27 《王権》
人々が逃げ惑う中、国の主たる迅雷の魔王は愉快そうに嗤っていた。
迅雷の魔王は自身も対外恐ろしい怪物であると思っていたが、まさか自慢の雷でダメージが通らないバケモノがいるとは予想外であった。だがショックではない。むしろその逆の感情が生まれていた。転生して始めて相対する自分と同じレベルの強者に心の底から湧き上がる感情を肉体に乗せて、言葉以外で語り合う。
戦う事が楽しい。何よりやっと自分と並び立つ実力者と相まみえたのは今でも嬉しく思っていたのだ。
自国領土の、しかも王都の城下町を壊しながら、光の線となり、ぶつかり交じり合い破砕の嵐を紡ぎ出す。
だが、自身の絶対的な固有能力を用いてもなお相手にしている赤い魔王に傷すら付けられずにいた。
様々な手段で迅雷は攻撃を行うが、紅蓮の魔王は防ぎきる。
一方、紅蓮はまだ相手の能力のカラクリや正体を見切れていないため、たまに鬼人族の王の肌を焼く程度で致命傷に至らせていない。
「雷牙に喰われろ――ボルテック・ファング!!」
紫に煌めく魔方陣――迅雷の魔王が牙のような形をした雷を一本、紅蓮の頭上に降ろした。
「――!!」
空中へ三ムートほどの高さまで飛び上がり回避した。だが落雷が直撃した地面から幾本の雷の牙が範囲を広げてせり上がった。
紅蓮の魔王は剣を地面へ突き刺すように両逆手に持ち、身体ごと紅の炎に包まれながら剣を突き立て着地する。雷と衝突すると視界を遮るほど広範囲で濃密な塵煙が生じた。
煙に包まれる石畳の上に、迅雷は追撃する。
「まだ終わりじゃねえ! 雷光の飛礫――ライトニング・バラージショット!」
迅雷は、タンっと地面を蹴って飛び上がり右手から浮かんだ魔方陣を構え、掛け声とともにそこから雷の矢が光の雨となって紅蓮へと降り注ぐ。
炎や雷を生み出し直接攻撃する“放出系”の魔法は下位に位置付けられている。ただそれを武器などに模るとなると少しだけ難しくなる。際限なく空気に拡散する魔法をイメージによる制御を常にしなければならない。武器として形を作ることで魔法をただ放つのではなく、威力向上や少し複雑な動きを加える事が可能なのだ。この数え切れぬ程の量を放つのは当時――大気中に体外魔力が世界を満たしていた頃でも容易ではなかったが、力を与えられた転生者にとって造作もない事だ。
そして、下位とはいえ本物の魔法が失われたも同然なこの世界ではそれ自体が一種の奇跡に映るのだろう。外へ出ている兵士も、逃げ惑う民草も、神話の再現のような激闘に次第に目が奪われていく。
灰色の煙の中へ直進する光の雨は連射されるガトリング砲の如く大音を立て、地面を抉るが、
「――ッ!? 危ねぇ!!」
紫電の雨を通り抜け、炎が槍の形を模って猛スピードで飛来するのをギリギリで避けた。――業火の魔槍だ。槍の口金付近で、巻かれた装飾用の布のように靡く炎が猛々しく燃える。
――猿真似は通じんか
紅蓮の魔王が煙の中から空中へと飛び出した。消えた煙の中、人一人分のスペースを空けて、魔法を放った範囲は陥穽が幾つも穿たれていた。
重厚な剣で叩き上げるように振るう。だが――既に迅雷の姿は消えていた。
「光波刃!」
姿を消した迅雷の魔王は一気に背後に回り、右足の膝から爪先にかけて青白い電気が帯電させ、そのまま紅蓮の魔王の首に目がけて、振るわれた刀剣の如く鋭い蹴りを入れる。当たれば屈強な魔族でも致命傷となりうる強力な一撃であるが、紅蓮の魔王はその場から殆ど動かず、左腕だけで飛んできた足を掴み取りだした。必ず背面などの死角からの奇襲をすると読んでいた紅蓮は即座に対応したのだ。
迅雷の魔王がマズイと焦った顔をした瞬間に、地面へと吸い寄せられるように思い切り叩きつけられた。床の石が破片となって宙を舞い、土煙をあげる。
追い打ちを掛けようと手のひらから火球を飛ばそうと構えたが、既にその場から離脱したと紅蓮は悟る。
迅雷は当然のように再び奇襲――雷が宿った手刀「光雷刃」を死角から繰り出すがいなされ、目にも止まらぬ速さで組手が始まった。
拳や足蹴の捌き合い、互いに直撃を防ぐ。
数秒後、紅蓮の魔王の繰り出した数十手目の攻撃の甘さに気づいた迅雷は、隙であると見て反撃に移ったが、紅蓮が誘った罠であり、組手は紅蓮に軍配が上がる。
大きく蹴飛ばされながら、迅雷は考える。
――あぁサイコー……! もっと、もっとだ……!!
