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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
62/435

18 紅星

 晴れ空から急変し天候は陰りを見せた(のち)――。

 突然、ポツポツと降り始めた雨足は直ぐに早くなり、土砂降(どしゃぶ)りとなって村を(むしば)んだ猛火を(しず)めていく。村だけを覆い尽くす雨雲――多くを知らぬ者は、村を焼き尽くす炎だけを消すこの慈雨(じう)を降らせた天上の神々へ感謝を贈るかもしれない。


「……誰か、仙界の者の術か」


 紅蓮(グレン)魔王(マオウ)篠突(しのつ)く雨を見て小さく(つぶや)いた。

 自然発生ではない意図的な、誰かの死を痛む涙雨。

 仙界に住む精霊の類の仕業(しわざ)だと(くれない)の王は看破(かんぱ)した。


 ――わざわざこの世界に命を(けず)ってまで干渉(かんしょう)するとは、物好きな者だ。


敵意を感じない今、感心はしたものの、その正体に対し特に興味はなかった。


 それより――、


「数は、三千も満たないな」


村の外――勢いは弱くなり、しとしとと小雨が降るなだらかな丘の上から(のぞ)き見る。(せま)る三千弱の人影の方が気になっていた。

 その殆どが、真っ黒な影を切り抜いて生まれたかのように見えるシルエットだけが人型の兵であった。顔も髪もない真っ黒な影が具現化したような泥人形。それに加え、黒泥に浸食された動く死人――中には武装をしているものもいる。十数匹の魔獣に、(わず)かに意思のある兵が混じっていた。先導するのは魔人族(メイジス)の男である。報告にあった人数よりも少し増えているが――死人に関してはヴェルミの民を憑代(よりしろ)として、仲間を増やしたのだろうと予想できたが、情報が少なく、魔王は大勢いる影の正体は掴めないでいた。

 地を練り歩くような姿からとても騎士の軍とは思えないが、またならず者の集団かと言えば違う。正しい歩き方を知らないようにも見えた。

 死人と魔獣は口から黒い液体を垂れ流し、地面を穢すためだけに生きている魔の軍隊と化していた。黒のシルエットだけは、垂らしているのかわからない。


 アゴーニ砦の内部から襲った彼らが、まだプロクス村まで到着していなかった。

 魔王は、炎に焼ける村から略奪(りゃくだつ)の様子がなく二千の軍勢を率いて敵国内部に侵入した軍隊が、食料があり寝床となる村を焼く理由がわからなかった。しかし、鎧や遺体の数が少なすぎる事からまだ軍勢が着ていない事を察していた。

 未だ雨の中、残った火が(くすぶ)る村もまた何者かの手により、村の内部から魔獣が生まれて起きた悲劇によって壊滅したのだ。


 魔王は今、三千も満たない彼らを一人で迎え撃とうとしている。

 気絶した契約者の少年と幼子、小さき龍は森へ避難するように命じた。龍がいればまず魔物は近づかないので安全だろうと安直に考えて任せたのだ。颯汰やラウムに死なれたら困るが、魔王はそんな彼らを守る気はそこまでなかった。



「――……一人残せばいいか」


三千弱の(うごめ)く黒い影を見てそっとそう呟き、動き始めた。

 

 ゆらゆらと不安定な動きで進軍する敵陣へ、赤い閃光(せんこう)(はし)った。

 (ゆる)やかな坂――雨雲で陽光が(さえぎ)られた草地の上を、一条の矢よりも速く夜空で(きら)めき落ちる流星のように、紅い光の帯を残しながら駆け抜ける。


 距離にして三クルス(約三キロメートル)も満たないが、そこへ数瞬で着いた。


 風よりも疾く進む魔王の手に紅い光の粒子(りゅうし)が集まり、大剣の形を(かたど)る。

 星剣(せいけん)――『カーディナル・ディザスター』。

 異界の瘴気(しょうき)や持ち主の影響を受け、変質してしまった燃ゆる星の大剣。


 銀の刃が漆黒(しっこく)の兵たちに向けて振られた。超スピードで現れた謎の存在を敵だと認識する前に、二十数もの兵が()()かれ絶命していく。巨剣によって生み出された衝撃――風圧により、何十、何百もの兵が退(しりぞ)く。大きすぎる剣を身体の一部のように(あつか)い、一帯を赤や黒で染め上げた。()うように地を駆けては剣を振り回し、辺り一面に死を振り()く。――闇の中、残された光が赤い線を描いていた。

