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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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06 激突

 四人の傭兵が仲間を一人置いて、眠らせ拉致した少女を運びながら足早にペースを上げて不夜の森を突き進んでいた時であった。

 森に野太い悲鳴が響き、その直後に聞きなれない獣の遠吠とおぼえが続いた。そして暴風が駆け抜けるような衝撃しょうげきと音の後に、木に止まっていた鳥達が一斉いっせいに空へと飛び立つ。曇天――夜に似た薄闇の領域の下で幾羽いくばの影と鳴き声が空をおおいつくす。


あわてるな……。だが、急げ。縄張なわばり意識の高い魔物に見つかれば、絶望的だ」


頭領の言葉で動揺していた団員は落ち着きを取り戻した。

 だが、その直後に異変は起こった。

 青白い光に染まった森がポツポツと色が変わり始めた。それは血にえた悪鬼の赤い光を放つひとみで睨むように。

 声がした地点……長身の団員の悲鳴が起こったと思われる場所から、侵食するように色が広がっていく。夜光の実の青色が赤色へ変化したのだ。


「なん、なんだぁ!?」


おどけていた団員も頭領も、果実の変化に驚いた。この特性を知るのは、この森をよく知るものたちだけである。プロクス村に住む住人達だけではなく、んでいるモノたちも知っている。だが外部――しかも他国から侵入してきた彼らが知る由もない。五年ほど前に一度似たような事件が起きていたから調査不足と言えばそれまでであるが、彼らは与えられた時間が短かったのだ。

 何か異変が起きていると気づいて慎重しんちょうさを捨て、すぐに森からの脱出する事に決めた。

 それ自体は英断である。ノコノコ歩いていたら追手――村の大人たちが山狩りを始めるだろう。兵と呼べるような人材がいないのは知っているが、地の利は彼らの方にあるのは間違いない。さらに言えば森の管理者たる一人の狩人エルフ――彼の弓の腕前は常軌を逸していると言っても過言ではないことは遠目で確認済みだ。

 すぐさま森の中央を流れる川を突っ切り、そこから目印を辿って脱出すべきという状況で、バタバタと物音や悲鳴が遠くからやって来て次第にそれが大きくなってきた事を全員がさっした。


「ッ! 魔物の群れ!?」


「…………相当な数だ。……何かから逃げているな」


「何かって、何っすかねぇ!?」


「わからん。だが、俺たちも逃げないと、奴らにみ殺される……!!」


野生動物――魔物たちが群れを成してるものも、そうでないものも、必死の形相で逃げ出していた。森に棲んでいるものはこの異変に敏感びんかんであるが、山羊やイノシシ、オオトカゲに遂にはオオカミ型の魔物すら逃げ出している光景は明らかに異常である。彼らは草木を踏みらしながら逃げ出していた。


「ぐぎッ!? な、なんでトラバサミが!? あっ――」


 一人が逃げようと走ったところに金属で出来た狩猟しゅりょうに使うわな――踏めば金属の歯が左右から閉じ足がはさむ仕掛けに引っ掛かった。身動きが取れなくなるトラバサミに拘束され、逃げる魔物の足に巻き込まれたが、残りの傭兵たちは振り返るいとまはなかった。

 一瞬の轟音とともに、木々の合間から見える空へ木が一本丸ごと吹き飛ぶのが見えたのだ。――錐揉きりもみ回転し、空を舞う。それに驚いた魔物がの群れが別の方向から現れては傭兵たちは進むべき道から外れていった。

 例え川の上の橋を渡ったところで、目印も既に“誰か”に外されていたのだが……もはや彼らには永遠に無用の物となっていた。

 気づけばまた一人、姿がなくなる。音もなく消え、もはや軽口を叩く余裕はない。パニックが平常心を奪い乱す。――……まさか仲間の一人が足を滑らせ落ちて気絶しているなんて想像すら出来ずにいた。


「……作戦変更だ。お前がかついで持っていけ」


頭領ガルシアが静かにそう口にすると、未だ薬で眠らされている少女を下ろし、最後の一人の軽口をよく叩くがもっとも信頼している部下へと渡す。

 部下は口答えはしない。

 目の前に現れた強大な“捕食者”が現れたからだ。

 体躯たいくは人の数倍。鬼人族オーグと呼ばれる種族より一回りは大きいだろう。全身がかたい毛に包まれ、手足には肉を容易よういに切り裂く鋭利な爪があった。獰猛どうもうな表情を浮かべ、人の七、八倍も発達したあごには牙が並ぶ。その肉体自体がよろいであり、凶器である。――『この一頭だけは森の異変に恐れはなく、食事に利用できると考えているのか……』と彼らは思っていたが、実際は異なる。

