にも満たない少年から発せられていると気づくのに音が鳴り止む数秒前まで掛かった。


『グゥゥォォォオオオオオオオンッ!!』


地を揺らし、天を震わす低く響き渡る産声。

 少女を抱き上げたまま、“それ”は咆えた。


 勇者は最強の現地人である。間違いなくヒトだ。

 魔王は“人でなし”ではあるが、ヒトだ。

 どこまでも強くなっても、形が、心がヒトから乖離(かいり)する事はまずない。


 では、あれは何と形容すべきか――。


 その身を包むのは漆黒。深淵。無明。

 声に応じて足元から無間の闇が溢れ出し身を包む。そこには、人の形の上に切り抜かれた闇を張り付けた真っ黒なシルエットが生み落とされた。


 ――ドロイド……!?


迅雷が辺りに漂う黒泥の波を見やる。その醜悪な悪意と繋がった王であるからこそ、彼らの――意識などないはずの存在から確かな“(おのの)き”を感じ取った。現に黒い影たちは“獣”に対し襲い掛かる気配もなく一定の距離を取って引いている。

 黒の人形と同じ――いや、何か近いものがあるが、何かが致命的に違うと敵対する二柱の王はすぐに感じ取っていた。

 薄っすらと外套や靴などの元の色が見えるが、身体中が濃紺の水性絵具で塗りつぶされている。

 颯汰の双眸(そうぼう)の、瞳も結膜も全て蒼銀一色に染まり、闇の中で一層輝きが増す。


 ――……泣いて、いるのか?


少女を抱きかかえながら、その両眼の下に亀裂が走り――数本、降りる途中で枝分かれした亀裂の後を追うように眼と同じ蒼銀が輝きを放つ。

 紅蓮の魔王は黒に染まった少年を見てそのように思えた。


 今や“獣”となった颯汰の体中から溢れる闇色の瘴気のオーラに加え、背後で大きく蒼黒の炎が燃え、チリチリと黒の粒子が空へと昇っていくのが見える。

 神仏の後光とまるで真逆の――幾重(いくえ)も重ねた罪を思わせる鬼火と“獣”の(うめ)きに呼応するように、両手首と両足首に蒼黒の鬼火が灯された。

 亡骸となった少女を優しく、丁重に地面に寝かせると、その両足で“獣”は牙を剥いて起き上がった。


『デザ、……イア……』


掠れて低い颯汰の声。魔王の王権(レガリア)と同じく、エコーが掛かった音が耳朶を超えて直接心へと響き渡る。

 再度、獣の咆哮――。

 びりびりと空気を痺れさせる強者の咆哮だ。

 一瞬狼狽(うろたえ)えた迅雷であるが、すでに臨戦態勢を取っていた。

 正体不明の相手が、また変貌した深まる謎すら一蹴しようとその手に発した赫雷を掴み、投げつけようとした。


『ハっ……! いいぜ、コケ脅しかどうか、試してや――』


『――ゥゥウウッアアッ!!』


地の底から唸るような呪いに満ちた声で襲い掛かる。

 手首にある鬼火が燃焼し、爆発的な加速を生んだ。地面の僅か上を滑空し強襲する。迅雷の胸部に目掛けて拳が放たれる。先程の剣戟と変わらぬ驚異的な速度で襲い来る魔拳を反射的に回避し、反撃を試みるが、鬼火の加速が隙をなくす――左手による回転裏拳が顔を打った。


『クッ!! この……!!』


鞭のように振るわれた拳は模造品とはいえ金属を超えた硬度の鎧に衝撃が中まで伝う。打撃自体は斬撃よりも危険性は失せているが、衝撃で魔法は消え失せてしまった。鉄槌の如く振り下ろされる拳に足蹴が加わる。まさに己の身を武器とし、使い捨ての道具のように乱雑に扱う姿は奇怪であり異常であり、狂気に満ちていると言っていいだろう。その沙汰(さた)を見極めるべき理性すら一縷(いちる)すら残っていないのであった。

 乱撃の後“獣”は左足がジェット噴射のように持ち上げ、今度は蒼黒の炎が逆噴射――そのまま踵を落とす。重厚の斧のような一撃を、迅雷は両腕を交差させブロッキングしたが、勢いを殺しきれずに後退した。

