表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
迅雷の魔王
47/434

03 悪意

 風が吹いた――。


 丘の上で村を一望できる場所がここに来てからの彼のお気に入りであった。

 家業である畜産、森への狩りなどの手伝いをこなした後に大抵はここで過ごす。

 ここで休憩もするが、ほとんどが今やっているように剣を一心不乱に振るう方が多い。――多くなってしまったのだ。

 にじんだ太陽が半分も稜線りょうせんの彼方へ半分も飲まれ、落とされたかげに黒くなった草を風がでるものだから、草原が擦れて騒めきが淋しく響く。

 少し心を不安げにさせる寂しさがここにはあったが、この場にいる少年は集中して剣を振っていたため気にもとどめていない。

 師の言いつけを守り、片時も悔しさを忘れず、ただ愚直ぐちょくに剣を振る。

 ある程度時間が経ち、素振りが終わったとなると静かに息を吐き、頭の中で幻想をえがき始めた。

 脳内で浮かべるのは敵――およそ一年前に襲ってきた傭兵ようへいからちた野盗やとう――ならず者ども三人であった。

 体躯たいくは今の自身よりも大きい。それぞれが剣やおのなたにぎりしめている。金属のよろいを付けているものはいないが、皆が屈強くっきょうであり顔つきもいかつい。

 幻覚の男たちは武器を持って走り出す。

 あくまでも頭の中で描く過去の妄想のたぐいなのだが、決して自分の都合のいいような解釈かいしゃくやイメージでゆがめたりしない。あの頃のまま、鮮明せんめいなイメージを現実に落とし込まなければ訓練の意味がない。そうして、ただ一人の殺し合いが始まった。

 そこには、まだ見ぬ怨敵おんてき――隣国りんこく簒奪者さんだつしゃの姿はなかった。


 醒刻歴せいこくれき四三八年から五年の歳月が過ぎ、かつて少年だった彼――立花たちばな颯汰そうたは成長した。

 とはいえ、日本から転移された際に何故か身体が十歳ほどまで幼体化もさせられていたので、当人は元に戻ってきたという感覚の方が大きい。

 しかし経験が人を造るというのは本当らしく、彼の顔つきはかつての気だるげな高校生だった頃とは異なり、若々しく、さらに力強さが目の奥から感じさせる。

 彼を変えたのはこの世界(クルシュトガル)の環境と、恩人で義理の父になるはずだった者の死、剣技を叩き込んだ師匠ししょう

 そして何よりも、恩人の命を奪った“迅雷ジンライ魔王マオウ”の存在が大きいだろう。


 圧倒的な力を持ち、己が欲望を満たすためだけに他者をおとしいれる悪魔を、どんな手を使おうともつと、颯汰は心に決めていた。 

 隔絶世界である“仙界”の住人である湖の貴婦人きふじん……颯汰の剣の師匠ししょう曰く、


『千の軍勢をものともしない、万の軍勢でも殺すのは不可能』


だが、そんな事実を突きつけられても彼は止まる気はなかった。


 ――「それが、どうした……!!」


彼はそう返す。何より自身をどういう経緯けいいか、どういった間違いでこの世界に呼び出したかは未だ不明であるが、この世界でそういう常識から外れた“魔法”を使える存在は転生召喚された魔王テンセイシャたち以外にいない。そうであれば、何があってもそのすべて――七柱に会わなければならないのである。


 元の世界に戻って救わなければならない人がいる――。

 元の世界に戻って会わなければならない人がいる――。


 それ以外では、彼の心を突き動かすのはひとえ復讐ふくしゅう心だけであった。

“魔王”という言葉を聞いてから胸の奥からジリジリとげるような殺意が燃え上がるのを感じた。

 今まで他者に向けたことのないはずの感情が戦うすべだけを丁寧ていねいに吸収していく。

 元来、彼にはこういった才能が眠っていたのかもしれない。恒久的こうきゅうてきな平和な世界では発掘はっくつされることもなく眠り続けていたものだ。

 そうして彼は、ただ一柱――彼から大切なものを奪った転生者マオウを確実にあやめると決めた時、尋常じんじょうじゃない努力をかさね始めた。

 他人の努力というものに関して、特にその苦しさについては誰がどう語ろうとも、その当人にしかわからないものであるのでえて多くは語らないが、一つだけ言えるのは――それは狂気きょうきにも妄執もうしゅうであった。

