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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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34 覚醒

 王都バーレイの古城――。

 その城の二番目に高い位置にある尖塔の上、アンバードの『迸る白い雷』が描かれた紫地の国旗が激闘によって生じた風圧によって揺らめいてたが、今は大人しさを見せていた。

 遠くから見れば高い位置にあるため、大抵の者は気づく事はないが円錐の屋根部分はガラス張りで――天地を揺るがす王たちの闘争の影響で雲は散り、中天に太陽が現れていた今、日の光が差し込んでいた。

 その尖塔の真下が王の間の裏『隠し部屋』である。


 その搭の内部は上に行くだけ狭まり、下は広く十数ムートはあるだろうか。

 内壁はさながら天国へ渡る階段のように螺旋状に上へと続き、手すりといった物はない。そんな搭の中心、七ムート(約七メートル)ほどの高さに黄色に輝く迅雷(ジンライ)魔王(マオウ)星輝晶アストラル・クォーツは浮かんでいた。


 そこへ侵入は成功し、あと『勇者の力』で星輝晶アストラル・クォーツを破壊すれば、確実に迅雷の魔王を仕留める事ができるようになる。

 だが、地下牢からここまでの道のりの警備の薄さは、迅雷の魔王の側近であるビム・インフェルートによって仕組まれたのであった。敢えて侵入した鼠を誘き寄せて狩る――というより、自身の有用さを証明するためにわざと主を追い込んだという方が正しいだろう。


 隠し部屋を照らす星輝晶アストラル・クォーツの黄色い光。

 眩いだけあって影は濃く、表情は暗く見えないがその狂った思想と同じく歪んでいただろう。

 竜魔族(ドラクルード)の側近は、颯汰の腕を槍に仕込んだ鎖で拘束し自由を奪っただけではなく、その腕を踏みつけていた。

 石突から錘と伸びる鎖、分かれた柄が絡みつき、更に圧し掛かる脚の重さ。痛みで悶える颯汰に対し、男はさほど興味もなさそうな様子であった。

 普段(王の前で)は冷静に物事を測り、職務を過剰に全う(オーバーワーク)する男であるが、激情に駆られた今、その“異様さ”に気づくに至らない。

 ただの生意気な子供としか思っていないから、即座に退場願ったのだ。


 一対多の定石は敵の戦力を一つずつ着実に潰す事だろう。戦力として総合しても自身に届かないと舐められた颯汰たち一行であるが、一人は全身を鎖で絡まれ身動きが取れず、一匹は気絶。一人は今にも倒れそうなほど弱り、一人は今まさに処理する段階なのだ。ビムは自身の勝利を疑わないが、そこに雀躍(じゃくやく)など無し。言葉こそ落胆を見せたがそういった感情すら欠落していた。怒りも哀れみも存在しない。要するにもはやドウデモイイのだ。


『――勇者を牢から逃がし、更にアストラル・クォーツを壊させようとしたと知れば、それを防いだ私をお褒めになってくださるだろう』


ビムはそう自身に言い聞かせていたものの、称賛を受けられるとは全く思っていない。精々鼻で笑った後にエリゴスの処遇をビムに(ゆだ)ねるくらいだろう。

 追い詰められた上での勝利ならば迅雷の魔王(シドナイ)の無茶な行為が減るかもしれないが、一切の脅威とならない相手では反省もしないはずだと考えていた。それに加え、(ねぎら)いの言葉はあったとしても前途した自身の有用性を証明できないのが彼は堪らないのだ。


 痛みで(もだ)える颯汰は濃い影で隠れていた氷よりも冷たい無表情に、背中から底冷えするような感覚がした。無関心を通り越した冷めた瞳。颯汰の中で捨て去ろうと(、、、、、、)決めていた記憶(、、、、、、、)(よみがえ)る。