 舌打ちをし、迅雷は爪を展開しそれで引き裂くべく振るうが、鉄塊同士だぶつかった音が響く。“獣”は腕一つでそれを受け止めたのだ。


『――!?』


そこへさらに“獣”は関節を曲げて爪を立てるような形をとる――虎爪の構えだ。

 受け止めていた“獣”の左腕が一瞬だけ白銀の光が煌めき、それが刹那に失せた瞬間――指先に“爪”が形成された。色合いだけなら黒耀石に近い結晶体だ。

 迅雷は展開した爪と爪の間に赤い雷を発生させながら先手を打つ。

 下から抉るように昇る魔爪と振り下ろされる漆黒の爪――怒りの赫雷と全てを飲む闇が激突したのだ。


『ゥゥウウウ……ッ!!』『クソがぁああああ……ッ!!』


 互いの唸り声が、違う種族の獣同士が己の存在を認めないと叫びながらぶつかり合う。暴風と轟雷が辺りに飛び散る。


『猿真似野郎が! 舐めんじゃ、ねぇッ!!』


再度離れてぶつかり合った時、両者とも押し合って譲らない中、迅雷は片手の平に溜めた球状を模る雷を“獣”の腹部にめり込ませた。

 荒れ狂う“獣”が悲鳴のような声を上げて吹き飛んだが、空中で姿勢を制御し両手足で着地する。

 そして休む間もなく殺意だけを醸し出して再度迅雷へと迫った。


『!! ……ついに、きたかぁ……!』


 脅威が迫る――だが迅雷は動かない。その奥に妖し気な笑みを浮かべている事に誰も気づけるはずがなかった。

 蒼炎による加速で、まさに獣の如く荒々しさを持っているが正反対に身を捨てた特攻に近い――大振り爪が振るわれた。

 防御すら止めた迅雷はその一撃を回避する事が出来ないほど爪はあと布一枚ほどの距離まで縮んでいた。だが、


『――ッゥ!?』


身体ごと大きく振るったが、その先に対象が忽然と消える。

 敵がどこへ消えたと目で追おうとした直後、


『うぉらッ!!』


声と共に衝撃が頭に入り、驚異的な速度で“獣”の頭から身体ごと地面へ伏せさせられた。迅雷が、背後に出現し、その拳で殴りつけたのだ。

 エリゴスも、シロすけも、紅蓮の魔王すらその姿を捉えきれなかった。視界に映っていた影が瞬きすらしていないのに移動した。

 紅蓮の魔王がマズイな、と呟く。その身を侵す触手の侵攻速度がジワジワと増したことではない。――“獣”が現れて迅雷が力を振るい始めて更にエネルギーを求めて躍起となっているのだろう。現に紅蓮の魔力を吸い上げる力も増加している。

 自身よりも迅雷の動きを見てそう呟いたのだ。

 迅雷が《王権(レガリア)》を失いながらも、戦闘中に身体に施されたプロテクトを内側から外していき、最悪の力を取り戻した事に紅蓮は気づいたのだ。


『オォォン!!』


地面に着けた手の炎で無理矢理身体を浮かし、その場で前転する。起き上がって脱出すると同時に脚での攻撃を加えようとしたが迅雷の姿が消えた。

 即座に移動した場所へ爪を立てて襲うがそこに姿はなく、背後から雷を纏った拳が襲い掛かる。

 それが直撃し、前方に倒れる前に、迅雷はそこに現れ腹部を殴り上げ、さらにまた背後に空中から回って蹴り飛ばした。“獣”は地面へと再度落ちる。呻きながらまだ敵意を燃やすが、抑えつけるように迅雷の脚で踏まれた。

 突然の光速移動を超えた動きに紅蓮の魔王だけその正体に気づき、確信した。


固有能力(イデア・スキル)……!」


紅蓮の魔王は対峙した時、三重の炎を僅かな差もなく同時に突破された時に勘づいていた。

 光の勇者の『光速』を超える動き。実際、迅雷の雷瞬は『光速』に僅かに劣るが、それが目で捉えきれなくなったのは能力のせいだ。

 紅蓮の呟きに迅雷は歓喜して答えた。


『あぁそうだ! 勇者の血の力でアストラル・クォーツ破壊のペナルティの一部を解除に成功――今やっとこの力を取り戻した……!』


“獣”の頭部に足を乗せて踏みつけながら迅雷は咆えた。


『俺の固有能力(イデア・スキル)は『時間停止(ワンダーランド・フリーズ)』!! 時間すら凍らせる……』


勇者の血と泥から供給された魔力が混ざり合い、迅雷の能力が解放された。


『――いずれ究極に至る最ッ強の能力だァー! ッハハッハ! アーッハハハ!!』


まだ絶望が高い壁となって立ちはだかる。

 そして、その能力がさらに次のステージへ至ろうとしている――。

 高らかに己の能力を曝け出すのは絶対に負けない自信があるのだ。紅蓮の魔王は捕縛し、勇者は死に、残るイレギュラーは足元で爪を立てているだけだ。

(イレギュラー)”はこの速度――能力に対応していない今、負ける要素は欠片もない。

 その驕りこそ、足元を掬われる要因となると知らずに、もっとも危険な要素がそこにあると気づかず、高らかに笑い続けていた。


時間オーバー投稿。

なんか誤字ったり足りなかったら書き直すかもしれません。


いわゆる主人公の暴走回。王道ですね。



次話は来週。

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