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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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08 荒れ狂う江流

 雪解け、潮、雨などの影響で増水した大河は、大型の魔牛すら簡単に飲み込むほどの勢いを持っていた。

 それ(すなわ)ち、人なぞ、垂らした水に飲まれ流れる(あり)のように(はかな)く、無明の闇と化した膨大(ぼうだい)な水量に押し流されるしかないのだ。

 不夜の森の真ん中を激流が(はし)る。

 そこへ魔人族(メイジス)の傭兵とエルフの少女――シャーロットが落ちたのだ。


「あばっ!! おぼ、おぼぼぼぼ……!!」


何を言いたいかわかるような言葉にならない何かを発する傭兵は流されながらだが、まだ商品である少女の手を(つか)んだままであった。

 一方その少女は余程強力な薬を飲まされたのか、目が覚めるような冷たさの川の水に全身が()かっていても、未だ目を覚ます気配がない。


「きゅうう!! きゅう!!」


龍の子が叫ぶ。自然の猛威(もうい)の前に、どうすればいいのかわからないのだ。


「――! (つか)まれッ!!」


息を切らし、駆け寄った颯汰(そうた)が、ジレザの(ツタ)と呼ばれる草木の蔦のような色合いの金属製のロープを意識のある傭兵に向かって投げ込んだ。

 傭兵は身体をバタつかせながら懸命(けんめい)に投げつけられた命綱を掴んだ。


「――ッ!!」


成人男性と幼女の重さ、更には暴力的に流れる濁流(だくりゅう)の重みが()し掛かる。ロープを両腕で掴み、足で踏ん張るも、泥濘(ぬかるみ)だした地面を(えぐ)(すべ)りながら、颯汰は川へと引っ張られ始めた。

 このまま引き上げる事は、重さも相まって難しそうだ。

 幼龍シロすけも援護に回る。

 最初は飛んで蔦のようなロープを一緒に引っ張るが、効果なし。

 次に飛びながら颯汰の腹を押して留めようとするが、効果なし。

 最後に足に絡みつき、自身の爪を地面に突き刺すが、効果なし。

 健気に助けようとするも、自然の力の前には龍とて足りないものがあった。

 しかし、転機が訪れる。

 雨雲から雷鳴が(うな)り、薄闇を照らす光となる。


 ――あれは、岩か!? よし、あれでッ!!


木にでも引っかけようと考えていたがあまりに距離(きょり)がある。そんな中、川に沿って下った先に、人くらいの大きさの岩が目に映る。暗闇で見づらかったが、稲光(いなびかり)で確かに(とら)えた。

 ()めた、と心内で叫んだ。この岩にロープを結んで固定しようと考えたのだ。

 一気に、そこへ向かって両手で掴み左肩にロープを背負うようにして、斜め左方向へ力を込めながら走る。そうすることでロープを離さず岩まで走り抜ける気だ。


「離すな、よッ――!!」


叫んだ後に歯を食いしばる。

 足を踏み出し、川の横を並走するように走ろうとする。

 ふと力を抜けば、そのまま颯汰も波濤(はとう)に飲まれてしまいそうだ。

 踏み込んだ靴の中にも雨が染み込み心地悪いが、それを気にする(いとま)はない。

 熱さで発していた汗もいつの間にか流れて冷たくなる身体を、懸命に走らせた。

 重さが充分にあり、雨水が浸みて涙を流しているような黒岩に激突するように身を寄せた。

 想像通り岩がストッパーとなり、激流に引かれる身体を押さえてくれた。

 しかし、金属製のロープを握る颯汰の手から出血し始めていた。黒岩を背にしながら、颯汰は最後に力を込める。

 ぐるりと岩を一周し、結んで完全に固定する以外に方法はないと断じたのだ。

 指先から血を滲ませながら、叫びを上げてロープを背負うように引っ張る。反対方向へ回り込もうとした時だ。

 ガクリと、ロープの重さが急に軽くなり、足を踏み外しかける。

 まさか二人とも、と思い颯汰は青ざめながら反対方向に回り込んで濁流を覗き込んだ。

 ロープの先には、傭兵はいた。


 だが――、少女が、いない。


 傭兵と目が合う。救出を懇願(こんがん)する目だけではなく、申し訳なさそうな顔をしているが、その表情は確かに物語っていた。『俺は悪くない』と。

 故意(こい)か、偶然(ぐうぜん)かは関係ない。

 たた、颯汰がその手に力を込める必要はなくなったのだ。ロープをかなぐり捨て、走る。

 黒い波の中、プラチナブロンドを持つ白い少女が奥へ流されているのが見えた。

 (すが)(わら)もなくなった男の悲鳴は雨と川と雷鳴で()き消される。

 もはや、颯汰は考えもしていない。

 完全に反射的に、野性的に、突き動かされるように身体を動かしていた。


無影迅(ファントム・シフト)!!」


痛み始めた脚を無視し、限界を超えた高速移動で、意識が川と似て、混濁(こんだく)した闇へ(しず)み流される少女と並走するまで近づいた。

 このままでは(おぼ)れ死んでしまう。時間は残されていない。

 肺も心臓も、脚と同様に悲鳴を上げていた。


 ――それが、どうした!