 奇声を上げ、敵意と歯を()き出しに襲い掛かる敵を切り伏せ、両断し、一度振るだけで十近くの命が消し飛んで行った。

 (もろ)いのか黒泥で出来た兵も墨汁(ぼくじゅう)のように弾けては、溶けて消滅する。

 魔獣が雄叫びを上げたが、魔王は特に剣に対し(、、、、、、)思い入れもない(、、、、、、、)ので平気でその剣を(、、、、、、、)魔獣へ投げつけ(、、、、、、、)黙らせる(、、、、)

 口に刺さった剣と一緒に倒れると、黒い血溜(ちだまり)が生まれ、剣は粒子化し消える。

 すると反撃とばかりに泥の兵の速度が上がった。しかし、魔王は襲い掛かる泥を(かわ)し、徒手(としゅ)で敵をねじ()せていく。

 見た目は魔導士タイプなのに、異様なほど肉体派で足技も華麗(かれい)であった。

 敵同士の頭を掴んでぶつけ合って砕き、踊るように足蹴が刺さる。

 敵から剣を奪い取り、(なまく)ら刃でも鎧まで断つ。しかしそれで剣がダメになると、そこら辺の敵に向かって突き刺して()てる。

 そろそろ終わりにしようと考えた魔王は、再び剣を召喚すると大きく横一線で()(はら)った。銀の刃から幅のある紅い衝撃波(しょうげきは)が放たれ、次々に敵が斬撃の波に巻き込まれて、再起不能へ(おちい)った。

 混濁(こんだく)した意識――彼らにとって魔王の出現は悪夢の延長上であったに違いない。

 しかも、倒される事でやっと夢から覚められるから余計に性質(たち)が悪い。


 戦闘力もさることながら、恐ろしいのは魔王が終始無言で殺意を振り撒いている事だ。静かに、だが確実に命を()り取る死神のように暴力を行使する。

 死体の中に(まぎ)れた兵――勇気を振り絞った魔人族(メイジス)の男の斬撃も弾かれ、剣を握った腕ごと斬り飛ばされた。さらに(うるさ)(わめ)く肉体を蹴られ転ばされる。知性が落ちた亡者は足元を見ずに暴れまわる敵に足を進めるから、もみくちゃに踏まれて死を迎えるしかなくなった。

 圧倒的な強さに、理性がなくなったはずの亡者たちも動きが遅くなるが魔王は躊躇(ためら)わず、力を振るう。



 四半刻もしない内に紅蓮の魔王は、多勢に無勢をものともせずに自身の肉体と剣だけで二千を超える敵軍を滅ぼした。身体の調子を確かめるべく目覚めた準備運動がてら、あえて魔法を一切使わずに挑み、見事に倒しきった。村では緊急事態であったため魔法を行使したが、動きやすく邪魔な障害物がない場所であるここでは存分に己の力を振るえた。

 確かに大剣は特別製である。幾多の敵を切り伏せても、なお刃こぼれや血と油で切れ味が落ちる事もなかった。とはいえ鉄塊の如く重圧な剣を一汗も流さず、呼吸を乱す事無く振るい切ったこの男の実力も相当なものであるのだ。


 緑と土色であったが、今は赤い野原――紅の王以外に起きている者はいない。


「…………」


王は無感情の顔でため息を吐き、血と雨が混ざって溶け込む地面を進む。

 遺体を踏もうが関係ない。既に死んでいるモノだ。

 王は、一人の倒れた兵の襟首(えりくび)(つか)み、起こす。


「起きろ」


女性の兵――魔王が一人だけ生かした兵だ。しかも内通者の一員であろうエルフの兵を乱暴に掴み上げたところを、左拳で両頬を殴打(おうだ)する。

 拳を振り抜かれた痛みで目を覚ます。白い(ほお)に痛々しい(あと)が浮かんでいた。


「……ヒッ!! 助け――」


短い悲鳴を上げたが魔王は容赦なく鼻柱を手の甲でノックするように叩いた。

 おそろしく速い裏拳。認識できない速度で殴れば顔も残らないため、かなり加減をしたが、見逃さなかった者は自慢できる速度であった。


「黙れ。貴様は捕虜(ほりょ)だ。色々とあの兵についても話して貰うが、情報以外に言葉を発すればもう三発、()びせる。話した情報が嘘であれば骨を一本ずつ丁寧に砕いてやろう。――抵抗は無駄だ」


 完全にトラウマとなった女性がコクコクと(うなず)いた。エルフ特有のの耽美な顔つき――綺麗に整っていた鼻梁(びりょう)は潰れ、鼻から真っ赤な血がドクドクと流れた。その血は口へと(したた)り伝わって、口の中が自身の血の味で満ちていった。

 魔王は、持ち上げていたエルフをそっと下ろす。醸し出す雰囲気――先ほどの戦ぶりが、何をしても勝てないと判断出来たせいで、抵抗すると余計に寿命(じゅみょう)が短くなると嫌でも(さと)らせる。


