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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
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05 森に潜む“魔”

 森の葉と葉の間から空をのぞき見るように睥睨へいげいする男がいた。

 想像以上の早さで辺りは暗くなり始めたのだ。

 本来夕焼けが空も大地も赤く染め上げる時間帯であったが、厚い雲がそれをはばんだのだろう。そのせいでここ――プロクス村の南に広がる樹林の領域である“不夜の森”の木々に変化が起きていた。

 森の広葉樹たちの上、厚い雲の層が陽の光をさえぎり、静かに夜に輝く“夜光の実”がその特性をいかんなく発揮し、青白い光をともし始めていたのだ。しかし、あかりとしてはまだ弱く、足元を照らすのに心許こころもとない。

 そんな森の中で、獣以外に行動する集団がいた。


「……気を付けろ、夜光の実に触れるな。色が着けば落ちないぞ」


低く威厳いげんがあるがひそめた声で全員に伝える。全身を黒衣こくいに森で溶け込む迷彩柄に塗った外套マントで身を固めた五人集団の内、先頭に立つリーダー格のいかつい顔の男――頭領とうりょうガルシアは静かにそう言ったのだ。

 夜光の果実の汁は落ちにくく、暗闇の中で四刻近くも光り続ける特性があった。もし付着すれば夜の森の闇の中に紛れていても、居場所が分かってしまう。

 元は森に住んでいた一族のエルフたちならばすぐに動いてる光に気づき、追跡ついせきを許してしまう恐れがあるのだ。

 他の者たちは無言でうなずく。彼らの目的は森をまたいで脱出し、“目的地”に辿り着くことだ。

 彼らはヴァーミリア大陸の南にある国のひとつ『マルテ』にいた魔人族メイジス――傭兵も兼ねてやっていた暗殺者集団たちだ。ゆえに全員褐色肌にエルフのように尖った耳と、銀髪で赤い眼をしている。

 元は大陸の北西に位置する『アンバード』という魔族と呼ばれる者たちの国にいたが、現在は依頼なら殺人だって人攫ひとさらいだって躊躇ためらわずにやるような集団となっていた。

 今は彼らの“拠点”から大きく離れ、森と山、河川に国境をえ、与えられた依頼をこなしているのだが、さすがにここまで遠出をしたのは初めてであり、慣れない道を警戒けいかいしつつ迅速に足を進める。しかし、道に迷わないように、更には野生動物――魔物に遭遇そうぐうしないように慎重さを重点に置いていた。彼らは黒衣で身を包んでいるが、武器の類はナイフ一本しか携帯していない。依頼主からの注文オーダーに逆らってナイフだけ隠し持っていたが、これで魔物から身を守るのは難しいだろう。

 何よりリーダーである頭領が、ふわふわとしたセミロングの金髪と緑衣、特徴的な紅い目は閉じられているエルフの少女――シャーロットを肩にかつぎ上げて運んでいたから手がふさがっているのに等しい。

 彼らは依頼通りにエルフの少女を拉致らちしている。現在それを進行中だ。

 依頼主にエルフの少女を無傷で手渡すのが今回の依頼であるが、魔物に見つかれば無傷で済まないどころか最悪彼らが死に至る事だって考えられる。

 だがそれに見合うどころか、有り余るほどの報酬ほうしゅう確約かくやくされたため、頭領はその依頼を即座に受けると決めたのだ。


「……へっ、エルフのガキ一人を連れてくるだけで前料金だけでこんなに……、随分と気前がいいねえ」


 一人の魔人族メイジスが軽口を叩きながら貨幣かへいが入った革袋を手で持っては投げてを繰り返している。大人の手でずっしりと感じるほど重みがある大事な金で遊んでいる団員を、もう一人の団員が声を殺しながらしかりつける。


「バカ野郎……! 大事な報酬で遊ぶな……!」


へいへい、と少し真面目な団員をあざけるように返した。


 ――しかし、ガキ一人を拉致させるためにこれだけの報酬に、睡眠薬までもを用意するとは、……本当に何者ナニモンなんだろうねぇ。まぁ、それについては終わってから調べるとしますかねぇ


