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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
59/435

15 炎と魔獣

 はるか彼方、上空を飛翔ひしょうする。


 それは流れる雲よりも、頭天にある――アルオス神の戦車チャリオットに引かれていると伝えられる、灼熱と恵みを与える太陽よりも速く、下手すれば狩りの女神セレナの放つ矢よりも速いかもしれない。


 しかし、“飛翔”という言葉はあまりに格好つけすぎだろうか。

 巨大な手につかまり飛ばされ、また飛んだ先で速度が落ち始めると、もう片方の手が魔方陣から呼び出されつかみ、投げ飛ばすを繰り返され、ほぼ最高速度を保ちながら尋常じゃない速さで目的地まで運ばれる。

 

 “屑箱に入れるために投げ放たれた、くしゃくしゃに丸めた紙”みたいな扱いが適しているかもしれない。――とにかくそう、乱雑で、あまりに風情もない紅い弾丸が飛んで行ったのだ。


「いい加減慣れろ」


「無茶言うなぁぁあああああッ!!」


使役した巨腕を用いた張本人の台詞に、しがみついている少年は吼える。

 地上から遠い空、悲鳴が地表に向かって木霊こだまする。投げ飛ばされ叫び、掴まれる度に声が止まるを繰り返していた。

 七十ムート(約七十メートル)以上の高さを、全力投球されるお手玉の気持ちになれば、紅蓮グレン魔王マオウにしがみつく立花颯汰の気持ちがわかるかもしれない。

 魔王は、外套がいとうの中で、両方向を颯汰とラウムが抱き合う形ではさまれていた。


「王サマぁ!! この子ォ! 白目ェ向いてるゥー!!」


「む、手でもにぎっておけ。離れると危ない」


「既に右腕を掴まれてて無理ィイ!!」


「掴まれてるならまだ意識は離れていない。問題なかろう。……龍の子! そろそろか!」


風で大いに揺れる外套の中の住人のわめき声に付き合うのを止め、紅い弾丸の速度よりも早く先行する白竜シロすけに声を掛けた。


「きゅうう! きゅう!」


「……!! なるほど……。もうすぐだ、落下するから歯を食いしばれ」


龍の言葉を完全に理解している魔王は彼が示す方向へ視線を移し納得していた。

 そう魔王が言うや否や、速度は変わらず、ただ、向きが変わっていくのを颯汰は感じ取れた。声にならない叫び――歯を食いしばっても口角から悲鳴が漏れ出る。

 馬を使えば二週間も掛かる十四スヴァンの道のりを、たった数十分の飛行で済ませた。


 そして、地上へ――。




 さすがに客人がいる中、魔王は地上へ地面を割り砕く豪快な着地をせず、だんだん投げる速度を落とさせ、ついに地上付近から出現させた手のひらの上に降り立ち、魔騎士の巨腕はゆっくりと主を地上へ下ろした。

 そこは、颯汰のお気に入りの場所――村を一望できる丘の上であった。


「着いたようだが、…………少し、遅かったか」


魔王の呟きにハッとなった立花颯汰は外套から飛び出す。最初は悪い夢を見ているかと思ってしまう。空中で激しく揺さぶられ頭がおかしくなったのではないかと現実を否定したがる。認めたくない光景が眼前いっぱいに広がっていたのだ。


 それはまさに、赤の世界。

 緑豊かで畜産が盛んに行われた田舎だったモノ。

 それが全て赤々とした炎に呑まれ、火先ほさきから鱗粉りんぷんのような金の粒子がチロチロと燃え上がっては天へと昇る。それと一緒にくすぶる黒煙が村中から伸び、空を黒く染めようとしていた。もうすぐ、草原やココまで火の手が上がるかもしれない。


 …………それは、燃え盛るプロクス村の情景であった。


「――……ッ!!」


一瞬、颯汰は諦めて両膝を曲げ、両手を地面に着けて、赤い炎が映っていた瞳の奥から、それらを消すかのように涙を流して泣き叫びそうになった。

 だが、それより確かめないとならない。歯を食いしばって炎を睨む。


「まだッ……全滅したと、限らない……!!」


それがあまりに絶望的な願いだと、彼は自覚していたがそれでも足を燃える村へと導いた。

 魔王は、制止させようと手を伸ばしたが、その手を下ろし顔色が土色よりも悪くなった少女を小脇に抱えて小走りで追いかけ始めた。



 どこも、炎に包まれた地獄であった。

 身体が、火に対する恐怖を覚えても、颯汰はただ必死に生存者を探す。

 木造の家は村を焼く火の糧となり、人も家畜も等しく炎の中に沈んでいった。


「――!! ……あ、あぁ……!!」


倒れている人間を発見するも、既に瓦礫に押しつぶされたのか、左半身が見るに堪えない状態で絶命していた。颯汰は苦い表情で起こした遺体をそっと置く。

 少し前まで話をしていた仲であったのに、命であったものが平然と転がるのを見て、溢れ出す感情を止めるすべもなく、颯汰ははしる。

 この世界に来てから、炎を見るたびに言葉に出来ない不安感が湧き出ていたが、それも相まってか心はもうつぶれかけていた。


 ――誰か、誰かはいるはずだ……!!