 しかし、四足歩行から既に獲物えものを――いや、脅威きょうい排除はいじょするために二足歩行へ切り替えているのは事実であった。

 他の野生動物が逃げまどう中、この一頭も例外なく逃げ出していた。見た目の大きさと身体の強靭きょうじんさに似つかわしくない程、本来は臆病おくびょうな魔物であり、人前に姿を現す事はそうそうないのだが、偶然ぐうぜん、目の前で人と遭遇そうぐうして彼自身パニックになっていた。ゆえに身体を大きく見せて威嚇いかくするための後ろ足で立ち上がり、手を広げて咆哮ほうこうする。


 大熊だ。


 赤茶けた色の毛に胸のバツ印のような白い毛を持った大熊が牙をいていた。

 頭領ガルシアは覚悟を決め、対峙たいじする。着ていた上着を脱ぎ捨てると、そこには素晴らしい肉体――盛り上がった筋肉がひしめく肉のみやが形成さてていた。前日に狩人の仕掛けた罠に足をられるなどのドジを踏むことはあっても、くさっても傭兵団をまとめ上げる頭である男がヤワな身体つきのはずがないのだ。上腕筋と背筋が描く逆三角の軌跡きせきは美しいの一言。夜光の木の根にも劣らない発達した太い腕をかまえる。

 熊はその肉体美を見て、天に向かって咆哮する。


「――……勝負だッ!」「グォォォォオオオオオオッ!!」


 傭兵VS大熊



 ――ヒト(クマ)魔人族メイジス魔物(モンスター)、宿命の対決が始まった……。






 再度、大熊の咆哮の後に何かが吹っ飛ぶような音のあと、何かが水の中へ落ちた大きな音を耳にしたが、残された魔人族メイジスは依頼品である拉致したエルフの少女――シャーロットを抱き上げたまま走り続ける。この男は頭領が衣を脱ぎ去る前から少女を抱き上げ一目散いちもくさんげ出していた。


「やべぇよ、やべぇよ……」


 大熊は頭領ガルシアを一撃でした。頭領は熊のふところもぐり込んだつもりであったが、想像以上に速く重たい一撃を真横から喰らい真っすぐ飛んでいき、本川へと着水したのだ。頭領は激流にそのまま身を任せ、流されていく。いくらきたえたとしても人が素手で熊へと挑むのは、どうかしているとしか言えない。


 余談であるがこの熊の大きさはホッキョクグマと同等程度であるが、“アトレテス種”の中で比較的小さい個体である。好物は肉より蜂蜜はちみつ。毒針は毛皮で守られるが鬱陶うっとうしいので蜂は嫌う。観察していれば愛らしく見えなくもないが、熊である。大きく。腹が空けば人も襲う類の。

 大熊はどこか満足そうな……安心した顔で息を吐いたが、周りを見渡し、赤くなった夜光の実を見てビクリとおどろき、思い出したかのように他の動物たちと同じく逃げ出し始めた。

 森に棲む生き物は例外なく森の異変に敏感である。赤く輝くのは災害の前兆ぜんちょうであったり、森が焼けていたりと本能的に理解はしているが、何故、夜光の実が赤く輝くのかという知識は持っていない。


「畜生……、やべぇなぁ……」


森の異変に、村の人間も気づいているに違いない。傭兵団員全てと離れ離れとなっている今、依頼を達成できるかどうか怪しい状態だ。

 自分だけ助かり、依頼主にこの“荷物”を渡しても、他の傭兵仲間がエルフに捕まっていて、口を割ってしまえば報復に合うやもしれない。


「目の前に大金があるのに……勿体もったいねえなぁ……」


 しかしこの“依頼品”をエルフに返してトンズラこけば、仲間から大目玉を喰らうのは必至だ。


「あれ? あいつら足手まといすぎじゃね? ……仕方ねぇっすなぁ、とりあえず目的地にお嬢ちゃんを運び終わってから考えよう」


再び歩き出した傭兵であるが現在地がどこであるかは分からない。だが近くに川がある事から大よそは見当ついていた。森の西側にある山から流れる河川は東へと向かっているのだ。


「………………その前に森から出られるかが鍵か。川の流れは確か東へ流れていくいるから……たぶんこっち方面に歩けば橋があるはず」


古い地図であるが、一目見て覚えた内容を頭の中で展開する。

 森と森の間に流れる大河を超えるための橋は一か所しか存在しない。それは木々のつたと倒れた巨木が造り出した天然の大橋であるのだが、そこを見つけ、あとは目印の赤い布を頼りに走ればゴールだと考えていた。



 ――最悪の場合、川を沿っていけば出られるってことは叩きこまれている。生きていれば脱出はできるだろうけど、生きていれば。でも間違いなく目的地に時間通り辿たどりつけねえだろうなぁ……


 川を沿って歩いていけば、森からは出られるが目的地からかなり遠回りになってしまうのだ。馬を確保して使い潰す勢いで走れば日の出前には辿り着けるかもしれないが、それは大博打おおばくちもいいところだと内心笑いながら男は歩き始めた。