 ここで(あきら)める方が、後悔が残る。そんな言葉すらも考えていない。ただの脳に染み付いた執念だけが、命に向かって手を伸ばしている。

 もう残された時間はない――颯汰は覚悟を決めた。

 それは、賭けであった。無謀であり、愚かな賭けだ。

 

 颯汰はその闇の奔流へ、自ら飛び込んだのだ。

 龍の子が驚き叫ぶが、その声も既に遠く、激流に打ち消されていた。

 身を投じた川の中は想像以上に、深い。

 更に山の中で冷やされた水は容赦なく体温を奪っていく。そして流れが急であるから、いつ溺れてもおかしくない状況であった。

 学校にあるような小さなプールとは比べ物にならない。

 濁流で水底は見えず、水面は遥か上にあるように映る。

 流されていった少女――シャーロットを探すために飛び込んだが、息が続かず颯汰は水面まで上がりで必死に息継ぎを試みようとしていた。

 しかし、まるで川の中に意思があるかのように水流はうねり、颯汰を飲み込まんとする。波が激しく揺れ動き視界は(さえぎ)られていた。

 かつては泳げない(カナヅチ)であったが、さすがに水を自在に操る人外の師匠の元にいたため、少しは泳ぎができるようになってはいた。

 しかし、どちらかといえばやはり不得手の方であるのに関わらず衝動的に身を投げ出した。

 自分と異なる世界の住人の少女のために命を張るどころか賭けているのは何故だろうかと疑問は浮かんでは流されていったが……答えはもう胸の内にある。


 ――理由は……長く過ごし過ぎたせいだろうか。


一瞬脳裏に浮かぶ“家族”という単語を、否定はせずにただ見送る。

 救えなかった大事な人を――もし自分が目の前でいたならばと自責の念を感じながら生きていた。だから彼はたとえ、去る事になる世界であっても、自分が非力で弱い存在であっても、手を伸ばす事だけは決して諦めない(、、、、、、、)

 河川の中、水面に浮かんだシャーロットが頭の方から流されているの姿を見つけた。

 颯汰は懸命に水流を利用して近づく。手足が()りそうだったが、必死に手を伸ばした。

 まずは少女の足首を掴み、手繰り寄せるように颯汰は浮上する。

 シャーロットの肩を捕まえながら水面に出た直後、颯汰へ黒と白の濁流が襲い掛かる。

 川は悪意を持ったかのように抗う少年を水中へ引きずり込む。

 水が口の中に入り、空気が漏れ出て息が出来ない。

 何より今までの全ての疲労が重荷となって足を引っ張る――限界が来た。


 ――こ、こんな所で……。


 立花颯汰の意識は、そこで途絶えた。




 ……――


 …………――


 ………………――



 顔に、清流が、バケツから被されるように襲い掛かった。


「ぶっ!? おうぇ!! ぶぇ、ゲホゲホ……!!」


目を覚まし咳き込む少年がパニックになって立ち上がる。

 (ただよ)う空気や何もかもが先ほどまでとは別の、言葉で表現しづらい何か異質なものとなっていた事に目覚めた少年は気づいた。


「おはようございます愛弟子(まなでし)くん」


「ヒェッ……!」


声がする方を向いて、愛弟子――立花(たちばな)颯汰(そうた)戦慄(せんりつ)する。

 剣術を教えてくれた師匠である『湖の貴婦人』がそこにいた。

 美しい白金(しろがね)を思わせる長い髪、赤い宝玉をあしらった金のサークレット。

 上に黒のショールボレロのようなものを羽織っていたが、蒼のネグリジェ姿でその膝の上にシャーロットの頭を乗せて寝かしつけて、優しく右手で頭を撫でていた。

 恰好(かっこう)から“オフの時”なのか寝ていたのかのどちらかであるが、定かではないがおそらく慌てて来たのだろう。それを聞くのも勇気がいる。

 何故なら、表情こそ笑って映るが、向けている碧玉(へきぎょく)(ひとみ)は全く笑っていない。

 文字通り人間離れをした美貌(びぼう)を持つ魔女――『湖の貴婦人』の笑顔に暗い影が掛かっていた。

 もはや気を失ってる間に見ていた夢の光景なぞ当に頭の隅に追いやられ、消えていた。


「し、師匠(ししょう)! ありがとうございます! 師匠なら絶対助けてくれると思ってました!」


彼是(かれこれ)五年近くも付き合いのある師――人外の存在である彼女の機嫌など、すぐに分かる。

 ゆえにすぐに(ひざまず)き、立ち膝となって顔を伏せた。

 怒らせると恐いタイプで、颯汰は一切勝てるビジョンが浮かばない相手でもある。


「そうですか。私はあれほど上達が出来なかった下手な泳ぎで、濁流に身を投じるなんて馬鹿な真似をするとは思ってませんでしたけど」


「う……」


痛い所を突かれたと颯汰は(うめ)く。


「全く、注意しても無茶だけはしますね~、修行時もそうでしたけど……」


呆れた顔でため息を吐く。


「…………、まぁ詳しくは知りませんが、この子を助けようとしたのですね。そこは(ほめ)めます。偉い子にはキャンディのプレゼント……と言いたいところですが時間帯が時間帯なので止しておきましょう」