痛めつけられている事に喜びを感じている訳ではない。
自身と渡り合える好敵手の存在に、刺激を求め、彼の血が沸き立つのだ。
この相手なら全力で闘えると理解し、空中で姿勢を制御し留まった。
まるで見えない地面に足を着けるように止まり、迅雷は額を押さえるようにして嗤い始めた。
くっくっく、と最初は零れる笑いが、次第に大きな高笑いとなった。右手を当てたまま空を仰ぐように嗤っていたが、それを止めて言う。
「アンタが相手なら、使えるな……俺の《王権》をよぉ!」
「!!」
迅雷は左手を天に掲げると、迸る雷が左手のひらへ収束するように集まり金色の王冠を形成する。王冠は白銀と紫の宝玉があしらわれ、不気味に輝き出した。
王権……その言葉を聞いた瞬間、紅蓮は魔法の火炎弾を無数に浮かべて次々と撃ち放つ。
一発一発が通常の城壁程度なら余裕で粉砕する程の威力がある火球を、ただ一人に向けて一切の躊躇いもなく連射する。
だが迅雷が王冠を自身の頭へと持っていくと、身体の周りに高密度の魔力エネルギーの装甲板が浮かび上がり、迅雷の周囲を守るように回転すると、それは城壁さえ打ち破る魔法弾の数々を全て弾いていた。
重なって生まれた爆音と黒煙。
その装甲は高い魔力を有するが、空気中に僅かにしか残っていない体外魔力でも、迅雷自身の体内魔力によって造られたものではない。
むしろその装甲――形成された鎧こそが、魔王が魔王たる所以なのである。
王冠が形を変え、両眼と額を隠す仮面となる。黒の仮面には額から斜めに一本、落雷を想わせる角飾りがあった。
「王権・装着!!」
そう叫び迅雷は仮面を装着すると雷鳴が轟いた。
青白く稲光の如く輝く装甲版が、迅雷の魔王を包むように纏わり着く。
全身を覆う眩い光が、彼の姿を影に染める。
その数瞬後に、特注のサングラスに白のコート姿の鬼人族の若者の姿はなく、代わりに歪なシルエットが浮かんだ。
『《神滅の雷帝》……!!』
エコーがかかったような声が耳朶を越え、まるで脳に直接届いているかのように残響する。声を聞かなければその存在が誰であるかわからないほど迅雷の魔王の容姿は変貌した。
王権……異世界から呼ばれた転生者には固有能力の他に与えられるものがある。それがこの魔力を無尽蔵に生み出す甲冑を召喚する術だ。術者の内面や深層意識を具現化すると言われ、魔王によってかなり見た目が異なる。原則的に本人の体内に溶け込んで魔力を生成するため、魔王たちはこの体外魔力が減った世界でも平然と魔法を行使できるのだ。
迅雷の魔王の場合は鎧を着ているというより、生身から人型に即したプロポーションの怪人に変身したと言うべきであろう。
装甲は黒色を基調とし胸には青白い結晶がX字を描き、他の部分も暗雲の中に輝く雷光のようなラインを価値のある鉱石によって造られた――胴体だけ見れば少し派手な王族が纏う威厳ある鎧であったが、それ以外の箇所がかなり歪だ。
両腕部には巨大な手甲には三本爪が反対向きに着き、彼の意思でいつでも鉤爪として展開できるような仕組みとなっているのが見て取れた。足には鋭い爪が前に三本、踵に一本がある。
尻尾もあるが、より人ならざる者だと思わせるのは彼の顔だろうか。被った仮面が顔全体を包み、一層禍々しく映る。黒の面頬が獣の顎のように見え、さらに額や眼以外――身体の関節など鎧の装甲のない部分は鈍く光る金色の堅い繊維状のものが幾重も重なって覆われている。髪はフルフェイスの兜となった仮面で隠れたが、代わりに後方へ太めの金の繊維が触手のように揺らめく。その先は三角錐の棘の飾りがあった。仮面の奥の瞳は赤く輝き、白い歯は牙となり鋭くなる。
勿論、ただ見た目だけのコケ脅しではない。使用者の身体能力も魔法の質も向上させる特別な装束である。
『さぁ、楽しもうぜ……!!』
魔族と蔑まされた者たちが住まう王都の城下町――本日何度目かの轟音と共に建物が倒壊する。整備された綺麗な景観を踏み荒らすように。
ついに、紫電の一撃が猛る業火を吹き飛ばし、家の壁を何件も破壊しながら紅蓮の魔王は飛ばされていった。