 家族――長老グライド、ジョージ、その娘シャーロット。

 彼らの家へひた走り、叫んだ。


「誰か、……誰かぁ!! ……いるよなぁ! 返事、返事を、返事をしてくれぇぇええ!!」


悲痛な叫びは虚しく、炎の燃える音に呑まれていく。


 颯汰は、グライド家――自身が五年もの間世話になった屋敷の前に着く。

 そこも、例外なく炎が容赦ようしゃなく浸食しんしょくしていた。

 庭も、ウッドデッキも、何もかもが燃えている。


「ま、まだ――家の中に、……!!」


焼けた家がメキメキと音を立て崩れ始めた。無慈悲にも柱が折れ、幾多の火の粉が空へと舞い上がった。

 思い出が――目の前で炎と一緒に燃え、尽きていく。

 今度こそ、颯汰は地面にへたり込んでしまいそうになった。

 ふと視線を倉庫にやると、人が倒れているのが見え、颯汰はあわてて駆け寄る。


「ジョージさん!!」


グライドの息子であり、シャーロットの父――ジョージが倉庫の入り口で座り込んでいた。焼け焦げた狩人の服で、ふちに背を預けた彼の左腕からは多大の出血痕が見え、流れた血は赤い池を作り出す。左目はつむったままで、眼球の直撃は避けたものの、右目は何か破片でも当たったのか大きな切り傷があって、エルフ特有の美形が見るにえない姿となっていた。髪留めも失くし、長い金の髪が無造作に流れる。


「ソウ、タ……?」


声に生気がない。必死に絞り出した声は掠れ、彼がもう長くない事を嫌でも教えてくれる。颯汰は、彼の名を再度呼びかけた。


「すまな、い……。目がかすんで、何も見えな……、だ……ゴボッ!!」


大量の血をかたまりのように口から吐き出し、緑の衣は彼の血で染まる。瞳は正面を向いたまま、動こうとしない。彼の瞳にはもはや何も映らないようになってしまっていた。


「父さんは、死ん、だ……」


「――……グライド、さんが……!」


長老グライドは、息子であるジョージの目の前で亡くなった。炎と、形容し難い何か(、、、、、、、)に襲われて。

 言葉も交わせない悲しい別れであった。そして、自身ももうすぐ父の後を追うと理解していたジョージは心残りでもある娘の存在を気にかけていた。


「シャル……、娘は、近くに、いなかった、かい……?」


「――……ッ!」


崩れ燃え上がる屋敷、ここまでの道のりで生存者の姿はジョージを除いて見当たらなかった。


 ――何処かへ、逃げているかもしれない

……そんな希望も炎の波と感情が揺らめいては深い底へ落ちていく。脳内で導き出された結論を何度否定しても、生存は絶望的という答えに辿り着いてしまった。


「――……ここに……います。今気を、その……失ってて。でも、ここに、姉さんは……います……!」


口の震えを必死におさえ、颯汰は目の見えなくなった父親に、娘はすぐここにいると安心させようと嘘を吐いた。その想いに気が付いたジョージは優しく、そして短く笑った。もし手が動かせるならその頭を投げてやりたいと思いながら。


 ――君は、嘘が、下手くそだなぁ……


「ねぇ、ソウタ。最期にお願……、きいて、くれるかい――?」


「最期なんて……!!」


涙ぐむ颯汰に、ジョージは最期の言葉を懸命に紡ぐ。無茶をするな、と言ってもこの少年は決して聞かないだろう。この村の全てを捨てて忘れ、大人しく生きてくれという願いも、きっと聞き入れない。娘の生存も絶望的な火の海の中、捜索そうさくさせるのは徒労とろうどころか五体満足の少年の身に危機が迫る。

――ならば、告げる言葉は何てこともない、ただの小さな願望しか残っていなかった。

 たった五年、エルフの寿命の中で数瞬の風のような時間でも、決して忘れることのない団欒だんらん――父と娘、そして息子の記憶があった。狩りも沢山やった。時には喧嘩もした。一緒にシャルに怒られた事もあった。

 だから、彼が後腐あとぐされもなく、何も残さず死ぬために最期のうれいを解消する言葉を欲した。普段なら恥ずかしくて言えない台詞も、死に際でようやく口にできるとジョージは安らかな気持ちになっていた。


