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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
84/434

40 対峙

 城の中庭――、辺りが人を飲み込み寄生する泥がうごめくというのに、誰もが視線を一点に向けていた。

 壁際に追いやられた彼らは壁を背にして広く並ぶように立っていた。真ん中に颯汰とリズを担ぎから背負いに変えた兵が立ち、自然と周りの兵がそれを守る陣形となっていたが、それはもはや無意味なものとなった。

 空に見えない足場があるように浮き、手を組みながら下等の者どもを見下しながらこの国の王が降臨し、佇んでいたのだ。

 ヴェルミでも鬼人族オーグとしての人相書きと《王権レガリア》を身に纏った姿の絵が出回っていたが颯汰とシロすけだけ、その姿を直接見るのは初めてであった。


「やっぱアレが壊されちまったら泥人形どもの制御が利かねえか。勿体ねぇな」


落胆した声でその男は呟く。アレとは無論、星輝晶アストラル・クォーツの事である。

 男は丸い茶色のサングラスに毛皮付きの白いロングコート姿のこの世界では幾分も浮いた格好をしていた。金の髪を掻き上げて、露出した額にある白い二本角がなければ現代人らしい装いだろう。

 だが身に纏うのはチャラついた服だけではなく、恐るべき闘気と呼ぶべきか――オーラのようなものが他者にプレッシャーを与えている。


 ――こいつが、迅雷……。迅雷の、魔王……!!


颯汰は被ったボロ布のフードの奥の瞳を血走らせながら憎き男を睨んだ。歯を食いしばり水底から無尽に溢れ出す憎悪を懸命に抑えた。今、衝動的に挑んでも結果は明らかである。


 ――しかし、何故やつは無事なんだ……!? 話と違うぞ……?


王権レガリアが強制的に機能停止した以外に目立った傷もない。紅蓮の魔王から受けたダメージも王権レガリアが機能していた時に急速に回復していたからなのもあるが、ペナルティと言うほどの罰が下されていないように見えた。


「ご苦労、俺の兵たちよ」


不敵に笑いながらスゥーっと地面に降り立つ雷光の悪魔。兵たちは顔が強張ったまま緊張で言葉が出なくなっていた。身体の内側から焦燥や恐怖が混じった気色の悪さが渦を巻く。舌は渇き唾液が不足した口腔はからからに乾いていた。それなのに額や背中にはじっとりと汗がにじむ。走っただけが理由ではないのは明白であった。

 そんな中、ゴーシュは一歩踏み出し、意を決して訊ねた。


「へ、陛下っ。あ、あの……て、敵方の魔王は……?」


「んあ? 赤い魔王か? 追い詰めたがトドメは刺しちゃいねえ。アストラル・クォーツがぶっ壊されそうなのが見えて慌ててこっちに戻ったからな。……俺もさっすがに焦っちまったぜ。アレが壊されると最悪死ぬって言われてたからなぁ~。賭けに勝ったという事だ。ま、その代わりのしばらくの間の弱体化なら安いもんだろ」


肩をすくめながら鼻で笑う。

 直後、パチンとフィンガースナップで指を鳴らして落ちる小さな雷が魔王を背後から襲わんとした“死兵”を直撃した。

 規模が小さいとはいえ、かつて人だったもの――ドロイドに浸食され魔獣となり損なった動く遺体の肉を、一瞬骨すら見通せる凄まじい光と強力な雷撃であった。

 颯汰たちと兵士たちはその眩しさというより、衝撃に恐れ反射的に目を背けるようにして腕で庇うか目を瞑ったのであった。

 迅雷はそれに目をくれず、振り返りもしないで部下たちを見渡し、すぐに違和感に気づいた魔王はくっくっく、とサングラスの奥の目が悪だくみをして細くなる。


「そこの兵士。今なら俺の首を狩れるかもしれんなぁ~。やってみるかぁ?」


魔人族メイジスの兵一人に声を掛け、自身の首をちょんちょんと指で示す。


「お、お戯れを……」


兵は声を震わせてそう言い返すしかなかった。

 見え透いた安すぎる挑発。食いついたところで待つのは死である。


「ハハハ! 悪かったな! 確かにいくら弱体化したとはいえ貴様ら有象無象に首を取られるほど弱くはねえ。そうさなぁ……、当人だけじゃなく一族を根絶やすくらいには余裕で動ける――」


