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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
83/435

39 逃走

 作戦目標である勇者の救出及び、星輝晶アストラル・クォーツの破壊が完了した颯汰一行。

 勇者であるリズは囚われ拷問によって憔悴しょうすいし、また強大な力を使った反動で意識を失っていた。

 本来の予定ではその後、紅蓮の魔王と勇者リズが協力してアンバードの支配者たる迅雷の魔王を討つはずであったのだが、彼女が眠った今、紅蓮の魔王に託すしかなくなった。

 颯汰自身、出来れば己の手でどうにかしたいという気持ち――ボルヴェルグやシャーロット、家族や村の人々の憎しみを晴らすべきだと考えていた。しかしそれが圧倒的な転生者マオウの力に届かないという現実の壁に直面したがため、自身のやれる事だけはしっかりやろうと考え直し、この作戦に協力していた。

 あとは脱出し、星輝晶アストラル・クォーツを破壊した事によりいちじるしく弱った迅雷を紅蓮の魔王が討つだけだと思った矢先、制御が利かなくなった黒泥兵ドロイドたちが城中に出現し、警備を行っていた兵を次々と飲み込み魔獣が生まれ、魔獣から新たなドロイド兵たちが生まれ出したのだ。

 玉座のある王の間から物音がし、颯汰たちは様子をうかがうと兵が襲われていたのを目撃し、颯汰は衝動的に相棒で家族である龍の子シロすけに頼み、《神龍の息吹(ドラゴンブレス)》により黒泥と魔獣を吹き飛ばした。


 そして今、深く考えずに命令を下した事――助けた事を後悔し始めている。

 深く考えずとも、状況を鑑みれば誰であろうとすぐにこの襤褸切ぼろきれを被り、奴隷の恰好をしていても片方が『勇者』であると断じれる。

 自分たちは侵入者で、彼らはこの城を守る兵である。悪意に満ちた魔獣をほふったが、だからと言って見逃してもらえるなんて虫がいい話にも程があるのだ。

 戦いが、避けられぬと颯汰が諦めと同時に背中で苦し気に息をする彼女をどう守ろうかと思案していた時だ。


「剣を納めよ、我らがいきり立ってどうする!」


ゴーシュと呼ばれた兵が味方に軍刀を鞘に戻せと制した。玉座の前で棍を構えていたエリゴスが一瞬緩んだが、すぐ元に戻す。そこへゴーシュは笑いかけた。


「心配なさんな。ここにいる者は全員、貴殿らの味方だ」


兵たちは武器を納める。エリゴスは構えを解いたが、まだ手に棍を持ったまま問う。


「どういう事です……?」


エリゴスも偽名であざむいていたが、兵として彼に世話となったため敬意を込めた言葉遣いとなっていた。


「端的に言えば、勇者殿を保護に参った。我々も魔王たちが起こした騒ぎに乗じて勇者殿を保護しようと地下牢を目指したのだが、お主らの方が一足早かったのだな」


ゴーシュはここまで来た経緯を話し始める。


「途中で上空へ飛ぶアストラル・クォーツとそれを壊す少女――勇者殿の姿を見て、慌ててここにやって来た。……のだが、情けない話、その道中で突如出現したドロイド兵に我々が襲われて今に至るわけだ。アストラル・クォーツなるあの宝玉が破壊された今、伝承通りならば迅雷の魔王は著しく弱体化しているハズだ。だがあのゴキブリ以上の素早さで、此方に向かってくる可能性も捨てきれん。二人の魔王が潰し合っているならまだしも、両名がここに来るのはマズイ」


壮年の兵ゴーシュが語る。その後ろに並ぶ兵の一人、魔人族メイジスの男が声を上げた。


「今は身を隠さねば魔王たちがやってくる。彼女こそ、この国を救う希望であるに違いない!」


いやに演技がかっているというか、何かに酔いしれているような言い方とその言葉に颯汰とエリゴスは若干の苛立ちを感じたが、目を瞑り聞き流した。


「そうだ。兵は暗愚の王に忠誠を誓うのではない。国に忠誠を誓い、民を守るために剣を振るうべきなのだ。どちらが正義なんて幼子ですら理解しておるだろうに」


魔王と魔王の殺し合いで国中が戦慄せんりつに包まれる中、彼ら兵たちは明日へ繋がる希望を――勇者を解き放ち、弱った両者マオウたちを討たせようと画策していた。二人の魔王が闘い、共倒れにならなくても、伝承通りならば疲弊ひへいした片方であれば勇者が少女とて倒せると考えていた。だが今すぐ戦えば三つ巴――それどころか最悪の場合、天敵に対して魔王同士が手を組む可能性があった。それを恐れ、勇者をどこかへ隠そうと思い、彼らはここまで急いだのだ。

 紅蓮の魔王がドロイド兵と魔獣と対峙して“勇者の血”が使われていると知り、勇者の救出と迅雷を討つ作戦を提案したとは彼らが知る由もない。魔王は魔王、どちらにしても災厄である事に変わりないのだ。