「……おとう、さんって、きみに、よばれ、たか……なぁ」


颯汰は息を呑む。そして、力なく下がる父の手を握って静かに告げた。


「……おとうさん」


最後に声がした方向へ父は満足げに微笑ほほえみかけると、その手から力なく倒れてしまった。

 颯汰は父を何度も呼ぶ。

 何度も肩を揺らし、声を掛け、耳元で泣きじゃくる声で叫んだ。

 それでも、若々しいエルフの男は、既に事切れていた。


「…………とう、さん……!」


この世界に転移し、二度目の父の死は――目の前で起きた。

 立花颯汰は空に向かって慟哭どうこくを上げる。

 天も地も揺らす叫びが鳴り渡った時だ。


 その絶叫に反応したのか、獣の咆哮ほうこうひびいた。


 聞き覚えのない、魔物の声であった。

 地の底から産まれ、生きとし生けるもの全てを呪う波が、焦げる地を、燃ゆる木々を、黒煙に満ちる空を、駆け抜ける。


「!」


 ゆっくりと亡骸なきがらから離れ、身体を起こす。

 胸騒ぎがした。何か妙な予感がする。

 炎の中に魔物がいるという異常が、身体を動かす。

 大抵の魔物は本能的に火を避けるはずだが、この村にいる。

 踏み出す足が少しずつ早く、鞘を掴みいつでも抜剣出来るように走り出した。

 家の燃え屑の残骸や村を彩る自然だったものを踏み越え、声がした場所へ急いだ。


「――……!!」


それを目に収めた時、反射的に燃え残る石壁を背に隠れてしまった。

 あまりの信じられなさに言葉を、失ってしまう。

 それはまさに異形いぎょうという言葉を具現化ぐげんかしたような存在であった。いや、それで足りるだろうか異型いけい奇妙きみょうという言葉でも足りないかも知れない。

 三ムート(約三メートル)ほどの巨体を揺らしている。暗雲よりも濃い黒の肌を持ち、手足は細く、腕に至っては細長くて地面に着きそうな非常にアンバランスな体形だ。その手にいぐるみを頭を掴む要領で、男性と思われる人の身体を引きずりもてあそんでいた。のそのそと動き、素早い動きは不得手に見える。

 衣服の類は肉に埋もれているのか見えず、真っ赤な血管が黒い身体の所々に浮き出ている。ぶよぶよとした奇怪至極の肉の塊が、そこに存在していた。

 一番注視してしまうのは腹だろう。首もない寸動鍋すんどうなべ体形で腹の肉が六段もある。何より、真ん中に縦に閉じた煤に汚れた色の歯が並んでいた。一本一本が人の拳と同じくらいの大きさもある。

 その生物がだらりと開いた口から耳をふさぎたくなる鳴き叫び声を上げる。そうすると、眼窩がんかは夜闇よりも深淵に近い闇色に満ち、何も存在しないように見えたが、その双眸そうぼうからコールタールに似た黒色の涙をこぼし始めた。

 見ているだけで怖気おぞけや吐き気を伴う醜悪な魔獣。

 周辺に呪いをらした奇怪な生き物の足元からボコボコと流した涙が沸騰ふっとうするように泡がはじけていた。

 その黒の欠けらに触れる倒れていた木はそこを起点として炎を上げた。魔獣は手に持った遺体を無造作にそこへ放り投げ、炎の勢いは大きくなった。それを見て、魔獣の人型の顔がぐにゃりと歪み、


「キシ、キシシ、キシシシシシシッ!」


肉が焼ける音、死体が燃える臭いに歓喜の声を上げ、打ち震えていたように見えた。

 それを見て、この生き物がこの村を燃やした原因であると颯汰は理解できると、


「お前、か……! お前がぁあああッ!!」


颯汰は、怪物の前に出て隠れる事を止めた。


「キシャァァアアアアアッッ!!」


見た目通り不快な鳴き声を発する魔獣。

 だが、恐怖という感情はない。あるのは黒く、燃え上がる怒りだけだ。

 抜剣した銀の刃に炎の照り返しがゆらゆらと燃え上がる。

 互いに敵と認識し合い、獣が二頭、咆え合った。


「殺す……! 殺してやる……!! 殺してやらぁぁああッッ!!」


颯汰の叫びに呼応して、少年の身に半透明な薄闇が包むのを、遠く離れて紅蓮の魔王はただ静かに見つめていた。


 未だ村を燃やす炎が、颯汰の心をきつけるように荒ぶった。

キレやすい十代。

いえ、理由がある怒りなんですケドね……。ここまで増長するのも。

前回長すぎてカットした部分を序盤に持ってきたせいでちょっとバランス悪かったかもしれませんね。


次話は来週に。




――――

2018/07/03

一部ルビの削除など修正。

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