24 潜入――王城への隠し通路
立花颯汰一同は、王都の外の忘れられたような寂れた場所――廃教会へと辿り着いた。建物は長らく放置されていたため老朽化が進み、白い壁が薄汚れて、屋根の赤は色褪せていた。
街から外れた場所に置かれたこの教会は何の神を崇めていたのかすらわかっていない。外側のレリーフは乾いた風に削られ、飾られた像も砕けている。
「さぁ、足元に気を付けてください」
何故、そんな教会が今でも取り壊されないままなのかといえば、単純に壊すのが面倒だからという理由であるらしいが、魔族でも無意識の内に得体の知れないここを侵す事への畏れがあったのかもしれない。最も、放っておいてもいつかは崩れて消えるかもしれない脆さが素人目でも感じられるが。
「城へと通ずる隠し通路、か……」
「現国王――雷の王は突如現れ、武力でこの国を治めました。ゆえに知らされなかったのでしょう」
迅雷の魔王は反対勢力さえ、たった一人でその雷電を自在に操り粉砕し王として君臨したが、明主とは程遠い暗愚の暴君であった。
王に対する不満は日に日に高まるが、謀反を起こして勝てる保証が限りなくゼロの戦に身を投じる人間なぞ、誰一人としていない。
だからせめての抵抗として、殺された宰相など前王に近しい人間は、脱出用の隠し通路の存在を明らかにしなかったのだ。
「では、参りましょうか」
アモンの言葉に、颯汰は息を呑む。いよいよ、廃教会の中へ。
颯汰たちは通路を進み、王城へと侵入し、勇者を見つけ救出して、星輝晶を破壊させるという使命を任されている。ただアモンとラウムと共に行動をするだけであるが、計り知れないほどの重圧が圧し掛かっていた。
朽ちて倒れた扉から中に入る。
「…………」
初めて内部に訪れた颯汰は感嘆の声も出ない。
決して小さい建物ではないが、人が住むには全く適していない。天井が腐り、穴が多数開いているせいで屋根を超えて空が見える。俄雨程度なら場所によっては凌げても、風が吹けば外とあまり変わらないだろう。
内装のステンドグラスは幾枚も破られて何を象っていたのかわからない。故意なのか、経年劣化なのかすら不明である。それほどバラバラとなって散っている始末だ。むき出しのフレームは軋み、残った硝子にはヒビの入っているからか、美しさが遠くへ行ってしまい、寂しさが強く前に出て来てしまっている。
そこへ不気味に佇む像のせいで、寂しさに更に奇妙さが加えられた何とも形容し難い空間となっていた。
教会の入り口から奥の祭壇まで一直線上に伸びる身廊を進む。並べられた木製の椅子の列を越え、祭壇の奥で君臨する神像へ。
教会内の奥にいたそれは三女神でも、源老神でもない――何か人を不安にさせる佇まいをしていた。
――神、というより、悪魔、……か?
神々しさとは異なる姿――白い石材で造ったそれは大部分が削られ砕けて地面へ転がり、脆くなったのか破損が著しく、更には首すらも落ちているためその全貌はわからないが、そういった感想が颯汰の中で出た。多数の翼も非対称に壊れ、何十匹の蛇が絡まる姿が彫られた白い像がこの教会の主神なのだろうか。
奇異な姿に、初めて見る者は誰もが顔をしかめる異教の神像の下、四角い台座となっている部分の両端をラウムが掴んで引っ張るが重すぎてビクともしない。颯汰とアモンが協力して引っ張ると、ズズズと重いものが擦られる音と共に蓋が抜ける。屈めば人が一人は通れるくらいの大きさの穴が現れた。それは一部のものしか知りえない、城へと続く道――王族の抜け道となっている狭い石造りの隠し通路の入り口であった。
「…………よし、じゃあ行こう」
ここまで来たらもう迷う時間さえ残されていない。いくら紅蓮が優勢に見えても相手は同格である迅雷の魔王。確実に葬り去るには勇者を開放し、星輝晶を破壊する必要があるだろう。
星輝晶がこの地を支配する限り、この地の万象は彼に有利に働くはずである。