 その背後に、影が二つ。

 魔の森を彩る赤に、浮かぶ紋様。次なる獲物を求めたえた獣が闇の中でうごめわらう。


「…………――――」


 二体は長身の傭兵を捕らえた時と同じ陣形を組む。陣形と言うほどのものでもない。単純に敵を二方向から囲うだけだ。川などを利用し相手の逃げ場を奪うのが基本であるが、男は少女を抱きかかえて川の横を下っていく。足取りから男が闇雲に進んでいないことが分かる。身を伏せながら近づく二体の内、人型の一体が背後に回ってつるの様なものを投げ縄状にして投げつけた。身体のどこかに引っかかれば狩りは完了したも同然である。

 しかし、跳んでいった縄は弾かれた。男の右手にナイフが握られていた。


「“ジレザのつた”……見た目は草木のつたであるが、ナイフで切断もできない金属で出来た縄。自然界にあるものじゃねえな」


男は振り返りナイフを構えて少女の首筋に突き付けていた。その目線の先にいる者に対して続けて言った。


「そこの誰かさん。下手に動くとお嬢ちゃんの首からお前らより真っ赤で深い色の液体がジョバーって出るぜ?」


ほんの刹那せつなが空いた後、長身の男が最後に聞いた謎の呪文が聞こえてきた。


「…………ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツ――」


低い声で人型が、長身の団員を恐怖させた謎の言葉を口にしたが、男はニコニコしながらさえぎって笑う。


「――下手な三文芝居さんもんしばいはもういいっての。お前さんが追っ手だな。人喰いのフリか? こんなくだらない手段を使うって事は大人はまだ追いついてねえって事だな」


さっさと出てこないとすぞと更におどすと、赤い紋様が浮かぶ人型がゆっくりと近づいてきた。

 少年の姿があらわとなった。その片手に鞘に収まった剣を持ち上半身裸で、そこに赤いラインが光っている。それこそ赤くなった果実と同じ色でだ。


人族ウィリアのガキか。結構の演技だが大人をだますには足りねえなぁ。三歳児くらいしか騙せねえぜ?」


「…………あんたの仲間は引っかかったぞ」


「………………あいつは、うん……。馬鹿だからな。三歳児の方がまぁだ可愛げがあってかしこい」


長身の男は本気で人喰いの化け物だと勘違いしていた正体である少年が姿を現した。

 暗闇で土地勘のない森の中、急に現れた赤い光が襲われ、冷静な判断を下す前に倒れたのだから仕方がないと言えるやもしれない。

 それに発せられた奇妙な文句に気が動転してしまったのだ。まさかこれが長い長い人物の名前だとはこの傭兵も知りもしないだろう。


 少年はエルフや魔人族メイジスたちと違い丸い耳を持っていた。鍛えて引き締まった上半身の裸にはラインや即席で作った紋様が赤く輝いている。赤くなった夜光の実を塗ったのだろう。顔にまで塗っていて暗所では悪魔の形相として浮かび上がる。そのメイクのせいなのか、何故か視線を一切離せない。


「どういった手段を使ったかは知らないが、森をこうしたのも、魔物をけしかけて事前に置いた罠まで誘導したのもお前さんだな」


夜光の実が赤く輝いたのも、途中で逃げ惑う魔物の群れを誘導したのも、すべてがこの少年――立花たちばな颯汰そうたがやったものであると見抜いた。


「………………」


「まぁだんまりでもいい。さっさとお家に帰んな。お嬢ちゃんが死んじゃうぜ?」


「刺せるわけがない。あんたらの会話は全部聞いていた」


傭兵は下手に抵抗すれば、即座に眠る少女を刺すと脅すが、颯汰は冷静に返す。

 平然と嘘を言ってのけた。全部はハッタリだ。彼らの正体が何者かはどうでもいい所だが、シャーロットを無傷で連れ去ろうとしているのは足運びから分かっていた。――大方、奴隷制のあるマルテ王国の末端だろう。人族ウィリア至上主義だが汚れ仕事は適した人材を使うのはどこの国でも同じだ。とある程度は予測がついていた。


「その子を返してさっさと消え失せろ。二度と村へ近づかなければこちらも手出しはしない」


「ハッ――ガキが一丁前いっちょまえ格好カッコつけやがって……!」


相手がまだ子供――十代半ばであると知って彼は無意識のうちに油断、ないしは格下であると決めつけた。そして剣を握っている姿を見て「騎士に憧れを持つガキ」程度と判断し、それなら殺してさっさと川に流せばいいと考え、抱えた少女を足元に下ろし、前へと踏み出す。

 颯汰もほぼ同じ考えに至る。素直に人質であるシャーロットを渡しても全く油断できない。拘束できる自信もないので、いっそ川に流してしまおうと。――その瞳の奥の狂気に誰も気づいていないが、傭兵は完全に意識は彼へと呑まれていた。


 鉛色の空から雷がざわめき、雨雲からゆっくりとしずくがこぼれ落ち、次第に強く降り注いできた。

 まさに一触即発いっしょくそくはつ、どちらかが動けば、本当の殺し合いが始まる――。


2018/06/21

誤字の修正および一部ルビの削除。

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