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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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29 浸食する猛威

 舞台は王都地下牢へと戻る。

 地上で二人の悪鬼羅刹が殺し合う中、ここでも人知れず戦いが始まっていた。一見すれば一方的な虐殺、だがそれはまさしく闘争であり、まだ始まったばかりであったのだ。


 薄暗い闇を照らすのは牢屋の奥に設置されたか細い蝋燭たちの火だけであった。

 その光に映った影は、まるで赤子か大きな縫いぐるみを抱き上げる姿――だが実際は醜悪な狂獣――埒外な体躯を持つ亜人たるオークが、立花(たちばな)颯汰(そうた)を腕力だけで殺そうと試みている光景であった。大きな左手で少年の右手ごと腰を掴み、もう片手で首を絞め殺そうとしているのだが、手が大きすぎて顔まで捕まれる形となった。

 今まで感じた事のない感覚――言うなれば当然だ。人が生きている内に、巨大な両手で潰される経験など味わうはずがないだろう。加えて息も出来ないのだ。

 もし颯汰がただの子供のままであれば即座に骨を砕かれ肉は弾け飛び、絶命していただろう。しかし、いくらこの世界で鍛えたからと言って限度がある。

 身体からミシミシと、鳴ってはいけない音が聞こえた。痛みで手からナイフは落ち、必死で抵抗するも体格差は歴然で、その膂力から逃れる術を持ち合わせていなかった。

 絶体絶命の状況――。

 残り数秒で命はない。そんな時、颯汰の首と右肩の間――白くて細長いものが目に映り、処刑人で牢の番人であるオークは声を上げた。


「へ、へへ、へびぃい゛!?」


牙を剥き、オークへ迫る白蛇(はくじゃ)――否、幼龍シロすけの姿を蛇と勘違いしたのである。

 幼き龍は愛すべき家族の危機に、自身の身を軽く凌駕する巨躯の亜人へ向かう。

 至近距離でいくら力を調節したとしても《神龍の息吹(ドラゴン・ブレス)》を使えば颯汰や自身諸共ダメージを負ってしまうと判断したシロすけが選んだのは“突撃”。鼻を狙い(かじ)りつけば颯汰を手放すと考えたのだ。


 だが予想と異なる結果となった。

 その姿を見せた段階で颯汰を掴む手は緩み、更に左手を完全に離した。顔は怯え、汗ばみ、恐怖で目を(つむ)る。そして離した左手で、


「うわ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」


小さな牙を剥き突進してくるシロすけを迎撃――手で振り払った。


「ぎゅっ!?」


白い矢のように颯汰の元から飛翔した幼龍に、大仏の如く巨大な手のひらが直撃した。

 振り払われたシロすけは飛んだ勢いよりも早く遠く――地下牢の出入り口の方へ飛ばされ、地面を擦りながら落ちた。


 無駄な抵抗に見えた行為――。

 だが、幼き龍の勇気ある行動は決して徒労に終わらなかった。

 小さな足音がスタタタタっと絶え間なく素早く巨漢へと迫る。

 シロすけに驚き、オークが顔を庇う様に手を置いたおかげで近づく影に気づくのが遅れた。


 “それ”は幼い少女のはずであった。

 薄汚い外套は奴隷役を演じるため――黄薔薇が咲く黒の目立つゴシックロリータを隠すためだけに存在していたはずであった。

 自身の血で濡れた狼――アモンの叫びに気づき、颯汰は未だ持ち上げられているままであるが、先ほどまでより少し楽になり、若干位置が下の場所から首を動かしそちらを見た。


「――……!?」


ただただ驚嘆し、颯汰は自身の目を疑った。

 理解に及ぶまで時間が掛かるというより理解できない現象が起きていたのだ。

 まるで奇術師の手品を見ているような気分を颯汰は味わう。

 幼女ラウムは、汚れた布を脱ぎ去る際に全身が隠れ――代わりに出てきたのは“女”であった。

 褐色の肌にこの国の兵と同じ黒の軍服を身に纏い、前髪の左側だけアシンメトリーで長い白銀の髪は、透き通って映る。襟足は細く長く結ばれている。

 少し垂れていた双眸は色は白から黒へ変わり、瞳は紅のままだが獲物を狙う荒鷲のように鋭くなり、今にも目標を射貫かんとするばかりに光が燃える。

 年齢は颯汰より二つか三つくらい上に見えた。小ぶりであるが胸もあり、軍服が臀部のラインの女性らしさを隠さない。

 肌はきめ細かく、唇も女性らしい綺麗な艶を持ち合わせていた。

 そして、その両手に、


 ――槍……いや、(こん)か!


