11 魔女と幼女
青々とした木が連なりが両隣に立ち並ぶ、かつて整備されていた道を進む。長年放置されていたのか。今は砂利交じりの土に雑草が疎らに生えていた。
先頭を歩く騎士たちは鎧などの重武装ではなく、精々鎖帷子などまでに留めていたが、目立たぬように腰にある剣まで外套で隠していた。
それでも重さはそこそこあるのだが、日夜鍛えている騎士にとっては軽いも同然なのだろう。
その後ろを歩く王子を見つめ、王族という大いなる呪いを背負っているのだなと立花颯汰は思った。
王子であるにも関わらず、恰好はそこら辺の庶民と同じ服で土色の外套を羽織っている。それでも顔が整っているから様になっているが。
空が広がるはずの頭上まで覆い尽くす木々のせいでせっかくの晴天も見えなくなり、一層不気味でジメジメとした雰囲気を醸し出す森。
先頭の騎士と殿を務める騎士たちは手に松明を握りしめ魔物や賊が現れぬよう警戒をしていた。
魔物に関しては颯汰の頭に首と頭を乗せて肩に乗っかっている白龍がいる限りどうにでもなるが、人であれば騒ぎになるのを避けられない。
ましてや一行の存在を知られたまま逃がすのは危険であるからそこは細心の注意を払うしかないだろう。
『伝説の魔王を蘇らせる』。王子は確かにそう言った。
何を以て伝説と言うのかは颯汰も以前、魔王について調べたため知っていた。
今、暗黒大陸と名高い魔境『カエシウルム大陸』――。
現在こそ魔物が跋扈する地上の地獄であるが、大昔は人が賑わう一大国家があったと記録されている。
それを、大陸ごと焼き払ったのが“その魔王”だ。
紅き焔を自在に操る王は、魔物を従え他大陸にも攻め入り人類を絶滅へと追いやったとされる。その最凶の魔王は多くの他の魔王を殺し、さらには勇者をも討ったと伝えられていた。
そんな存在を蘇らせると言えばそれは正気を疑うものだ。
……何よりも存在することを疑ってしまうのが先だろうか。
だが、この世界で一部の人間だけが彼の本当の側面を知っている。クラィディム王子もその一人だ。王都にある図書の倉――厳重に保管された一冊の記述を彼は信じた。
他の騎士はどうだろう。その表情に臆面も出していないが、内心はわからない。度重なる悲劇に王子がついに狂ったと思っている輩もいてもおかしくないだろう。
それでも、共に賭けるしかないとその道を選んだのだ。
ディム王子はそれを友人である立花颯汰に告げた時、どう返答が来るかわからなかったが、怒りと拒絶が来た場合は諦めるつもりであった。
颯汰の父となるはずだった魔人族の英雄は、祖国で迅雷の魔王によって処刑された。密偵の調査でそれは確かな情報だと掴んだ。
そして颯汰が復讐のために凄まじい勢いで剣術を覚えたのをディムは知っている。
魔王という脅威の前に、別の魔王を使うという策に強い憤りを感じてもおかしくないと思った。
だが、何度か質疑応答を交えた末に出した答えが、
『――……そうか、なら一応見ていこう。蘇らせた瞬間に暴れださないように対策とかはしてるんだよな?』
『あ、あぁ。……いい、のかい?』
『良いも何も、そいつがどんな化け物かは知らんが、お前が信じるなら大丈夫なんじゃない? なんか口で言えないけど、俺もそんな予感がするんだよな。変だけど、……うん変だな』
頭を掻きながらディム王子の意見に颯汰は同意したから、今目的地へ共に足を進めている。
その王が暴れまわって他の術者である転生者が死ねば、颯汰も自動的に帰れるのではとも考えた。余すぎるかとも思いつつも。
暴れ馬を御せるとは思えないが、自身の死や不幸への道を選ぶと視界に映っていた黒い靄も今は見えないから少なくとも『殺されやしない』と確信している。
迅雷の魔王――憎き簒奪者を追い詰める要素になるのならば、喜んで使おうと颯汰は決意したのだ。
地面がだんだん斜めに向いて、ついに石で作られた階段を上り始めた。
一人分の幅の狭さであるから今まで同様に順番に上り進んでいく。
造りは拙いのか時間が経ちすぎたのか風化や浸食の影響で一部が崩れ、草木が自由に手を伸ばしている。
騎士たちは気を付けてくださいと注意を払いながら上って行った。