 そうした虚像きょぞうが現実に、彼のの中にだけ形作れるのはその副産物なのかもしれない。

 せまる幻影の刃をけ、剣は受け止めるが、重い斧や膂力りょりょくに任せて振られた斬撃は紙一重かみひとえかわし、反撃に出る。

 はたから見れば全身全霊の剣舞、もしくは剣を振り回し飛び跳ねているヤベーやつ。

 事情を深く知り、颯汰を養子として迎え入れてくれたグライド家の者以外は『王都にある騎士学校を目指している』と優しい目をしていた。

 彼が本当に、復讐で剣を振るっているなど微塵みじんも思っていないだろう。

 家族もそれを、止める権利がなかった。それでもあきらめてはいなかった。

 愛情を注いで暮らせば、いつかは忘れてくれると信じていた……――。



 この世界に立花颯汰が転移し始めた頃。何故か幼体化し荒野に落ち、右も左も何もかもが分からない状況で襲い掛かる獣を退けたのが、隣国アンバードの英雄で恩人である『ボルヴェルグ・グレンデル』であった。

 彼は大陸を旅をしながらある調査を行い採取した物などを、ヴェルミの国王に渡すという依頼を受けていた。そこで偶然ぐうぜん襲われている颯汰を救出し、彼を安全な地へ運ぶまで一緒に旅を始めたのだ。

 幾度も襲い掛かる夜の野生動物たる魔物や野盗から身を守りつつ、数ヶ月の旅を続ける。

 そしてついに辿り着いた王都で、ボルヴェルグは王からの褒美として、エルフと人族ウィリアしか住んでいないヴェルミ国内に魔人族メイジスである彼と彼の家族に限り、永住する権利を授かった。その家族の中に身寄みよりのない子供の颯汰は含まれていたのだ。

 選ばれた地は戦争から離れ差別意識が低いここ、プロクス村であった。颯汰は先にここへ連れてこられ、ボルヴェルグは本国から家族を連れ出そうと試みた。

 だが、それが失敗に終わり、ボルヴェルグは処刑された。最初はうわさだけであったが、およそ半年後――アンバードの王が変わったという衝撃の事実とともに知らされた。

 アンバードは自国内で王が変わった事で抵抗を始めた豪族ごうぞくをすべて打ち倒し、領内を統一し、完全な管理下に置いた。

 元より多くの種族が入れ混じる国であるから、その種族だけの街などが点在していたのだ。それを王が侵攻しんこうし、無理やり自身の支配下に置いた。

 そして全ての領民を従えた王は自身が魔王テンセイシャ――迅雷の魔王であるとヴェルミへと告げた。雷で焼け焦げているが確かに面影が残る元国王の首と共に。

 戦争まで秒読びょうよみかと民は打ちふるえたが、その数年は何も起こらなかった。新しきアンバードの王は――別の準備に取り掛かっていたのだ。


 さらにその数ヶ月後に、激動で冷めやらぬ状況でヴェルミの国王『ウィルフレッド=レイクラフト=ザン=バークハルト』が死去した。死因は病死とされている。

 そこで王子であり颯汰の友『クラィディム=レイクラフト=ザン=バークハルト』が即位そくいするものだと誰しも思っていた。だがそこへ、ダナン公爵が現れて言う。『その若さで、急に王という大役を押し付けるのはこくなのではないか』と。続けてダナン派は口をそろえて似たような台詞を言い始めたのだ。

 誰しも国王の候補であったダナン公爵が実権を握りたいがための言葉だと理解していた。しかし若き王子は思いのほかあっさりと身を引いてしまったのだ。


『この国を導く者には信頼が必要です。ましてや戦争が起こるかもしれない状況下、実績のない若い私が王を務めるより長年国を動かし見守っていた公爵の方が民は納得するでしょう』


そうして、現在も王都ベルンにて、ダナンは国王として君臨している。

 それからじわりと弱体化を始めたヴェルミにアンバードがついに戦争を仕掛けるのがこれから少し先の未来となる。


 最後の幻想を打ち破り、息を切らしていた立花颯汰は剣をさやに収め、丘を下って歩いていく。

 背中から吹き付ける風が、過ぎ去った雪の日々を思い返すような冷たさがあった。

 ここでの食事もあと少しで終わるとなると、寂しさはやはりあったのだろう。

 それも、もう二週間も切っていた。颯汰は来月の頭に王都へ向かう。


 事の始まりは襲ってきた野盗たちを撃退した話が領主たるマクシミリアン卿に伝わり、それがディム――クラィディム王子に伝わったのだと颯汰は予測する。

 第一その野盗は、一人で対処したものではない。村の長老兼屋敷の主人たるグライドの息子、ジョージとシロすけ、村の大人の協力があってこそなのだが。


 クラィディム王子と颯汰が出会ったのは五年前、王都ベルンの太陽祭の時である。

 最初は王都に住む子供のふりをしていた時、王都外から来た三馬鹿にカツアゲをされている所を颯汰が機転を利かす――と言うほどではないが、不良に対する常套手段じょうとうしゅだんを用いて彼を救い出してからの縁である。

