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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
79/435

35 顛墜

 斬撃を浴び、竜魔族ドラクルードの男――ビム・インフェルートは後退り、


「ぐ、うぉおおお、お……!!」


力なく、音を立ててその場に伏した。


「…………やった」


立花颯汰が呟く。

 だが、敵をした少女もまた、ふらつき倒れそうになっていた。


「――!?」


慌てて駆けて後方へ倒れ込もうとする少女をギリギリのところで颯汰は押さえた。勢いでシロすけはずるりと落ちたが、フワフワと自力で飛んで颯汰を追いかける。


「――…………っ」


どうやら、一瞬だけ意識が遠退いてフラついたようだ。今までの疲労か勇者となった影響かはわからないが、顔がほんのり赤くなっている。休んで貰いたいのは山々であるが、彼女にはまだやって貰わなければならない大役があった。


 二人と一匹は自然と視線が上に向かう。暗闇を照らす黄の光――星輝晶アストラル・クォーツ

 上空に続く螺旋階段の中段辺り、塔の中心――およそ七ムートの高さを浮くそれは勇者の力でしか破壊できない。


「…………」


「改めて見ると少し高いなぁ」


少女は颯汰の顔を見て、思い出してクスリと笑う。王都ベルンの秘密の抜け道――子供たちだけが通れる空家の壊れた壁を通り抜け、屋根を飛んで移った日のことを思い出す。颯汰はあの頃、誤魔化そうと強がっていたが高所恐怖症なのである。


「…………?」


面影を残しつつ、大人に近づき遠退とおのいたように見えた少年であったが、変わらないものも確かにあるという喜び――何か嬉しさに似た感情が生まれ、リズは声に出さず微笑する。そんな少女に颯汰は首を傾げていた。


「…………! 別に高いところは平気だぞ? さっきだって見てなかったか? あの場所から跳躍からのキックを」


その意図になかば気づいた颯汰は弁明する。平静な声色であるが、饒舌で早口でまくし立てるものだから、必死で誤魔化そうと試みていると誰が聞いてもわかる。


「おい、リズさん? わかった? わかってる? …………そんな優しい目で見るなよ……」


少女はまだ敵の根城の中だと言うのに、心の底からの安寧を感じていた。

 そこへ、わざとらしい咳払いが響く。その方向へ二人は目を向けると、


「…………いちゃつくのは結構だが、そろそろこの鎖を解いて貰いたいのだが」


不機嫌な声音と表情で横たわるエリゴスが言った。鎖が複雑に絡みつき、一人での脱出は難しい状態となっていたようだ。

 二人はビクリと驚き、彼女の元へ駆け足で向かう。

 別にいちゃついてなんかいない、とぼやく颯汰をエリゴスは一睨みで黙らせた後、勇者の鎌剣で鎖を断ち切らせた。


「ふぅー……。助かったよ」


斬られた鎖がジャラジャラと音を立てて床に落ちる。

 礼を言われたリズは軽く会釈を返した。


「……邪魔者は倒したし、見つかる前に星輝晶あれを破壊するぞ」


「…………あの位置、届くか?」


特定の誰かへ話しかけるのではなく独り言のように颯汰は上を仰ぎながら言う。

 手すりのない壁に伝って伸びる無骨な階段の幅は一定だが、上に行くにつれて壁が狭まっている塔の内部。大人二人は厳しい幅で、その中心に浮かぶ結晶体は絶妙に段の端から届きそうにない位置にあるように見えた。


「…………あれをどうにか降ろすしかあるまい」


「どうやって?」


「知るか」


「理不尽!」


「きゅー」


「……勇者の鎌剣をさぁ、その、投げて当たれば壊れないかな? シックルゥゥ! ブゥゥメランッ! 的な感じで」


「言葉の意味がわからないが、どうだろう……。試してみるか?」


エリゴスの問いにリズは頷き、空の両手を広げる。おそらく、武器が現れたのだろう。不可視の双鎌剣を握り絞め上の目標に向かって、右手の物から投げつけた。



 日常生活において普通に暮らせば投擲の機会は多くはないだろう。特に女性に限ってはそれが顕著なはずだ。現実の社会でも体育などの授業でしか経験しない人だっているくらいである。


