32 地下牢からの脱出(後編)
騒めき出す地下牢。
ついに捕らえられていた勇者である少女を救出する事に成功した颯汰たちは敵に気づかれぬ内――早急に迅雷の魔王の星輝晶へ向かおうとしていた。勇者がそれを砕けば迅雷は著しく弱体化するはずなのだ。そうしてその間に救い出した勇者と今迅雷と戦っている魔王が協力して挑めば倒すのは容易になるだろう。彼らはそのため第一歩として、勇者が捕らえられた古城へ侵入し、救出を成功させた。
番人であり処刑人を兼ねていた亜人を毒で制した事により、牢の中にいた女たち――エルフの女性たちは状況がやっと飲み込めたのか声を発し始めていた。
そんな中、幼き龍が勇者に少し興味を示し始めていたが身体の痛みのせいか身体を起こさず、颯汰の頭の上で鳴く。暗がりであり、並ぶと同年代ゆえに男である颯汰と比べて背が少し低い少女は、その生物の存在に今気づいたようだ。
「ん、あー、コイツはシロすけ。龍の子らしい」
「きゅー……」
疲れ気味だが挨拶らしき声を発する。
「シロすけ、この人は勇者の………あー、――喋れないか」
途中で名前を聞いてなかった事を思い出し、それと同時に喋ることが出来ないのを思い出した。
名前を聞けば会った事があるらしいので、誰であるか思い出せるかもしれないのだが、
「……――ッ……――」
「あぁー、うん、無理しなくていいよ」
彼女はオークによる拷問などのショックで声が出せないでいるのだ。
颯汰は両手を前に出し首を横に振った。それでも少女は懸命に名を伝えようとする。
「……――……リ……」
やっとの思いで口から出た言葉は掠れ、正確に伝わらない。
「リー……。…………わかんねえや……」
頭の中に浮かぶのは、
――李〇竜? 李〇狼? 李〇生? 李・ノ〇エガ? ロッ〇・リー?
中国圏に知り合いがいない颯汰は架空の人物の名前しか上げられなかった。間違いなく該当する名はあるはずがない。
どうしたものかと颯汰が唸ると、横からエリゴスが冷たく言い放つ。
「『リズ』でも何でもいいだろ。今はそれで我慢しろ」
「「…………」」
「む、不満があるなら後にしな……! ――早々にアストラル・クォーツを破壊し、紅蓮の魔王に迅雷を討って貰わねばエルフの王子と私たちの師が殺されてしまう。急ぐぞ!」
どこか不真面目そうな雰囲気な魔女グレモリー。そんな彼女を師と仰ぐ弟子は真逆に真面目で曲がった事すら嫌いそうに見えたが、以外にも真逆だからこそ相性良く、そこに師弟愛があるのかと颯汰が思った矢先、
「あの女にも幾つも借りがあるからな。たっぷり御礼を返すまで死なせない……」
――あ、違うわ。純然たる敵意しか感じねえ
勘違いであったとすぐに理解した。“借り”とは擦り切れそうな振るえる怒りの小声から、恩義ではないのは間違いない。自身に向けられた時とはまた少し異なるが厳しい目をしていたのであった。
――……? そう思えば……!
ある事に気づいた颯汰。声を掛けるか一瞬迷ったが、
「……――エリゴスさんって軍服だけど、ここの兵だったの?」
ここで正しい答えを出しておく必要があるだろうと思い勇気を出して訊ねた。
訊ねられたエリゴスは足を止めたが振り向かずに答える。
「………………元な」
「……昔、兵だった人間じゃあ歩き回ったらマズいんじゃあ……?」
そうあまりに堂々と着こなし、先導しようと前へと歩き出しているが、そこを確認せずに上へあがって即御用では笑えない。
本来ならばアモンが無傷で勇者を確保し、三人を連れて星輝晶の前まで行くというのが作戦であった。潜入には成功したものの、要たる老紳士が重傷を負い離脱するはめとなった現状で最適解なのは魔人族のエリゴスが代わりを務める事なのは間違いない。だが見覚えのない兵や軍から離脱した者が城にいて、奴隷を連れ回していれば怪しむのが当然だろう。仮に王の命令だと言い張っても、一度咲いた疑念はすぐに萎む事はない。地下牢を調べられ、オークが不在で怪しい獣刃族が牢で休んでいる姿を見れば、捕らえに追いかけてくる可能性が大きい。
そんな懸念を感じていた颯汰にエリゴスは答えた。
「…………言い方が悪かった。まだ兵籍簿に名前は残っているはずだ。偽名だがな」
フフっと、どことなく自嘲気味に笑ってから続けた。
「父が死に、母は壊れてから、私はコネクションで兵になったんだ。処刑されても父は国を救った英雄で、私はその娘だからな。ごく僅かの知る者には歓迎されたよ。迅雷すら私が血縁者だと知らないけどな」
巨神の再来と呼ばれる程の巨躯の魔物を兵を率いて襲撃し、その背に取り付き魔物を仕留めた事から彼――ボルヴェルグ・グレンデルは英雄と称されるようになった。