 その時は王子であるとは知らなかったが、さらにマクシミリアン卿の娘であるリーゼロッテを加えて太陽祭を遊び歩いた仲となった。

 とはいえ、颯汰も二度と王子となったディムとは身分の差から関わりあうこともないだろうと決めつけていたが、割と早いうち――ボルヴェルグの死について噂が広まりつつあった時期ぐらいから手紙が来たのだ。

 まだその時、この世界の文字を読み書きも出来ない状態だったのだが、屋敷内の家族に教わってついには返事も一人で書けるようになった。

 そうして王子と騎士学校長でもあるマクシミリアン卿に王都にて騎士学校に通う事を勧められたのだ。つまりはこの村から出て、王都に移り住む事となる。颯汰は剣技にみがきをかけようと騎士学校へ行くと決めていたのだが、屋敷内で約一名だけそれに納得なっとくしていない人物がいた。


「……ただいまー」


「……………………おかえりなさい」


「………………うん」


ジョージの娘であるシャーロットはここ半年以上――颯汰が騎士学校に通うため王都へ移り住むと決めたのを報告した日からこの調子である。

 いや、最初はもっと峻烈しゅんれつに反対をした。それこそ初めての言い合いの喧嘩けんかになったくらいだ。彼らは互いに熱くなるくらいに自身の意見を述べて叫んだ。

 ただお互いに対する不満や悪口ではなかったので冷戦状態のような険悪さはなく、ただ気まずい空気が漂い続けている。それは幾分もマシなのであろう。

 何もシャーロットは意地が悪いから反対しているわけではない。彼女は颯汰に戦って傷ついて欲しくなかったのだ。ボルヴェルグの幻想を追って死地へとわざわざ向かうなんて真似をするべきではないと叫んだのだ。

 正直な話をすれば剣を振るう練習も止めてもらいたかった。父であるジョージの狩りはあくまでも命をつなぐための手段であるが、戦争はただ己が利益りえきのために他者の命を使って他国の命をうばう最低なみにじりであると考えていた。何故彼女がそこまで戦いを嫌うかはシャーロットの――今はいない母が関係していた。


 一方、颯汰はそれらしい言葉を按配あんばいしてぶつける。だが共に過ごした家族には、復讐のために剣を握りたいのだと既に看破かんぱされていた。

 それでも結局、復讐は何も生まないとされるが、それ以上に彼の心を壊さず支えているのが復讐それであると気づいてしまったシャーロットは静かになみだを流した。

 見た目は出会った日から全く変化がない。相変わらず小さいが家事全般を完璧幼女な姉。その涙は見ている者に罪悪感で心が満たされ苦しめるものがあった。

 言ってしまえばここでの生活も、日本へ帰ると最初から決意していた颯汰にとっては所詮は家族ごっこの延長上である。だから切り捨てても何もないはずだと思い込もうとしていたのに、その暖かなしずくを見て、揺らぐ自身の中の存在に颯汰は気づいた。


 カンテラの光と斜陽しゃようが食卓をいろどる。

 暖炉だんろの中でパチパチとまきを燃やしては熾火おきびが踊りだす。

 そして、静かにこの村へ夜闇が迫っていた。

 街灯もない世界では――夜は永く、暗く、不安さをき立てる。


 ただ、……迫るのは夜の暗さや月明かり、星のきらめめきだけではなかった。

 不夜の森の象徴しょうちょうたる夜光の実が青白い光で森を照らす中、他所から来た悪意の集団が静かに村へ向かって足を延ばしていた。

 まるで神々が、ボルヴェルグの死から様々な運命のほころびを見つけ、そこからすべての人類を巻き込んでの争いを起こそうと、颯汰だけではなく多くの人々が蠢動しゅんどうする悪意をきっかけに魔の渦へ囚われていく。

 戦場から遠いこの村も、例外ではなかったのだ。


「【迅雷の魔王】から読んでも分かるように書きたい(出来るとは言っていない)」

すいません。こればかりは私の能力不足デス……。


1000字ちょっと削りました。書くの難しいですね。

それ以上に楽しいってのはあります。



次話は来週までに投稿出来たらいいな(きぼう)。



――――

2018/06/18

誤字の修正、及び一部ルビの削除など。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