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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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07 雨の中での死闘

 ざわついた森に、しとしとと雨が降り出した。

 この森にだけ自生する夜闇に輝く青白い果実が、魔を思わせる赤い(いく)つもの目となった光景は誰しも異様だと言うだろう。

 その中に言葉では簡単に、一つ(、、)異様とも異質とも言い表せる存在がいた。

 赤く光る果実の汁を自身の顔や体のに塗りたくり、まるで先住民の独自のメイクなのか、全ての生きとし生けるものを呪う何かを描いていた。当然、光っている。

 手には剣、それ自体はどこにでもあるようなものだとすぐに対峙(たいじ)する男は想像する。


 ――親からクスねてきたものだろう。

   刃渡りは六十メルカン(約六十センチメートル)程か?


 これくらいの年齢で傭兵(ようへい)を始める子供も多いが、それでも自身が万が一でも負けるとはナイフを片手に握りしめている魔人族(メイジス)の傭兵は思っていない。

 勝負をすれば一瞬で片が付く。

 ずる(がしこ)そうな(ひとみ)が笑う。

 少年が剣を(さや)から()(はな)ち、鞘を投げ()てる。

 傭兵は、所詮(しょせん)はどこかで剣術を(かじ)った程度の素人(シロウト)か、と自然と笑い声が口角から漏れ出した。

 両手で柄を(にぎ)りしめ、真っ直ぐと構えた剣。隙のない構えに見えるが――それはナイフで真っ直ぐ接近してくる自身を迎撃(げいげき)するためだと決めつけていた。

 ゆえに魔人族(メイジス)の傭兵はその銀髪と似た光をたたえる刀身を持つナイフを投げつけた。

 薄闇(うすやみ)を切り()く一条の流星が、地上近くを飛んでいく。直線を走り剣を握る立花(たちばな)颯汰(そうた)へ伸びていく。

 颯汰はそれを両腕で剣を振るって(はら)い落とすが、すでに傭兵は一瞬で眼前まで迫っていた。


(たた)き落としたのは合格だ、……がッ!!」


赤い瞳を輝かせ、黒の右拳を容赦(ようしゃ)なく振るおうとした――が、


「――無影迅(ファントム・シフト)……!」


いたはずの少年が、視界から消え、拳が(むな)しく(くう)を切る。

 そこへ剣が振り下ろされた。全く一切の躊躇(ためら)いもなく、逆に(すき)を見せた男の腕を切り落とすべく、天から落ちてくる雨の(しずく)()き分ける速度で退()いた身を一歩で()めて、颯汰は骨ごと()とうとした。

 無影迅(ぶえいじん)――本来は長距離を瞬時(しゅんじ)に移動する“縮地法(しゅくちほう)”を、魔力に(たよ)らず肉体で再現した技だ。

 それは颯汰の師匠である『湖の貴婦人』に教えてもらった技の一つであった。……彼女は決まった名前を付けていなかったので颯汰がそう名付けた。

 それにより颯汰は一瞬で相手の死角へと身を退き、再度近づきながら加速する斬撃が肉を切り裂く、と思われた。

 響く音色が肉を切り男の断末魔(だんまつま)の叫びではなく、金属と金属がぶつかり合った甲高(かんだか)い音であった。


 ――金属……! 義手(ぎしゅ)か、籠手(こて)か……?


 刃で切り裂かれた布から(のぞ)く鉄の色。傭兵の男は右袖(みぎそで)を引き裂いては中にそれを露出(ろしゅつ)させた。

 再びその場を離れた颯汰は剣を右手で持ち、空いた左手で狩人の服の(もも)に携帯してあった手製のクナイ――狩りに使う、鉱石で出来た矢の(やじり)、それを勝手に拝借(はいしゃく)(けず)ったり木や布を使って作成した(まが)い物のクナイを指に挟んだ。

 雨足が早くなるさ中、一度目を腕を振り投擲(とうてき)し、再度振っては暗器がその後を追う。

 放たれた二本のクナイは薄闇に溶け込み、雨の合間をすり抜けて進んでいたが、傭兵の男も籠手のある右手でそれらを(はじ)いてしまった。

 そこへ颯汰は間髪入(かんぱつい)れずに突っ込んだ。

 剣を垂直(すいちょく)に構え、相手の身体に目掛(めが)けて()()(つらぬ)こうと体重を乗せていたが、男は手甲で突きつけられた剣をも防御した。鉄と鉄のぶつかり合い金色の火花が散っていく。切っ先を手のひらで受け止めるようにしたのだ。

 その剣を傭兵は(つか)んだが颯汰も(たく)みに剣を操り、その手から逃れることに成功する。

 ()かさず、傭兵の鋭い右脚(みぎあし)()りが颯汰へ肉薄(にくはく)する。柔軟(じゅうなん)な身体から放たれた蹴りは颯汰の顔に向かって飛んでいく。

 首と身体を動かしギリギリで()ける。風を切り裂く足蹴(あしげ)により、まだ()れていなかった毛先がパラパラと宙に舞い、散っていき、(かす)めた左頬に一筋――傷が付いては血が(にじ)み出す。