森の雰囲気に呑まれたか、誰しも心に暗いものを抱きながら歩みを進めていく。
上り終えまたしばらく歩き進めて、四半刻も経たない内に目的地へ到着した。
そこは、開けた土地となっていた。
森が、その地だけを避けているように草木は円形に囲っている。
だが、それよりも中心にある瓦礫に目が映る。
まるでそこだけ空から爆撃を受けたように無残に砕けた石の壁や何やらが転がっては山となっている。
砂埃が掛かり幾年も放置されたものであるとは見てわかったが、不思議な事にそこには苔やツタの類が一切蔓延っていない。
「屋敷……? いや、城か……?」
「ご明察。約五百年前のものだそうだ」
少し離れたところに、待機していた八名ほどの騎士がいた。
その脇に二つの人影があり、おや? と颯汰は思う。
騎士がいる中では幾分も浮いた格好をしていたのだ。
一人は幼い魔人族の少女だ。銀の髪にボンネットハット、黒を基調としたゴシックロリータに身を包み、淡黄の薔薇がアクセントとなっている。
もう一人は全身が黒の服で肌の露出がないのだが、身体のラインがくっきり浮かび上がり扇情的であった。長い髪も、被る三角帽子も黒である。
――まるで、魔女とその使い魔の人形みたいだ。
これから行う魔王を復活させる儀式はどうやら彼女たちが主導となって進めるに違いないと誰が見ても断じれる。
「…………大丈夫なのか?」
信じると言ってから少ししか経っていないのだが、颯汰はつい隣に立つディム王子に尋ねてしまった。
妖しく疑わしい二人組、片方は妖艶な女性。少女の方はどうみても魔人族。これから戦争する相手の国の住人の一種族であるからだ。
素性のわからない二人に露骨に警戒を現す颯汰に対し、
「大丈夫、あっちの人はソウタも見た事あるよ」
魔女の方を右手で示して言う。
首を傾げて記憶を呼び起こす作業に入る前にディム王子が先行したので、颯汰は慌てて後を追う。
近づいた事で騎士たちは仰々しく王子へ敬礼と挨拶をする。その次に彼女たちが口を開いた。
「あら、その子が王子様のお友達? ふ~ん……」
魔女の方が興味深そうに観察する目をして颯汰の周りをぐるぐると動く。
舐めまわすというか、値踏みをしている感じか。
「な、何ですか!?」
困惑する颯汰に対し暫しの沈黙の末に、一人で納得してウンウンと頷いた。
「そしてこっちが龍の子! やだ幼い頃ってこんなに愛くるしいものなのね~」
魔女の行動に興味を示して顔を上げたシロすけに魔女は大人の龍を見知っているかのような言葉を吐いた。冗談か本気か判断つかず颯汰は胡乱気に彼女を見る。
すると隣にいた人形のような少女が喋りだす。
「すいません、ウチの師匠が自己紹介の挨拶もなしに……」
感情というものを生まれて母体に置いてきたのかと言うほど冷たく抑揚のない少女の声音で続けて言う。
「こちらは人族の魔女であり私の師匠、グレモリー」
「は~い。グレモリーよ! あ、本名は内緒ね!」
偽名なのかよ、というかバラしちゃうのかよ、と颯汰は脳内でツッコミを入れる。
「あと魔女の夜の座長も務めているわ。たぶん坊やが知ってるのは語り部のお姉さんとしてかしら」
「…………あ! あの劇の司会やってた女の人!」
五年前、王都にて行われた太陽祭。そこで旅の一座がヒーローショー紛いの劇をやっていた記憶が蘇った。女性はあの頃と変わらず若々しい。
「そうそう! 今、他の団員は各国でそれぞれ仕事をこなしているけど、平和な世の中になったらまたやるから坊やも是非――ととと、それより私の弟子の挨拶が先だったわね」
そういって続く言葉を中断し、弟子の方を向いた。少女は頷いてから言葉を口にする。
白銀の髪に褐色の肌の少女――。
颯汰はここ五年で賊以外で魔人族を見る機会が一切なかった。
幼き人形の赤い瞳を見て、嫌な予感と不安が湧き出した。
乾いた素肌に汗が伝う。心臓が高鳴り始める。緊張が喉を一気に乾かした。
――まさか、そんなはず、さすがにないだろう
いくら何でもそうだとしたら出来すぎだと颯汰は神を恨まずにいられない。
魔王を討つために身を捨てる覚悟はできていても、“それ”と向き合う覚悟はまだ全くできていなかった。