三人は神像の下――隠し通路へ入って行った。暫く進んでいくと、横幅は変わらないがだんだん天井が広がっていくものの、首か腰を曲げる必要のある高さで止まり、そこから先は緩やかだが少し長め階段となっていた。階段の下って行った途中で、外気と異なる冷えと湿気から空気の変化を感じ取れる。
徐々に闇が身を包み始める。
暗い中、アモンが用意したカンテラの光だけが唯一の光源であった。
階段を下った先は大の大人が二人並べるかどうかの道幅の通路が伸びていたが、その道のすぐ右隣には底まで闇に染まって見えない大穴が口を広げていた。脱出口としては危険な崖である。そこへ落ちないようにするための柵や手すりすらないのだから危険極まりない。
石の階段を越えた先、そこは丁寧に造られた道ではなく、地下水の浸食により造られた鍾乳洞が広がっていた。どうやら、何千何万年前に天然で造られたこの洞窟を、脱出経路として利用したらしい。
「光ってる……?」
颯汰はその鍾乳洞が幻想的な青白い光で満ちている事にやや驚く。最早カンテラが必要ではない――むしろ創られた芸術を乱す無粋なものとなってしまうほど、美しい情景が広がっている。天井から氷柱のように鋭い鍾乳石もその鮮やかな光に照らされ幻想的な雰囲気を醸し出していた。歪な道に、天井からは垂れる白い鍾乳石、下からは同色の石筍が伸びている。天井や壁の岩肌も煤のように黒いため、青い光が余計に目立っていた。
「えぇ、ここのペイルライト鉱石は自発的に光るんですよ。……ただこの場から離れると光は消えてしまいます。一説によれば採取した際に中の魔力が漏れ出るからだとか」
顎に手を置き考えに耽るような仕草をするアモン。
「そうかな? 中心部にある本元の大結晶から離れるから消えるんじゃ……――」
『あれ?』と颯汰は自身の口を押える。
「…………? 大結晶?」
「どうしました?」
「い、いや別に……」
ラウムとアモンが首を傾げる。
颯汰は自身の考えに疑問を抱いた。大結晶とは何か。そもそも何故、初めて見たはずなのにそのように思えたのか不思議でならなかった。
――何かのゲームで似たようなものがあったかなぁ?
だが、今はそんな事を考えている暇はない。ディム王子とついでに怪しい魔女が処刑されようとしているのだ。掻いた手を退かし、すぐに頭から考えを振るい落とすように動かして、前へ進む事にした。
城主が逃げるための道であるから罠のような物騒なモノはないが、複雑な分かれ道がある。行き止まりや中には別の地点へ脱出できる道もあるらしい。
正しい道は王族しか知らないはずであったが、アモンが幾度も潜入し必死に調査を進めた結果、今はもう迷わず進む事が出来た。
また暫く道を進んでいくと段々造りが丁寧になっていき、足元は石のブロックで舗装され、横の大穴は途切れ――天然で出来た壁の両端には燭台が等間隔で設置され始めていた。だが、蝋燭どころか、腕木もないため火を灯すことはできなかった。結晶の光もまた届かなくなり、カンテラの出番がまたやってきた。暖かい光で足元まで蔓延る闇を照らす。
さらに進むと、ついに壁も石で囲われ始め道幅が広がる。壁の石材から城の一部であるとすぐに理解できる。
ついに上り階段が見えてきた。ブロックをアーチ状に積んだ入り口から、石で出来た階段が伸びていた。一部が崩れているため慎重に進まなければ足を取られる危険性があるだろう。
階段の横の幅は、来た道と比べるとだいぶゆとりがあった。
そうして、奥にある入り口までたどり着く。
王家の紋章――先王の印である龍の横顔を模ったレリーフが入口上部に刻まれていた。
まだまだ城への入り口であるが、ラウムはホッと安堵の息を漏らした。
「…………梯子とかじゃなくて、良かった」
「確かに、あれだけ下った後だと、この格好で昇るの大変だしね」
「いえ……そうじゃなくて……」
ラウムは小ぶりな尻を押さえながらボソボソと言うが、颯汰は全く気付かないで、首を傾げながら先へと進んでいく。
奥の出口らしき場所は、また屈む必要のある通路となっていた。