光の足りない地下の闇に溶け込む漆黒の棍が握られていた事に颯汰は気づいた。

 走って得た加速に、少し増えた体重を乗せ、渾身(こんしん)の一撃をオークの右の“向う脛”に突き刺さる。


「!!??」


オークは悲鳴を上げた。

 向う脛とは足の脛の前面……所謂『弁慶(ベンケイ)の泣き所』だ。

 強靭な肉体に武術を用いて都(京都)で武芸者たちから武器を奪っていた怪力無双の豪傑である武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)。そんな荒法師の彼ですら、泣くかどうかは置いて非常に痛がる正面の(すね)――を思いっきり突いた。

 痛みが神経を通って脳へ信号を送ると、堪らずオークは左膝を折り右手で摩り出すために颯汰を置き捨てた。

 直前の殺意よりも、目先の問題の方が重要であると、中身が身体つきと比例していない亜人はまるで幼い子供のように歯を食いしばり涙目となっていた。


「ぐ、ぐぅ~~~!! ご、ごろずぅううう゛!!」


余程堪えたのか、オークは女を睨みながら地から唸るような声で斧へ手を伸ばした。


 ――チッ、やはり足りなかったか……!


女は舌打ちをし、巨獣を見て思う。

 本来、彼女が用いた打撃武器のよる棒術は対人を想定しているのであって、地下牢にいるこの巨大な怪物を相手にするには技術も、何より純粋に力が足りなかった。


 相手の首――喉元を疾風の如く狙うにも、相手が大きすぎて届かない。片手で棍の先端を握り手を伸ばしたとしても、体重を乗せられない時点で、それは威力の大幅の低下が避けられなかっただろう。何より顔の近くに置いてある左手で防がれ棍を掴まれれば勝利はない。

 腹部は肉が厚く打撃が有効に思えず、隙だらけの足を狙ったのだが、想定以上にダメージを与えられていない。

 脳裏で様々な考えが浮かぶが沈む。亜人が起き上がり武器を振るいだしたら最期なのだ。今戦えるのは自分だけで、正面で勝てる相手ではないと気付いていた。

 女は静かに呼吸を整える。

 一人の死は回避されたが、状況は全く好転していない。


 ――! バケモノめ……!


 颯汰がナイフで刺し抉った傷から出血が止まり、細い傷は既に肉同士がくっついて塞がり始めていた。

 驚異的な体躯の大きさに加え、異常な回復力もある。まさに人の範疇を越えた獣であった。

 しかし残された時間はない。

 この立ちはだかる巨壁を越えねば、生存という勝利はないのだ。


 だから――、()は決断した。

 屈んだ事で視点は――頭は下がる。それがオークを崩すチャンスとなる。


 突然、オークの視界に立花颯汰が現れる。

 全身が悲鳴を上げている中、ごく短い距離であるが無影迅(ファントム・シフト)で現れそれら(、、、)を無造作に指に挟み、――拳ごと口の中へ放り込んだのだ。

 オークの手から捨てられ、どさりと落ちて床に転がっていた颯汰。身体が一瞬だけ楽になった時点で颯汰は腰に付けた布袋へ手を伸ばしていた。

 結んでいた紐は落下の衝撃と回転で解れてしまったが、“袋の中身”だけは死守し、それを使う。

 それは颯汰たち、人にとっての一口大の大きさの丸薬であった。

 舌に広がる甘み――何事かとオークは颯汰を見たが、驚く間もなく、左手を戻す暇もなく、ましてや吐き出す余裕も与えられなかった。颯汰は彼の顔の肉を両手で掴むとその顎に目掛けて膝で蹴り上げる。ニーキックがオークの顎へ炸裂した。

 見た目の派手さに反して、オークへのダメージは少ないが、その衝撃で口の中に丸薬が計四個――袋の中の全てを胃の中へ納める事になる。ゴクリと、大きな音を立て、オークはそれを飲み込んでしまった。

 どうやら、彼の知性では“後に起きた刺激”と“快楽”を優先させるらしく、斬りつけられた怒りや打撃の痛みよりも不自然なほどに甘い、舌に残ったそれをモゴモゴと味わおうとしていた。その正体が何か分からないオークは首を傾げていると、一気に彼の攻撃範囲外に逃れた二人――片割れの颯汰が言う。


「甘味だろう? それが何かわかるか……?」


「うん゛! あま゛い゛! なんだぁ゛これ゛?」


 ――よし……!