 ――この男、何者……? まさか、この男も……、


長い期間、紅葉のような赤い制服を着てヴェルミ王国の王都――ベルンの憲兵(けんぺい)として(もぐ)り込んでいたが、目の前の兵たちを、たった一人で殲滅(せんめつ)させた彼のような常識の範疇(はんちゅう)を超えた剣士を今まで見た事がなかった。辺りは警戒(けいかい)していたが、気が付いた時には味方――ドロイド兵と呼ばれる影の兵団に、魔獣になり損なった死人の兵隊が、たった一人の剣技で吹き飛んでいた。魔術めいた気配は剣にはあったが、移動時と攻撃時にはそれが一切感じられず、純粋な力だけで三千近い兵を殺して見せた。

 そんな存在――彼女の脳裏に浮かんだ答えは正解でもあった。


 ――魔王(テンセイシャ)……!?


自身の新しい主となった強大な転生者(マオウ)――アンバードを支配する鬼人族(オーグ)の王。そんな規格外(きかくがい)の存在を彷彿(ほうふつ)とさせる圧倒的な力。エルフの内通者はこの人族(ウィリア)もまた、転生者(マオウ)の一人だと思い込んだ。

 危険な任務であると承知の上であったが、まさか魔王と遭遇(そうぐう)するとは夢にも思わなかったから彼女は自身の不幸を呪う。


 そして最期まで呪い(つづ)ける結果となる。



“魔王が目の前にいる”と認識(にんしき)する事がスイッチとなるとは彼女自身想像もしていなかった。何より自身に“それ”が仕掛けられている事さえ、頭の片隅で分かっていたが気づかないふりをしていたのだ。(ヴェルミ)に情報を()らさなければ、自分の身の安全だけは保証されると思い込んでしまっていた。


『メキョッ……』


およそ人体から発してはいけない音と共に、エルフの女性の身体に変化が起こる。

 彼女の内側から何かが()い上がり、表皮が内部から(ふく)れ上がった。


「う゛……ぞ……!?」


口腔(こうくう)が黒の泥に満ち、息が出来ず(のど)が焼けるように熱い。骨格が(ゆが)み、(きし)み、音を(かな)でる。身体が意思と無関係に、人である事を放棄(ほうき)し始めた。


 ――いや、いや、いや、たすけて、たすけてたすけてたすけ……


口、耳、双眸から零れた真っ黒なコールタールのような液体が彼女を包み込むと、整った顔のエルフの面影が一切なく、凶悪な魔獣へと変貌(へんぼう)した。


 流石に眼前でこれほどの変化をされ魔王も面を食らったのか表情が(けわ)しい。


 ――こいつ、まさか……!


否、ただ考え事をしていただけであった。だがそのお陰で、魔獣や、その泥だけの兵。動く死人を生み出す“汚泥(おでい)の正体”に見当が着いたのだ。


「キシャァアア――」


叫び終わる前に、魔王によって左斜め下から右上へ向けて斬り上げられ、両断された。


「――……悪趣味(あくしゅみ)(きわ)まりない。迅雷の魔王(あの男)をやはり早急(そうきゅう)()たねばならんか」


裏切りのエルフを捕虜にするつもりだったのだが、反射的に両断してしまい、少し“しまった”という顔を見せた魔王であるが『どのみち捕まえてもあの気色の悪い魔物に変貌するならば変わりないか』と一人で納得して諦めた。


 転がる死体の泥は地面に溶け、雨に浄化されていく。泥だけの兵は解けても中に何も残っていなかった。

 二千八百は超えていた兵団は一人残らず、魔王の手で(ほうむ)()られた。

 実のところ、統率も取れていないうえにある命令だけに忠実で他は意思がないも同然な死体の群れであったから、王は剣を抜かずとも勝てた戦であった。でも、剣を抜いた事で“汚泥の正体”がわかった。


 戦闘が終えたら、クラィディム王子と魔女グレモリーがいる場所まで戻り話し合って作戦を練ろうと当初思っていたが、王は今すぐにでも迅雷(ジンライ)魔王(マオウ)を討つ手立てを思いついていた。その為に必要な手駒(てごま)は、既に(そろ)っていた。


 まずは気を失っている契約者――立花(たちばな)颯汰(そうた)が目覚めるまで待つ必要がある。


 ――ひとまず、村の残った遺体は埋葬(まいそう)しておくか。


 雨の下、金の(かみ)(まと)う衣もしっとりと()れていた。

 魔王は靴に()ねた(どろ)も気にせず、村の方へと足を運んで行く。

次話は来週

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