 回避と同時に攻めへ転じ、繰り出された鋭い斬撃が傭兵を襲ったが、猫よりも俊敏(しゅんびん)(やわ)らかく、後方へバック宙で避けて距離をとった。

 颯汰は次に弾いた男のナイフをいつの間にか拾い上げていて、それを投げつけたがまたもや弾かれてしまった。

 再度その隙に突撃を仕掛けようとしたが、一歩()み込んで止め更に距離をとった。野性的な(かん)なのか、先ほどより男が(かも)し出す気配の変化を敏感(びんかん)に感じ取ったのか。

 離れて、颯汰は肩で呼吸をするが如く大きく上下させ、腹部も合わせて()れていた。

 瞬間で爆発的な加速を生み、熟達者(じゅくたつしゃ)ならば真に(まぼろし)たる残像を生み出す縮地の術であったが、それを肉体だけでやるにはかなり体力を消耗(しょうもう)するようだ。

 怨霊(おんりょう)()みた執念(しゅうねん)を持って剣を中心に戦いの術を覚えてきたが、時間も限度もある。戦いを生業(なりわい)として、命のやり取りを何度も()てここに立っている男とは経験の差が大いにあった。

 それでも颯汰は握る手の力は(ゆる)めず、真っ直ぐに剣を構えては眼前の敵を()めつける。

 男は静かに笑った。

 雨が、もう背中まで雫が伝うどころか、上着に浸透(しんとう)するほど更に強くなった。

 男の笑いも次第に大きくなっていった。


「ハッ――!! ガキだと油断しちまったっすわぁ!」


その笑いを消し飛ばし、男は認めた。

 相手を(あなど)った事を。

 一人の戦士として、眼前の少年を(とら)えた。

 即ち、商売敵(しょうばいがたき)――邪魔な敵であり、全力で排除(はいじょ)すべき対象であると。

 互いの髪が雨で濡れに濡れてぺしゃりとまとまっては、毛先から雫が(したた)り落ちる。

 傭兵の男が自身の右手首に触れる。そこに別段スイッチがあるわけではないが彼のルーティーンのようなものだ。そうすると籠手の指の部分から鋭利(えいり)で細長い金属の(つめ)が伸び始めた。

 爪と表現したが、指と一体化した五本の毒針(どくばり)の付いた暗器だ。およそ人を傷つけるためだけの存在で、()れれば死に(いた)らせるだろう。

 カチンカチンと調子を確かめるように指を動かし金属同士が当たる甲高い音が響いた。

 緊張(きんちょう)(かわ)ききった(のど)、濡れた(くちびる)を舌で()めてから傭兵は(さけ)んだ。


「だがな、次はこうは行かねえ!! 今から現実を見せてやるからよぉ!!」


もはや迷いも油断もない。やるべき事は変わらないが、全力を(もっ)て殺すと自身に(ちか)った。

 しかし――、


「あぁ、……そう。なら現実より先に、地獄を楽しんでくれ」


遅かった。

 この戦いの帰趨(きすう)は既に決していたのであった。


 激情に()られる傭兵に対し、盛り上がってるところ悪いけど、と颯汰は冷たく告げる。

 本気を出した傭兵に、いくら剣の修行を積んだとしても練度(れんど)精度(せいど)桁違(けたちが)いの戦闘のプロを相手に戦えるほど現実は甘くはない。

 颯汰もそれを自覚している。わざと油断させるように行動で(あお)り、奇襲を掛けて倒し得ない――自身が勝てない相手だと判断できたならば、別段、相手をしなくていい(、、、、、、、、、)