「え」


 その構え(フォーム)を見て、颯汰は素っ頓狂な声を漏らす。

 おそらく、この少女は物を投げると言った動作をあまりした事がないのだと素人目でも容易に判別がつく。


「――――っ!!」


端的に言えば、『すっごい、へちょい』。

 野球やソフトボールの美しい投球フォームを要求しているわけではないが、(実は)緊迫した状況で、あまりに拍子抜けの脱力感。

 投げた物体自体が見えないためそれを目で追う事はできないから、二人はすぐ視線を浮かぶ宝玉のような結晶体に向けた。

 カン、と何かにぶつかる音は聞こえたが、音は大きく想像より近い。


「…………――」


「いや、『直接攻撃しないと壊せないわー』みたいな顔してるけど、当たってないよね? あそこ辺りに刺さったんだよね!?」


嘆息を吐き、首を横に振った少女に対して、颯汰は少し上の音がした辺り――螺旋階段に指をさして指摘する。リズの方を向いたが、少女は目線どころか顔すら合わせないようにそっぽ向いていた。


 どうしたものかと考え、ビムが使った槍では傷は付かないが鎖でどうにか引っかけられないかと思ったエリゴスがギミック付の槍に視線を向けた時だ。


「クッ! 下賤のものがぁぁ……。彼の、シドナイの魂にぃ……触れるなど、万年早い……!」


息切れと掠れた声で竜魔族ドラクルードの側近ビムは動かない身体で声だけ発する。仰向けのまま颯汰とリズを睨み、続けて、


「あんな弱々しい投擲で、ハハハ……! 笑わせるな! 手足の感覚より、腹筋の痛みが先に戻りそうだ! ハハハ! ハーッハッハ――」


少女はツカツカと早足で彼の前に座り込み、「まだ喋る元気があったのか」と言わんばかりに見えない右の鎌剣でサクリと斬った。


「――ォォ!!」


肉体に傷は一切生じていないが、ついに声を出す力すら奪われた側近は白目を剥いて気を失う。生気を吸われたかのように顔は青白く、目元は隈で黒くなりまるで一回り二回り老け込んで見えた。


「……この男に聞けば良かったのでは?」


「いや、たぶんこのおっさんは死んでも喋らないと思う。…………今のうちに鎖で手足を縛っておいた方がいいかな?」


「その前に鎖で……いや、切断されて長さが足りないか」


エリゴスは転がる短くなった鎖と上を見た。星輝晶アストラル・クォーツを中点として対角線上に二人、一人と一匹でそれぞれ鎖を持ち目標物に引っかけ、一緒に階段を下りれば星輝晶が引っ張られるのではと想像したが、断ち切られた鎖たちを見てすぐに無理だと判断し、転がる敵が気絶から起きて抵抗させないために縛る事に協力し始めた。


「…………息の根を止めた方が早くないか?」


鎖で両腕を後ろに回して鎖で厳重に縛り付け、万が一でも袖から何も出せないように縛り上げながらエリゴスが零す。


「物騒だなぁー」


「お前が言うな! ……まだ、先ほどの暗器みたいな搦め手を持っているかもしれないんだぞ?」


「まぁ、生殺与奪の権利は勇者さんにあるし、……それに俺的にはまだ生かした方がいいと思う」


どうしてだ、と訊ねる女に颯汰は答えた。


「どうやって《勇者の血》を加工したのか、とか何か他にも色々知ってそうじゃない。方法に興味があるんじゃなくて、『どうしてその発想に至れた』のかとか」


ふぅん、と興味なさげにエリゴスは答え、鎖で腕を縛り終えた。


 ――迅雷の魔王にとって勇者を見つけたのは、たまたま運が良かったわけじゃない……狙って襲撃したんだ


脳内にどこぞの街を襲撃する迅雷を思い浮かべながら描く。


 ――紅蓮の王さまが言ってたはずだ。『転生者マオウは他の魔王の存在には近づけば気配で気づけるが、勇者には気づけない』と。感覚的に魔王は異質な雰囲気を持っているのを知覚できるが勇者はそこら辺の一般人と同じで見分けがつかない……それなのに何故彼女を探し出す事が出来た?