「……と……さん、……あさん……」


無意識に動いた唇から、誰も本人すらも言葉を正しく読み取れない。

 向けられた刃は鈍く光りを反射する。

 ただそれを振り下ろすだけで、颯汰の命の燈火(ともしび)は一気に燃えて、尽きてしまう。

 動かなければならないのに直面した死に身体は強張り脳は思考を破棄し始める。

 踏まれている痛みすら、もはや消えていた。


「何を想ってここまで来たかは聞かん。興味もない。ここで去ね」


腕を踏み身体を押さえ、ビムは伸びきった鎖の先――槍の穂先の少し上を持ち、振り下ろす。


 短い叫び声。


 悲鳴を上げた立花颯汰は、咄嗟に目を瞑っていた。

 直視したくない死という現実を受け入れたくない一心で瞳を闇で満たす。

 歯を食いしばり、刺突の熱を帯びた痛みが来ると全身の筋肉が緊張し始める。


 だが、ほんの数字を三つ数える間もなく、すぐ傍で金属が石の床に落ちた音が反響して耳朶に届いた。


「…………え」


静かに颯汰は片目から開けた。

 手に圧し掛かっていた重さが引く。側近がよろめいて、後退ったのだ。

 そして、直後に颯汰の前へ――彼を守るように現れた。


「――……!!」


「り、リズ!」


鎖で簀巻きのようにされているエリゴスは驚き、彼女の名を叫ぶ。

 揺れる外套と振り乱す長い髪。覚悟に燃える瞳が竜魔族(ドラクルード)の男を捉えていた。



 ほんの少し前――ビムが凶器を手にし、颯汰へ歩み寄っていた瞬間まで(さかのぼ)る。


 熱で意識まで遠退いていた勇者リズ。何故自身の体調が急に悪化したのか見当は付いていたのだ。

 額ではなく、脳でもない。身体の内側とも言いづらい――遠く限りなく近い場所にあるエネルギーが動き出そうとしていた。それは言うなれば『勇者の意思』――“魔王を一人残らず殺せ”という本能であった。

 彼女(リズ)は魔王に対して恨みや憎しみがないわけではない。父は惨殺され領民も多く死んでしまった。それは戦争とは呼べない一方的な蹂躙でだ。さらには地下牢へ閉じ込められ、拷問で流れた己の血を兵器に転用されれば、相手を八つ裂きにしても気が済むものではないだろう。だがこの激情に飲まれれば『本当の化物』となってしまうと聡明な少女は理解していた。

 自身に流れる血が悪魔を生み出す姿を見た時から、自分自身が怖くて仕方がなくなっていた。

 生殺与奪の権利さえ拘束され奪われた彼女はただ自身の死だけを望んで地下牢に囚われていた。


 ――はやく、だれか、ころして、ください


張り裂けそうな心が宿る胸。その背には創傷が幾つも刻まれていた。その度にまたどこかの街が燃え、誰かの血と涙が零れるのだ。早く解き放っ(殺し)て欲しいと三女神だけでは飽き足らず様々な神、ついには異教の神にすら祈り(すが)っていた。


 そんな早々に人生の終わりを望んだ彼女の前に、“彼”は現れたのだ。


 子供の頃だが焼き付いていたからこそ、その記憶は鮮明に浮かび再生された。


『人質なんてサイテーな事するんじゃねーよ』

 

衝撃的な出会いであったがそれだけが理由で忘れられないわけではない。

 大怪我負ったくせに無茶をする父を引っ叩いた後、自分の中のいろんな感情が混ざり合って処理できずに涙を流した時、彼はただじっと傍にいてくれた。

 その後も彼と王子と、三人で王都ベルンの太陽祭を自然と戻った笑顔で遊ぶことが出来たのであった。

 その時、芽生えた感情は気の迷いでも嘘偽りでもなかったと、今理解した。

 守れるほど強くなると誓ったのに、彼はその先を行くように強くなっていた。

 あの頃のように相手の方が大きいのに立ち向かい、知恵を絞って戦い抜き、あの頃より幾分も容赦がなくなっていたが、どこかあの頃のまま変わらなくて自然と涙が零れだす。


 ――あぁ、……こんな弱い私を救ってくれて、ありがとう……


 だから、それだけは奪わせたくない、と彼女は誓った。

 この身に流れる神から授けられた『勇者(バケモノ)の血』。受け入れたくなかっただろう。本当に怖かったのだろう。自身の運命を拒絶したかっただろう。


 少女は『彼を守るための力』を欲した。


 もしこの本能に負け、さらに辺りに死を撒き散らす悪魔に変貌しようと構わないと滾る熱を、――勇者の血を受け入れた。


 ――だってもしそうなっても大丈夫。彼なら、きっと私を殺し(すくっ)てくれるから……


 そうして少女は胸の前で両手を握り、祈るように目を瞑る。


 すると、始まった――。淀んだ空気が張り詰めるのを感じる。


 強大な魔力が、彼女の内から溢れ出した。


 それは目視できるほど濃く、紫の煙となって踊り出す。


 そのオーラに当てられ髪がゆらゆらと揺らめく中、瞳が開かれた。


 すると――、甲高い音が響く。彼女の手枷の鎖は何か(、、)で断ち切られた。


その一部始終を見ていた唯一の人間――エリゴス・グレンデルは少女に付けた名を呼んだのであった。


 颯汰を生かしたいから、その一心で少女リズ――

『リーゼロッテ・フォン・ハートフィール』はその手に星剣を、

その心に勇気を宿したのだ。


 覚悟を決めた少女――勇者は右手に握った武器を手にして走り、竜魔族(ドラクルード)の武器を掴んでいた左腕を斬りつけたのだ。




「な、……にぃ……!?」


何か(、、)で斬られた。

 ビムの手に間違いなく斬られた感触があったはずなのに、槍を握っていた手から血どころか傷すらない。


 ――何だ……!? 斬られた……? 手に力が入らん! 奴は、何をした……!?