祈りは叶わず、目を背けていた事象は現実の物となる。
彼――ボルヴェルグには、二人の娘がいたのだと本人の口から聞いていた。
父の死から加速していく運命。神が紡いだ糸に、着々と絡め巻き込まれていく。
「……私は魔人族のラウム・グレンデルです。よろしくお願いします」
丁寧にぺこりと頭を下げる少女。
颯汰はただ一つの事柄に意識が向いていた。
「――……グレン、デル?」
あまりに聞き覚えのある姓――。
頭に過っていた憶測がディムの言葉により的中した事を知る。
「彼女の父上はボルヴェルグ・グレンデル――つまりはラウムさんは君の義妹にあたる子だよ」
「はい、よろしくです、……あの、……お兄、さん?」
固まる立花颯汰に向かって、感情の起伏はないが困惑したように声を詰まらせながら兄と呼ぶ少女。
そこだけ見れば微笑ましい光景だが、
「あ、あぁ……、急な事で驚いたが、その……よろしく、頼む」
青ざめて返事をした。
平静を装っているが明らかな動揺した様子に魔女以外が頭に疑問符を浮かべる。
ディムがどうしたのだろうと問おうとしたが、
「じゃあ、時間も惜しいから、ささっとやっちゃいましょうか」
魔女グレモリーがついに魔王復活の準備に取り掛かるようだ。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。何を、具体的に、何をする気なんだ? そもそも、アレ……、人族って使えないんだろ? 魔法」
颯汰が動揺を隠しきれずに誤魔化しながら魔女を問いただす。人族は魔法の類が使えない。人族が魔女、魔人族が弟子という関係もおかしいのだ。
「そうよ。私が得意なのは薬の調合とかだからね」
じゃあどうするのだ顔に浮かべていた颯汰を見て魔女がにんまりと笑う。
「でも、これだけは世界中どこを探しても私にしかできないわ」
そう言うと、彼女は虚空に座った。
「――え?」
いや違う、何もない場所に椅子が出現したのだ。
しかも、それはこの世界に似合わない青色のオフィスチェアだった。
薄いクッションに背もたれが付いている。高さ調節くらいは可能だが、アームレストは付いてない安物だ。
椅子を支える部分の先は五つに枝分かれしている。そこにはウレタン製の車輪が付いているため屋内だと自由に移動ができるが、砂礫と城の残骸が転がるこの地ではそう自由が利かないだろう。
あまりに場違いのものの出現に颯汰は驚き声を出す。一瞬も目を離していないのに、そこに出現した物体はこの世界に存在するものかどうかは別として、あまりに見慣れた地球のあった物だ。
さらにそのリアクションが面白かったのか、
「が、ガラケー!?」
続いて手に持ったのは少し古い携帯電話でガラパゴス携帯――いわゆるガラケーと呼ばれた物であった。
それこそ、この世界に存在するはずがないものだろう。
「がら、けー? その呼び名は知らないけど、そう“折り畳み式携帯電話”」
パカパカと画面を開くたびに、光の明滅を繰り返す携帯電話を見せつけながら言い放つ。
「色々と諸事情で制約されてるけど、こんな事は私以外にできやしないわ」
鞘を押さえ柄を握っていた颯汰に対し魔女は立ち上がっては、ひょいと投げつける。突然の事に颯汰は反射的にその携帯電話をキャッチする。画面は初期設定の物で味気なく、電波を示すマークは存在せず、代わりに“圏外”と表示されていた。
「私の固有能力。私が過去に触れた“物”であれば呼び出す事が可能なの」
そう言いながら、次はタバコにライターを取り出してはそれを吸わずに足元に捨ててヒールの踵で踏みつぶした。
「イデア……スキル……? あんたは……、一体……!?」
「秘密が多い方が女は魅力的で輝くものだけど、そうね。信用を得るためにここまで喋ったら隠す必要もないわね」
揺れる黒髪は妖しく、唇のルージュが艶やかに蠱惑的に動いて堂々と明かした。
「元・魔王よ」
予定より長くなったのでバッサリカットしましたが、
文字数の関係上、伝説の危険人物は次話登場となります。すまない。
リーゼロッテやマクシミリアン卿のくだりとかもありましたがカットで。超不憫。