エリゴスの名のまま入隊すれば嫌でも処刑された父の名が付いてくる――復讐のために兵となったと疑われるから偽名を使ったのだ。
両親の結末を聞き、颯汰は重い顔をする。だがここで謝罪すれば火に油を注ぐようなものだと理解していた颯汰は奥歯で悔しさを噛み締めていた。地下牢であるからか気分は重く沈む。
「……無駄話が多すぎたか。要するに何も問題ない。さっさと上に行――」
「――ちょ! ちょっと、待って!!」
エリゴスの言葉は遮られた。
薄闇の先――牢の右側辺りから声が響く。
少女以外がやはりかと思い、エリゴスは露骨に嫌そうな顔で嘆息を吐いた。
「お願い! 私たちを……、私たちを、ここから出してっ!!」
「ダメだ」
間髪入れずに魔人族の女は答える
「どうして! どうしてその子だけがっ!」
「そうよ! その子だけズルいわ!」
「早く帰らなきゃいけないの! お願いっ!」
「助けて! もうここで生きるのは耐えられない!」
死に瀕していた女たちが生の希望を見出し叫ぶ。声はどんどん重なり、地下牢を満たす。両面の全ての格子の前で女はたち、格子を揺すったり叫びながら手を伸ばしていた。肩紐で掛けられた布一枚、あるいは外套だけで身を隠しながらの慎ましい姿と真逆な言動――美しい容姿を持つエルフであるのだが、その情景は些か美しいとは言えず、しかし生に執着する姿を醜いとも断じる事は誰にも許されないだろう。
一向に止みそうにない願いに颯汰と少女は困った顔をしていた時、声の嵐の中に一つの爆弾が投下された。怨嗟染みた不平不満は敵意を剥き出したのだ。
「そんなバケモノを生み出す女より、私たちを助けてよ!!」
その言葉に、少女リズは苦悶の表情で俯いてしまう。どうやら、ここの女性たちも彼女の血を原料として泥の兵や凶悪な魔獣、改造亜人を生み出すと知っていたようだ。
颯汰がそんな酷い言葉を投げかけるとは思わなくて驚き、彼女を庇う様に動くが非難の言葉はすり抜けて突き刺さる。
「そうよ! その子より“ヒトを助けて!」
「私を助ければ、御礼をちゃんとしますぅ!」
「どんな事でもするからお願い! 命以外何でもあげるから!!」
「そこの女より、私の家の方が財産が多いわ! 必ず礼を尽くすから……!」
「ふざけんじゃないわよ! あんたの家は先代が詐欺紛いで儲けただけでしょうが!」
ついに他者を貶めて、自身の有用性を語り出す者も現れた。流石にここまで堕ちれば美とは無縁であろう。少年は心内で最悪だ、と呟いた。
早歩きで鉄格子の前に立ったエリゴスは静かに告げた。
「黙れ」
右手を翳すと棍が現れ、それで格子を思いきり叩く。そこに手を置いていたエルフの女は慌てて退かした。
棍が鉄を叩き、長く不安を駆り立てる高い金属音が響き渡る。格子は震え終わる頃には辺りは沈黙に満ちていた。
「…………アンタたち大勢でいると嫌でも目立つ。足手まといなんだよ一般人どもが」
銀の髪を掻き上げ、紅い瞳で睨む。
「まだ魔王が生きていて、兵もこの城――塔にさえ残っている中、ノコノコと栄養も足りずにロクに走れそうにないアンタたちが何ができる? あ? 囮か? そうして捕まれば今までよりマシな生活を送れると思うなよ?」
無口であったあどけなさの残る幼子の影が全く見えないほど、放たれた言葉から、垂れた目からは圧が生じていた。
無論、最終的に彼女たちを救うつもりではあるが、今逃がしたところで全く意味がないのである。捕まるのがオチで、勇者を連れ出した事がバレるだけで一利にもならない。
地元のヤンキー染みた声音で脅すとエルフたちは少し不満を声にしてぶつぶつと呟くが、それは次第に小さくなってついに消えた。
「――よし」
エリゴスは集団を黙らせると、空いていた手から何かを投げる。それは床にぶつかると金属音が重なって聞こえた。それは、アモンが戦闘中に落としていた牢の鍵束であった。誰も目に留めなかったそれを彼女は見逃さなかったのだ。
「…………鍵はやる。ただ、絶対に私たちの誰かが助けが来るまで、もしくはこの地下牢自体に何かが起きた場合以外で絶対に出るな。鍵は向かいに投げるか、牢屋を隔てる区切りの境目から手を伸ばして隣に渡しな」
勝手はするなとは言ったものの囚われた女たちに同性として思う所があったのか鍵束を渡した。もし彼女たちが待たずに行動を起こせば面倒になるのは確実であったが、怪我人で老いているとはいえオオカミ男のアモンが見張り、更に彼の口上手さで丸め込めるだろうと信頼を寄せて任せたのだ。当人には話していないがそれを察したのかアモンは立ち上がり頷いた。