 何より彼はここで命を捨てる気はサラサラないのだ。

 捨てるとするならば……その場所はもう決めていたから――。


 風が(うな)る。

 大気の流れが変わる。

 赤く怪しく光る森の中で、一際(ひときわ)強い輝きが(ほとばし)った。

 (まばゆ)い光に(おどろ)いて、傭兵はそこを見つめると――破滅(ハメツ)(ヒカリ)があった。

 暗さに慣れてしまった目にはあまりにも(まぶし)く、後ろの魔方陣やその光源たる存在が見えないでいた。

 それが何なのかは男はわからない。

 ただ――、それが圧倒的で、天上の神が操る災禍(さいか)相違(そうい)ないもの……どう足掻(あが)いても人の手ではどうしようもない類のものである事は知り得た。

 同時に、もうどこへ逃げても無駄であると理解した。

 高密度の魔力球に白い電撃が帯びてバチバチと音を立てている。

 収束したエネルギーがソフトボール大の大きさで撃ち放たれた。

 諦観(ていかん)から男の口から薄笑(うすわら)いが漏れた。



 暴風に押された魔法弾が傭兵の身体に直撃した。空気を押しつぶし削り取る殺意の(かたまり)が、男の身体を宙へと()かせ――飛んだ。

 吹っ飛ばされた傭兵は森の中へ、枝が折れる音を幾度(いくど)も重ねて消えていった。 


「きゅう~!」


撃ち放たれた弾丸の元に、颯汰と同じく赤い果実の汁と、自身の体質で緑色と鮮やかな光を発している幼龍――シロすけがいた。

神龍の息吹(ドラゴンブレス)》――。

 颯汰やシャーロットが近くにいたため、かなり加減したが、簡単に村一つを吹き飛ばせる竜術を大事な颯汰を守るために幼き龍は使ったのだ。

 村の人間には使用をしないでくれと懇願(こんがん)された禁じ手であったが、颯汰もこの緊急事態では使用を勝手に許可していたのだ。


 彼らは森に入り、割と早い段階でシャーロットを拉致(らち)している五人の姿を見つけた。

 一人、偶然(ぐうぜん)別行動をとったのでこのまま各個撃破で進もうと考え付いたのだ。

 ファンタジー世界であるから信じるはずだと思い、夜光の実をシロすけの弱い電気魔法で(あぶ)り赤く変化させ、身体に塗り“森に()む悪魔”のふりをして襲撃をした。

 それで全員が混乱して逃げ出せば御の字と考えていたが予想以上に一人目には効果があって颯汰も引いていた。今は川の付近で()びている。

 次にシロすけが()え、無尽蔵(むじんぞう)に魔力を生み出す心臓を持つ竜種(ドラゴン)であるから《神龍の息吹(ドラゴンブレス)》を用いて暴れまわり、不夜の森を赤く()め、魔物を誘導(ゆうどう)させ団体を襲わせた。今思えば、シャーロットが傷つく可能性もあるかなり悪手であったと颯汰は反省している。もし傷つく危険性があった場合、シロすけが突っ込みフォローしていたが。敵を上手く分断させ、救出対象に傷がないのはただの結果論である。焦りから判断(はんだん)(あやま)ったのだ。

 森の果実が赤く染まり、それに危機を感じて逃げ出した魔物たち――その生態系が(くず)れる危険性のある惨事(さんじ)の罪は、全て敵である傭兵団に(なす)り付けるつもりであるが、どっちにしろ大人を待たずにシャーロット救出すべく行動したため怒られるのは(まぬが)れなさそうである、と颯汰は少しげんなりした。


 それでも、助かった命がある。

 胸を張って自身の心の中にある正しさに(したが)ったと言えるだろう。

 また、奇跡的に此度の事件で今のところ亡くなった者はいない(死に(ひん)するほどの怪我をしているものはいるが)。

 雨が強く降り出している。

 そろそろ戻らないと眠らされているシャーロットも風邪を引いてしまうやもしれない、そう思い颯汰は彼女の方を見た。

 シロすけが叫ぶ。(しの)()()の手が、未だ眠りつく少女に伸びていた。

 誰だとは(たず)ねない。待てとも叫ばない。颯汰は速やかに動き出す。

 生き残り――途中で森の中の段差で落下し気を失っていた団員、他と比べると軽症で済んでいた男がシャーロットを背に(かつ)いで走り出していた。

 どうやら、まだ(あきら)めていないようだ。だが、先ほどのシロすけの《神龍の息吹(ドラゴンブレス)》を目の当たりにして、戦うことを放棄(ほうき)しているのは確かであった。

 投げつけるものも遠距離で動きを止める物もない。颯汰は弓を持たなかったことを後悔しつつ、剣を捨てて走り追いかけた。

 幼いとしても龍であるシロすけは雨が降る空を自在に駆け抜け、全速力で後を追う。

 例え橋の先へ逃げられても、彼は森の中で迷うことになるだろう。何故なら目印の存在を知った颯汰は万が一のため、それをシロすけを先行させて外させたからだ。幼いとはいえ龍、賢いのでそれぐらい容易にやってのける。全てではないが半分ぐらい外していた。彼の行動はまさに無駄であり、分断された段階で彼らは詰んでいて、事の趨勢(すうせい)はもう決まり切っていたのだ。

 それを口にしたとしても、敵である男は止まるはずがないだろう。だから颯汰はただ追いかけた。

 誰しも自身の残った力を振り(しぼ)って走るが、隣に流るる激流を見ると幾分(いくぶん)も遅く見えるだろう。

 川の流れと同じ方向へ逃げ出す男を、白龍シロすけが追い抜いた。


「きゅうう!!」


止まれ、と言っているのか翼を広げ全身を使って男の前に浮き、威嚇(いかく)をする。生態系の頂点に立つ龍の威嚇だ。男はたちまち縮み上がった。


「ウヒィ!? 逃げッ……――!」


情けない声を上げて、瞬時に方向転換を始めようと動いた時だ。


「――まずい……!!」


颯汰はそっと(つぶや)き、さらに己の限界を引き出し速度を上げた。

 だが、間に合わない――。


「オォ!? う、うわぁあああああ!!」


エルフの少女――シャーロットを背中に乗せたまま、男は足を(すべ)らせ、今や(にご)り勢いづいた奔流(ほんりゅう)の中、川へ落ちていったのだ。

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