 エリゴスと颯汰は目配せをしてお互いの意思を確認する。数秒にも満たない短さだが会議は終わり、『下手に混乱させると面倒になるだろう』という理由で自分たちやこの勇者リズすらもう一人の魔王――紅蓮の魔王の味方であると説明を省いた。


「……そうですか。今、勇者かのじょはこの状態……。たしかにここから離れる方が賢明そうですね」


「……壁か床にシロすけのブレスで穴を空けて脱出できるけど、安全地帯なんてあるのですか? 黒泥兵アレらがウジャウジャいるんでしょう?」


いぶかし気な雰囲気――まだ兵たちを信用し切っていない立花颯汰が思い切ってゴーシュ訊ねる。瓦礫に埋まった扉の向こうでまだ何匹か残っているだろう。


「……一つだけ。おそらく君たちも知っている場所だろう」


「……「隠し通路!」」


「あぁ、あそこは一部の者しか知らない。あそこに逃げ込み入口を塞ぎ、逃げれば王都の外だ。あそこしかあるまい」


ゴーシュの言葉の兵たちはそれぞれ同意の意味で首を縦に振った。エリゴスは彼らを信用したようで、颯汰に目配せをして頷く。まだ心にわだかまる納得がいかないような変な気持ちがあるが颯汰は隠し通路へと向かう事にした。




 龍の子に床を破壊させとそこは歩廊の壁であったのか崩れ、降りるのに丁度いい段差となっていた。暫く誰か音に反応してやってくるかを覗いた後に兵士たちが先に降りてドロイド兵が辺りにいないか確認する。手を後ろに回し、少女を背負う少年に兵が手伝おうとするが、颯汰は注意を払って一人で降りた。


「…………音で反応はしないようだな」


「魔獣なら耳が膨れ上がった脂肪で潰れている可能性もあるが――油断しないで行こうぞ」


「きゅぅぅ……」


緊張した兵たちの会話の後に、あまりに脱力した声が響く。

 龍の子シロすけ鳴き声だ。

 先ほどまで威嚇の唸り声を上げていたはずなのに、まるで飽きたのか気まぐれであったのか、純粋に眠たいのか眠たそうな声を上げ、龍の子は背負われた勇者の肩に足を乗せ、頭に全身を預けて出した。無限に魔力を生み出す心臓を持つ竜種であっても、まだ幼さが残る子ども――地下牢の番人オークから受けたダメージも回復し切っていない。初めて翼から竜術を放ったのもあって疲労が溜りきったのだろう。

 緊張で皆の顔がしかめていたが、そのお陰で程よく緊張が解れたのか和やかな空気が生まれた。こいつは将来大物になるぞ、とゴーシュは肩をすくめながら言う。

 わずかな談笑のあと皆の表情が真剣となり目的地――隠し通路まで歩みを進める。

 そんな中、エリゴスは改まってゴーシュに声を掛けた。


「……ゴーシュ殿、一つ訊ねたい事が」


「何だ?」


「地下牢――いや、監視塔もあの黒い兵たちに襲われていますよね? 中に囚われた女たちがいますが、持ちこたえられますか?」


エリゴス(ラスアルグル)の問いに男は数瞬だけ唸りながら、自身の主観だがと言ったあと続けた。


「……籠城しているようだが、安心はできないだろうな。いつまで保つか定かではない。勇者殿が地下牢にまだいると思い、中へ参ろうと駆けていた時にアストラル・クォーツの破壊を目撃したのだ。我々が王の間の近くに降りたと知りそこへ急行しようと決めた直後には、もうドロイド兵どもが城内から出てきてな。下手に刺激しないようにと我々が声を掛け、上から身を乗り出して弩での攻撃をしないように控えさせたせいかドロイドは塔の存在より我々を追って来て、結果あのざまだ。…………あれより数が増えていると救出は絶望的だろう。それに地下のオーク――奴も魔獣と相違ない。おそらく暴走して地下の女たちは……」