迅雷の後ろに侍る黒いローブの謎の人物に颯汰は勇者レーダーみたいな道具を持たせて見たが、どうもしっくりこないでその映像に消しゴムで消す。


 ――…………あるかもしれないけどさ。そうして勇者を殺さず捕まえた。普通なら自分を殺す因子を持つ勇者なんて生かしておくだろうか? あの男が普通じゃない……とか? それが……あり得るかもだけど


思考の泥沼が尽きぬ疑問に掻き乱され、ミルク色の異次元へと誘うようにどんどん深みへはまっていく。


 ――味方に引き込めば戦力になるのは間違いないだろうし、他の魔王へのけん制のもなる。が、それなら地下牢で趣味の悪い採血なんてしない。最初から幽閉して血だけ搾り取るつもりだったんだ。アモンさんからの情報……まぁ又聞きらしいが『勇者を連れ込んでその日からすぐに地下牢へ入れ、拷問が始まった』


ちらりとリズを見る。鎖を運び、エリゴスの近くに置いていた。


 ――兵器が投入されたのもその数日後。身体を調べた過程で血から兵器に転用できるって考えに至れたとしても、それまでのスパンが短すぎる。最初から勇者の血の秘密みたいなのを知ってたなら辻褄が……、


「さっさと手を動かせ」


「――あ、ハイ!」


凄む目線を瞬時に逸らして脚部を鎖で巻き付ける作業を再開する。

 中断された思考。考えても答えは独りでは辿り着けるはずもない。


 一同は手早く竜魔族ドラクルードの男を拘束し終えた。簀巻きとはいかないが、身体の各部位を動かせないように縛った。羽も動かせないように腕と一緒に縛る。裾や袖から暗器が出るやもしれないと警戒し、短くなった鎖やら使えるものをほぼ全部使って身動きを封じたのだ。

 ビムは途中で目を覚ましたが敵意に燃える眼差しを向けるも誰もがスルー。声は出てないが視線がウザったいので、全員で転がすように壁際に放り投げ、目的の物へ再び視線を戻した。

 リズは二人を見る。


「とりあえず、近づいてみるか。……階段の横の幅が狭いからアンタとドラゴンはそこで待ってな」


鎖から外して余った槍の穂先部分を持ち颯汰たちに向けてエリゴスは言う。


「きゅー?」


「ハイ了解」


何故と反論する龍の子シロすけに対し、颯汰は一切の反論もなく受け入れた。エリゴスに聞けば間違いなく否定するが、颯汰を想って高所へ女二人で向かうのだ。


「アンタは顔は出さずに、部屋に敵兵が近づいていないか見張ってな」


「ハイ了解」――どうやってだろう?


“?”を浮かべたまま、颯汰は入口付近まで歩いていく。少女は気づかれないほど小さく手を振って二人は螺旋階段を進んでいった。


 幅は決して広くなくそのまま左に身を乗り出せば落ちてしまう安全性の欠片もない不心折設計。あくまでもここは隠し部屋であるため、そういったものに掛かるコスト抑えたの造りなのだろうか。主がこの階段で落ちて亡くなったら笑えないが。

 エリゴスが先頭を歩き、二人とも壁に沿って右手を置いて出来る限り右側に寄って進んでいった。

 片方が喋れないのもあって一言も会話もしないで、女たちは星輝晶アストラル・クォーツの前へと向かった。


 そこに悪意が蠢動しゅんどうし始めた。


 颯汰も時より彼女たちの方を仰ぎ見て、リズの外套がめくれたら半裸なんだよなと真顔で下世話な考えを巡らせながらも入口付近を警備する。外から物音は聞こえないので敵兵はやってきていないようだ。

 だが、敵はすぐ傍に、横たわったままにいた。


 ――馬鹿どもめ、確かに手足も唇すらも動かせないが……、私にはこれさえ動けばいいのだ!