どこからともなく左手でバスケットを取り出し木綿のハンカチーフをめくり取って、包装(ほうそう)されたキャンディの小さな山があったが、彼女はそれをまたどこかへ消してしまった。

 灰色の森の中、綺麗で穏やかな流れの川のせせらぎが聞こえる。


「一時期呼吸も止まっていたのでちょっと焦っちゃいました……が、今はもう大丈夫です。飲み込んでいた水は吐き出させました。それに薬の効果ももうすぐ消えるでしょう」


まだ意識を失ったままであるが、静かな寝息を立てる少女に、颯汰も安堵の息を漏らした。

 直後に脳裏で“もしかして、人工呼吸(マウス・トゥ・マウス)とかやったのかな”と(よこしま)な念が浮かんだが、師に見抜かれる前に中断した。


「ありがとうございます師匠。おかげで姉さんが助かりました」


「あくまでも応急処置。なので、急いで帰って温めてあげなさい。あなたもですよ? これはお師匠様からの命令です!」


優しい口調で注意をする見た目は若々しく妙齢そうな師に対し、颯汰も素直に返事をした。

 兎も角、賭けには勝った。颯汰はきっと師匠が仙界への扉を開いて助けてくれる、と賭けていた。

 他人に命を預けるなんて無謀で愚かな賭けだ。


「帰りは私が(ゲート)を開きます。いつもの森の入口近くですが人気(ひとけ)を避けた場所に展開します。でもちゃんと大人に事情を説明して怒られてくださいね?」


「えぇ……やだ」みたいな表情をした弟子に師匠はそっと手を振りかざし、光と水が集合し剣の形を成す前に颯汰は急いで首を縦に振った。


「もう行きなさい。仙界の空気はこの()には毒になるわ。男の子だから担いで行けますよね?」


「はい。姉さんは小さいので大丈夫です」


「よろしい。では――、えい!」


少年が湖の貴婦人から眠りたく少女を受け取る。そして立ち上がった貴婦人が何もない場所を指をさし、くるりと手を捻るとそこに縦に綺麗な亀裂が走り、両開きの扉が現れた。

 ただ、場所が空中でしかも斜めを向いている。いくら幼女たる姉であっても背負ってそこまで飛べない――というか通常時でもトップアスリートでも届くは微妙位置だ。


「やはり“揺らぎ”が安定しませんねぇ……。普段なら水で吹き飛ばして送り届けますけど、今日はこれ登ってください」


貴婦人が小さく独り言を口にした後、左手から魔方陣を、扉の真下近くの地面へ飛ばし、そこに水――ゼリー状で出来た階段を作成した。


「相変わらず師匠の魔法はすごいな……ほんとうにファンタジーしてる」


「口が()っぱくなるほど言ってますけど魔王と呼ばれる転生者はこれを優に超える、更に苛烈(かれつ)な魔法を使います。……その、……だから――」


「――師匠、それ以上の言葉は()らない」


師はとても悲しそうな顔をして遮られた言葉を飲み込んだ。

 その先に続く言の葉を颯汰は知っている。何度も言われたからだ。

 それでも、立花颯汰は魔王へ挑む事と、復讐をやめるつもりは一切ない。

 そのまま正面から挑めば勝算は全くないだろう。それでも、必ず殺さなければならないのだ。


 ブヨブヨとしたゼリーの階段を上っていく。

 靴で踏むと、ふわふわとした弾性のある、バルーンハウスなどのエアー遊具に似た感触がした。


「師匠、本当にありがとうございました!」


 彼がこのまま、王都の騎士学校を目指すとすれば永久とはならないが長い別れとなるだろう。

 師弟の間にそんな台詞は要らなかったのか、別れの言葉ではなく、礼を言って立花颯汰は去った。

 クルシュトガル――静かに邪悪が蔓延りだした魔の地へと戻っていった。






「――最後まで、言えませんでしたね……」


「行きの道――クルシュトガルから

 隔絶領域の仙界(ここ)まで、自力でやって来た(、、、、、、、、)ってことも」



 (かすみ)が浮き、遠くは白い(きり)の幻に包まれ閉ざされた幻想的な幽世(かくりよ)

 仙界の幾重にある階層の一つ。

 人間みのある異界の住人『湖の貴婦人』は独り言ちる。


「あ……、背負うのではなく『お姫様だっこ』にすべきだと言うべきでしたね。男子の腕で抱き上げられるのは女の子の永遠の憧れですから」


(気絶中にまた夢を見せようと思ったけど字数的に全カットです)。

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