「いえ、そこはおそらく大丈夫です。オークはたおしたので」


「なんと!?」


どのように殺したのかは多くは語らず、協力してオークを倒したという旨だけ伝えた。時間がないので説明は省く。


「『しかし、よく地下牢であのオークから勇者を運び出せたな』、と思っていたが……まさか、倒していたとは!」


驚嘆を隠さずゴーシュはエリゴスと颯汰を交互に見たあと、遠くを見る瞳で独り言のように言った。


「あのオークに殺された数多の民、英傑たち、更には英雄ボルヴェルグの魂も浮かばれるとよいな」


ボルヴェルグのワードに過敏に反応した颯汰であるがそれに気づいたのはエリゴスだけであった。何となしにエリゴスは颯汰に言った。


「…………アイツが、地下牢にいたあの化け物が、……ボルヴェルグ・グレンデルの首を刎ねた張本人だ」


「…………!!」


まさかとは思ったが、やはり処刑人として彼がボルヴェルグを斬首にしたようだ。知らぬ間に、颯汰は仇の一つを討ったが、それで心が晴れる訳がない。

 心模様が外の景色に投影されたような薄暗さを持っていた。

 いや、それよりも深い黒――城を闊歩する漆黒の汚泥の兵よりも黒い感情に薄っすらと火が着き始め燃え盛るのに当人以外に気づくすべはない。


 先頭に立っていた兵士が止まれとジェスチャーで示す。どうやら進行方向でバケモノが跋扈ばっこしているようだ。

 急いで進行方向を変え、遠回りでも安全な道のりを探し始める。


 誰もが小声で手短に話す。先ほどと何処か違う緊張感が生じていた。

 少し離れて聞こえる剣戟――おそらく魔獣に鳴り損なった“死兵”が剣を持っているのだろう。兵士たちの怒号と悲鳴が幾重に城内の回廊に響く。その度に一行は神経質なほどに聞こえてくる方を向いては仕草で行動を指示し合う。

 おそらく、シロすけはすぐにブレスを放てないだろうと様子から一同は理解していた。どんな敵も紙くず同然にしてしまう強大な竜の術であったが、今はそれを頼りには出来ない。


「ッ!!」


少ない数なら蹴散らせる。先導する兵士たちが泥の塊を切り倒し、活動停止するまで突き刺していく。恨みを晴らすが如く、執念を込めて振り下ろされた。


「マズイな。確実に数が増えている。急がなければ……――!?」


歩廊の丁字路の先、角に沿って両方向を覗く。右へと進めば颯汰たちが侵入をした部屋。先王の遺物などを押し込めた倉庫と兵が休む(サボる)ための部屋がある。だが、そちらにどうも多数のドロイド兵がいるようだ。

 そこまではもう一本道しかない。魔獣がいなければ無理矢理にでも通れるだろう。ただ犠牲者が出ないとは限らない。


 ――ここは押し通り、勇者殿を逃がすしかないようだな


そう覚悟が決まったゴーシュは後ろに立つ兵と顔を見合わせた。だが――、

 颯汰とエリゴスの背後、殿しんがりを務めた兵士が叫ぶ。ドロイド兵と魔獣が後ろからかなりの速度でやって来たのだ。

 誰もが思わず悲鳴を上げたくなった。魔獣の声に呼応するように前方の泥たちも動き出す。敵の数が増え、左以外に進む道がなくなったのだ。


「クソッ!! 奴ら追ってくる! 速さも数も増して!!」


「それに、あいつら! 何度目かの曲がり角で先回りしていた! そんな知性があるのか!? それとも何か音やニオイ、気配を感じ取っているのか!?」


逃げ始めて暫くした後、兵は走りながら叫ぶ。殿を務めた兵が少女を背負う颯汰から、この国を救う希望と呼んだ少女を奪い、肩に乗せて走り出していた。少女を担いでいるのに走る速度は下がらず、颯汰の走る速度は軽くなった分、速くなった。

 そうして彼らは何十もの大群に追われ、中庭に出てしまった。そこ以外に退路はなかったのだが、その先も真っ黒な影により希望が見えない。

 後ろから来る泥の兵よりは少ないが、それでも敵は点在している。

 緑は少なく、石材の上には濃い黒と濃い赤がべったりと油絵を引きずったみたいな跡が幾つも見受けられる。

 生きている人間はいない。生きていた人間はいた。

 塔へ逃げ込もうと考えたが、その周りを囲う様に既に黒い人だかりの波が押し寄せていた。

 その中の一部が颯汰たちの存在に気づき、ゆっくりとした足取りで向かってくる。

 後ろからも敵がやってくる。颯汰たちは囲まれ、右の方の壁に追いやられてしまった。もはや魔獣たちは走る必要がないとじっくりとねぶるような歩みで迫る。

 誰もが声を出さないで集中した。兵は少女を颯汰に託し、軍刀を引き抜く。戦力差は誰の目を見ても絶望的だ。

 シロすけも颯汰の頭から懸命に飛ぼうとするが、やはりオーク戦でのダメージが引きずっているのか上手く飛べない。


 誰もが万事休すかと覚悟した――。


 だが、その時――光の柱が空から降り注いだ。

 甲高い金属のような音を幾重も奏でながら、閃光が槍と成し敵を貫き、その余波で回りの泥を溶かして掻き消す。

 紫色の電が魔獣や泥の兵を浄化していく。

 それはまるで、天上から裁きの光であった。


「…………!!」


『はっ……、アストラル・クォーツの破壊のペナルティの影響か。随分と弱っちまったが……まぁ、あの赤いのと闇の勇者(メスガキ)を狩るには充分だな」


空に浮かんでいた魔神は強制的に雷の鎧――《神滅の(ルクスリア・)雷帝(アエーシュマ)》の機能を停止させられ、言葉の途中で元の人の姿に戻る。エコーがかった声も元の人の声へと変わっていた。その姿に目立った外傷はなく、彼は依然として健在していた。


「おいお前ら! 楽しそうな事になってんなぁ!」



 それはまるで、天上から裁きの光であった。――決して救いの光ではない。


 何故なら、その上に立つ者が――、この国を支配した悪意の化身たる転生者、迅雷の魔王であったからだ。


2018/12/16

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