外したサングラスを片手にご機嫌な様子で大いに笑う簒奪者。だがその直後に急に晴天に雲がかかり闇が訪れたような急激な変化――恐ろしく表情が無となっていた。


「――それで、本題に入る。お前ら、勇者の行方を知っているか?」


赤々とした目の色は、求めているように血に飢えて映る。下手な答えを出せばただでは済まないだろうが、彼らはここでどうにか押し切らなければ全ては水泡に帰す。


「存じ上げ――」


いきなり最も出会いたくない最大の障壁の出現に最初こそ戸惑ったゴーシュであるが、努めて平静な声音で知らぬと言い切ろうとしたが、


「――先に言っておく。素直に吐けば俺は許す。それだけじゃなく、当人とその家族だけは絶対に俺が手を掛けないと約束しよう。こればかりは神に誓ってもいいぜ? 本気だ。分かりやすく言えば――ウソを吐くなら真逆の結果となるってことだ。理解したか?」


迅雷の魔王は途中で釘を刺した。加えて身体から青白い電撃をバチバチと放ち、左斜め後方へ蹴りを入れる。電気を纏った回し蹴り『雷旋脚ライセンキャク』がドロイド兵の胴に直撃し、土塊つちくれに帰ったあとにパラパラと乾いた灰となって散っていく。

 

 沈黙が辺りに不穏な空気を漂わせる。

 王から脅しと警告が入り混じった飴が差し出される。颯汰もエリゴスも、兵士たちもどう答えるべきか、早急に思案し答えなければならないと思っていた。

 恐怖による重圧で時間が引き延ばされた感覚――。

 たった一秒も満たない時間でも無限のように重く苦しい時間が流れていた。

 流れる汗が冷たく、衣服が肌にジトっと張り付いて、普段なら気分を害するのにそこへ意識は注がれない。緊張で息は苦しく、無意識に呼吸が荒くなっていく。

 本当に十数秒も満たずに、その時間に耐え切れなくなった者がいたのはある種しかたがない事だろう――。

 その重圧を感じた者にしかわからないものであった。


「ま、魔王陛下!!」


一人の兵が緊張した面持ちで絶叫するように名を呼んだ。

 それは魔人族メイジスの兵士。勇者リズを国を救う希望と称し願いを託した男で、人族ウィリアらしき少年の背から奪い取り、現在は奴隷に扮した希望を背負った男であった。

 嫌な予感――、一瞬何事かと動きが止まった颯汰と兵たちもがそこで意識を取り戻したかのように張られた糸を切ったような勢いで走り寄るが、――遅かった。


「勇者ならば……地下牢で囚われていた勇者ならばここにぃ!!」


陣形を真ん中から脱し、叫んで王の前へと走り寄る兵士は片手の親指で背負っている少女を指し示す。そんな彼に触れさせまいと周りにコブシ大のサイズの雷の玉が三つほど胸の位置辺りの高さに出現し、地面へ乱雑に雷を撒いた。

うなれ雷球――エレキ・ウェイブ」と迅雷が呟き放った魔法――進入禁止の防護柵の代わりにしたのだ。

 颯汰たちも兵たちも彼の前で止まり、地面にぶつかった電気と火花から身を守るように再び防御態勢を取った。


「おぉ! よく仲間を裏切ってくれた! 偉いぞ~。ハハ、貴様の顔はきちんと覚えた! 全てが終わったあとでも家族を連れてくるがいい。昇進や減税などの便宜をも図ってやろう」


「あ、ありがたき幸せェ!!」


鷹揚おうように頷き、機嫌が最高潮に達したこの国を支配する魔神は気前のいい約束をリズを背負う兵にしてやった。

 宣言をしてしまっては、もはや詰め寄って黙らせても無駄である。敵の王がゆったりとした足取りで近づく今、一同はただ、様々な感情を内に抱きながら裏切った兵を見つめるしかない。