 ビムは鎖で手足は縛られ羽も口までも巻かれていたが、ただ一つ見逃された部位があった。……尻尾だ。垂れ下がってもう力の入らないように装い、使える鎖の個数も限られているからどちらかの足と一緒に縛られずに済んだのだ。

 その尾に全神経を集中し、壁に解け込む“起動用のパネル”を正確に押したのだ。男は最後の力を振り絞って尾を動かし、心の中で高らかに嗤う。


 ――さぁ、我が友の魂よ。その輝きを以て、身の危険を知らせよ!


 地響きと共に揺れる城――否、この塔だけ動いていた。

 何事かと動ける全員が辺りを見渡す。

 ゴゴゴゴゴ、と螺旋階段が動き出していた。上の階から次々と音を立てながら壁に沿って造られた怪談が中へと収納されていく。


「――ッ! カラクリ屋敷かここは!?」


「……まずい! アストラル・クォーツが……!」


尖塔の屋根――窓も壁の中へ収納されると、光を発した星輝晶アストラル・クォーツがゆっくり、徐々に空へ向かって浮かびだしたのだ。

 このままで破壊する前に外に飛び出し、外で戦う迅雷に発見されるだろう。


「チッ、――よくもやってくれたな……!」


颯汰は舌打ちをして転がる竜魔をめつけるが、既に意識を完全に失っていた。


「無茶だ!」


エリゴスの悲鳴にも似た叫びを聞き颯汰は視線をそちらに向けると、止まる魔人族メイジスの女を差し置いて、勇者リズが階段を走って駆け上がっていた。

 だが、せり上がる星輝晶アストラル・クォーツに段差は次々と壁と同化していく中、全力疾走で間に合うかギリギリのラインだろう。もし間に合ったところで即座に撤退しなければ足場が消えて石の床へ真っ逆さまだ。

 揺れ動き足場が消えていく先へ、少女は駆けていく。走りながら鎌剣を投げるが当たっているか当たっていないかは目視不能なのでわからないが、依然目標は上昇を続けている。

 そろそろ足場がなくなる所まで差し掛かる。少女はまだ諦めていなかった。


「引き返せーっ!」


下から眺める少年は自然と両手を口の付近に持っていき叫んだ。

 リズはなおも加速し、階段を突き進む。ついに星輝晶アストラル・クォーツに追い付いたが、斜め上にあり、階段からも距離があった。さらに彼女の真上の階段まで壁に収納されていた。即ち残された時間は僅かにしかない。


「間に合わない! 戻れ!」


女の声に少女は足を止めずに、その走りを助走とし、


「おい――そりゃ……」


感づいた颯汰は血の気が引く思いであった。

 少女リズ――勇気ある者。

 神に与えられた宿命を為そうと思ったわけではない。復讐心でもない。

 あくまでも自分の意思で星輝晶アストラル・クォーツを破壊すると決意したのだ。いや、したつもりであったのやもしれない。

 運命の糸に導かれるように、この螺旋階段と同じく一直線の決められた道をただ沿っているだけなのかもしれない。

 その答えは人が最期まで生き抜いても知る事はないだろう。

 それでも彼女は邪悪な魔王を討つ一手となるならばと、少女は飛翔する。


 石段から飛び出し星輝晶アストラル・クォーツへ向かう。双鎌剣を再度出現させ、上がり続ける結晶体に刃を突き立てようと飛び込みながら上に向けて振るった。


 だが、――届かない。


 両手の武器は虚空を切り裂き、無情にも身体は重力に引かれていく。


 僅かに、その下を掠めて、結晶に傷が付かなかったのだ。


 時の流れが緩やかになる。


 向かいの段差まで届かない。


 落下の感覚で身体が冷たく蒼白となる。


 少年と目が合う。


 やっと逢えたのに、死という別れが迫ると涙より先に悔しさが込み上げた。


 あとは床へ落ちる果実のように臓腑と脳しょうを血で塗れた中身をぶちまけて死ぬのを待つのみであった――。


風邪 花粉症 ベストマッチ!

晩春の悪夢ゥー

なんで俺はこんな体に生まれた!(ドン)



……次話は来週ですよ。



2018/11/05

一部ルビの修正及び、誤字脱字の修正。

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