ビムが力の入らぬ左の片手を押さえる。勇者リズの両手には何も視えないが、何かを握っていた。


「――!」


左斜め下から右手で斬り付けた勢いで少女は身体を回転させ、すかさず反転し、舞う様に、かつ急襲する爪の如く鋭い二撃目を与える。


「ぐおッ!?」


反射的に右手を前に出し身体を守ろうとする。だが見えぬ刃は腕と胴を一直線で袈裟切りにされる。傷もなく痛みもほぼないのだが、身体から急激に力が抜けていくのをビムは感じ取る。三撃目、四撃目と流れるような連撃を受け、ビムは急いでその場から離脱するように一気に距離を取った。

 よろめき、焦りから汗が噴き出す。外傷は全くないが、何をされたか理解できずに叫ぶ。


「お、おのれ……! な、何をした……!?」


少女は答えない。声が出ないからだけではなく、それより大事なことがあった。

 少女は地面に転がる鎖を、空にした右手で掴む。鎖の持った先を輪っか状にし、今度は左手で掴んでいる見えない武器を引っかけ、少女は勢い付けて引き抜く。


「「「…………!」」」


敵味方問わず、三者三様異なる度合であるが、驚き声を失っていた。

 ほんの少し前まで熱で倒れそうであった少女が“目に視えない武器”を用いて、空気を切り裂く音と共に金属の鎖を両断したのだ。

 強固な鎖は綺麗な切断面を残して地面へ落ちる。

 そして颯汰を起こした。


「あ、あぁ、ありがとう……」


心配そうに顔を覗くリズ。真っ直ぐ綺麗な紫と目が合い、視線をずらし背筋がピンと自然に伸びた。

 少女の手が颯汰に纏わりつく鎖へ向かう。自由が利いている今、彼女に任せないで颯汰自身の手で外す事は容易であるのだが、リズは甲斐甲斐しくそこまでやろうとした。


「ぐっ!! ン舐めるなぁ~~ッ!!」


一瞬そこだけ桃色の青春的空間に変わっていたが、世界の意思が現実へ引き戻そうとしたのか――運命の糸に操られるようにビムは咆えた。

 彼自身は男女が仲睦まじい姿を見て特に感情は動く訳でもないが、この時ばかりは怒りがこみ上げていた。

 槍の先端を勢いよく踏むことで器用にそれを宙浮かし、自由が利かない腕の代わりに右足を使って、槍だったモノを蹴り飛ばした。左足を軸として横から蹴り入れられた刃はブレが少なく、正確に颯汰たちに目掛けて飛んで行った。

 危ない、とエリゴスは叫ぶ。声を聞き迫る危機に気づいた勇者リズは即座に反応し飛び込むように走り出す。飛来する槍の穂先を左手の視えない武器で迎撃した。

 そして、武器を弾くとそのまま、両手でそれぞれ武器を握り直し、真っ直ぐビムに向かって走り出した。


「不可視の双剣(そうけん)……!?」


横たわるエリゴスがリズの目に視えない武器を二振りの剣だと予想したが、


「いや、双鎌(そうれん)だ……」


視線は彼女に向けたまま右手に付いた鎖を外し、一瞬だけ蒼銀の目となっては独り言のような小さい声で正解を言い当てた。

 持ち主である勇者リズにしか見えない不可視の星剣――双鎌剣(ソウレンケン)がそれぞれの手に握られていた。

 星剣がどういうものかは詳しく知らないが、いつでもどこでも取り出せるという点は紅蓮の魔王が持つ巨剣『カーディナル・ディザスター』と共通しているようだ、とエリゴスと颯汰は理解した。


「うっ……、う、うぉぉおお!!」


狼狽えながらビムは何も無い空間を左足を振り回すと、左足の裾から鎖の付いた分銅が勢いよく飛び出した。


「暗器!!」


少し離れた箇所から聞こえた声。顔目掛けて飛ぶそれを、


「――ッ!」


リズは右斜め前方へ踏み込み、すれ違いざまに左手の鎌剣を振るう。斬りつけられた分銅や鎖は真っ二つになった。

 踏み込んだステップで加速は失われず、リズはそのまま距離を詰め出す。


「く、来るな――」


悲鳴を上げ、後ろへ転ぶ。予想だにしなかった強襲に、正体不明の攻撃、原因不明の身体機能の低下に側近に平静さなど取り戻せる筈がなかった。

 何より、斬られてからの身体の変調が著しい。王の前に――迅雷の魔王に彼女たちを貢ぐ必要があるのに、それでもその指先と唇は震え出していた。


「私に……、私に何をしたぁぁあ!?」


構わず、少女は右腕の鎌剣にて悪を斬る。

 懸命に両手を交差して防ぐ体勢を取るビム。迫る凶刃が振り下ろされた――。


 ただ、その不可視の刃は肉体に傷を付けず、心を――精神を深く切り裂き喰らうものであった。



ディム王子と再会した際のリズとマクシミリアン卿が行方不明って会話をカットしたのと、昔チラッと現れただけのキャラだったのでそこまで重要視されていないだろうと思いあっさり正体を明かしました。



迅雷の魔王の襲撃中にリズは勇者として半ば目覚めて髪色も変化していたのですが、抵抗する間もなく敗北し、心を壊される寸前まで追い詰められ、地下牢で枷も壊せずにいました。



次話は来週です。

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