「まずは勇者を引き渡せ。下ろすんだ」


「は、ははーッ!!」


兵が背負っていた少女を丁重に床に下ろす。魔王の目を見て彼はその場から彼の右隣からやや後ろ辺りへ後退った。その顔に翳りはあったが、目だけは自身の罪を仕方がないものであったと訴えていた。

 少女リズは顔を赤く、息を荒くしてその場でへたり込んでいた。おそらく、手を突いているが起き上がるのは困難な状態なのだろう。


「また会ったな、闇の勇者。いつか牙を剥くとは思ったが、……今はこのザマか面白みもない。まぁいいか、ちょっと面白いものの続きが見えれるからな。そら――」


――面白いもの? 皆がその言葉に疑問符を浮かばせていた時、その答えが陰に忍び寄り一気に喰らい付いた。

 迅雷の視線が裏切った兵へ向いたときには、丁度悲鳴が上がった。黒泥の兵――人を模った呪詛の塊が何体も裏切者へ殺到したのだ。

 王の雷で姿を消し、地面に溶け込むように伏せてにじり寄っていたのだ。そんな芸当、今までしてなかったが制御が外れた事でドロイド兵は新たな技を会得していた。


「――ッ、ぐおッ!? よ、止せッ! 止めろ!! あああッ、はな、離せッ……!! ぐ、うおぉッ!!」


「ハハハッ! ……地に足を着き、大声を出せばそうなるのは自然だろう」


「あ、あが……、やめっ、たす、助けて!! 助けてくださいッ!! うう……、魔王さ――」


泥の兵は人の形を捨て、溶けあおうと身に降りかかる。粘着質の毒がじんわりと彼の身体を奪おうと細胞を侵していく。今更、剣を抜こうが無駄だ。

 それでも懸命に、命を救ってもらおうと――裏切り、情報を提供した自分に便宜を図るとまで言った王ならばこの敵を蹴散らせると信じ、上へと手を伸ばした。

 だが――、


「すまねぇな……。助けてやりたいが俺の電気じゃあお前の身体が持たない」


その瞳には、堕ちる他者を見つめて愉悦に浸る喜びがたたえていた。


「あ? いっそ殺せ? ダメダメ、約束しちまったからなぁ。俺はお前を殺せない。存分に喰われて養分になってくれ」


既に泥に七、八割が呑まれた男の目を見て、開けぬ口に代わって物語っている内容を読み取ったが、薄笑いに震えながら男は見捨てた。迅雷はこうなると分かっていたのだ。

 泥はバクりと男を呑み込んだ。持っていた剣がカランと石材の床に落ちて虚しい音を鳴らす。

 そして、人であったそれが魔獣へと姿を変貌した瞬間、迅雷は瞬時に移動――目に留まらぬ速度で背後に移動し、遠く――用済みだと言わんばかりに蹴り飛ばした。

 中庭の端から地下牢のある監視塔の辺りまで肉塊は転がったが加減をしたため死に至らず起き上がってはゆらゆらと揺れながら仲間と一緒に塔へ取り囲みに加わり始めた。

 それを見て迅雷の魔王は口角を上げた下品な顔で手を叩きながら嗤ったのであった。


「あーっ、最高だ! 死にひんし、生に執着しゅうちゃくする姿はいつ見ても愉快ゆかいだ! 極上の断末魔だったな……。音声レコーダーがあるなら録音したいくらいには良い音色だったぜ?」


悪趣味な文言を唱え、そっと寝そべる少女に近づいていく。

 動き出す兵たちを一睨みで身体を強張らせ、押し止めた。

 まさに身体中に電気が走ったかのように自由を奪ったのだ。


 吐き気すらもよおす程の邪悪に声も動く気配すらも失う者たち。

 蠢動しゅんどうする身を喰らう泥人形。

 むごたらしくちて、ちていった仲間。

 絶対的な魔の王の降臨。


 彼らは恐怖におののき、手足が震え、蛇に睨まれた蛙の如く愕然がくぜんとした表情で魔王を見つめるだけであった。


 踏み出せない。


 恐い。


 英雄の娘エリゴスはそれ以外に何もできない無力感にさいなまれ、己を呪う。

 何のために、己は武を選び――屈辱に耐え忍んでまでアンバードの兵となったのかと叱責しっせきするも足が、手が、口が震えて――広場で転がり落ちた父の首が脳裏に浮かび、それを見て嗤う男が今の姿と重なっていた。