怪しい依頼人であっても金の羽振りがいいならば気にせず仕事を受け取る頭領の悪癖あくへきを責める事はしないが、そういった客について後で調べるのは不真面目な態度をとるこの男の仕事であった。“処理”は場合によって複数人であたるが――。


「日の出前に目標地点に辿り着けなきゃ報酬が減らされるんっすよね? だったら急いでこんな薄気味うすきみわりぃ場所、とっとと出ましょうぜ? 本当に“人食いゴブリン”だとかオークが出てきてもおかしくないっすわ」


“人食いゴブリン”とは子供に聴かせた寝物語に出てくる亜人種であり怪獣である。子供が一人で出歩かないようにとをいましめるために作られた物語だ。地域によって特徴も変わるが共通項は目が赤く光り、人間を喰らうところである。そんな例えを出されて他の隊員たちは馬鹿らしい、と肩をすくめていた。


「あぁ、だが川を越えたら“目印”がある、最後尾は忘れず回収しておけ」


「へーいっす」


人食いの存在を肯定するわけではないが、森からの脱出は出来る限り急ぐべきであるとは頭領は考えている。

 村人が普段通りの日常であれば山から森を突っ切るように流れる奔流ほんりゅうの川を越えて来ないと知っていたから、事前に明るい内に森の南から侵入し、森の中心を流れるこの川までの道のりを目印として赤い布を木に巻いていたのだ。それを辿れば安全に森を脱出できる算段であった。

 ただ森の中を進むだけでも人は方向感覚がずれてしまうものだ。川までは何とか辿り着けても、その先を進み目的地まで直進するとなると困難であるから、そこからは布のマーキングを頼りにして進む。

 布自体はどこにでもある安物であるが、目につきやすい赤色だ。慣れぬ地形で夜になることを想定していた。

 黒の集団たちは、まだ川を越えてはいない。

 警戒して静かに進めば確かにこれくらいの速さなのはいたし方がないが、……もっと早く進んでいれば、運命は変わったのかもしれない。


突如、すぐそばで大きな音が響く。


「――ッ!?」


何かに足に引っ掛かり、体勢をくずしたように見える背の高い団員の一人の姿が突然消える。

 他の団員が声をあげそうな所を普段おどけた態度をとる団員が手を制止するように横に伸ばし、止めさせる。そんな普段なら軽口を叩いていた団員が、ふぅん、と鼻を鳴らしながら長身の団員がいた場所に近づいた。


「大丈夫っすか?」


地面に向かって声を掛けるように見えたが、


怪我けがは、ない。……だけど、背中で何か、つぶしちまった」


団員がいたのは大穴の下――誰かが作った魔物を捕縛ほばくするために穿(うが)たれた陥穽かんせいの中であった。


「落とし穴か」


「そうみたいっす。中にとがったくいでもあったら死んでましたねぇ」


頭領の質問にケラケラと笑いながら団員は答えた後、全員で協力して引っ張り出した。なんとか救出できたが、もし一人で落ちたならば脱出は難しかっただろう。それこそ獣の様な脚力なければがあっても届かない絶望的な深さと広さであった。

 穴に落ちていた大男の背から青白い光が浮かび上がっていた。穴の中に夜光の実が仕掛けてあったのだ。獣用の罠であり、もし脱出された際に追いかけるために目印として夜光の実が用意されていたのだ。

 背中にこびり付いた果実の汁は手で擦っても広がるだけであり、取れそうにない。森に浮かぶ不審なシルエットに気づかれる可能性があるため、頭領は慌てる大男に仰向けになれと命令を下し、どの角度からも光が漏れないようにした。エルフや肉食の魔物が気づかれれば終わりなのだ。

 数分間、話し合った末に出た結論は、彼一人だけ本川から分かれた場所にあり、比較的水流がおとなしめの河川へと向かわせる事に決めた。つまり別行動を取らせて後に合流するというものだ。水筒すいとうの飲み水を使って洗うのは勿体ないし、何より洗うのに充分な量ではないだろうと判断した。