貫通する度に壁が砕けて埃と一緒に舞い、家々の壁に次々と破砕音と一緒に白煙が浮かぶ。止まない悲鳴を掻き消すのは安寧ではなく、建造物が壊される音だけであった。
攻撃速度も亜光速を超えた連撃の中、ついに隙を見つけた迅雷の魔王が踏み込んだのだ。
『真覇・轟雷掌――!!』
闘気と魔力を掌底に乗せ、高密度の雷魔法を共に打ち出す奥義。
腹部にその一撃を喰らった紅の王はくの字の姿勢で壁を砕いていった。
百ムート以上も飛ばされ幾つもの壁を破壊し、とある民家の中で止まった紅蓮の魔王。石壁や家具に埋もれていた紅い外套の青年は身体を起こす。
「…………ふむ」
身体に着いた埃などを払い落としていた。
――速いが真正面なら防げない訳ではない。だが、かなりの威力だ
改めて敵の力を評価するが、今までのやり取りで顔に出来たのは掠り傷程度だけだ。目立った傷とは言えないレベルだろう。だが今の一撃は本当に重く、頭から血が零れ伝う。
「む……」
紅蓮の魔王の視線の先に、魔人族の夫婦にその息子らしき子供がいた。妻の方は赤子がいて、子を庇う様な体勢をとっていた。
衝撃音で赤子は泣き始めるが妻は咄嗟に口を手で押さえた。
「…………すまない。修繕費は必ず払うが、それはやめておけ。余計に泣いてしまうだろう」
紅蓮の忠言に驚きながらも、妻は手を退かした。あやそうにも、眼前にいるもう一人の魔王に怯え、どうすべきか思考が固まり行動が取れないでいる。
一方、紅蓮は身体に異常がないか魔王は肩を回して確かめながら、飛んできた方の穴の開いた内壁へ歩き始めた。
「ここら辺は危険だ。早々に兵の指示に従い避難する方がいい」
『――へぇ、意外に優しいこって』
割れた壁から宿敵がひょっこりと顔を出し、家の中へ土足で踏み入る。
恐るべき自国の王の驚異的な姿で出現したので家族たちの顔色が悪くなるが間一髪のところで声を抑えた。幼い子供ですら彼の王の恐ろしさを十二分に理解している。顔どころか全身が変化していたが、この国で魔王の《神滅の雷帝》の姿を知らぬ者はまずいない。今や隣国ヴェルミでも広まり、人相書きで伝わる程だ。無論、彼が民に自身の絶対性を見せつけるためにわざとこの姿を見せつけたのだが、あまりに恐怖を植え付けたせいで反乱こそ(少)ないものの自身と並び立つ猛者の出現がこの五年で一切なかったのは計算違いであった。
『例えば、こいつ等を人質に取ったらアンタは以外にも滾るタイプか?』
突如、矛先が自身に向けられた民は声は上げないが心臓の鼓動が早くなる。赤子は一向に泣き止まない。
「やって見ればいい。壁の修繕に金を払う必要がなくなるだけだ」
数秒、怪物の赤い瞳が翡翠の目を値踏みするように観察し、
『……ハッ! サイコーだな! あんたの目は嘘を吐いてねえ! こいつらをどんなに残虐な目に合わせても微塵も動じない、まさに人でなしだ!!』
雷を纏う異形の王は嬉しそうに嗤う。だが、次の瞬間には笑みが消えていた。
『――ったく、うるせえガキだな!!』
迅雷の手のひらにバチバチと唸る電撃を球状に集めていた。そして母子に向けてそのまま振りかぶり、
『っつぉ!?』
紅蓮の魔王の飛び蹴りが腹部へと炸裂した。
だが、紅蓮の魔王も驚く。力を込めて蹴ったが、彼は少し後退るだけで終わったのだ。
『油断したぜ。だが、この程度、掠り傷にすらならねぇよ。ところでさっきのはガキを殺そうとしたからキレたのか? それとも隙があったからか?』
行動の意味を問うが、紅蓮は答えるつもり――問答どころか会話をする気もない。ただ魔王を、転生者を殺すだけの冷徹な装置のように襲い掛かるが――。
『遅えっよ!!』
黒の手甲に雷電が迸る。
握り締めた拳は万象を打ち砕く鉄槌となり、既に身体能力だけで紅き王の速度を超えた魔神の一撃は、完全に敵の胴を捉えていた。
スライディング投稿。
切り貼りを繰り返してたせいで、この話の中で凄まじい矛盾が生まれたりしてたのを急いで直しましたが、直ってなかったら申し訳ありません。
次話は来週ですぞ。
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2018/10/13 一部誤字修正
×白銀で
〇白銀と