颯汰はしめた、と思う。少しの間でも暴れ出さないのは好都合であった。

 少し不自然にならない程度の間とゆっくりと喋る事で時間を稼ぎ始めた。彼が暴れ始めた瞬間、颯汰たちの最期となるのだ。


「特製団子。材料さえあればまた作ってあげるよ」


この世界(クルシュトガル)ではまだ甘味は高価なものであった。特にこの実りも少ないこの国(アンバード)では果実すら食卓に並ぶことは珍しい。

 生肉を主食とし、人肉は娯楽として喰らうこの亜人――いや、“魔物”は久方ぶりの甘味に疑いもなく喜んでいた。


「ざいりょう゛? りんごとか?」


「いいや、違う。――アイヌネギって知ってるか?」


颯汰は命がけの綱渡り――時間稼ぎのため、敵意を感じさせないように柔らかめな説明口調でかつ、いつになく饒舌に言葉を紡ぎ出す。落ち着け、と焦燥感と緊張が唇を震わせるのを必死に抑えた。


「知らないかー。……そうかー。じゃあ、教えるよ。アイヌネギってのは、――キトビロ、ヤマニンニク、ギョウジャニンニクなんて別名がある、野草の事だよ。ギョウジャニンニクなんて名の通り、ニンニクの臭いがする、ネギ属の多年草だ。漬け込んだり、混ぜたり、色々と料理に使える食材となる」


「ねぎ? あまい゛ねぎ?」


「焦るなって。話は、最後まで聞くって、親に教わらなかったか?」


その言葉はむしろ自身に言い聞かせているようであった。滴る汗を拭いながら咳払いをしてから続ける。会話中に不自然な区切りを入れながら時間を掛けて話をする。


「山菜であるこれを獲りに、多くの人が山へ向かったりするくらいには、需要があるんだ。俺の地元は田舎の方だから、結構自生していたみたいだ。買うとそこそこ値段がするし、取りに行けば無料だしな」


「もう゛じゅっご、たべだい゛……!」


余程甘味に飢えていたのか新鮮な刺激が良かったのか巨躯の亜人は口から溢れる涎を腕で拭う。棍を持った女は顔を(しか)めたが、颯汰は気にも留めずに続けた。


「……だが、この草とそっくりな野草があるんだ」


野草に関する知識が高いのは、颯汰は魔人族(メイジス)のボルヴェルグと共に野宿の旅を続け、プロクス村で狩りをする際にエルフのジョージに幾つか教えてもらったからであるが、アイヌネギに関してはまだこの世界で未確認であるため記憶を紐解きながら喋っていた。一瞬でも長く時間を稼ぐために突如始まった植物講座。棍を構えた女だけが油断せず話を聞き流していた。


「それがイヌサフラン。別称コルチカム。湿地に自生している植物で、紫の花弁を持ち、元はユリ科に分類されていた程にサフランの花に似ていた。区別を付けるには花弁の中の雄しべの数。サフランが三本でイヌサフランは二倍ある」


ちなみにイヌと付いているが別に犬とそっくりな形をしているわけではないぞ、と付け加えた。


「で、そんなイヌサフランの球根や種子にアルカロイドと呼ばれるものの一種、コルヒチンという成分が含まれているんだ」


知っているか、と様子からわかりきっているが()えてオークに尋ねる。例え、この人喰いの化物が、森生まれ森育ちであっても成分名まで知る事はないだろう。更にイヌサフランという植物名で反応がなかった段階でオークからの返答などわかりきっていたのだ。中にある成分の名前を言ってもそれだけ知ってる方が珍しい。

 頭上に疑問符を幾つも浮かべる地下牢の番人(バケモノ)。そこへ颯汰は静かに告げた。


「……猛毒なんだ。摂取すると強い吐き気、腹痛、下痢と言った症状が早くてだいたい二時間後から起こる。もし、仮に誤食してしまうと大変だよな」


数瞬、「へぇ」と薄い関心と、(わず)かばかりの感心を示すオークであったが、


「――!?」


突如、身体から力が抜けて石材の床へ倒れ込み、粉塵が舞う。


「な、な゛んだぁ゛……!?」


うつ伏せに倒れたオークは痺れる身体を動かそうと躍起(やっき)となっていた。

 そこへ颯汰が独り言ちる。


「……デタラメな早さだな」


寒心に堪えないような顔でオークを見ながら颯汰は声を掛けた。


「下手に動かない方がいい。神経は麻痺し始めて痺れる感覚がするはずだ。動くと余計に身体の中に毒が回るだろう」


「ま、ままさがぁ゛……! あまい゛ねぎ!?」


「………………いいや、違う。さっきも話した通りイヌサフランは最速で二時間前後まで掛かる。話を最後まで聞いとけ。そうしたらソレの解毒の(すべ)をまで喋るかもしれないぞ」


選択の余地はない。生きるためにオークは混乱しながらも颯汰の言葉を聞くか、自然と痺れが治まるまで待つしかなかった。


「お前が食べたのはこの世界のとある果実をすり潰して加工したものだ」


颯汰は手に持った袋を逆さにするが、中から零れる物はもう何一つもない事を改めて認識すると言葉の後に溜息を洩らした。そして、その丸薬に使った植物の名を言う。


「“タイラントベリー”聞き覚えはあるか?」



いきなり野草(有毒)について語り出す主人公って冷静に考えてヤバない?



長すぎたので分割。


次話は出来る限り早めに投稿します。

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