アモンが“静かに”と颯汰へ指示を出す。ここを通れば城内となるが、奥に見張りの兵がいる可能性もあるため慎重に行動する必要がある。ここで見つかれば今までの行動が全て徒労に終わるのだ。
ゆっくりと近づき、颯汰は耳を傾ける。
「……声はしないな」
静かにそう言うとラウムとアモンが頷き、颯汰はカンテラを受け取りアモンが先に進む。アモンは油断していない。手にナイフを持ち構える。もし兵士がいればすぐに飛び出し、二度と口を開けさせないためだ。
出口の壁の前、一呼吸分の時間の後、一気にアモンは飛び出した。
しかしながら、そこには兵は誰もいなかった。アモンはそれを確認するとナイフをしまい、颯汰たちもゆっくりと現れた。
「倉庫?」
「ガラクタばかりに見えますね……」
「私の作品が気に入ったらしく、先王の物をとりあえず押し込めたのでしょう。通路の入り口であると知らなかったからか、知っていた者たちの嫌がらせか……ともあれ、これで無事潜入できましたな」
アモンは八の字髭の片方を摘まむように触りながら言う。
入り口の側面には様々な備品が幾つも置いてあった。絵画やブロンズ像、石膏など中には用途が全く分からない機械など、芸術家が作った一品の数々が所狭しと敷き詰められ、また積まれていた。石造りの壁にシングルベッド五つ分ほど置けるくらいの広さの部屋で山のように積まれている。通路を塞ぐように置かれていなかったのは故意なのか、単に運が良かったのかはわからないが颯汰とラウムはそっと静かに胸を撫で下ろす。下手に荷物を倒せば音で城内を警備する兵士に気づかれるからだ。
隠し通路の入り口の横にずらした一枚の大きな絵が飾れれていた。どうやらこの城と町をどこかから見下ろして描かれた風景画であった。当たり障りのない絵であるがこれが隠し通路への目印なのだろう。下手に人物や紋章にして怪しまれないための工夫なのかもしれない。アモンが静かに元に戻す。
側面に掛けられた時間の止まった機械仕掛けの時計は寂しい音すら出さないで沈黙していた。その反対側に飾られていたのはあられもない姿の裸婦画であるが、太ましい姿はその時代の流行りなのか現代ではイマイチあっていない。颯汰の中でどうしようもない謎の怒りがこみ上げるが、すぐに表情を戻し、倉庫室の扉へ視線を移す。
倉庫室の木製扉に近づくと、タイミングよく奥で、扉が開く音と声が聞こえてきた。どうたら倉庫は直接廊下と繋がっておらず、隣は兵たちが休む部屋となっていることがわかった。
「――ッ、大変だ!」
「どうした!?(また迅雷様が無茶な事でも言ったか?)」
「――迅雷様が敵の魔王に目掛けて飛んで行ったそうだ!」
「……あんの狂王……! それで、我々も出張った方がいいのか?」
「あぁ、どうやら城下町で騒ぎになっているらしい……。なんでも避難用の区画に集まらずに各自の家に籠ろうとしてるようだ」
「何でそうなった!?」
「……一か所に集まったところに魔王様たちの戦闘に巻き込まれたら一網打尽になるからだと! 誰かがそうやって言い始めたみたいだ! 全くけしからん!」
「仕方ない……。他の兵にも呼びかけよう、俺も加勢する!」
ドタバタと物音の後に扉が閉まる音。その場から兵たちは離れた事がわかった。
――酒場や色々な場所で煽った甲斐がありましたねー
アモンは自身の煽動が上手く働いている事に満足げであった。民が混乱へ陥れば城の兵も減るはずだと城内の兵の人柄を見抜いていた。
彼にとって煽動による怪我人の出現は多少の犠牲程度の認識である。
「次は地下牢です。大丈夫、地下通路の道のりよりは危険ではありません」
怪しい髭の老紳士は堂々とした態度で胸を張り、二人の奴隷役の少年少女の鎖を握った手の親指を立てた。
――「「不安だ……」」
敵の口の中――自信有り気なこの怪しい燕尾服の老執事のせいで別のベクトルの不安が湧き出た二人の心の声は、重なっていた。
非戦闘回ってやはり盛り上がりに欠ける気ががが……。
次話は来週です。
2018/07/29
一部誤字修正。