 最悪、今ので気づかれた可能性も捨てきれない。口には出さないが、この部下をおとりとして使う事にしたのだ。目印は残しておくと伝えたが、回収をしながら進むと決めていた。大事なのは目標地点に少女を無傷で手渡しする事なのであった。



 黒い森の中、背の高い男は舌打ちをした後に着ていた衣服を全て脱ぎ、畳んで手に持った。そして、耳をませ流れる水の音源を探す。近くにある筈なのは覚えていたが、見知った場所ではない森の中で方向感覚があやふやになっていた。

 山から分岐した派川はせんは流れが緩やかであり小さい。本川は崖に囲われた谷であり、また川は激しく勢いがあって、とてもじゃないが服を洗えるような場所ではないため、派川を捜し歩いて行く。

 運よく、小さいほうの河川に辿り着いた時、靴を脱いで、草木が刺さりかゆくて煩わしい素足から先に着けだした。日が隠れ、雪解けの川はぐっと冷えたが、その刺激が痒みを打ち消してくれて逆に爽快感すらあった。本川と比べると小さいだけで河川自体はそこそこ大きく、この時期では潮の影響で流れが早くなっている。足を滑らせると大変な事になる危険性もあるので、彼は入った後に、流れの急さと大きさに気づいて注意をし始めた。

 その後、男は手に持った服を広げてしわを伸ばすようにバタつかせる。それが余計な行動だったとは彼は最期まで気づく事はなかった。 

 不自然に揺らめく青い光に、気づいた者たちがいたのだ。

 ……森に棲んでいるものは夜光の実の特性を知っているのは当然のことであり、肉食の獣であれば更にそれ活かして狩りを行う場合もある。夜光の青い光が不自然に揺らめいていればマヌケな獲物がそこにいる。そして、そのマヌケは河川や湖で身体を洗おうとするのを彼らは知っているのだ。

 不意に、冷えた風が身体を通り抜けるように走る。足の冷たさと違った、じめじめとした不気味な風であった。男は一瞬、身震いをしたが、服に着いた夜光の汁を洗うのに再度集中した。


 幾つも戦場や修羅場を越えてきた直感が、やっと働いた時には遅かった事に気づいた。男は手に持っていた衣服を川に落とし、黒服はそのまま下流へと流されていったがそんな事を気にする余裕はなかった。全身から脂汗あぶらあせき出る。

 赤い光が見えた。二つだ。赤い模様が浮かんでいた。大きさはそれぞれ違うが、一つは人型のシルエットだろうか。もう一つに至っては分からない。何かが宙に浮いているが鳥ではなさそうだ。見た事のない形で分からない。そんな団員にとって、分からないものが一番不気味に見えたのだ。


 ――なんだ!? 山に住む魔物か? いや、魔物が別種と共に行動を共にするなんて事は普通あり得ない! エルフが魔物を飼っている? 魔牛などの家畜以外で飼いならす事なんて不可能な芸当! ならなんだ? 何が……?


 動揺から、思考が働いていない男に、追撃のように言葉が耳朶に突き刺さる。


「――――――…………」


低く地の底から這い出たような声がした。とても早口で訳の分からない言葉を聞いた祝詞のりと呪詛じゅそかも分からない。

 大男は思わず足を引き、足裏にある石に付着していたこけで滑りそうになり声を上げた。河川を背に、挟み撃ちにするように動いては光が徐々に近づいてきていた。

 足の腿に携帯しているナイフを思い出し、右手で抜いて構えた。顔つきこそ清流のよう努めて整えたが、かいている汗が滝の様な激流である。

 後方の“人型”と正面の“浮遊物”が唸り声をあげた後に速度を増して近づいて来た。想像以上の速度に注意を引いてしまった瞬間、左腕が取られた――植物のつるのような縄に捕縛されたのだ。


「――――――!!」


 後ろ側から来た人を模った赤い悪魔がニィ、っと笑ったように見えた。


(次話は来週までには)



2018/06/20

一部修正。

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