 憎くて憎くて仕方がないのに。

 相手の力はどこまでも上で、まさに次元が異なるのだ。


 この国の兵も民も、骨のずいまで染み渡るほどに理解している――彼の苛烈さと与えてきた恐怖が人々の動きを止めるのに充分以上な“力”があった。

 たった五年ほどで刻まれた呪縛は強く、重く、人々の心だけではなく全てを縛りあげていたのだ。


「さぁて、動けるなら戦ってやったが……逃げ出した罰と、また叛逆はんぎゃくするくらいに虐めてやろうかなー。何がいい? 何をすれば壊れない? どこまですれば人格を保っていられる? …………その純潔を奪えば、丁度いい按配あんばいか? なぁ、答え――」


極まった下衆の問答――動く事すらままならない少女の腕を掴み持ち上げて語る。

 彼自身の様子がおかしくなっている事に当人もまた気づいていない中、言葉を投擲物とうてきぶつさえぎった。


「――? ナイフか?」


飛んできたナイフをわけもなく素手で弾いて迅雷は呟く。飛んできた方向に兵はいたが、誰も動いた様子はないが、一人消えていた事に気づいた。


「――ッ!」


「はぁッ!!」


背後からの一撃。

 一人だけ、その呪縛から解き放たれたのか跳ねるように飛び、剣を持って襲い掛かってきたのを迅雷は空いた左手で振り向いて受け止めた。

 地を滑るような高速移動からの急ターン、さらに跳躍をし、剣技というには無茶苦茶で、ただ衝動的に飛んで斬りかかったように映る。


 ――この剣、さっきの奴の……! 蹴った際に一緒に転がったのを拾ったのか


瞬時に読み取った魔王は、手のひらで受け止めた刃を掴み、横に倒して、払った。跳ね飛ばされた斬りつけた者――石材の床を両足で滑り、止まった時に外套のフードが勢いでズレ始め、前を向いて走り出した時にフードから顔が露出した。

 そこにあったのは人族ウィリアの少年の顔。否、立花颯汰であった。

 急襲に少しだけ驚いた迅雷は斬撃を受け止めた手を見やる。

 その手からツーッと血が零れ出すが、切り落とすに至っていなく颯汰はニンゲンじゃないと改めて知る事になった。だが、『それがどうした』というのだ。


「なんだ、お前は?」


招かれざる客に、不信感より興味が湧いた声で尋ねる。少女リズから興味が映ったのか手を放して落とす。


「――お前の敵だよ!!」


剣を携えて走る少年は、怨敵にえて牙をく――剣を石の上を走らせて近づき、火花散らして斬撃を放った。

 恨みを晴らすべく、体中の全細胞が敵を殺す事に意識を向ける。

 どんな者であれ、必ずは終わりを迎える。だから壊れるまで壊せばいい。それが例え、人の手では死なないと言うのであれば、死ぬまで殺し続ければいい。

 怨讐おんしゅうに駆られたもう一人の悪鬼もまた笑みを浮かべていた。


 狂気と狂気。別のベクトルであるが、彼らは共に内側に流れる激情に浸蝕しんしょくされ――呑まれ――支配され、ぶつかり合う運命さだめであったのだ。

 蒼銀の瞳と真紅の眼が互いの姿を見て、片や新たな娯楽に喜び嗤い、片や憎しみの炎が一気に燃え広がる。


 この国の――否、この世界の趨勢すうせいを決める戦いの幕が切って落とされたのであったが、当人たちがその始まりを自覚する由もなく、ただ敵を殺すためと遊ぶためとしか捉えていなかった。


次話は来週です。



2018/06/17

兵士の台詞(ドロイドに呑まれ浸食されているときの)を修正。

元気そうだったので多少苦しそうに。


2018/12/23

他所への投稿にあわせて一部ルビの追加。

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