「……もし誰も戻ってこなかったら諦めろ。牢の鍵が開いていても誰も逃げ出さなければ非道を行われる事はないだろうが、もしもの場合は私たちをダシに使ってもいい。『侵入者に逃げろと言われましたがちゃんと残りました』とかアピールしとけば何とかなるだろ。従順なふりをして諦めなければチャンスが見えてくるかもしれないからな」
言いたい事を言い終えると、いくぞと扉を目指して一歩踏み出すのだが、
「あ、待ってくださいエリゴス殿」
またもや止められたのであった。さすがに声には出さないが不機嫌な顔で食い入るように背後を見るとアモンが続けて言う。
「あなたは軍服ですから顔なじみがいても『奴隷を王の命令で部屋まで連れていく』とかテキトーに誤魔化せますが、そのままですと勇者殿に布を着せたソウタ殿の手枷を隠す手段がないので自由なのが丸わかりですぞ」
「「あっ」」
地下牢から出た後、星輝晶の前までは再度、奴隷に扮する必要がある。
今までは外套で身を隠し、首輪に繋がった鎖を引かせていた。手が自由なのを悟られないように心掛けていたのだが、颯汰は半裸のリズのために外套を脱いで渡してしまっていた。
勇者の衣服がここにない以上彼女を半裸のまま連れて行くわけにもいかず、だが颯汰を生身で晒すにも手枷がないと兵に見つかった場合さすがに不審がるだろう。ラウムが脱ぎ捨てた布は幼児用で颯汰では着用できない。
「…………手だけ隠すか?」
「そんな護送される容疑者みたいな恰好はどうなの」
ラウムの小さい布で手だけ被せるかというエリゴスの提案に、颯汰は逮捕された容疑者がテレビのニュースで手錠を布で隠されて運ばれる様子を思い出していた。
颯汰の返事の内容はわからないが、却って怪しまれるだろう。それが正しくない選択であるという事はエリゴスも理解していたのか、やはりダメかと何かいい案はないかと顎に手を当て考え始めた。
そんな時、静まった牢から一声が響く。
「あ、あの……!」
声のした方へ一同が視線を向けると、エルフの少女――見た目の年齢だけは颯汰や勇者と相違ない。そんな娘は柔肌を晒し連れてこられた際に身に着けていただろう外套を手に持っていた。
「よ、よければ……あたしのを使ってください!」
その全身を包む布の面積で前面を隠していたが彼女は生まれたままの姿となっていた。頬は紅く染まっていたが布を格子の外に晒す。颯汰は思わずおぉ、と嘆声が漏れ角度を変えて覗こうと本能が超自然的に身体を突き動かしたが、
「目潰しッ!?」
迫るエリゴスの二本指。つい女体見たさに先の戦い並みの集中力を発揮していたから颯汰は即座に対応し上体と首を横に捻って回避する。
「危ないんですけど!?」
「うるせえ! ――アンタの心遣いは有難いけど、いくら地下牢と言ってもそのままじゃあ……」
少し外気より低い地下牢で裸のままで過ごすのは身体に障るかもしれない。だがその心配をエルフの少女は置かれている状況にもめげない明るさで返した。
「用事をすぐ済ませて戻ってきてくれますよね?」
活発そうな声を聞き、エリゴスは肝の据わった子もいるじゃないかとハッと笑う。
エリゴスが差し出された布を受け取ると颯汰の顔に掛かるように投げ渡した。颯汰は急いで顔から布を引き剥がすが既に他のエルフの大人たちが庇う様に立っていた。心なしか目線が突き刺さるように痛く感じた颯汰はバツが悪そうな顔をする。思春期特有の暴走だが未遂であるので許してほしい。
「――、任せな! 行くよ!」
渡された布は颯汰が被り、勇者と颯汰は首輪の付いた手綱の鎖を装着した。またもや奴隷護送作戦が開始されるのだ。
軍靴が地面を踏み鳴らす。
その後を二人は後を追う。片方は裸足だ。
知らぬ者はただボロ布を被った二人の未成年を鎖で引っ張る姿に見えるが、その実は猛獣を引き連れていると変わりない。
真に力を開放すれば魔王と同等の力を発揮する勇者、さらに現段階では制御が出来ていないのか不安定な精神構造に得体の知れない能力を持つ少年。
エリゴスが鎖を握る手に力が入る。それは妹も抱いた恐怖よりも強い不安感があった。
それでも姉である以前にこの国の平和を願うものとして、彼女はその不安感と戦う決意は既に出来ていた。
全員の覚悟が決まり一同は星輝晶の破壊を目指して地下牢を後にした。
スマホで文章を色々と直前に修正。
直ってなかったらごめんなさい。
次話は来週。
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2018/10/07
一部ルビの削除及び内部の修正




